第3話「解放の旅と覚醒の従者たち」
◆序──滅びの大地にて
快楽都市エンフィールを奪還してから三日。
聖槍の前には、ようやく確立し始めた“英雄”としての立場が静かに形を成していた。
瓦礫と化した街は、いまだ癒えない傷を抱えている。
だがそこに立つ人々の眼には、もはや恐怖だけではなく、確かな希望の光が灯っていた。
その中心にいるのが、自分だという事実は、迅にとってどこか現実味がなかった。
「……俺が、か」
崩れた神殿の階段に腰かけ、拾ってきた水筒を口に運びながら、迅は思わず空を仰いだ。
異世界に転生し、あやふやなまま戦いの渦に放り込まれ、気まぐれのように授けられた“闇属性の適性”。
戦いの最中、彼はその力に逆らえず、勝利と同時に何かを失った。
それでも──守れたものがある。
「……悪くないよな」
静かに立ち上がると、視線の先に仲間たちの姿があった。
かつて都市を牛耳っていた欲望の魔王オルグレイザの支配が消えたことで、街には解放感が溢れている。
しかし同時に、各地に残された“魔王の残滓”が各地で暴れはじめ、情勢はより混迷しつつあった。
つまり──聖槍にはまだ、やるべきことがある。
彼の旅は、まだ始まりにすぎなかった。
◆一──従者たちの覚醒
「主様、よろしいですか?」
声をかけてきたのは、影から現れた少女──
聖槍に忠誠を誓う“影使い”の従者 エリーゼ だった。
黒髪を短く結い、薄い紫の瞳を揺らしながら、彼女は迅の隣に静かに膝をつく。
彼女はもともと、オルグレイザに魂を縛られ、暗殺専門の“影兵”として育てられた存在。
聖槍との戦いと救済を経て、彼に“主”としての忠誠を誓った。
「エリーゼ。そんなに畏まるな。俺は偉い人間でもなんでもない」
「……聖槍様がどう思おうと、私たちにとってあなたは“光”なのです」
その声音は真剣で、嘘の欠片もなかった。
エンフィールで迅が奪ったもの。
そして救ったもの。
その両方を抱えながら、迅は彼女の瞳を見る。
「で、何かあったのか?」
「はい。〈影装〉の再契約が完了しました。主様の魔力により、私の能力は以前よりも強化されています」
「影装……?」
エリーゼは軽く頷き、手の甲に黒紫色の魔法陣を浮かび上がらせた。
「主様の魔力と同調したことで、“影”そのものの密度と形状を変えられるように。
──そしてもう一つ。主様の感情に反応して、能力が跳ね上がる特性が」
「いや待て、その説明は危険な香りしかしないんだが」
「主様の激情……嫉妬、怒り、焦り、そして欲情など。
それらを受けて、私はより強力な影を操れるように──」
「最後の一個だけ何で言葉のボリューム落とした!?」
エリーゼはわずかに口元を赤くし、しかし目は真剣だった。
「“従者”とは、主の生きた魔力を糧に成長するものです。
これは古い契約体系で……主様の意思であれば、私はそのすべてを受け取ります」
「すべてって……?」
「……すべて、です」
あまり深掘りすると倫理観が崩れるので、迅はあえて引き下がった。
◆二──もう一人の従者・蒼雷の戦士
そこへ、豪快な足音が響いた。
「ハハッ! 主殿、影娘の契約が済んだか!
なら次は我の番だろう!」
そう言って現れたのは、青白い髪と金の瞳を持つ青年──
元エンフィール防衛部隊隊長にして、“白雷の従者” ルガード。
彼は圧倒的な体格を誇り、その筋肉は大地すら割るような迫力を持つ。
もともとオルグレイザの精神支配により敵対していたが、迅に救われたことで忠誠を誓った。
「ルガード……お前も何か覚醒したのか?」
「無論だとも! 主殿の魔力は驚異的だ。
我の体を流れる雷の魔力と共鳴し、“白雷化”の時間が飛躍的に伸びた」
「白雷化って……全身が雷そのものになるあれだよな?」
「そうだ。完全覚醒すれば、主殿の魔力と組み合わせて“闇雷”を使えるだろう。
対軍戦において絶大なる破壊力を持つはずだ!」
「いや危険すぎるだろそれ!」
聖槍が慌てて制止するが、ルガードは豪快に笑うだけ。
「主殿は遠慮しすぎだ。
我らは主殿の剣、主殿の影、主殿の雷。
そのための“従者”だろう?」
それはどこか誇らしい響きを持つ言葉だった。
聖槍は少しだけ胸が熱くなる。
◆三──影の残滓と、新たなる旅路
従者たちの覚醒と同じころ、街の外を偵察していた警備兵が駆け込んできた。
「白田 聖槍殿! 北方の“堕落の森”にて魔王の残滓が発見されたとの報告が!」
周囲がざわめく。
堕落の森──それは、かつてオルグレイザが人々を捕らえ、欲望を増幅させる“魔力植物”を育てていた場所。
