Where is her heart? 2
だが、オレはなめていた。ジャーナリストという一ヶ月間生ごみを入れっぱなしにしといたポリバケツの蓋を「面白そうだから」という理由だけで開けてしまえるようなその精神力をなめていた。
あの夜、オレを尾行してきたという。それは別に不可能というわけじゃない。ここ東京じゃあ夜に誰もいないことの方が珍しいから、人の中に紛れ込んでいても不自然じゃない。だからその言葉は本当なのだろう。その時点でオレは気付くべきだったのだ。オレのパーソナリティを調べられていることを・・・。
たとえば、オレの家とか。
いやマジビビった。何の冗談かと思った。確かに今オレの部屋には鍵がない。入ろうと思えば、ドアノブを回して、重い扉をあける労力さえ厭わなければ簡単に入れる。だからって入るか、フツー。
「おじゃましてます」
・・・じゃねえよ、高嶋優衣!
「すいません、非常識ということはもちろん十分承知なのですが、どうしても聞きたいんです」
ソッコーでケータイを取り出すオレ。押すのはもちろん3ケタの番号。なんて覚えやすい。
「けーさつですか~~?」
「失礼しましたっ!!」
荷物を持って、オレの脇をかいくぐって出ていく。オレのケータイからは、とってもベタに、前時代の遺物、時報が鳴っていた。
とりあえず何か取られてないか見て回って(そもそも取るべきものがあるかという問題だが)、トモさんに連絡してみる。
「タカ君?何か用?」
今日はこっちのトモさんだった。なんか久しぶりに声を聞いた気がする。っていつものトモさんも同じ声だけど。
「いや、実はですね。困ったことになってまして、“ジェノ”逮捕の時の現場を一般人に見られたらしくて、しかもそれが雑誌記者で、オレの家まで調べ上げられていて・・・」
どうしよう。という状況なのだ。このままじゃオレあの女に逆恨みされて殺されるんじゃないだろうか。
「う~~~~ん、そっかあ。うかつだったわ。タカ君が誰もいないって言ってたから鵜呑みにしちゃってた」
・・・・・・あれ?言ったっけ?ってかオレのせい?
「わかった。とりあえず取材を受けて」
は?なんつった、今。
「だから取材を受けて。あんまり逃げ回っていると怪しまれるから。今まではぐらかして理由は機密だから。取材を受けた理由は上司の許可が出たから。あなたはカウンセリング担当の臨時職員。あの夜は自殺しそうになっていた人のカウンセリングをしていて、落ち着かせたら病院まで運ぶ予定だったけど、失敗して逆上され、仕方なしに取り押さえることになった。いいわね?」
すげえな、トモさん。よく一瞬でそこまで考えが及ぶもんだな。
「ただ、そのタカシマという記者はあれが“ジェノ”であることは知らないみたいだから通用するのよ。そこは絶対隠してね」
人間の才能は生まれた時に決まってる。オレにはなく、トモさんにはある。それだけの話。今さら妬ましくもなんともない。
「で、あんまり深く踏み込ませないこと。最悪こちらから会社のほうに圧力をかけることになるわ」
怖いなあ、権力。しかしその強すぎる権力は強すぎるからこそ使いどころが難しい。
「ほんとに気をつけてよ。タカ君ってこういうことするといっつもボロが出るから。自殺者相手だと優秀なのに」
トモさんなりのフォローだと思うが、あまり嬉しくない。それはつまり、オレは一般人よりも自殺志願者の属性に近い、というかむしろそこに属しているという何よりの証拠だろう。
「じゃあ、頼んだわよ」
返事をする間もなく通話終了。相変わらず忙しいらしい。そういえばオフのトモさんというのも想像がつかない。もしかしたらそんなのないのかもしれない。
はぁ、憂鬱。相談しただけなのにプレッシャーをかけられてしまった。捨てるのもめんどくさくて床に投げてあった名刺(彼女はそれを見てどう思っただろうか)を拾い上げて、そこにある番号に電話する。コールは2回。暇なのだろうか。
「もしもし、オレです」
詐欺か!?・・・そういえばやつはオレの名前知ってんのか?知らないはずないか、調べられてるんだし。
「・・・藤田です」
はあ、と気の抜けた返事が返ってくる。そりゃそうだ。むこうからしたら電話が来た理由なんて不明すぎるだろう。ともかく、オレということはわかったらしい。・・・多分。
「上司に連絡したら、取材を受ける許可が出ました」
「ほんとにっ!?」
鼓膜が破けるかと思った。オレのケータイも音量調節機能をつけとけばよかったなあ、と激しく後悔。やっぱり安物はいけない。
「やった、やった、やった、やった!」
女子高生のような歓喜の声をあげ、「あ、はい、すいません」突然謝った。オレにではなかったので、多分近くにいる上司とかにだろう。
「えっと、機密ということで取材断ってたんですけど、ようやく許可が出たんで」
ていうかこのままじゃオレが危ないんで。
「わかりました、はい、ありがとうございます!!時間は、今日・・・はもうだめか、明日!明日はどうですか!?」
女子高生のようなはしゃぎっぷりである。とりあえずオレも早く済ませたかったし、明日はどうせシフトも入っていないので明日ということになった。
ケータイを切っていそいそと押し入れの中に入り込む。気疲れが半端ない。明日もマジ憂鬱。こんなときはさっさと寝てしまうに限る。