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Dead Line 2

都市であっても地方であっても蚊のうざったさは変わらない。めんどくさいから血を吸わせてやるか、と考え始めたのは何日前だっただろうか。今では死に向かうオレよりも必死に生きるこいつらの命のほうが尊く見える。

一寸の虫にも五分の魂。ならば今のオレの魂は一体何厘なんだろうか。たぶんゼロだろう。少なくとも、オレはオレの内側に魂を感じることはできない。

大学に入って数カ月。とはいってもほとんど行かない場所だから、自分が所属していたという実感もない。最初からやる気はなかったし、こうなることは初めから決まっていた。

大学を辞めたのは昨日のこと。本当は入学してすぐに辞めるつもりだったが、だらだらと続けてしまっていたのは良心の呵責のせいだろう。親にだって恩がある。それを感じないほどオレは馬鹿じゃない。多分そういうくくりがオレをとどめていた。だが、それも終わり。もはや全てがどうでもいい。

日本一勉強が嫌いと自認する大学で唯一の友人はなんて言っていたんだったか。それなのに無理やり勉強をさせ続けられたせいで相当な若ハゲのあいつの奇妙奇天烈な言葉の数々の中ではずいぶんまともだったと思う。

「ちくしょう、先越された!見とけよ、オレもすぐ追いついてやる!!」

だったか。もちろんそれは後を追って死ぬということではあるまい。あいつには学費が底をついたと言ってある。都市で育ったあいつは地方出身者がどれだけ金持ちかを知らない。土地を離れる以外のことなら大抵のことはできるのに。

死が恐ろしいなんて感じたこともない。振り返ってみれば、どんな時もオレは生きていなかった。朝起きて、普通な日常を送り、夜眠る。オレ自身がロボットで、さまざまな記憶はあらかじめつくられていて、今さっき動き出したと言った方がまだ納得できる。それくらいの現実感のなさ。オレにとっては現実は虚無。だから今は何も感じない。

あるいは小説。今日のオレのストーリーがあらかじめ決められている。それは一日に一冊ずつ読まれ、終わりは常に死である。バッドエンドならぬデッドエンドというわけだ。

はは、こりゃ面白い。人生ってのはただの小説ってわけだ。しかもとびきりの絶版商品。納得した。だからか。だからこんなにつまらないのか。だからオレは何をやっても誰かの焼き写しのように感じていたのか。そりゃそうだろう。すでにある活字を線路のようにたどってるだけなんだから。

自殺者センターの場所は知られていない。実在するかも怪しい施設だとも言われている。だが、どうであれ関係ない。実際に志願者がして、ちゃんと臓器が提供されているということは死んでいるということだ。死ねるならばそれでいい。ほかに望むことはない。

長かったオレの人生。楽しかったことなど何一つない。少なくとも今のオレはそう実感している。ただつまらないだけ。それもこれで終わり。

脳髄に響くインターホンが鳴る。オレは無言で立ち上がり、今や骨とう品に近いスチール製のドアを開けた。立っていたのはスーツ姿の男。

「どうも。藤田鷹雄さんですね。東京都立自殺支援センターのものです。お迎えにあがりました。身辺整理はお済ですか?」

男は若い。といってもオレと10近く違うだろう。要するにエリート中のエリート。オレが決してなれない、雲の上にいるお方。しかし、こいつも誰かの焼き写しだ。

男の問いに首肯する。しゃべるのはめんどくさい。できればもう言葉を発することなく死にたい。面倒事は御免だから。

男の言われるままに近所のコンビニにでも行くような格好で部屋を出、鍵をかける。なんとなく、いつもの習慣だったが、男に驚かれた。自殺者というのはこういう日常の動作ですら普通はやらないものらしい。だからどうした、という言葉を飲み込んだ。

真っ黒なバンの後部座席に乗せられる。機密のためか、窓さえすべて黒塗り。逆に怪しい。中にはすでに3人の明らかに志願者である表情をした男女と、明らかに堅気ではないスーツ姿の高年が座っていた。志願者たちはオレを見ることもない。何をするわけでもなく、ぼーっと自分の膝を眺めていた。まるで面白い映画がそこに上映されているように凝視している。

