◆第2話「快楽都市エンフィール奪還戦」
◆◆序:奪われた都市
リュミナと共に町を後にした白田聖槍は、
次の目的地――エンフィールへ向かっていた。
その名は、かつてこの大陸で最も美しく、
最も賑やかだった都市を指す。
歌、踊り、演劇、芸術。
職人たちは自慢の腕を競い、
金貨よりも笑い声の方が価値あるとすら言われるほどだった。
……が、それは“禁欲令”が敷かれる以前の話だ。
「ここが……エンフィール」
街の入り口に立った瞬間、
白田は言葉を失った。
巨大な噴水は止まり、
石畳には落書きすらない。
露店には色彩がなく、
通りの人々は目を伏せて歩いていた。
活気は――ゼロ。
「これ……病院の待合室の方がまだ賑やかじゃんか」
白田の皮肉に、リュミナも悲しげに頷く。
「魔王軍が“欲を刺激するもの”を徹底的に排除したんです。
芸術、舞台、装飾、美食……すべて禁止。
市民は“平穏”の名のもとに、無表情の生活を強いられています」
「平穏って便利な言葉だよな……
本当に必要なのは“生きる喜び”だろうに」
白田は深く息を吸い、歩き始めた。
◆◆一:出会い――沈黙の女剣士
街を進むうちに、
巨大な図書館の前で人だかりを見つけた。
「……また、処罰かもしれません」
リュミナの顔が強張る。
人垣をかき分けると、
そこには甲冑に囲まれた一人の女性がいた。
黒い鎧に身を包み、背中に大剣を背負った女剣士。
だが、その瞳はまるで死人のように冷たい。
「カリンさん……!」
リュミナが小さく叫んだ。
「知り合い?」
「はい。踊り子時代に何度か護衛をしてくれた人です。
でも……こんな無気力な表情、初めて見ます」
カリンは、街の子どもが描いた落書きの前に座っていた。
魔王軍の兵士が怒鳴る。
「落書きは禁欲令第十九項に抵触する。黙って出頭しろ!」
「……落書きひとつで処罰って、どこのディストピアだよ」
白田はため息をつき、兵士の前に立った。
「おいおい、そんなにカリカリしてたら髪抜けるぞ」
「貴様、何者だ!」
「ただの転生者。で、ここを明るい街に戻したいだけさ」
兵士が剣を抜こうとした瞬間――。
カリンが静かに立ち上がった。
「……やめろ。
その男は……悪意がない」
兵士たちは一瞬ひるむ。
「でもカリンさん、あなた……瞳が……」
リュミナが呟く。
カリンの瞳は、完全に“光”を失っていた。
闘志も、怒りも、喜びも。
まるで感情回路が壊れたようだ。
「……禁欲令で、戦う理由を奪われたのね」
リュミナの言葉に、カリンはかすかに震える。
「私には……守りたいものも……倒したい敵も……もうない。
命令されれば動く。ただ、それだけだ」
その声は、ひどく乾いていた。
「……なら、俺がもう一度つけてやるよ。
あんたの“戦う理由”を」
白田はそっと彼女に手を伸ばした。
その瞬間――。
「やめろっ!!」
魔王軍の兵士たちが一斉に襲いかかる。
◆◆二:戦闘――沈黙の刃と情熱の炎
「リュミナ!」
「はい!」
リュミナは踊りのステップで軽やかに人垣を抜け、
炎を纏った舞踏で兵士たちを遠ざける。
「……お前、覚醒したな」
カリンが呟くと、白田はニヤリと笑った。
「さて、あんたの番だよ。
心の奥に隠してる“本当の声”を聞かせてくれ」
《スパルタスペルマ》
白田の手が、カリンの胸元に触れる直前――。
カリンは叫んだ。
「……やめろ!! 私は……戦えない……!!
