第三話:孝行息子の臓腑
なし
祝言の夜から三日。お花は死ななかった。
泥溜めに逆さまに吊るされ、尊厳を吸い尽くされたはずの彼女は、今、名主・徳右衛門の寝所にいた。泥にまみれた白装束は脱ぎ捨てられ、代わりに名主から与えられた、毒々しいほど鮮やかな朱色の着物を纏っている。
「……お前は、案外と物分かりが良いな」
名主の肥えた手が、お花の喉元をなぞる。お花は拒まず、ただ虚ろな瞳で天井を見つめていた。その瞳の奥には、もはや涙の一滴も残っていない。
「名主様……。伝次との暮らしを許してくださるなら、私はあなたの『飼いアワビ』にでも何にでもなります。ただ、一つだけ……」
「ほう、願いか?」
「母を……。故郷に残してきた、病床の母を救いたいのです」
お花が語ったのは、涙を誘う**「親孝行」**の話だった。名主はその殊勝な態度に悦び、お花の「孝行」を村の美談として広めることを許した。だが、それが地獄の釜の蓋を開ける合図だとは、誰も気づいていなかった。
名主の寝所を下がったお花を待っていたのは、産婆のお兼であった。
「名主様のお墨付きをいただいたようで、重畳だねぇ、お花」
お兼は、しわがれた声で笑いながら、お花を竹藪の奥にある己の長屋――村の女たちが「肉」へと作り替えられる産屋へと連行した。そこは、死んだ獣の腹の中を通り抜けてくるような、生ぬるい臭いが充満していた。
お兼はお花の朱色の着物を剥ぎ取ると、再びその四肢を粗末な木枠に括り付けた。
「いいかい。名主様が満足される『孝行娘』になるには、お前のその、伝次への未練という名の『恥』を削ぎ落とさなきゃいけないんだ」
お兼が取り出したのは、鈍く光る真鍮のヘラと、得体の知れない黒い油脂が詰まった壺だった。彼女はその節くれだった指に油脂を塗りたくり、お花の腿の内側を割るように食い込ませる。
「女の身体ってのはね、戸越の泥と同じなんだよ。捏ねれば捏ねるほど、柔らかくなって、何にでも形を変える。……ほら、ここだ。ここが、まだ伝次の温もりを覚えているねぇ。この『しつけ』の悪い肉を、私が綺麗に削いであげよう」
ヘラの冷たい先端が、お花の最も柔らかな場所に押し当てられる。お花は猿轡代わりに噛まされた布を食いしばり、瞳を天井の煤へと向けた。その激痛の最中、障子の隙間から冷え切った声が滑り込んできた。
「……おい。その『検分』、俺の帳面にはどう書けばいい? 『産婆による、肉の造作』か? それとも単なる『野犬の共食い』か?」
いつからそこにいたのか。久我源三郎が、汚れた縁側に腰を下ろし、**差金**の角で自分の耳の裏を掻いていた。
「……源三郎様。役人様が、産屋に何の御用で? 女の不浄が移りますよ」
お兼は手を止めず、顔だけを歪めて笑った。その瞳には、獲物を愛でる老婆の残忍な執着が宿っている。
「不浄? 鼻が曲がるほどの泥の中に住んでいて、今更何を言う。……続けろよ。俺はただ、名主からの下命で『村の資源』が適正に管理されているかを見に来ただけだ」
源三郎は差金を膝に置き、死人のような目でその蹂躙を凝視した。
助ける素振りなど微塵もない。かといって、愉悦に浸っている風でもない。彼はただ、そこに「現象」があるから見ている――嵐の夜に、道端で壊れていく車輪を眺めるような、虚無の観測者であった。
「……あ、あ、う……!」
お花の瞳に、一筋の光が宿る。源三郎への、助けを求める、あるいは自分を見捨てることへの呪いのような眼差し。だが、源三郎は差金を手の中で一回転させ、冷たく言い放った。
「お花。よく見ておけ。お前を切り刻んでいるその手の主は、かつてお前をこの世に引き上げた産婆だ。……親も同然の女に食われる気分はどうだ? これが戸越の『情愛』だ。しっかりとその臓腑に刻み込んでおけ」
お兼の笑い声が、産屋の湿った空気を震わせる。
ヘラがお花の肌に食い込み、赤い線が走る。源三郎は立ち上がることもなく、ただ懐から不味そうな干し肉を取り出し、咀嚼した。
「……砂を噛んでる方が、まだマシな味がするな」
暗がりの産屋。お花の絶叫を遮るお兼の哄笑と、鉄の定規を弄ぶ源三郎の乾いた視線。
戸越の泥は、女の尊厳を餌にして、ますますその粘り気を増していく。
なし