オーケイ。そういうことか。まあいいや。オレもお前たちに一切興味はない。どうせこれからお互い死ぬ身だ。最期くらい仲良くしようぜ、なんて言わねえよ。

真っ黒なバンはゆっくりと発進し、エレベーターホールで上昇すると、今度は信じられない速度で移動する。もうどちらの方向に向かっているかは分からない。もともとそんなもの探る気もない。ただ腹減ったなと思うだけだ。身辺整理というのなら、死ぬ前に飯でも食っとくべきだったか。

どのくらい経っただろうか。乗ったのが昼ころで、夕方だろうか、夜だろうか。それとも昼のままだろうか。バンが開けられる。眩しい光に思わず目を細めた。それは太陽かと思ったが、ただの駐車場の蛍光灯だ。スーツ姿の高年に促され、オレたちはぞろぞろとバンを下りる。さっきの若い男が誘導し、眩しすぎるくらい壁が白い廊下を通る。迷路というか、壁が真っ白な洞窟のようだ。再び出た広い空間はまたしても白い。そして眩しい。それが標準の明るさなのだとようやく気付いた。上と下ではこんな小さなことから違うのだ。

そこは広い部屋で、その中にも小さな個室がいくつかある。

「ではあなたはここで・・・次は、あなたです、どうぞ」

物の知らない子供のように志願者たちは一人ひとり誘導されていく。目に光はない。きっとこの明かりを眩しいとさえ思っていない。オレとは全く次元の違うオレと同じ自殺志願者。

「どうされました?」

若い男はオレに尋ねる。ははっ、わからねえのかよ?こんな面白いのに。こんなおかしいのに。これが笑わずにいられるか。

「ははははっ、ははははははっ」

だって考えても見ろよ。今まで生きてからずっと異端であることを望んでいたオレが、望みながらもずっと平凡だったこのオレが自殺者というくくりの中でようやく異端でいられたんだぜ?つまりさ、オレが望んでいたオレってのはこんな人間やめた底辺の底辺の底辺にしかいなかったってことだ。ははは、これが笑わずにいられるか。

「ひゃはははははは!!」

これが死なずにいられるか!!

誘導を待たずにオレは開いている個室に勝手に入る。男が制止しようとしたが、後ろ手でドアをぴしゃりとしめた。

「志願者か。今日は多いな。そこにかけろ」

中には様々な機材とデスクと患者用の丸椅子。そして白衣姿の女。胸に付けられたプレートには「井上友」と日、英、中の三か国語で書かれていた。

機材は全て検査用のものだ。だいたいどれがどんな検査をするのかもわかる。これからオレの臓器はほかの誰かの小説の冊数を増やすために使われる。そこに欠陥があったら大変だ。そのための検査だろう。

個室は思ったよりも広い。奥にも部屋がつながっている。大がかりな機械で検査したりもするのだろう。

「ほう、珍しい血液型だな。よかったな。これだけ珍しければすぐにでも移植に利用される」

この人、デリカシーゼロか?突っ込もうかと思ったがやめておいた。さっきから目つきがやたらと怖いのだ。そもそもあちらはこっちがすでに死んだ目であることを考慮したうえで、返事など全く期待せずに発言をしているのだろう。

「すいません、トイレ行ってきていいですか?」

片手でパソコンのキーボードをたたきながら、もう片方の手でアナログなカルテを書くという神技に見とれるのも飽きてきたころ、オレは言った。

「何?」

両手が止まる。目つきが変わる。物を見る目から虫を見る目になった。もちろんオレの声が聞き取れなかったわけではないだろう。しばらく逡巡した後、許可が出た。もちろん一人の監視付き。そもそもトイレの場所がわからないのでほかに選択肢はない。監視はさっきの若い男。同じように後ろをゆっくりとついていく。


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