The high world above the hell 3
「御苦労、ホーク」
目の前で立ちあがったのは20代後半のお姉さん。実年齢は怖すぎて聞けない。いや、一度うっかり酒の席で聞いてしまったのだが、その後、怖すぎることになったのでもう聞けない。お互い年を取って、オレの方が長生きすれば葬式とかで享年としてわかるだろう。まず間違いなくオレが先に死ぬだろうけど。
「毎回毎回思うんスけど意味あるんスかね、こんな仕事」
めんどくせーし。精神衛生的に良くねーし。全国のお化け屋敷巡って雑誌にコメント書いてたやつの方がよっぽど健全だろう。なんせこっちはあんな人間の負の精神しか持ってないやつらの相手ばかりしているのだ。
「そんなことはないさ。少なくとも今日のおまえの働きで下で直撃する予定だった尊い国民の命が救われた」
「じゃあオレの給料上げてくださいよ。今月もマジきついんスから」
「そうだな。お前が全身を改造して身も心も私たちに売り渡すというならば考えてやらんでもない」
これだよ・・・。正真正銘のサディストにして正義の味方。いや、その二つが揃っちゃダメだろ。
「近々お前のところに寄ることになると思う。予定を開けておけ」
いつもながら時間の指定はしない。100%自分の都合。要するにこの人はオレに引きこもっていろと言いたい。餓死しろと同義だ。
「餓死なら私の目の届くところでしてくれ。お前の臓器はぜひとも回収したいからな」
いや、そこは助けろよ。なに目の前で餓死人が誕生するのを見てるんだよ!
「冗談だ」
じゃあ笑え、とは口が裂けても言えないが。この人は笑わない。そういうことになっている。真顔か怒るかしかできないのだ。
おっさんがここに来るまで乗っていた車に乗る。どうやら車の回収のために下りてきたらしい。相変わらず仕事熱心な人だ。
「では、またな」
人を殺せるんじゃないかっていうくらいの眼力を持つ真顔のまま手を上げる。オレも手を上げ返した。
「できるだけ早くお願いしますよ」
彼女は返事をすることなく、急アクセルを踏んで走って行った。オレはエレベーターに乗るために縁を歩く。すでに解禁された道路を車が走り始めていた。
おっさんは言っていた。いや、言ってなかったかもしれない。人間っていうのは苦難があって、それが乗り越えられずに死ぬ。家族とか、自分を生に結びつけるものがなくなったから死ねる。やっぱ言ってなかったが、言いたかったとことは確かだろう。少なくともオレはおっさんからそれを感じた。
だが、残念ながらオレにはそれはわからない。オレの人生は順風満帆だった。オレにはちゃんと家族がいた。それでもオレは死のうとした。結局こうして生きちゃいるけど、とにかくオレが死のうとした理由はおっさんとはまるで違う。
『わかるだろ?』
ああ、わかるよ。あんたのような奴はごまんといる。だからわかる。小説の中にあんたはいる。テレビドラマにあんたはいる。だけどあんたはオレの世界にはいない。だからオレはあんたに同情できない。それどころか記憶にとどめる事もできない。寝て起きたらすでに過去。現在や未来と同じように意味のない過去。そんなもの記憶にとどめるなんて脳細胞の無駄遣いだ。
「うし、帰るか」
エレベーターのボタンを押す。どうせ必要経費だ。・・・多分。
明日の朝もオレは大家に起こされるだろう。家賃の徴収をされるだろう。同じようにオレは言いくるめる。大家は言いくるめられる。意味のない今日。意味のない明日。たまに思う。誰かがオレの人生を読んでいて、その小説は誤植にまみれてるんじゃないかと。だが、そんな思考はすぐに追いやってしまう。考えてもわからないことは考える必要がないことだ。
この街は地下にある。コンクリートの地上を大地とするならば100メートル下のここはまさに地獄だ。鬼たちに囲まれて、オレたちは苦しみを味わう。そのことに比べたら、オレの人生が間違いだらけのストーリーだとか、そんなことはどうでもいい。さっさと読めと思うだけだ。
家について、スチール製のドアを開ける。オレの背後ででかい音を立てて閉じる。恐らく裏表紙が閉じられた音だろう。だから今日の物語はここでおしまい。第何巻かは知らないが、明日は別の表表紙が開かれる。開かれないならそれでいい。オレにとって、生きるのはいささか退屈すぎるから―――