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関口フラワーを出た俺は、花束の入った紙袋を揺らさないように気を使いながら、それでもできるだけの早歩きで二又台の駅へと戻り始めた。しかしこのまま駅から電車に乗って自宅に帰るつもりはない。俺はこの花束を渡す予定の相手、父方の祖母の家に向かうつもりなのだ。
祖母の家は時計が丘の駅からバスで十分ほどの場所にある住宅街で、駅周辺の喧騒とは無縁の、静かな一角にあった。
俺の祖母は俺の親父に似ている。顔も性格も。あまり細かいことは気にせず、物事はいい加減とか大体でとか無理せずに、とかが好き。『まあ、なんとかなるんじゃない? 駄目なら駄目でしょうがないし』の精神で直前行動などもするので、人に対処が面倒なことを頼む時も、相手も同じような思考回路で適当にやっておいてくれると思って、なんの気兼ねもなくお願いするのだ。まあそんな人たちだから、相手が上手くできなくても怒ることも失望することもなく、あっさり諦めてくれるのだが。
しかし、これにストレスを感じる人間が世の中にいる。しかも身近にいる。そう、俺のお袋だ。細かく、きっちり、なん日も前からシミュレートし、入念に計画を練る。それをぶち壊すのか祖母父親子。直前に思いつきで、あーでもないこーでもないと掻きまわした挙句、丸投げすると。これがなん年も続けば。
『あなたは躾のなっていない男だし、同年代だから何倍にもして言い返せるし、夫だからギリギリ我慢できる。でもあのクソ姑は無理!』
ある日お袋は発狂し、親父はそんなお袋に恐れおののき狼狽え。結果、お袋と祖母は距離を置くこととなった。二人はあまり接触しない方がいいだろうと。ただ、俺は祖母にとっては孫だ。年になん日かは親父に連れられ祖父母宅に行くこともあった。
しかしそれは子どものころのこと。大学生になった今は親父と一緒に祖父母宅に行くのは正月くらい(お年玉狙い。現金を受け取ったら少し話をして、その後親父を残して去る)。その他は滅多に行かない。その祖父母宅に俺は今向かっている。俺の住んでいる家の昔を知っている祖父母なら、蓮田信二と小久保美津代について何か知っているのではと思ったからだった。
「まあ、珍しい。綺麗なお花ありがとうね。最近は朱音ちゃんも結婚してあまり顔を見せなくなって寂しかったのよ」
「久しぶりだな。家族はみんな元気か?」
祖父母には孫が四人いる。長女が母親の琴音・朱音姉妹。次女が母親の直矢。そして長男が父親の俺・勇樹だ。俺や直矢と違って、女の子である琴音と朱音は大きくなってもよく遊びに来てくれたらしい。でも琴音は結婚が早かったためか早々に現れなくなった(自分の分の小遣いだけは朱音経由で渡してくれと、結婚後も要求していたそうだが)。朱音だけは社会人になってもよく来ていてくれたようだが、やはり結婚してからはほとんど来なくなったそうだ。
「今日はどうしたの? お小遣い足りない?」
俺がソファに座るとすぐに、祖母はそう聞いてきた。日ごろ滅多に現れない孫が現れれば、小遣いが欲しいと思われるよな。それは納得。でも今日来た理由はそれではない。俺は曾祖母宅の下宿人について聞きたくて来たのだ。
「じゃなくてさ、実は……」
俺は毎年届くクリスマスカードについて祖母に話をした。そしてそれに関連した二人の人物に関して何か知らないか尋ねた。
「もしかしたらあの人かしら」
話が終わると祖母はそう言って、自分の隣に座る祖父をチラリと見た。祖父も祖母の顔を見ている。祖父は祖母の問いにゆっくりと頷いた。
「ああ、間違いない。蓮田信二。あの庭師の青年だ」
祖父母は蓮田信二という人物について知っているようだった。
「下宿人の一人?」
「ああ、そうだ」
祖父はそう答えると、昔を思い出しているのかどこか遠い眼をして窓の外を見た。俺もそれにつられて窓に目を向ける。窓の外には祖父母宅の庭の庭木が見えた。落葉樹にはまだ赤や茶色の葉が二割くらい残っていて、数週間前は真っ赤で美しかっただろう紅葉の名残が、冬の青空を背景に揺れていた。常緑樹は正月を迎える準備のためか、庭師に剪定されたばかりのようで、綺麗に枝ぶりが整えられていた。
「今は勇樹たちが住む家に新築されて、曾お祖母さんが住んでいたころの面影は全くないが、今駐車場のあった場所に、以前は草木を植えた庭があったんだ。二月には梅や椿、五月にはツツジやサツキやカキツバタ、六月には紫陽花、十月には金木犀、秋には菊やモミジの紅葉、門前には松もある、立派な庭だった」
祖父は窓の外を見ながら話し続けた。
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