第5話「魔王討伐、そして新世界へ」
◆禁欲の魔王城・最深部
白田聖槍は、静かに息を吐いた。
――長かった。この世界に転生してから、幾つもの都市を攻略し、禁欲宗教〈清浄会〉が支配する秩序を破壊し、快楽を奪われた民を解放した。
そして今、聖槍は 魔王城・最深部 にいた。
玉座の前で、サキュバスの魔王が静かに立っていた。
彼女の名は――リュミエラ・イル=ノンパッション。
長い銀髪。吸血種にも似た白い肌。サキュバスでありながら、まったく欲を持たない異質の存在。
「……ようやく来たのね、人間。白田聖槍」
「おう、またせたな。禁欲の女王さんよ」
聖槍は自信満々の笑みを浮かべ、槍を肩に担ぐ。
「この世界を平和に導いた。その功績は認める。だが――」
「だけど、その平和は“味気ねえ”んだよ。
欲望のない世界なんて、ただの死んだ世界だろ?」
リュミエラは薄く瞳を細めた。
「私は……争いのない世界だけを願った。そのために【欲望】を禁止した。
欲が争いを生む。快楽が堕落を生む。ならば、いっそ初めから消してしまえばいい」
「それで幸せかどうかは、民が決めることだ。あんたじゃない」
聖槍は一歩踏み出す。
リュミエラの横顔は、どこか寂しげだった。
「……私は、欲望というものが理解できない。
サキュバスであるのに、なぜか“生まれつき”……その感覚が欠損している。
だから、皆が苦しむのを見ていられなかった」
「優しいな。あんた、実はめちゃくちゃ優しかったんだな」
聖槍の言葉に、リュミエラは驚いたようにわずかに目を見開いた。
「だからこそ、この世界を変えたいんだ。
欲望も平和も共存できる世界にする。
そのためには――あんたを倒す」
「……人間は、本当に愚かで……そして……眩しい」
リュミエラの指先から、漆黒の魔力がほとばしる。
「来なさい。白田聖槍。
私を超えてみせろ。
それがこの世界の、新たな夜明けになるのなら」
◆魔王 vs 白田聖槍
魔王リュミエラの魔力は、空間そのものを歪ませた。
禁欲の結界が足元から生え、聖槍の脚を絡め取ろうとする。
「へっ……これまでの魔族より、だいぶ手強いな!」
聖槍は叫び、スキルを発動する。
《スパルタスペルマ Lv. MAX》
白い光が彼の全身を覆い、魔力が爆発的に上昇する。
結界が砕け散り、魔王の放つ黒い霧を押し返した。
「あなたの力……まるで世界そのものが反応しているよう……!」
「俺の転生スキルは、この世界じゃバグみてえなもんらしい」
聖槍は跳ぶ。
魔王の身体がふわりと宙に浮き、彼を迎え撃つように魔法陣が幾重にも展開された。
――黒炎。
――重力圧。
――精神封印。
サキュバスらしからぬ、苛烈で正確な攻撃。
「すげえな……。
けど!」
聖槍は槍を振り下ろし、魔法陣ごとぶち破った。
その瞬間、リュミエラの頬に細い血の線が浮かんだ。
「……本当に……倒すつもりなのね」
「倒すだけが目的じゃねえよ」
聖槍は微笑む。
その笑みは、魔王がこれまで知らなかった種類のものだった。
「お前の作った“平和”の続きを――
俺がもっと楽しい形にしてやるだけだ。」
「……あなたという人間は……本当に……」
リュミエラは震える指先を伸ばし、最後の力を解き放つ。
巨大な黒翼が背中から生え、魔王の姿が神々しく変貌する。
魔王の最終形態。
「来い、聖槍……!」
「おうよ!」
白と黒が激突した。
爆音が世界を震わせ、魔王城の大広間が砕け散る。
二人の姿は光と闇の柱の中に消え――
そして。
◆勝敗
光がゆっくりと収まり、床には一人、膝をついた魔王の姿があった。
リュミエラの胸元を、聖槍の槍がそっと触れている。
致命傷にはしていない。
「これで……終わりか」
「終わりだ。
けど――始まりでもある」
リュミエラは静かに目を閉じて、微笑んだ。
生まれて初めて見せた、穏やかな微笑だった。
「……あなたに託すわ。
私は平和を、あなたは……欲望を。
――この世界を、どうか……」
彼女の身体は光となって溶け、聖槍の中へ吸い込まれる。
魔王の魂は討たれた。
だが、滅びてはいない。
聖槍の新たな力となった。
◆新世界の創造
魔王城の屋上に立ち、聖槍は空を見上げた。
禁欲の結界が消え、世界に風が戻った。
人々の心に眠っていた欲望が、ゆっくりと蘇っていく。
聖槍の後ろには、これまで従えてきた女性の従者たちが並んでいた。
エンフィールの剣舞巫女・レイラ。
獣人族の戦乙女・ミルラ。
砂漠の呪術師・ザラ。
そして――魔王の残滓を宿したリュミエラの意識。
彼女たちは皆、聖槍の新世界の担い手だ。
「行くぞ。
ここから“ほんとの世界”だ」
レイラが頬を染め、ミルラが尾を揺らし、ザラが妖しい笑みを浮かべる。
そして、リュミエラの声が聖槍の心に響いた。
『あなたの選ぶ世界が……どうか、多くの者を救いますように』
「任せろ。
――俺が、この世界を“楽園”にしてやる」
白田 聖槍は高らかに宣言した。
世界の転換点は、この日を境に訪れる。
欲望と平和が両立する、新たな秩序――
白田聖槍による“快楽世界時代”が幕を開けた。