戦う理由を奪われて……もう……!」
白田は静かに答えた。
「理由なんて、ちょっとの衝動で十分だよ」
彼の手から、“熱”が流れ込む。
カリンの瞳が揺れる。
胸の奥に、ずっと閉じ込めていた“衝動”が形を取り始める。
――誰かを守りたい。
――もっと強くなりたい。
――剣を振るう喜びを、取り戻したい。
その衝動は、まるで風を切る刃のように鋭かった。
「……ああ……これが……私……?」
次の瞬間。
カリンの体から、青白い剣気が爆発した。
風を切る音が街中に響く。
「剣霊術……!?
まさか、まだ使えるなんて!」
リュミナが驚く。
カリンは一歩踏みしめ、
兵士たちに向けて剣を振るった。
だが、その斬撃は寸前で止まり、
衝撃波だけが兵士たちを吹き飛ばした。
「……私は、もう二度と魂を殺さない。
この男がくれた“声”を、無駄にしたくない!」
その声は、凛として美しかった。
◆◆三:出会い――氷の書記官
戦いの後、人々は逃げ散り街は静かになった。
「……ありがとう、白田さん。
あなたがいなかったら……私はずっと空っぽのままでした」
カリンがそう言うと、白田は肩をすくめた。
「空っぽなら、好きに詰めりゃいいだけさ」
「……あなた、本当に変な人です」
「褒め言葉として受け取っとくよ」
三人で図書館の奥に入ると、
静かに本を片付けている女性と目が合った。
黒髪のストレート、知的な眼鏡、青のローブ。
書記官メル。
「あら……騒がしいと思ったら。
また“欲望解放者”が現れたのね」
白田は眉を上げた。
「お、俺の噂もう広まってんの?」
「いえ。魔王軍内部で“危険思想の持ち主”として警戒されています」
「やべえじゃん」
「安心してください。私はあなたを告発しません」
メルは本を閉じた。
「……むしろ、あなたがどこまで世界を変えるのか、興味があります」
「へえ。理性系美女に興味持たれるとか珍しいな」
「気安いですね。あなたのそういうところ、嫌いではありませんが」
メルは淡々としているが、
彼女の声にも“灰色”が混じっていた。
白田は彼女の瞳を見つめ、
そっと手を伸ばした。
「あなたも……心の声、忘れてるだろ?」
「私は……必要ありません。
感情は、理性の妨げになります」
その言葉に、リュミナもカリンも息を呑む。
「メル……あなたまで……」
白田は優しく言う。
「じゃあさ。
妨げにならない感情も、あるんだぜ」
《スパルタスペルマ》が発動する。
メルの瞳が揺れ、
理性の奥に隠していた衝動――
知りたい、探求したい、創りたい、生きたい。
そんな熱が、彼女の中で目を覚ます。
「……これが……私……?」
メルの頬に、初めて赤みがさした。
「ようこそ、“生きてる自分”へ」
白田が笑うと、彼女は僅かに笑った。
「……悪くありませんね。
これほど思考が冴えるのなら、感情も悪くはない」
◆◆終章:奪還――エンフィール解放宣言
三人の女性が覚醒したことで、
エンフィールの空気が変わり始めた。
街の人々に火が灯り、
広場ではかすかに音楽が蘇る。
白田は街の中央に立ち、宣言した。
「エンフィールは――俺たちが取り戻した!!
ここから、世界に色を取り戻す!」
リュミナの炎舞、
カリンの剣霊術、
メルの思考魔法。
その三つの力は、まさに革命の象徴だった。
市民たちが小さく拍手をし、
やがてそれは大きな歓声へと変わる。
「エンフィールばんざーい!!」
「欲を取り戻せ!!」
「生きる力を思い出せ!!」
街は、久しぶりに“熱”で満ちた。
白田は空を見上げた。
「よし……ここからだ。
世界を、本当の意味で生き返らせるぞ」
禁欲の魔王・エリシアは、
この瞬間――わずかに胸騒ぎを覚えていた。




