第4話「禁欲の魔王城」
◆序──静寂の地へ
“堕落の森の残滓”を浄化してから五日後。
白田聖槍の一行は、北方にそびえる黒き山岳地帯──デスガルド連峰 の麓に到着していた。
その頂に建つのは、かつて欲望の魔王オルグレイザの盟友とされ、
己の欲を断ち、禁欲を極めた魔王 が住まうとされる古城。
名は──
“禁欲の魔王城”
世界でも屈指の危険地帯。
だが聖槍は迷いなく、その城を目指していた。
「……本当に行くんですか、聖槍様」
黒髪の影使い──従者 エリーゼ が、不安そうに隣へ並ぶ。
「魔王の残滓がここに集まり始めている。放置したら、大陸の北半分が汚染される可能性がある」
聖槍は短く言い切った。
彼の声は静かだったが、その奥に宿る決意は揺るぎない。
「ハハッ! それでこそ我らの主殿よ!」
蒼白の雷を纏う従者 ルガード が豪快に笑い、肩に担いだ戦斧を揺らした。
「魔王城がどうだろうと、道を開くのが従者の役目だ!」
「いいや、道は“影”が造る」
エリーゼが淡々と反論する。
「ルガードが突撃して道を壊す前に、すでに私が切り拓いています」
「なんだと……?」
「事実です」
「おい主殿! こいつ殴っていいか!?」
「やめろ二人とも」
聖槍が深い溜息をつく。
相変わらずだが、こういうやりとりが、地獄の旅路の空気を軽くしてくれていた。
──だが、その油断を砕くように。
山肌が、不自然な振動を帯びた。
「ッ……風の流れが乱れている」
「主殿、上だ!」
聖槍が顔を上げた。
黒い霧が空を覆い、その中心から、翼を持つ巨大な影が姿を現す。
「魔王の残滓……“禁欲種”です!」
エリーゼの叫びと同時に、旅の第四章が幕を開けた。
◆一──禁欲種の尖兵たち
黒霧から現れたのは、瘦せ細った悪魔のような尖兵。
だがその顔には“欲”の欠片もない。
眼は虚無、体は乾き切り、ただ“使命”だけで動いている。
「……欲を断たれた魔族か」
聖槍は眉をひそめる。
本来、魔族は欲望によって力を増す存在。
それを断たれるということは、人格や本能すら捨て去った、
“人形”のような兵士になるということだ。
「気をつけてください。彼らは痛みも快楽も恐怖も感じない……ただ魔王の命令だけで動きます」
「殴り甲斐がなさそうだな!」
ルガードが戦斧を構えた瞬間──
十体もの禁欲種が、凄まじい速度で地上へ急降下してきた。
「来るぞ!」
◆白雷の従者・ルガード
「白雷化……起動ッ!!」
空気が爆ぜた。
ルガードの身体が雷そのものへ変化し、一瞬で禁欲種の群れへ飛び込む。
その動きはまるで稲妻。
「うおおおおッ!!」
「キィ……!!」
雷光の軌跡だけが残り、禁欲種の胴体が次々と砕け散る。
◆影の従者・エリーゼ
一方、エリーゼの影が足元から十数倍に広がり、地面ごと黒く染める。
「……主様に触れるな」
影が形を変え、暗黒の刃が生み出される。
無音のまま禁欲種の首を切り落とす。
光すら呑むような斬撃。
「影装・第三段階──“無形斬”」
高速の影刃が空間を裂くたび、禁欲種が溶けるように消滅した。
◆聖槍
聖槍は一歩も動かず、ただ掌を上げた。
「……《闇穿》」
黒い光線が放たれ、遠くの禁欲種を正確に貫いた。
(やはり……俺の闇資質は強くなっている)
森の戦いで覚醒した聖槍の“闇の主形態”は、
彼の魔力を根本から変えていた。
無意識に、闇が周囲を覆う。
「主様……以前より魔力の圧が強い」
エリーゼも驚きを隠せない。
「気をつけろ、聖槍。力が暴走すれば──」
「わかってる。……だからこそ、制御しながら進むんだ」
聖槍は静かに言い、黒霧に包まれた山頂へと目を向けた。
──そこに最初の“魔王”が待っている。
◆二──禁欲の魔王城へ
禁欲種の群れを突破した一行は、山頂にそびえ立つ黒き古城へと辿りついた。
石造りは禍々しいが、どこか“神聖さ”すら感じる。
「……妙な気配だな」
