This is your life...you know? 2
行くあてはなかった。もちろんバイトというのは方便だ。逃げるための口実に決まってる。だからオレに行く場所はない。あの場所以外だったらどこでもいい。そう思って街頭によって昼間と何ら変わりない明るさの道を歩いていると携帯に着信があった。
「ホーク!娘が逃亡した!」
トモさんの声は慌てた様子だ。トモさんのこんな声を初めて聞いたし、そもそもこんな声が出せると思わなかった。
「逃げ出したって・・・どうやって?」
あそこは病室なんかではない、牢獄だ。走ることすらままならないあいつに逃げだせるはずもない。
「病院の医師がわざと逃がしたらしい。そいつも今はいない」
「逃がしたって、それに何の意味があるんスか?」
「知るか。娘にえらく肩入れしている変な医師だとは前々から思っていたがこれはまずいことになったぞ。今の娘には自殺を防ぐ人間が誰ひとりとしてついていない。死ぬぞ」
死にたがりのリコが死んでいないのはその死が予防されているから。リコを1人で歩かせるという事は奮戦地帯を裸で歩くようなものだ。
「その医師ってのはひょっとして30前後の若いやつじゃないスか?」
「そうだが・・・?居場所を知っているのか?」
「多分・・・」
「教えろ」
「いやです」
何故かはよくわからない。オレはそう口走っていた。
「ホーク。こんなときに冗談を言うな。お前から捕獲してもいいんだぞ」
「それも御免です」
「嫌だ御免だで通るわけがないだろう。お前はいつもそうだ。自分からは動かない。動くとしたら逃亡する時だけ。お前は不変が退屈だと言ったが、自分が何かをしなければ何かが変わるわけがないだろう」
「・・・・・・」
さすがトモさん。オレの監察官だけの事はある。オレの事をオレ以上に見抜いている。
「傑作だ」
「なんだと?」
「オレはいつかリコに言ったんですよ。腐った世界は変わるはずがないってね」
「それがどうした」
「そりゃあ変わらないでしょうね。だってあいつは待っているんですから。いつか何かが起きて世界が変わるのをただ眺めているだけなんですから」
「なにを言っている?」
「だけど待つのはまだましだ。逃げるよりはずっといい。五十歩と百歩は同じだが、五十歩と零歩じゃ全然違う。だけどそれはどちらがビビりじゃないか、という基準でだ。前に一歩も進まない限り、そいつは戦ってるという事にはならないんですよ」
「お前の戯言につきあってる場合ではないのだがな」
トモさんの声がどんどん不機嫌になっていく。だけどオレはやめない。逃げない。
「間違っていると思うなら自分で正せばいい。そんなのはガキでもわかることだ。そんな簡単なことが大人になると出来なくなる。敵の姿が大きすぎて思いとどまる。それじゃあ何も考えないのと同じ事だ。つまり、そういう事なんですよ」
「で、なんだ。お前は何と戦う?」
「オレが間違ってると思うものとです。ねえ、トモさん。センターを正しいと思いますか?」
「・・・・・・正しいとは言わん。だが、必要なものだ」
トモさんの本音。そう言えばこんなことは初めて気がする。
そう、大抵のものはそうだ。正しいだけのものなんてない。正しさと間違いを内包している。清濁併せ持っている。正しいだけのものは破たんする。そんなもの気味が悪い。
「とりあえず、あいつが見ている完璧な世界でも壊してきます」
電話越しにため息が聞こえた。
「いいだろう。その覚悟に免じて任せてやる。失敗はするな。お前を処分したくはない」
「はっ」
前は逆のことを言っていたな、そういえば。
まあいい。今はどうでもいい。
「そう言えば久々だな、やりたくねえ事じゃなく、やりたい事が出来たのは」
オレは歩く。今度はそぞろ歩きじゃない。ちゃんとした明確な意思を持って足を進めた。