8
最終話です
「美津代おばあさんは、信二さんが心変わりしたんだろうとわかってはいたの。でもその理由だけは知りたくて、下宿が空き家でもずっと、思い出のクリスマスリース柄のカードを送り続けていたの。毎年約束の場所で約束の時間に待っていると。でも当然誰も住んでいないんだから宛先不明で戻ってきて。でも毎年毎年懲りずに出しているうちに、ある年急にカードが戻ってこなくなったの。だからあそこに山上って名字の誰かが住んでいる。もしかしたらその人が信二さんを知っているかもしれない、信二さんを知っている人を探してくれるかもしれない、信二さんに連絡してくれるかもしれない。そんな僅かな期待を持ってカードを送り続けていたみたい。そしてイブには時計が丘で待っていた。でも苗字は同じでも実際そこに誰が住んでいるかわからないから、勇気が出なくて直接訪ねることはできなかったみたいだけど」
確かに訪ねて来てくれていたとしても、親父とお袋では何もわからなかっただろうし、祖父母に連絡されることもなかっただろう。
そしてカードが戻ってこなくなった時期。それは多分親父が家を建てたころだろう。いい加減な親父はそれを受け取り、『俺知らね。めんどくさ』とそのままゴミ箱へ投入していた。早くにお袋が気づいて送り返していれば、それは小久保美津代の元にお袋からの説明文付きで戻っただろう。美津代は亡くなるまで一人暮らしで、その自宅からカードを出していたから。しかし親父の蛮行にお袋が気づいたのは美津代が亡くなり、カードを送る代行を関口フラワーがするようになってからだった。
「宛先不明で返送されないように、わざと関口方を書かなかったの。だって信二さんの下宿は美津代おばあさんの最後の頼みの綱だったんだもの。これが切れたらもう二度と信二さんに辿り着けない気がして。それに何も言ってこない信二さんに私たち家族は腹も立っていたから、忘れるなって思いもあって、祖母が諦めても私は諦められなかった。だからずっとカードを送ってたの。でもちゃんと考えれば確かに迷惑だったよね。だって山上家は世代交代していて、蓮田信二と言われてもわからないに決まっているのに」
関口博美は悪いと思ったのか、小さく頭を下げた。
俺の母に小久保美津代を知らないと言ったのは、イベント等で忙しい時だけバイトに入ってくれる母方の親戚の女の子ではないかと言われた。小久保美津代の花屋はあの場所ではなく別の町にあったし、その女の子が血縁でもない祖父母世代の人物を把握しているはずもないのだから。
これでもう来年から我が家に、クリスマスカードがくることはなくなるだろう。親父はカードがこようがこまいが気にもしないだろう。お袋は『やっと諦めたのかしら』と言って、年一の小さなストレスがなくなってホッとするくらいか。ただイブの日の待ち合わせの結末を祖父母には話した。二人ともその後の美津代の人生の話には悲しそうな顔をしていた。もっと早くに気にかけて上げられればと。
親父には『カードに興味があるなら祖父母に聞いてくれ』と伝えて、あのカードを返した。親父は『全く興味ねえ』と言っていた。そうだろうな。きっと聞かないしすぐに忘れるのだろう。祖母を天敵とするお袋には何も伝えなかった。
関口博美には、SNSで蓮田信二の親族を探してみないかと提案してみたが、首を振られた。探して見つけても、なぜこうなったか色々とわかったし、もう何も言いたいこともないからと言って。
そして今、俺は――。
「二月十四日がお袋の誕生日なんだ。花束が欲しいんだけど、三千円くらいで」
「え? 勇樹のお母さんバレンタインデーが誕生日なの?」
「そうなんだよ。『男はチョコ私は誕プレ』って言って、お祝いしろと胸を張っている」
「好きな花とか知っている?」
「知らないよ、そんなの。ただかわいい花は似合わないと思うぜ。性格きついから」
あれから。
年末に祖父母に報告に行く時にお土産の花を買いに行き、その時にお友達からでいいからとお付き合いをお願いした。彼女は『イブの夜に改札に来てくれて、いい人だと思う』と言って快諾してくれた。そして電話番号やらメアドやら、あらゆる連絡手段を交換した。簡単に連絡が取れる今の技術は、あのころと比べるとありがたいのだろうなと感じる。
それ以来一緒に遊びに出歩いたりして俺たちの距離は縮まっている――と俺は勝手に思っている。
バレンタインデーにお袋の花束を受け取りに来たら、その時彼女は俺にチョコレートをくれるかな。ちょっと、いやかなり、期待してしまう。
彼女に軽く手を振って店の外へ出ると、雲一つない澄んだ青空の下、見ごろを迎えた隣家の梅花の香りが淡く漂ってきた。
最後まで読んでくださり、ありがとうございましたm(__)m