ルガードが眉をひそめた。
「魔城なのに、欲望の気配がまったくない」
「その通りです。ここは“欲を断つ者だけが生きられる場所”。
内部は、あらゆる欲を試す試練になっていると伝えられています」
エリーゼが説明する。
「つまり、食欲も、睡眠欲も、色欲も……いろんな誘惑が来る、ってことか」
聖槍が言うと、エリーゼが小さく頷く。
「はい。主様でも……心を乱されるかもしれません」
「大丈夫だって」
「いえ、大丈夫ではありません。
主様はエンフィールで女性からの誘惑に弱いことが判明しています」
「やめろ思い出すから」
「記録として残っています」
「残すな」
軽口を叩きながらも、三人の緊張は高まっていた。
魔王城の扉が、風もないのに音を立てて開く。
──試練が始まる。
◆三──第一の試練:飢欲の回廊
城内に入ると、空気が一気に変わった。
乾いた風。
空気中の魔素が薄い。
「……腹が……」
ルガードがうずくまった。
彼は巨体だが、食欲が魔力に直結する種族。
その食欲を奪われれば、ただの成人男性より弱くなる。
「この回廊は……食欲を奪う罠か」
聖槍はすぐに壁へ触れ、魔力の流れを読む。
石壁そのものから、特殊な魔力が吸い出されていた。
「主殿……少し……頼む……」
ルガードが膝をつく。
「大丈夫。影で支えて」
「……はい」
エリーゼが影を伸ばし、ルガードの体を包む。
すると魔力消耗が緩和され、少し楽になった。
(……この城の“欲を断つ”という思想……本気だな)
聖槍は歩きながら考える。
そして回廊の奥に到達した瞬間──
巨大な“飢餓魔像”が壁からひび割れ、動き出した。
「グォォォ……!!」
「石像かよ!」
戦闘が始まる。
◆ルガード
「食欲なんぞ必要ねえ! 蒼雷化ッ!!」
飢えの痛みに耐えながら、再び雷の姿へ。
◆エリーゼ
「影装・四段──《影縛》!」
影が鎖となり、魔像の動きを封じる。
◆聖槍
「終わりだ……《深淵穿》!」
黒槍のような闇の魔力が放たれ、魔像を粉砕した。
回廊の魔力が消え、ルガードが息を整える。
「……主殿、恩に着る」
「礼はいらない。ここはまだ“最初の試練”だ」
◆四──第二の試練:色欲の聖堂
回廊の先にあったのは、真っ白な大広間だった。
石柱に囲まれ、中央に水鏡のような池が広がる。
すると水面から──
古代の巫女の姿をした女性達が現れた。
その身体は淡く光り、表情はどこか悲しげで、しかし魅惑的。
「……色欲か」
聖槍は息を飲む。
「気をつけてください。彼女たちは誘惑するのが役目。
主様の精神力を崩せば、あなたの“闇資質”は制御を失います」
「つまり最悪、俺が暴走するってことか」
「はい」
エリーゼが真剣に頷いた。
「主様の精神が乱れた瞬間……私はあなたを縛ってでも止めます」
「こええな!?」
だが次の瞬間、巫女たちが踊るように近づいてくる。
『……あなたは疲れているでしょう?』
『少し休んで……私の胸で眠れば……』
『孤独でしょう?』
『あなたの力、全部受け止めてあげる……』
その声は甘く、脳を直接撫でるようだった。
(……やばい。俺でも、揺らぐ……)
そのとき。
「主様!」
エリーゼが聖槍の手を握った。
その手は冷たくて、真っ直ぐだった。
「ここに……あなたを欲しがる影がいます」
「…………」
「私が……一番、主様を理解しています」
「いやそれはそれで重くない?」
「事実です」
だめだ、逃げ場がねえ。
しかしそのおかげで聖槍の精神は安定した。
影が広がり、巫女たちを包む。
「影装・第五段──《影哭》」
巫女たちは消え、聖堂が静寂に戻った。
「……助かった」
「はい、主様。
誘惑は、私の敵です」
「敵って何だよ」
「敵です」
エリーゼの感情は複雑だが、確かに聖槍を救っていた。
◆五──第三の試練:禁欲の王座
最奥に進むと、白い大広間が現れた。
中心の玉座に座るのは──
