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Feel fear of the dead! 1

知らぬが仏、ということわざがある。今まさにこのオレが感じてること。この世界の腐敗を知らず、のうのうと生きてるだけのやつらは仏―――つまり死体だ。腐敗した世界の中で死体は腐敗を止められず、辺りに異臭をばらまき続ける。だが、知っていたところで腐敗は止められない。腐敗が腐敗を呼び、世界と死体は腐敗を続ける。知ったくらいではこの天命に、この運命に、この物語には逆らえない。ならば知らない方がましなのかもしれない。世界が腐っていることも自分が死んでいることも何もかもが手遅れなことも知らずに生きればそれはそれで幸福なのかもしれない。そんな風に諦めちまえば案外幸せというやつは向こうからやってくるかもしれない。

なんて、突然嘯いて見せたのももちろんわけがある。いわゆる現実逃避ってやつだ。そして多大な後悔というやつだ。なぜオレはあの時ああしなかったのかと。何の話かと聞かれれば答えは1つ、部屋の鍵をつけなおさなかった話だ。

突然だった。バイトが終わって家に戻った。そこには黒髪で、ヒートテックに身を包んだ小悪魔が降臨していた。

いや、降臨じゃねえ。住居侵入だ。まさか高嶋優衣みたいなやつがまだいやがるとは。さすが東京。いや、この場合、東京は完膚なきまでに関係ない。東海市にもちゃんと常識のねえ奴はいたってことか。

「やっほー、兄貴」

オレの右手がまるでそれ自体が1つの生き物であるかのように勝手に動き、扉を閉めた。相変わらず鉄製の扉は喧しい音を立てている。

「さて、と。今日はあいつん家にでも泊めてもらうか」

俺は大きく伸びをする。

「ちょっと!」

知ってのとおり、日本の住宅の玄関扉は欧米のそれとは違って外開きだ。突然開かれたそのドアノブは容赦なくオレの背中に突き刺さった。

「無視って!無視って何!?遠路はるばるやってきたかわいい妹を無視する、普通!?」

前かがみに倒れたオレの後ろでなんかうるさい声が聞こえる気がするが、それは気のせいだろう。なんせオレはこのボロアパートに一人暮らしで、その唯一の住人であるオレは今帰ってきたところだ。

「今日の夕飯は何にすっかな。まあ、あいつん家行ってから考えればいいか」

立ちあがってズボンを払う。バイトで汚れてるからあるいはオレのズボンの方が地面を汚してしまったかもしれない。わりいな、地面。

「強情っ!?・・・ごめん、突然来たことは謝る、謝るから!とりあえず無視とかやめて!せめて視界に入れて!!」

「明日も朝からバイトだからな。飲み明かしたりはできねえか。ま、いいや」

「お願い!お願いだから!ここまで来るのも結構不安だったんだからぁ・・・」

はあ。

「何しに来たんだよ」

表情が凍りついているのが自分でもわかる。自殺者を相手にしている時の方がまだ明るい表情をしているかもしれない。

「それはさ、ここ寒いから、中、中で話そ!」

ちなみにまだ10月だ。東京はようやく涼しくなってきたかな~~、という時期。寒さなど皆無。しかしオレの左腕はぐいぐいと引っ張られ、無抵抗にアパートの中に吸い込まれていく。これだけため息つけば幸せなんてもうどこにもないだろう。まあいい、最初からそんなもん諦めてる。知らなければ幸せならば、あんな冷臓庫になることが幸せならばオレは幸せなんてほしくない。

オレのただでさえ狭い部屋に広がっている荷物。厚手の服ばかりで、どう見ても「今から私ここに住みますよ」というレベルの物量。これはあれか?オレに出てけって言いたいのか?

