prologue
21世紀が来た!なんて騒いでいたのももう一世紀近く前の話。新鮮に感じていたらしい西暦の千の位の数もさすがにもう億劫で、日々の生活には張りがない。
ダンカイノセダイとかいう歴史上の人物たちが大量にこの世を去った後、日本の人口は激減した。そりゃあそうだろう。ただでさえ結婚率が下がっているというのに子供の数は平均するとほぼ一夫婦で一人程度だ。どうやら日本人は生き残る気がないらしい。
ただし、人口減少の理由はそれだけではない。いつの間にか死は恐怖じゃなくなった頭のおかしい集団が増えて、ひょいひょい人が自殺する。飛び降り、毒死、リスカに水死、なんでもござれだ。そりゃあ土地と環境にもよるけれど、一時期は都会に住んでいる人で飛び降り自殺を見たことのないものは貴重とされるほどだったらしい。わからないでもない。あんだけ高い建物に並ばれたらライト兄弟じゃなくても空の1つ飛んでみたくなる。
だが、そんな集団と隣り合わせに必死に生きている病人たち。たとえば骨髄移植を望んでいる少女とか、心臓を病んでいる男だとか、彼らにしてみたら「てめーの体、オレによこしてから死にやがれ」と怒り心頭を通り越して怒り沸騰だろう。いや、そこまで思っているかどうかは定かではないが、自殺者話を聞いていい思いはしないはずだ。
というわけで8年ほど前に国がついに乗り出した。それは新しい法律としてちゃんと新聞にも掲示され、回覧板にも張り出された。冗談のような本気の法律だ。
その名も『自殺支援法』―――
「自殺者支援法」ではないことに留意していただきたい。この法では自殺志願者など救わない。救われるのは飛び降り自殺者に運悪くぶつかってしまう人だとか、硫化水素で死ぬ奴らの周囲の人間だとか、そんな人たち。
ようするに、国であなたの自殺を請け負いますからそこらへんで勝手に死なないでくださいね、という人道とか全く無視の法律。
だけどこれがかなり有効で、施行された次の年から自殺者が10分の1に減ったのは皮肉なものだ。やっぱ人間苦しくないように薬でころりと死にたいらしい。さらに、自殺者のフレッシュな臓器はそのままレシピエントに提供される。まさに捨てるところがない。周囲に慈愛を無差別に振り撒く仏様じゃなくてもどちらがいいかは明白だろう。
一応細かいルールがあるが、そんなことは死にたい奴だけ知っとけばいい。知りたきゃ勝手にググれカス。
ま。要するにそんな時代。