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 お互いブレンドコーヒーを注文し、椅子に座って一口飲んでから、はぁと息を吐きだす。やっと一息つけた。やはり外は寒かったし、異常な状況だったし、店内は暖房が効いて暖かいし、マグカップのコーヒーも温かい。彼女もそう感じているだろうと思いながら、まずは俺から口を開こうと思った。


「小久保美津代さんは?」

「十五年前に亡くなったの。だからその後は祖母で最近は私が継いでる」


 『継いでる』とはきっとクリスマスカードを送る行為と、イブの夜に時計が丘で待つ行為だろう。


「美津代さんって呼ばせてもらうけど、彼女と君の関係は?」

「彼女は祖母の妹よ。美津代おばあちゃんはずっと探していたの。将来を誓い合った、恋人の蓮田信二を」


 兄の急病で蓮田信二は突然故郷へ戻った。そしてクリスマスイブには会いたいから、時計が丘の改札で会おうと約束をした。しかし信二は時計が丘に現れなかった。その後手紙が届くことも電話がかかってくることもなかった。美津代は信二の実家の住所も電話番号も知らなかった。信二がどうしているか知りたくて、唯一その手掛かりを知っているのが下宿のお祖母さん(俺の曾祖母)だと思った。そこで下宿を訪ねたのだが、下宿は表札も外され空き家になり、誰も住んでいなかった。信二の元の職場の人に顔見知りもいないので、いきなり聞きに行っても不審がられるかもしれない。美津代はとにかく待った。信二の連絡を待った。しかし今日まで信二からの連絡は一度もない。


「美津代おばあちゃん、信二さんと約束したんだって。結婚して家を建てたら、クリスマスには必ずモミで作ったクリスマスリースを飾ろうって。玄関ドアにもリビングのテーブルにもいくつものリースを」


 しかしその約束は果たされなかった。失意の美津代は結局婚期を逃し、花屋を経営して独身のまま生涯を閉じた。


「店に飾ってある色の抜けたリースはお祖母ちゃんが作ったって説明したけど、実は私のお祖母ちゃんじゃなくて美津代おばあちゃんが亡くなる前の年に作った物なの。美津代おばあちゃんは毎年、売り物以外に自分のためのリースをいくつも作っていたの。信二さんとの生活で飾りたかったって言って。あれはその一つよ」


 美津代の事情は分かった。次は俺の番だ。


「俺の知っていることは少ないけど、信二さんに何があったのか話させてくれ」


 俺は祖母から聞いた話を博美に聞かせた。それは伝えられるべきことが伝えられなかった、悲しい話であった。





 訪問時の祖父母の話で、信二は父親の急病で実家へ戻ったことになっていたが、それは祖父母の記憶違いで後から情報で訂正され、実は病気だったのは信二の兄であった。信二は三人兄弟の末っ子で、上には兄と姉がいた。その兄が急病で実家に戻らされたのだった。実家から信二に連絡がきた時、兄の病状はかなり悪かった。医者からもう長くはないと言われたと、信二は教えられた。信二の兄には小学生以下の子どもが五人いて、兄が後継ぎ予定だった実家の家業もある。信二はかわいい甥や姪を育てるため家と家業を守るため、兄の死後は兄嫁と結婚し、庭師の仕事と恋人を諦め実家の後を継ぐことに決めた。

 しかし信二はその話を直接美津代にできなかった。美津代に会ってしまったら決意が揺らいでしまう、困っている家族を裏切ってしまう、では手紙でもと手紙を書こうとすると感情が昂ってなん枚書いても上手く書けない。悩んだ末、下宿の大家のお祖母さんにだけは手紙を書いた。そしてその内容を美津代に伝えて欲しいとお祖母さんに託したのだが。

 運悪く曾祖母はその時期に倒れ入院、そのまま元気な状態には戻れず介護施設に入ってしまい、下宿屋は閉業空き家になった。祖母の話では、祖母たちは信二の手紙の内容を、曾祖母が倒れる前に美津代に伝えていると思っていた。というかそう思い込んでいた。しかし今になって考えると、伝えていなかったのではないかと言い出した。でもそう考えれば、美津代が信二と会いたがっていた理由と辻褄が合う。


 曾祖母がもう少し元気で美津代に伝えられていたら、伝えて欲しいと祖父母に頼める状態だったら、信二が曾祖母に送った手紙を祖父母がもっと気にかけていたら、俺の親父がもうちょっと面倒見のいい性格なら、俺の両親と祖父母が頻繁に会える仲で相談できていたら、信二だって一度は美津代のその後を気にかけていたら。全てが悪い方向へと向かってしまった。祖父母か父か信二か誰か一人でも気にしてくれていれば、美津代にもっと早く伝えられていたのに。


読んでくださってありがとうございましたm(__)m

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