表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/5

【1話】『転生と無欲の王国』

 気づけば、空があった。

 真っ白で、どこまでも遠くて、雲が切り裂かれるように流れている。


「……あ、これ死んだな俺」


 白田しろた 聖槍せいそうは倒れた。

 会社で書類の山を抱えたまま、ふと意識を失った。

 目覚めたら、この世のものとは思えない白い空間だ。


「はー……働きすぎたんだろうなぁ。俺、恋もしてねえし、やりたいことも途中だったのにな」


 そんな独り言に応えるように、白い空間に“声”が落ちてきた。


『……未練が強い者よ。そなたに転生の機会を与える』


「うお、出た。異世界テンプレ」


『生きるとは何か、欲とは何か――その行く末を見届けたい。

 そなたには相応の力を授けよう』


「力……まさかチート?」


『名を――《スパルタスペルマ》という』


「え。名前のクセすごっ!!」


 白田は叫んだが、声の主は淡々と続ける。


『これは“隠された欲望を強制覚醒させる力”だ。

 そなたの望みを叶える力とも言えるだろう』


「なんかすごい響きだけど、全年齢で説明すると?」


『簡単に言えば―

 《生きる力の根源である衝動を取り戻させる》能力だ』


「おお。……それ、めっちゃいいじゃん」


 白田は思わず笑った。

 自分は好きに生きたい。

 他人も好きに生きてほしい。

 欲望を恥とする世界より、肯定される世界であってほしい。


 そんな小さな哲学を、ずっと胸に抱えてきたから。


『行け。新たな世界へ』


 光が溢れた。


◆◆


 気づけば、砂の匂いがした。

 乾いた風。まばらに立つ石造りの家々。

 空は青く、太陽は眩しい。

 異世界だった。


「……うわ、マジか。転生した」


 通りを歩く人々は静かだ。

 いや、静かというよりも――活気がない。


 露店の店主はぼんやり座り込み、

 子どもたちは遊ばず、

 恋人同士らしき二人でさえ、淡々と歩くだけ。


「なんだこの……“無”みたいな空気」


 気になった白田は、食堂に入った。

 だが、料理に味がほとんどない。

 店主の表情も硬い。


「……ねえ、おっちゃん。ここってこんな感じなの?」


 店主はため息をついた。


「魔王様の御代になってからな。

 人々は“欲を持たぬよう”指導されておる」


「欲を、持たない?」


「娯楽も恋愛も、創作も控えるようにな。

 争いを生むのは欲だという、お触れが出てな……」


「いやいや、それ、生きるのに必要なやつじゃん」


 白田は思わず声を荒げた。

 だが、店主は薄く笑う。


「……慣れたよ。もう、そういう活気を出せる人間も減ってる」


 そう言った店主の目に、

 かすかに何かを諦めた“灰色”が宿っていた。


 白田は胸が熱くなった。


「……ふざけんなよ」


 誰にではなく、世界に対して呟く。


 そのとき、食堂の奥で男たちが噂話をしている声が聞こえた。


「最近、また一人……踊り子が消えたらしいな」

「禁欲令に逆らったから、魔王軍に連れていかれたんじゃねえか」

「昔はこの町、夜になると音楽であふれてたんだがな……」


 白田の拳が震えた。


「……生きる喜びを封じるって、それもう死んでるのと同じじゃねえか」


 胸の奥底から、熱が湧き上がる。


「決めたわ。俺、この世界変える」


 誰も驚かない。

 灰色の世界では、少年漫画じみた宣言など、誰も耳を貸さない。


 けれど白田だけは、確かに聞いていた。


 ――自分の心の声を。


◆◆町外れの丘


 夜。

 白田は丘に座り、月を眺めていた。


「ああ……この月、きれいだな」


 その静寂を破ったのは、微かな歌声だった。


 丘の下で、赤髪の女性が歌っていた。

 いや、歌おうとしていた。

 声は震え、力が入らない。

 歌が途中で消えていく。


 彼女は気づかない。

 白田が見ていることも。


「……歌うの、つらそうだな」


 白田はゆっくりと歩み寄った。


「ねえ、大丈夫?」


 女性は驚き、振り返る。

 褐色の肌に赤髪のショート、

 かつて“踊り子”だった名残を感じる美しい姿だ。


「え……あ、はい。すみません、人に聞かれるのは……」


「歌、好きなんだろ?」


 女性は唇を噛んだ。


「好き、でした。でも……今はもう、出ないんです。

 本当の声は、心の奥に沈んでしまって……」


 白田の胸が震えた。


 ――ああ、この人の“欲望”は、まだ消えてない。


 眠っているだけだ。


「名前、聞いてもいい?」


「リュミナ、です」


 白田は静かに右手を差し出した。


「じゃあさ、リュミナ。

 ちょっと試したいことがあるんだ」


 彼女の瞳が揺れる。


「あなた……何者なんですか?」


「転生者。で、この世界の“灰色”が気に食わないお節介」


 リュミナは戸惑いながらも、白田の手を取った。


「怖がらなくていい。これは痛くないから」


 白田は、そっと――彼女の手を包む。


 胸の奥に小さな熱が走り、

 リュミナの瞳が大きく見開かれる。


「……なに、これ……心が、熱い……!」


 白田のスキル、

 《スパルタスペルマ》が発動する。


 リュミナの心の奥底に眠る

 “踊りたい”“歌いたい”“燃え上がりたい”という

 情熱が、光となって浮かび上がる。


 彼女の体から、赤い炎のような魔力がふわりと揺れた。


「これ……私の……情熱……?」


「そう。生きる力ってやつ」


 リュミナは涙をこぼす。


「返してくれたんですね……私の大事なもの」


「うん。返した、だけ」


 そのとき、遠くから甲冑の音が響いた。


「……魔王軍です。禁欲令に逆らう者を……処罰しに来たんです!」


「なんだよそれ。最低だな」


 白田は肩を回した。


「よし、リュミナ。

 ちょっと暴れっか?」


 彼女は驚いた後、

 ゆっくりと微笑んだ。


「……はい。踊り子として、もう一度ステージに立ちます」


 炎の魔力が、夜空を照らした。


 白田 聖槍の、世界解放の旅がここから始まる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