Show me the perfect world.... 2
高嶋優衣のせいで仕事をさぼったので、もしかしたら首になるんじゃないかと思っていたが、どうやらおっさんたちは何も言わずにいてくれたらしい。というわけでオレの財布の中は今のところ何とかなっている。しばらくはあっちの仕事もない。退屈じゃない+平和ということで、オレの生活はそこそこ充実していたが、それもほんの2,3日のことだった。
「今から第三病院に来い」
ブツ。ツー、ツー、ツー
「・・・・・・」
ふざけんな!
でも行くオレ。なぜなら命がかかっているからだ。
地下鉄代は経費で落としてもらう。それくらいじゃないと割に合わない。しかし平日の昼間だって言うのにこいつらはどこへ行くんだ?どうせやることねえんだろ?家で寝てやがれ!・・・などと八つ当たりの1つも口にしてみたくもなる。そのレベルで理不尽甚だしい呼び出しだ。オレの予定、そしてオレの人権完全無視。
病院に着くと、白衣姿のトモさんが待っていた。ちなみにオレはこの人の職業を知らない。センターの職員か警官か自衛隊か医者のどれかじゃないかとにらんでいる。白衣を着ているということはセンターの職員か医者だと思うが、銃器を携帯し、あまつさえ住宅街で発砲するような非常識人だ。もしかしたら全部なのかもしれない。
例によって何の説明もしてくれないトモさん。いつものことなので、全く気に留めずに、トモさんの後ろをついていく。とある個室の前で立ち止まった。
「今日お前を呼んだのはほかでもない。ある人間のカウンセリングをしてもらう」
「は?誰かわかってるならどこにいるかもわかるんでしょ?だったら適当な理由つけて拉致って来てセンターに・・・」
睨まれた。ものすごい目で。そうだった。センターは禁句。仕事内容はおろか職員の存在すらも機密なところなのである。高嶋優衣はあり得ないほどの例外なのだ。
「・・・ぶちこめばいいじゃないスか」
声をひそめて続ける。トモさんの睨み顔はそのままだった。ていうかまあ無表情が睨み顔みたいな人である。マジ怖え。
「人を誘拐犯みたいに言うな」
トモさんは声をひそめない。人の気配がわかる、という人外の能力をお持ちの方なので、今はこの声ならば大丈夫ということだろう。
「これは本物のカウンセリングだ」
「はあ?それこそオレの出る幕じゃないでしょ。プロに任せりゃいいじゃないスか、プロに」
なんでわざわざこんなことで呼び出されなきゃならない。まあ、今日は暇だったし。地下鉄代も経費だからまだ許せるが・・・。
「駄目だった」
じゃあなぜオレだ。ビギナーズラックを狙ってるのか?それともウケを狙ってるのか?
「さらに面倒なことにな、患者はお偉方の孫娘だ。権力者っていうのは何よりも汚点を恐れる。どうあっても身内から自殺者を出したくないらしい」
「なるほどね。安いプライドってやつか・・・」
また睨まれた。怖い。
「本人の前でそれを言うなよ。さすがの私でもかばいきれん」
今までかばわれた覚えはないが・・・?
「結果は出さなくてもいい。こちらが取り組んでいることだけ示せればいい。とにかく殺すな、条件はそれだけだ。それ以上は求めん」
「人を殺人鬼みたいに・・・」
しかもそれをトモさんに言われるなんて!屈辱だ。
あ、睨まれた。何を考えているか悟られたらしい。でもそれってトモさんにも自覚があるってことじゃないのか?
「それほどの相手だということだ。ガラス・・・より脆いな、あれは。泥細工のような少女だ」
泥細工って・・・。仮にも少女に。
「私も一度だけ対面したが、一目見て会話をするのをやめた」
「ビビったんスか?」
睨まれる。
「そうじゃない。会話する意味がなかったんだ。あれはここにいても生きてる場所は別のどこか。そういう存在だ」
「それこそなんでオレなんスか?」
適当すぎる・・・。まじめにやれよ。
「馬鹿を言うな。私だってお前なんか使いたくはなかったさ。だが仕方ない。最後の手段だ」
要するにオレの前に何人もカウンセラーがついて玉砕していったらしい。なんてプレッシャーのかけ方だ。さすが鬼トモ。
「それに。最悪が起こっても、お前一人を始末すればそれで片がつく」
ぞくりと、背筋が寒くなる。トモさんの表情は変化しない。恐らく感情も変化していないだろう。直属の部下であるところのオレが死ぬことになってもこの人はためらわず、何も感じずに殺すだろう。それがトモさんの生命の代償だ。生きるために失くしたものだ。
「いいから行け。できればミスるな。私としても手駒が減るのは避けたいからな」
「・・・・・・」
・・・・・・ツンデレ?
あ、睨まれた。
音もなくスライドしていく自動扉。文字通り病的なほどに真っ白な部屋。まるでここだけ世界から切り離されているような。
「・・・・・・あ!」
ああ、納得。トモさんから聞いたときは泥細工とか表現が抽象的すぎるだろ、とか思ったが、これ以上ないほどの的確さだった。
「あら?お久しぶり。大きな鳥。あるいは厭世家のカンケルさん」
やせた手足。真白い肌に真白い服。この世界にはいない女神を連想させるほどの白さ。
「あんたか。夜空の月。あるいは嘆くアストラエア」
いつかの夜に会った少女。自分を月だと言った少女。どうやらオレはとんでもない貧乏くじを引いたらしい。
「どうしたのかしら。私のお見舞い?だとしたらそれは間違いよ。だって私は病気なんかじゃないもの。おかしいというのならこの世界がおかしいの。私の方が正常なのよ。いいえ、違うわ。私も間違っている。真実はどこかにあるはずで、私はそれを探しているの」
怖いものを見る子供のように、あるいは満ち欠けを繰り返す月のように世界をのぞいては絶望する。そして自殺に走るわけか。この明かりの中でならわかる。その左手首に刻まれた死への渇望が。
「別に見舞いってわけでもねえよ。たった今あんたのカウンセラーに任命されたんだよ」
少女は首をかしげる。オレの言葉がわからず、オレがここにいる理由がわからず、自分が生きている理由がわからない。だから死を望む。
「そう言うのって本人に言ってもいいのかしら」
「さあ、いいんじゃねえのか。あんたはべつに病気じゃないんだろ?だったらカウンセリングなんてどうせ出来ねえんだしよ」
備え付けの椅子に座って伸びをする。少女は相変わらずきょとんとした表情をオレに向けていた。