Anyone! Help me! 2
日本が一極集中化してもっとも効果があったのは経済面だ。何せ公共施設の数が少なくて済む。建設費、維持費、改築費。そのすべてを日本国内にいくつか点在している都市にまとめればいい。そしたら最大の都市である東京の公共施設の設備は飛躍的に上昇した。その最たるものの一つが都立サブラボ。要するに誰でも使えるパソコンが置いてある施設だ。
開いている席に腰かけ、ケータイをセットする。こうしなければネットは使えない。一応機密ではあるのでヘルメット型のインプッターを頭に取り付け、目を閉じて情報を直接脳内に受信する。こうすれば画面には何も映らず、周りの奴らにはオレが何を調べているかは分からない。
とりあえずさっき見せてもらった掲示板を見てみる。さっき見たとおり、大半はどうでもいい雑談だ。他愛もないトピックばかりだが、先月のある日を境にそのテーマは“ジェノ”に終始していた。
別のウィンドウで事件履歴を探し出し、日付を照らし合わせて見る。“ジェノ”が連続犯だというのもただの憶測にすぎないようだ。自殺幇助の跡が自殺サイトに残っているだけで、それが“ジェノ”であるかは分からないし、“ジェノ”はとっくに死んでおり、別の誰かがそれを名乗っているだけかもしれない。
掲示板の書き込みは2件目の事件の直後にされている。用語が多いので、解読しながら探っていく。要するにこんな感じだ。
「ジェノに対する意見を求ム!」
「ああ、報道されてますよね。集団自殺、でしたっけ?」
「死んでないじゃん(笑)最初から殺すのが目的だったりして」
「結局愉快犯じゃねえのwwww?」
「ああ、なるほど、自殺支援法をディスってるわけですね」
「え~、そんな深く考えてないんじゃないの~~」
「そうそう、一緒に死ねる奴見つけて喜んでる自殺者を嗤ってるだけだってww」
「う~ん、情報が少なすぎますね。2回目の自殺者の中にいるかもしれませんし・・・」
このあたりで事件の概要をかいつまんでみてみる。
1回目の自殺者は3人。車の中で一酸化炭素中毒という実に古典的な方法。
2回目は4人。集団飛び降り。時間は深夜だったため、自殺者という名の隕石に衝突した被害者はいない。
・・・この現場オレん家の近くじゃん。知っとけ、オレ。
3回目は今月に入ってから。5人。薬物の服用。市販の睡眠薬で、大量摂取で死にいたる。
「またですか、ジェノ!!」
「マジビビる!自殺サイトも見てみたけど、ジェノってチョー口うまいの!なんか救いの神みたいな!!惚れちゃうかも(笑)」
「周りのヤツもよく乗るよな。・・・って死ぬヤツらにはそんなこと関係ねえかwww」
「少なくとも、都内の人間であることは確かですよね。何が目的なんでしょうか」
「愉快犯に一票」
「僕はやっぱり反支援法団体に一票ですね」
「そもそもなんでこんなことするんだろ?意味ワカンナインダケド」
「愉快犯なら相当頭イってるヤツだな。そんなヤツのこと考えるだけムダ」
「いやいや~、そこを考えるのが面白いんじゃないですか。やはり現代人の心の闇ってやつですかね」
「ガッコでいじめられたとかwww」
とうとうオレは限界が来て、掲示板のウィンドウを閉じた。これ以上こいつらの腐った掛け合いを見ていたらパソコンに八つ当たりしそうだ。残念ながら八つ当たりにそこまで金を払うことはできないので、ストレッサーの方をつぶしておく。
4回目、集団で首をつっている。人数は6人。
「3人、4人、5人、6人、か。偶然じゃなければ相当な“ジェノサイダー”だな」
あるいはただの偶然か。それともただの必然か。答えを知っているのは死んでしまった18人と“ジェノ”本人。もちろん本人がすでに死んでしまった可能性もある。
ニュースとしてわかったのはそれだけだ。オレは大きくため息を吐いて、先ほどの掲示板をもう一度開く。トモさんがこれを提示したということは、これが必要だと考えたからだ。
