This is your life...you know? 1
ここ数日で、マリに「食事」という概念が復活した。どう考えても活動には足りない食事量だが、それでも食べている。生きようとしている。どっかの死にたがりとはえらい違いだ。
だがしかし、そのために飯をつくってやってるのはどういうわけだ?オレに突然ボランティア精神でも宿っちまったのか?だが、こいつはオレの作った飯しか食えないのだからしょうがないといえばしょうがない。まあ、既製品を受け付けないだけで、そこらの飯屋に行ったら普通に食えるのかもしれないが。
「あっ、今日はおいしい。昨日はあんなだったのに」
「うるせえ」
こいつが回復に向かっている事はわかる。空気として伝わってくる。言葉も多くなったし、睡眠も少なくなった。それに比例してオレの眉間のしわが増えて言ってるわけだが。
「ごちそうさま」
言葉どおり昨日の3倍ほどの量を食い、スプーンを置いた。いつもならこのままのその外布団に入り、睡眠を開始するのに、今日のこいつはまだそれをしなかった。
「ねえ、覚えてる?小さいころもこういうことあったよね?お父さんもお母さんも家にいなくて、兄貴があたしに料理作ってくれてさ・・・・・・」
相変わらずのか細い声。だがこの狭苦しい部屋の中でならこいつの声は確かに届く。
「ねえよ、そんな記憶」
勝手に作んな。
「うん、ない」
「ケンカ売ってんのかてめえは!」
買うぞ。買っちゃうぞ、コラ!
「兄貴は昔っから勉強ばっかりしてて何もしてくれなかった」
「・・・・・・ちっ」
まあ、それは認める。オレとこいつはずっと他人よりも他人だった。
今は・・・・・・どうだろうな。
「それなのに・・・。わかんないよ」
マリは布団にくるまった珍種の小動物型になってオレを見る。
「なんであんなに必死だったのに大学やめちゃったの?」
「・・・・・・」
そんなのは単純で明快だ。意味がないから。価値がないから。だが、それは説明してわかるわけでもないだろう。同じ言語を使っていたとしても、同じ脳みそを共有しているわけではない。だから違う。リコだってほんとはそれだけの単純な話だ。次元ではない。そんな高尚なものではなく、ただの脳の違いだ。人間の違いだ。
「・・・なんて言わないよ」
「あ?」
こいつ、今なんて言った?
「なんとなくわかってた。兄貴は大学に行きたいんじゃなくて、地方を出たかっただけなんだって。そうでしょ?」
「・・・・・・」
違うけどな。オレは地方を出たかったんじゃない。人生をやめたかったんだ。
「平凡な日常。なにも変わらない毎日―――。そりゃあたしだってたまには嫌になるよ。だけどそんなのみんな同じじゃん。みんなそんな風に考えながらでもその場所で生きてるじゃん。なのになんで誰よりもすごい兄貴だけが逃げちゃうの!?」
溜りに溜まった言葉。淀みに淀んだ感情。隠してきた思いは堰を切ったように溢れだしている。ならばこいつをここまで追い込んだのはやはり親父やおふくろなんかじゃなく、オレだったのだろう。
「間違いじゃねえ、その通りだ」
そう、オレは逃げた。退屈な日常から逃げた。
「だけどな、オレは生きている事を後悔したことはあってもあそこを出たことを後悔したことはない。一度もな」
「なんで・・・?」
くぼんだ目が俺を見る。オレを攻め立てる。
「さあ、なんでだろうな」
考えたこともない。それはきっと、考えるまでもないことだったからだろう。あそこには何もない。だからあそこではオレは生きちゃいなかった。
じゃあ今は?今は生きてるって言えるのか?
「そうやってさ、何でも一人で抱えちゃってさ・・・・・・」
「あ?」
「兄貴は勝手だよ!何でも一人でやってきたわけじゃないじゃん。そんなわけないじゃん!お父さんもお母さんもいっぱい兄貴を助けてきたじゃん!なのになんで何も言ってくれないのよ。なんで逃げるのよ」
「・・・・・・」
オレはふらりと立ち上がる。耐えきれなかった。オレが逃げてきたものを全て背負って生きているこいつと一緒にいるのが。
「あたしたちは家族でしょう・・・?」
「悪いが、バイトだ・・・」
「兄貴!」
マリに背を向けて部屋を出る。そうやって逃げる。今まで通り逃げ続ける。目をそらして逃げ続ける。
街灯が照らす街を見た。上を見上げると天ではなく天井が見える。淀んだ空気はまだ暑いはずなのにどこか肌寒く感じる。オレは舌打ちを1つして足を進める。
ああ、そうだ。マリの言う事はすべて正しい。オレは完全に間違っている。でも、だけど、その正しさはオレにとっては苦痛なんだ。
はっ、だせえ。これじゃあグレたガキじゃねえか。厭世家なんか気取ってる癖に6つ下の妹に反論の1つも出来やしねえ。
これがオレだ。足掻いてもがいて必死になってたつもりがこれだ。どこにでもいる現実を直視できないただの人間。ナンバーワンでもオンリーワンでもないただのワンノブゼムの木偶の坊。