「で、何しに来た?」

部屋唯一の家具、机の前に座らせた。本当なら机の上に正座をさせたい。

こいつがオレのことを「兄貴」と呼ぶのはもちろんこいつがオレの舎弟だからじゃない。普通にオレがこいつの戸籍上の兄だからだ。藤田真理。オレの6つ年下の妹。

「な、なんのことかな?意味もなく兄貴に会いに来ちゃいけないの?」

自然、眉間にしわがよる。

しらばっくれる意味がわからねえ。そしてオレとお前はそんな中睦まじい関係じゃねえだろ。

こいつが生まれてから、構ってやって覚えなんてほとんどない。中学に上がる頃にはまともなコミュニケーションもとらなくなったくらいだ。「うるさい、あっちいけ」くらいしか言った記憶がない。だいたいこの時期の女なんて一か月も会わなければ別人だ。6年半、78回も別人になられればそりゃもうただのお隣さん以上に疎遠になるだろう。意味もなくわざわざ赤の他人の家に来るはずがない。ましてそんなやつ受け入れてたまるか。

オレは荷物をどけてスペースを開け、そこに座り込んだ。

「ところで兄貴、ちゃんと生活できてるの?冷蔵庫とかどこにもないんだけど」

お前はオレの家族か。

ああ、イライラする。このゆったりとした会話運び、しゃべり方。時間の流れが遅い地方の生き方。そしてそれはオレが捨てたもの。今のこいつはそれをすべて持っている。オレが捨てた全てを拾って生きている。

責任も仕事も人生もオレはすべてこいつに押し付けてここに来た。それがどうしようもなく、いらだたしい。

「だから、なんで、ここに、来た」

「わかった、わかったよう。そんなに怒らないでよう」

マリはため息をついて、堪忍したように口を開いた。

「・・・兄貴を説得しに来たの。大学やめたんでしょ?それを知った父さんが怒って口座を閉めようとしたらそもそもお金をおろしてないみたいだったし、兄貴のことだからきっと意地張ってんだろうから」

バカかこいつは・・・!

「それをオレ本人に言ってどうすんだよ!」

「だって、だって兄貴が言えって言ったんじゃん」

「・・・・・・!」

怖っ、こいつ怖っ!これがオレと同じ血の通ってる妹かよ。

騙されるタイプ。ここで暮らせば一週間で全財産を巻き上げられるタイプ。帰れ!早く帰れ!

「で、オレをどうやって説得するつもりなんだ?」

こうなったらオープンポーカーだ。もっとも、オープンにするのはこいつだけだ。さすがに完全に見せびらかせるのは骨が折れそうだが、それこそカウンセラーの腕の見せ所だな。カウンセラーじゃねえけど。

「うん・・・それ、それなの。兄貴って頭いいじゃん?半端な策じゃ駄目だと思ったの。で、どうすればいいと思う?」

「・・・・・・っ!!」

何にも策を持ってないだと!?マジでホラーだよこいつ。ちょっと誰か助けてくれ。こいつをどこかに隔離してくれ。

「・・・・・・親父とお袋はなんつってた?」

アパートごと吹き飛ぶんじゃないかというくらいのため息の後で聞いてみた。

「知らない。何も言わずに出てきたから」

家出・・・だと?

いやほんとに悪かった。そうかそうか、こいつの知性はオレが全部持ってっちまったのか。しかしこのレベルのバカというのも珍しい。

「どうやってここまで来たんだ?住所は知ってるとはいえ簡単に来れる所じゃねえだろ?」

地方は豊かだが、東京に来るには少しばかりの裕福では無理だ。出るのは易いが入るのは難い。そうやって地方の人間を土地にしばりつけているのだ。

「簡単よ。輸送車の人を泣き落して・・・」

「馬鹿じゃねえのかっ!?」

本気で怒鳴らせてんじゃねえよ。大家がキレて乗り込んでくるだろうが!

「東京に着いたらなれなれしく腿とか触ってきたから蹴って逃げてきたんだけど大丈夫だったのかな?」

大丈夫じゃねえよ!お前の頭がな!・・・なんだこいつ、田舎者にもほどがある。頭の中が花畑まみれじゃねえか!!

「いっそのこと連れ去られとけばいいんだよ、お前みたいなやつは」

「そういうこと・・・言わないでよ・・・」

急に声色が弱くなったと思ったら涙目になってうつむきやがった。

わかんねえ、マジこいつわかんねえよ。神経配列オレと違うんじゃねえの?



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