プロローグ
いつもの日常。
いつものネットのグループ。
ゲーミングチェアに腰をかけて、
ヘッドフォン越しに画面の向こうと繋がる。
それがいつもの日常。
画面の向こうでは、いつものメンバーが騒いでいる。
「ふははは」
「なにわろてんねんw」
「にゃむもなにわろてん」
わたなべが笑って、それにくろきが突っ込む。
その流れにうりぼうが小さく笑う。
うらりはそれを聞いてケタケタ笑っている。
「ろざ、それ何してんの?」
「レベル上げ」
しそがろざに絡んで、ろざが適当に返す。
「いや、それさっきも言ってなかった?」
「言ってたかも」
「だよねw」
まっきーが途中から混ざり、いくらとあいもそれに混ざる。
「うらりもはやくきて」
「いや無理じゃない?w」
「はぁ〜いけるし〜」
ちょんとゆりかがうらりを誘い、ねゆまるもその輪に入る。
「おい、おまえよわ〜」
「は?やんの?」
「ざこ〜」
「うぜぇw」
くれがいちのせを煽って、いちのせが軽く返す。
騒がしい。
でも、それが普通だった。
顔を知らない15人。
それでも、もう“いつものメンバー”になっている。
みんなでゲームをしたり雑談したりそんな楽しい時間が今日も過ぎていく。
そのはずだった。
会話が、一瞬だけ止まる。
誰かが黙ったわけじゃない。
音が消えたわけでもない。
ただ、会話の流れが一瞬止まる。
「……今なんか変じゃなかった?」
にゃむがそう言う。
「え?」
「何が?」
「気のせいちゃう?」
返事はすぐ返ってくる。
「いや、今なんか一瞬止まらんかった?」
「止まってないやろ」
「いや止まってたって」
軽い言い合いになる。
次の瞬間。
視界が暗転する。
落ちる感覚じゃない。
押されるでもない。
ただ、視界が消える。
「え、ちょ、なにこれ」
誰かの声が途中で途切れる。
そのまま、世界が割れるように消えた。
⸻
気づくと、そこは何もない空間だった。
白でも黒でもない。
音はあるのに、距離が分からない。
立っているのか浮いているのかすら曖昧で、体だけがそこにある感じがする。
「……え?」
「どここれ」
「意味わかんないんだけど」
声が一気に重なる。
にゃむは、その声に違和感を覚えるより先に気づく。
——これ、みんなの声だ。
「……みんな?」
その一言で、一瞬だけ空気が止まる。
「え、にゃむさん?」
「え、ちょ、ほんまに?」
「え、わたなべ?」
「ぼーもおるやん」
混乱が一気に跳ね上がる。
困惑している者、周囲を見回す者、笑って誤魔化す者。
それぞれが、初めて“声の相手”を認識している。
「え、想像と違うんやけど」
「それはお前もやろw」
「いや今それどころじゃなくね?」
声が重なり、会話が成立していく。
⸻
初めてだった。
声だけの関係だった相手が、同じ場所にいる。
にゃむは周囲を見回す。
全員、困惑している。
それなのに、どこか空気が軽い。
怖いというより、意味が分からないが勝っている。
「いや、まじでどこなんここ」
「夢?」
「でも痛覚あるくね?」
「いや試すな試すなw」
「待って、ほんまに意味わからん」
こんな状況なのに、いつもの空気が消えない。
にゃむは自分の手を見る。
ちゃんと動く。
感覚もある。
夢にしては妙にリアルだった。
「……とりあえず整理せん?」
うりぼうが落ち着いた声で言う。
その一言で、少しだけ空気が落ち着いた。
「整理って言われてもなぁ」
「まずここどこやねんって話」
「てかなんでみんなおるん?」
「そこよな」
会話が飛び交う。
でも誰も答えを持っていない。
白い空間は、どこまでも続いていた。
壁もない。
床もあるのか分からない。
なのに落ちる感じもしない。
「これさ、VRとかじゃないよな?」
「いや規模感おかしいやろ」
「誰が作れんねんこんなん」
「政府?」
「なんで政府がうちら集めんねんw」
少しずつ、みんな周囲を見始める。
そして同時に、お互いを見る。
「……ほんまに、みんななんや」
うらりがぽつりと呟く。
今まで声しか知らなかった相手。
顔も、表情も、仕草も知らなかった。
それが今、目の前にいる。
「なんか変な感じするな」
「分かる」
「声知ってるのに初対面なんよな」
不思議な感覚だった。
初めましてのはずなのに、初めましてじゃない。
そのとき。
空間が、揺れた。
「……え?」
白い世界に、ひびみたいなものが走る。
ガラスが割れる直前みたいに、空間そのものが軋む。
「ちょ、なに」
「またなんか来る?」
「いや待ってこれやば——」
次の瞬間。
世界が崩れた。
視界が引っ張られる。
浮いているのか、落ちているのかも分からない。
白が伸びて、砕けて、全部混ざる。
誰かの声が聞こえた。
でも、途中から聞き取れなくなる。
にゃむはとっさに目を閉じた。
そして——。
その夜。
世界のどこにも存在しないはずの空間から、この世界に魂が落ちる。
それは、誰にも観測されず
空を飛ぶ竜も。
深淵に沈む異形も。
大陸を統べる王たちも。
まだ、誰も知らない。
九つの大陸。
魔力に満ちた世界。
魔力、数多の種族と古き種族が存在する世界。
その均衡が、ほんのわずかに揺れたことを。
巨大な円形の大地。
草原にしか見えないその場所へ。
静かに。
音もなく。
まだ、誰も知らない。
それが、この世界を大きく変える始まりになることを。




