5ー1
眠れなかった。
僕は、祖父の作った地下アイドル『Honey Meets Girls』通称ハニガでトップアイドルになり、武道館公演を行わなければ彼の遺産を継ぐことができないことについて、しばらくの間考えていた。
アイドルという偶像商売。ハニガのファンであるハニガるんを誤解させて疑似恋愛の対象となることに疑問を持ち始めたからだ。
そもそも僕だけが遺産を継ぐことはないし、祖父はまだ存命している。
ただ、ハニガの運営はプロの業者に委託しているため、祖父と会う機会はこれまでなかった。
ハニガでトップアイドルになれなかったとしても、父上や母上、また遠縁の親戚でもある拓郎とほぼ同額の遺臣を継ぐことはできる。
しかし、それでは老後まで普通に外で働いて、普通に老いて、人生を終わらせることになる。
僕はもっと時間を贅沢に使いたい。
一年中本を読んで、自堕落な生活をしてみたい。
ハニガなんて今すぐやめてしまおうか。
そう悩んでいる時に、拓郎から呼び出しがきた。
『きらり、これから来れる? 幸子が京都に行ったんで、八ツ橋があるんだ。玉露も手に入れたんだぜ』
拓郎からの呼び出しも久しぶりで、だからこそ、彼の口から幸子さんの名前が出てくると、胸がチクリと傷んだ。
まだ失恋から立ち直れないでいる。
拓郎の婚約者は幸子さんだ。とても美しく、聡明な女性。おそらくとても保身的で、家庭的な側面を持っていることだろう。
なにかというと楽をしようとする僕とは正反対だ。
そうして、幸子さんの隣に拓郎がいること自体が特別なことで、割れた茶碗のようにぴたりと合っていた。
二人なら楽しい人生を共生できるだろう。
でも、どうして拓郎には婚約者がいて、僕にはいないのか。それがわからない。
八ツ橋の誘惑に負けそうになりながら、返事をしないで電話を切った。
今、拓郎の元へ行くとしても、冴えた推理はできそうにない。
それなのに。
どこかで期待してしまう。
もし、拓郎が僕のことを好きだとしたら?
そんなこと、一度だって言ってもらったことがないのに。
ふっと長い黒髪に櫛を入れる速度を速めた。
「髪、切ろうかな?」
毛先を揃えてもらう他は、まったく切っていないことに気がついた。
地下ドルをやるからには、と伸ばしたのがきっかけだ。
もし髪を切ったら、拓郎はどんな顔をするだろうか?
僕はハサミを手に取った。
もし、拓郎が僕に好意を抱いているとしたら。
もしかしたらそれは、僕が受け取る遺産金目当てなんじゃないだろうか?
ふっと口元が緩んだ。
「あいつ、本当にそんな感じがするから抜け目ないんだよな」
瞳からは涙の粒がこぼれた。
つづく




