Feel fear of the dead! 5
マリは基本眠っている。運動なんてからっきししていないが、それでも人間はエネルギーを消費する。それは脳の活動であったり、眼球の光受容であったりと様々だ。マリの身体に取り入れられるエネルギーは極端に少ないので、体は勝手にエネルギー消費の少ない状態に移行しようとするわけだ。だが、人体は恒常性を維持するために常にエネルギーを必要としている。このまま何も食べなければ死は時間の問題になる。
死を望んだ。だが生に縋った。それがオレたち兄妹の共通点。だが、生きようと思えばいつでも生きれたオレと違って、マリが縋ったひもは今にも切れそうだ。
ドアがきしむ音がした。結局まだ鍵の直っていないドアノブは不用心極まりないが、こんな家に盗みに入るようなやつもいないだろう。今やそう言えるのかは定かではないが、オレの家に入って靴を脱ぐ。背後で家を壊すのが目的なんじゃないかと思うくらいのドアが閉まる音がした。
「お帰り、兄貴」
消滅寸前の腹筋を使って出されたか細い声。夜か朝かわからない時間にもかかわらずマリは起きていた。いや、四六時中寝てばかりのこいつだから時間なんて関係ないのか。そもそもこうして顔を突き合わせること自体丸2日ぶりだ。
布団を十二単の様にかぶったマリの目の前にはコンビニの握り飯が置かれていた。袋が開けられた形跡はない。
「食えるのか?」
オレがそう聞くと、マリは首を横に振った。
「今、ご飯見てもはかないように練習中。15分我慢してる」
じっと握り飯を凝視している痩せこけた少女。病的な絵であること甚だしい。今この場を大家か誰かに見られたら、間違いなく通報されるだろう。
その握り飯をオレは奪い去った。
「ストレスになるからやめとけ。そんなんより砂糖でもなめていた方がよほど効果的だ」
ここ最近は砂糖をなめてなんとか体を保っている。ほかの栄養素はもちろん足りていない。何か健康的な飲料水でも飲ませればいいんだろうが、こいつは水でも吐く。必然、弱っていくばかり。
「あっ、そうだ。さっき思ったんだけど、兄貴がつくってくれたら食べるかも」
オレがこいつの何が気に食わないって精神的に病んだ上のこの症状なのに、その大本だけは解消されたので無駄に生きる気力があることだ。食事を受け付けないのは体の方なのか、それとも心の方なのか。前者であれば回復は時間の問題だ。後者であればその見込みはかなり薄くなる。とはいえどちらかなんてオレにはわからないし、こいつにもわからないだろう。
「こんな家で何をつくれって言うんだよ」
包丁はないが?ガスに至っては使わないのですぐに契約解除したが?
「ほら、こっち来るときに持ってきてた電磁調理器があるじゃん?あれで何か作って」
ちっ、めざといな。しかしオレさえ忘れてたものをどうしてこいつが覚えている?
それから米と適当な材料、調味料を買ってくる。料理なんてほとんどやった経験を持たないが、料理を食べた事はある。それっぽく作ればそれなりのものはできるだろう。
「できたぞ。粥・・・・・・か?」
なんか残飯の集合体っぽくなった。心なしかマリの体調が悪くなったように見える。しかし、俺の視線に気がつくと急に笑顔に変えた。
匙を手に取り、調理機からそのまま残飯を掬った。
「あつっ・・・!」
顔をしかめる。それから少し嬉しそうな顔になった。こいつにとって「熱さ」あるいは「暑さ」というのはいつ以来のことなのだろうか。
「おいしい・・・・・・」
ゆっくりと息を吹きかけ、冷ましながら少しずつ口に運ぶ。一口含んでは必要もないのにかみしめる。恐る恐る慎重に生存欲を満たそうとする。
ちぐはぐだ。
死にそうなこいつが必死に生きようとして、生きている俺が生きようとはしない。生きているリコが必死に死を求める。
「・・・・・・もういいのか?」
手を止めたマリを見て俺は尋ねる。マリは申し訳なさそうに首肯した。まだ10口と言ったところか。とはいえこの量はこいつの1日分の食事量に相当する。むろんこれから吐かなければの話だが。
残された残飯を俺が処理する。まずかった。この年になって自分に料理の才能がないことを知るが、どうせしないから活かされることはないだろう。
マリが寝た後、俺は部屋を出た。一度胃に詰め込まれた残飯が吐きだされることはなかった。