黒と白の鎧を纏った青年の魔族。
その瞳は無感情で、光も欲望もない。
「……お前が、“禁欲の魔王”か」
聖槍が言うと、青年は静かに頷いた。
「我が名は、魔王ヴァイス・アステール。
欲を断ち、魂を純化させる“禁欲”の魔王」
その声は氷のように冷たく、響きは澄んでいた。
「なぜ人々を襲った?」
「襲ってはいない。
ただ欲を断ち、苦しみを取り除いただけだ」
「欲を奪うのは……生きる意味を奪うのと同じだ!」
聖槍の言葉に、魔王は淡く微笑んだ。
「それは人の論理。
欲は争いを生み、苦しみを生み、罪を生む。
ならば断てばいい。
欲をなくし、静寂の世界を作る」
「……だから“残滓”が生まれたのか」
「残滓は、欲を断たれた者の成れの果て。
彼らは苦しみを捨て、ただ使命を持つ。
美しき存在だと思わぬか」
「思わねぇよ!」
その瞬間、魔王の身体が光を帯びる。
「ならば証明せよ。“欲”を持つ価値を」
「上等だ!」
──戦闘が始まる。
◆六──戦闘:禁欲の魔王
■魔王ヴァイス
「静寂波」
白い衝撃波が放たれ、空気中の魔素が凍りつく。
■ルガード
「蒼雷化ッ!!」
蒼雷が衝撃波を打ち消し、魔王へ肉薄。
「らあああッ!!」
巨大な斧が振り下ろされるが──
■魔王ヴァイス
「無欲の障壁」
透明の壁に阻まれる。
「ならば!」
■エリーゼ
「影装六段──《影葬》!」
影刃が魔王を包むが、魔王は一歩も動かない。
「影……雷……力に頼る者は弱い」
■白田聖槍
「そうかよ……なら、これはどうだッ!」
聖槍の全身から闇が広がり、目が黒く染まる。
──“闇の主形態”
「暗黒穿!!」
黒槍の魔力が魔王へ一直線に迫る。
だが──
■魔王ヴァイス
「静寂・完全領域」
音も光も闇も吸う、完全な“無”の領域が生まれた。
「ッ……消えた!?」
聖槍の魔力が相殺される。
「主様!」
(……負けるかよ!)
聖槍は歯を食いしばり、闇をさらに濃くする。
そのときだった。
──“聖槍様。あなたは……欲を恐れているのですか?”
エリーゼの声が後ろから聞こえた。
振り返ると、彼女は影を使わず、ただ手を伸ばしていた。
「あなたの“欲”は……誰かを守りたいという、“願い”です。
それを恐れないでください」
「エリーゼ……」
「それこそが……あなたの力です」
その言葉が、聖槍の胸の闇を溶かした。
(そうか……俺の“欲”は……)
──誰かを救いたいという、ただの願い。
「いくぞ、魔王。
“欲”が弱さだと言うなら……その弱さで、お前を倒す!」
■白田聖槍
「《深淵解放》!!」
闇の主形態がさらに覚醒し、周囲の空気が震えた。
「これが……俺の、欲の力だッ!!」
「愚かな──」
「終わりだッ! 黒天穿光!!」
黒光が魔王を貫いた。
白い鎧が砕け、魔王は膝をついた。
◆七──魔王の願い
魔王ヴァイスは、静かに立ち上がった。
「……人の“欲”は、汚れではないのかもしれぬ」
「わかってくれたか」
「いや……わからぬ。
だが、お前の“欲”が……あまりに美しかった」
魔王は胸に手を当て、光を聖槍へ渡した。
「この力を持て。
“禁欲の加護”──己の欲が暴走するとき、それを鎮める力だ」
「……ありがとう」
「願わくば……世界を救え、白田聖槍」
魔王の身体は光となり、静かに消滅した。
広間に残ったのは、聖槍と従者たちだけだった。
「主様……」
エリーゼが近づき、聖槍の腕に触れる。
「あなたの“欲”に……私は惹かれています」
「また重いこと言ったな」
「本音です」
横でルガードが半ば呆れ顔だ。
「主殿……旅が終わる頃には、影娘の“欲”の方が強くなってそうだな」
「その通りです」
「肯定すんな!」
だが三人の笑い声は、黒い魔王城の中にやさしく響いた。
──こうして白田聖槍は、
“禁欲の魔王の加護” を得て、さらに強くなった。
次の地に眠る魔王は、どんな思想と力を持つのか。
旅は、続く。




