This is your life...you know? 3
教会の扉はゆっくりと開く。今日はもしかしたらいないんじゃないかと思ったが違うらしい。ステンドグラスから光は差し込んでいない。今日は月のない夜。アストラエアが死ぬには絶好の機会だ。
蝋燭を灯す神父は静かにオレを見た。
「今晩は」
燭台が1つ1つ光を灯していく。だがそれは神聖な色では決してない。言うならば不気味。あるいは滑稽とでも言うべきか。
「ただの神父じゃねえとは思っていたが医者だったのか」
椅子に腰かけながらオレは言う。神父は薄く口元を吊りあげた。
「いいえ、私はただの神父ですよ。医者というのは間違いです。私は命を救いません。私が救えるのは心だけです」
医師という名の職業というだけの話です、と神父は続けた。
「ふうん、それであんたはあいつを救ったのか」
神父は全ての蝋燭に火を灯し終え、手に持っていた火種を聖母像の手元の台に戻した。
「ええ。そういうことになりますね。彼女の命はもはや救われない。なぜならば、彼女の命を救う事は彼女の心を壊す事だから」
「そして心を救う事は命を殺す事だってか?」
「殺す、という表現はよくないですね」
はっ、言うじゃねえか。
「伊達に恥部じゃねえってか?」
「ふふふ・・・。恥ではあるのでしょうね。だからこそ、こうしてここにいる」
そう言った神父の笑った顔はやはり不快だった。
「彼女がなぜ壊れたのか、ご存知ですか?」
「この世が間違っている、ってことをどこかで知っちまったんだろ?」
その中身が何なのかは知らない。あまり興味はない。
「ええ。この社会がではなく、この世界がという事ですよ。社会が壊れている事は私だって知っています。あの死んだ生体、あるいは生きている死体を見ればそんな事は考えるまでもない」
「あんたも見たのか、あれを?」
まあ、あの病院で医者をやってるってことは少なからずセンターにかかわりがある。知っていても不思議はない。
「ある程度の移植に関する知識があれば臓器の生体保存がいかに有用かは当然わかります。だが、問題はそうではない。そうでしょう?そこが歪んでいる。ひずんでいる。だけどそれはこの社会だけの話。彼女の場合はそうではない」
あの冷臓庫を肯定するか。この男もいい加減狂ってる。だが、まあそんなものだろう。
「あいつはそれ以上の歪みとひずみを見たという事か?」
「あなたは知らないのでしたか。彼女の生家は戦後からずっと日本の政治を牛耳っていたのですよ。名字を聞けば4,5人の総理大臣が思い浮かぶほどにね」
「それがどうした?」
「ここから先は類推するしかありませんが、恐らく彼女は知ったのでしょう。今の世の中を構築するために彼女の父が、祖父が、先祖がどれだけ黒いことを平気でやって来たのか。もちろんただの類推ですけどね」
「・・・・・・」
歴史を紐解けば良くわかる。良い王ほど他者に対しては猛烈に残酷で流血をいとわない。歴史がオレたちに教えるのは、権力とはそういうものだという事。
「はっ、馬鹿だなあいつは」
「どうしてです?」
静かに笑ったオレに対して神父は首をかしげた。
「それじゃあいつの敵は世界じゃねえじゃねえか。自分の名字それだけじゃねえか。墓の下の骨壷だけじゃねえか。
隣人が強盗に殺されたから強盗を殺すのか?畑が獣に荒らされたからその種を駆逐するのか?違えだろ?いちいちそんなことしてたら時間の無駄だろ?」
下らねえ。本当に下らねえ。そんなもん目の前の事態から目をそむけてるだけだ。
「ふう、相変わらずあなたにはかなわない。しかし、それを彼女に伝えることができますか?彼女に届けることができますか?」
「上等だ」
オレは立ち上がる。
「めんどくせえんだよ、どいつもこいつも。いちいちいちいち無駄に生きてんじゃねえ。逃げて逃げて逃げて逃げてたらそんなものは病気じゃねえんだよ。それはただのわがままな性格だ。病気は叩いても治らねえが性格は治せるだろうが」
それでも死ぬならあきらめろ。お前は人生が向いてなかったんだ。しょうがねえだろ?向いてないことを無理してやる必要はない。
オーケー。ドンマイ。次頑張れよ。
「じゃあな」
「ええ、さようなら」
そんなぞんざいな別れとともに教会を出る。恐らくお互いに感じていることだろう。オレたちはきっともう会う事もないと。