Dead Line 1
―――普通が嫌いだった。
凡俗であることが耐えられなかった。
あるいはそちらのほうがありふれていたのかもしれない。つまりオレはいくらでもいるありふれた「個性を求める」子供たちのうちの1つ。
小学校のディベートでわざわざ賛成から少数派の反対に移った。インプッターゲームはやってもよいか、というどうでもいいものだった。自分の意見よりも4人しかいない反対派のほうに魅力を感じた。
将来の夢を聞かれて、周囲のように運動選手と答えることが耐えられなかった。だから周囲にはいなかった「夢はない」といつも答えた。
頭はよかったし、運動神経もよかった。子供のころに何かをして負けた覚えがほとんどない。それは果たして凄かったからなのか、それとも勝てる勝負しかしなかったからなのかは分からない。
だからこそ、自分の現実を知ってしまっていた。将来はすでに決まってしまっていて、夢など持つだけムダであり、ただの虚無だと知っていた。
東海市、旧静岡県。
しかしそんな名前なんてもう意味はないのかもしれない。むしろこう一言で言ってしまった方が通りがいいだろう。
―――地方、と。
東京は豊かで人が多い。しかし、いかんせん土地が少ない。だから産業を発展させることができないのだ。いかに上に街を作ろうともそれは変わらない。それとは真逆に地方には少ない人と、あまりにも広大な土地がある。この差をいかに埋めるか。ようするに役割を国が定めてしまったというわけだ。
米国のような大農場。それが可能になった。余っていた土地を国が買い取り、農家を名乗り出るものに提供する。農家は地方の田舎暮らしをしなければならないが、仕事に困ることはない。補償制度も整っていて、水害や日照りで作物が全滅しても、食うに困ることはない。作物は複数の企業に分割して買い取られ、都市で売られる。
同時に品種改良や遺伝子操作も積極的に行われ、少なくともここ20年間はこのやり方での破たんは見られない。
地方に住んでいるものは総じて金持ちだ。しかし、それは土地に縛られた金である。土地を手放して都市で暮らそうと思えば膨大な手続きと支払いが待っている。あるいはそれは囚人なのかもしれないが、本人たちはそうは思っていない。品種改良のおかげで手間が少なくなった作物を作り、出荷すれば何不自由なく暮らしていける。周囲にコンビニやスーパーは少ない(あるところにはあるが、おおむね無人であって、販売は機械がする)ので、たいていの商品は通販で買う。
オレの両親はメロン農家をやっていた。南アルプスと暖流のせいで無駄に暑い静岡の土地をさらにビニールハウスで囲い、メロンなどとなくても別に誰も困らない嗜好品を生産する。なんだよメロンって!誰の役に立つんだよって話だ。このメロン農家はこの制度が始まる前から脈々と受け継がれていたらしく、戦後にまでさかのぼるというから驚きだ。もっとも、制度によって土地面積が10倍になったので、元がどうであれ関係ないだろう。オレにとって最も重要なのは、オレの将来は両親の後を継いでメロン農家になるしかないということだ。
地方にもちゃんと学校がある。中学までは義務教育なので、国としてもそれを放置するわけにもいかない。地域によっては中学校には1クラスしかない、みたいなところもあるが、オレの周囲には作地面積当たりの手間が大きい米農家も多くいたので、割と生徒がいた。そうは言っても一年の4月には同学年の生徒の名前は完全に覚えられるくらいのものだったし、中学に行くのに無人バスで30分かかったが。
オレはここが嫌いだった。変わらない平凡な毎日。毎年機械人形のように同じことを繰り返す両親。不変で退屈な日常。テレビである時、東京のタレントが地方に行って「空気がうまい」と言っていた。馬鹿じゃないのか、と思った。空気がうまい?それで腹が満たされるのか?それで退屈が満たされるのか?綺麗なのは当たり前だ。平々凡々と暮らしてるから森がある。木があれば大気の交換をする。そんなことも知らないのか?
中学に上がるころには平凡なクラスメイトと触れあうことすらも耐えがたくなっていた。もちろんオレは誰よりも能力があって、社交性がいかに大事かわかっていたので表面上はクラスの中心であり続けた。馬鹿なクラスメイトどもはすっかりだまされていたようだ。
そんなころ、オレに転機が訪れた。
自殺支援法―――制定。
オレは感動した。心が震えたのがわかった。なんて普通じゃないんだ、と思った。感動が収まるまで数分、そしてそれがオレの人生の目標になるのは一瞬だった。
センターの職員になる。それがオレの夢。誰かに聞かれたらそう答えた。それには東京に行って、一流大学を出なければならない。そのレベルの大学に行くと言えば両親も納得するだろう。幸いオレには年が少し離れた妹がいる。メロン農家は妹が継ぐことだってできる。
オレは必死に勉強した。もちろんガリ勉なんて拒絶の対象となる面をクラスメイトに見せたりはしない。普段は今まで通り何の努力もしないができる奴、というスタンスを取り続けた。そして隠れて努力した。
どうやら両親もオレを応援してくれる気になったらしい。あたりに高校はなかったので通信制ではあるが、高校に入ることを許してくれた。
思えばあの頃はオレの人生の中で一番充実していたのかもしれない。少なくとも夢があった。夢を持ち、それに向かって努力する子供。ありふれた存在の中に浸っていることを許していた。もっとも、当時はそんなことに気づいていなかったが。
だが、そんな日々が7年ほど続いたある日。唐突にオレは―――飽きた。
中学校3年間。通信高校4年間。大検を取り、大学を受け、落ちた。それ自体はわかっていたことだ。都市の奴らは小学生から、あるいは幼稚園のころから努力している。それは模試の結果にも如実に出ていた。だが、一年間努力すればなんとかなる。オレはやる気に満ちていた。
何があったんだろうか、オレ自身にもわからない。模試の結果が届いて、どんなに間違っても受かるというレベルの学力に達した時だったと思う。
何をやってるんだオレは、と思った。今年で20歳。7年間も使っていったい何をやっていた?職員になる?なってどうする。もう7年だ。職員だって十分平凡な存在じゃないか。そんなものになったところでどうせ誰かの下らない人生の焼き写しでしかない。
人生はまた、退屈になった。
―――ああ、そうか。
オレは思う。
―――そういうことか。
オレは考える。
―――オレには役割がないのか。
オレはつぶやく。
―――だからこんなに退屈なのか。
オレは言う。
―――ああ、死のう。
オレは・・・オレは、決意した。
大学には当然のように合格した。家族との別れもそこそこに上京。オレはこの街に来た。