多分・・・。
「ついに出ました、四回目の犯行!!」
「6人だっけか?ぜってえ狙ってるよな」
「自殺に見せかけた大量殺人だったりして」
「ああ、そういう考え方もできますね。ところでmixさん。mixさんは自殺サイトに行ったんですよね。URL張ってください」
これか、とオレは思った。日付は今日の3日前。つまり一昨昨日。オレは迷うことなくそのサイトに入った。
これでもかというほど黒一色でつくられた掲示板。タイトルは『魔女の夜会』。見るからに怪しいが、表立って自殺をほのめかしたりはしていない。サイト内ではわかる者には露骨にわかる隠語で埋め尽くされていた。
どうやらこのサイトの管理人は“ジェノ”ではないらしい。もちろん管理人を調べ上げることはできるが、そんなことしてもただ普通の掲示板だと言われれば言い逃れは可能だし、そもそもこういうサイトの管理人は逃げ道を作ってあるものだ。それに野次馬にこれだけ荒らされているので、そのうち消去されるだろう。
もちろんオレに隠語の全てが分かるわけではないが、それでもなんとなく言いたいことはわかる。書き込みは誰もが同じこと。自殺者の一様な意見しかない
生きるのはつらい。
自分が嫌い。
周囲が嫌い。
自分は恵まれていない。
生まれ変わってやり直したい。
死にたい。
生きたくない。
でも一人で死ぬのは怖い。
だから一緒に死のう。
なんだこれは、と純粋に思う。まるで茶番だ。一日平均アクセス人数3000オーバー。“ジェノ”事件以降、一気に増えている。書き込みをしているものは一人が異なる名前をつかっている可能性を除けばざっと300人ほど。恐らくそのうち面白半分が大半を占めている。その証拠が“ジェノ”の発言の後の返信の嵐。
大半は面白半分。死ぬ気なんてさらさらないごくごく普通のありふれた人でなしども。しかし中には人間じみた、死んだ脳みその奴らがいる。恐らくそいつらは“ジェノ”と個別に連絡を取っている。中にはこれから死んでいく奴もいるのだろう。
インプッターを外し、パソコンの電源を落としてケータイを抜いた。いつの間にか外は暗くなっている。オレの部屋には未来永劫決しておけないような衝撃吸収材の入った椅子にこれでもかというくらいもたれかかり、天井を見上げて大きく息を吐いた。
はっ、見ろよ、これが今の日本だ。希望はなく、夢はなく、喜びはなく、快楽もなく、しかし絶望はなく、幻もなく、悲しみもなく、苦痛もない。この国は箱庭だ。上にいるお偉いさんにつくられた箱庭。人形と違うのはオレたち自身、箱庭の中にいることを知っているということ。そして時々思ってしまう、もしかしたら自分は不幸なのではないかと。同じように考えれば自分は幸せなのではないかと思う可能性もあるはずだが、そんな奴はいない。人間とはとりあえず上を見て嘆くことしかできない腐った生き物だということ。
入館証を機械に通し、オレは施設を出る。道すがらケータイでトモさんに連絡を入れる。しかし、連絡といってもどうせトモさんも一度見たようなサイトを見て回っただけ、大した用事はない。オレはいら立っていたし、トモさんもトモさんであちらのトモさんだったので、お互いぶっきらぼうな低い声でやり取りをして、ケータイを切った。
壊れたドアノブはもちろん壊れたまま。業者に頼むにせよ、自分で直すにせよ、あいにく今は持ち合わせがないのでしばらくはこのままだ。別にいい。ドアの役割は開くか閉じるかであって、鍵は単なるオプションにすぎない。
なんて言うのはただのたわごとにすぎない。もちろんオレだって鍵なしの家というのは嫌だ。
とにかく、腹も減ったし今日はもう寝ることにする。この分だと明日の夜までには何か腹に入れないと本当にやばい。だが、今日はもういいだろう。今日のオレにとって明日のことに価値はない。そんなのは、幸運にも、あるいは不幸にも、明日もオレが生きていたら考えればいいことだ。