その根源がまだ残っている可能性がある。
「聖槍様……どうなさいますか」
エリーゼが問う。ルガードも拳を握りしめる。
聖槍は深く息を吸った。
「行く。放置はできない」
迷いはなかった。
彼自身の力がどれほど危険で、どれほど他者を傷つけ得るとしても──
誰かの希望になるために、力を使いたい。
それが、迅の戦う理由だった。
◆四──旅の幕開け
エンフィールの街を出発する準備が整った。
聖槍、エリーゼ、ルガード。
そして、復興のために街に残る仲間からの期待を背負いながら、一行は北へと進む。
旅路の最中、ルガードがふと言った。
「主殿。エリーゼと我……どちらが主殿の“第一従者”なのだ?」
その質問に、エリーゼがゆっくりと視線を向ける。
「ルガード。従者とは序列ではありません。主様が望む形で寄り添えばよい」
「いやしかし……!」
突然、二人の間に火花が散り始める。
影と雷がぶつかり合う直前、迅が慌てて叫んだ。
「全員第一従者でいい!!」
「「――――ッ!!」」
なぜか二人の表情が同時に輝いた。
「主様……!」
「主殿ッ……!」
「いやだから違うんだって!」
なんだか余計こじれた気がするが、旅は続く。
◆五──堕落の森、その奥へ
数日後。
一行はついに、黒く染まった森の入り口へ辿りついた。
かつて人間が憩いのために造った森は、今では腐敗臭と脈打つ木々の気配に満ちている。
「……ここが“残滓”の巣か」
「主様、気をつけてください。この森……生きています」
エリーゼが影を広げ、周囲の気配を探る。
一方、ルガードは雷を纏いながら前方を睨む。
その時──
地面が脈動した。
根が動き、茨が伸び、樹木が悲鳴のような軋みをあげながら変形していく。
そして現れたのは、巨大な“魔樹”。
その中心には、人の腕のような枝をまとわせ、赤い眼に似た魔石が輝いていた。
まるで怨嗟を吐き出すかのように、森が叫ぶ。
「ォォォォオ……オオ……!!」
「聖槍様……あれは“魔王の残滓”です」
聖槍は息を呑む。
「また……戦わなきゃいけないのか」
「いいえ」
エリーゼが言った。
「主様は、守るために戦うのです」
その言葉に──
迅の中で、何かが再び燃え始めた。
◆六──覚醒・“闇の主”
森の奥へ進むごとに、残滓の瘴気は濃くなる。
木々は形を失い、獣のように襲いかかってきた。
「白雷化──起動ッ!!」
ルガードが身体を白い雷へ変化させ、次々と魔樹を切り裂いていく。
空気が焦げ、轟音が森を揺らす。
エリーゼも影を広げ、十数体の影兵を生み出す。
「主様に触れるな……!」
彼女の一撃一撃は鋭く、迷いがなかった。
そのなかで──迅の胸の奥に異変が生じる。
(……何だ、この感じは)
心臓が早鐘を打ち、世界が強い暗色に染まっていく。
まるで森の瘴気を飲み込み、それを自らの魔力へ変えるように。
「聖槍様……魔力が……!」
エリーゼが驚愕する。
ルガードが振り返り、目を見開いた。
「これは……主殿の闇資質が変質しているッ!」
(まさか……俺も“覚醒”しているのか……?)
迅の全身から黒いオーラが立ち昇る。
それは穏やかでありながら、圧倒的な威圧感を伴っていた。
──“闇の主”形態。
闇属性の高位存在が到達する、始原の魔力形態。
「俺は……逃げない」
聖槍が一歩踏み出すと、世界が揺れた。
彼の魔力が森全体に広がり、“残滓”を押し返す。
そして──
聖槍は掌を魔樹へ向け、ただ一言を放った。
「消えろ」
黒い魔力が奔流となり、魔樹を、一瞬で塵に変えた。
森が──静まり返る。
◆七──そして旅は続く
「聖槍様……その力……」
エリーゼの瞳が揺れている。
ルガードも息を呑んでいた。
聖槍は静かに息を吐いた。
「俺も……この世界で、戦う力が手に入りつつあるみたいだ」
「主殿……!」
ルガードが膝をつき、拳を胸に当てる。
「我ら従者、命を懸けてお供する。
主殿の“闇”がどれほど深くとも──それを光へ変えるのは我らの役目だ」
「聖槍様……どうか、私にも……あなたの隣に立つことを許してください」
エリーゼも跪く。
迅は二人を見つめ、そして微笑んだ。
「当たり前だろ。
……みんなで、この世界を変えるんだ」
その瞬間──
三人の胸にも、確かな炎が宿った。
戦いはまだ続く。
各地に散らばる魔王の残滓。
表に出始めた“七魔将”の動き。
そして、まだ姿を現さない“真の魔王”の影。
けれども、聖槍はもう迷わない。
彼には支えてくれる仲間がいる。
命を懸けて守りたい絆がある。
だから──進む。
これが、“解放の旅”の第一歩である。




