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 しかし。いきなりイブに時計が丘に向かう前に、少し下調べをしておこうと思った。関連するものといえば、まずは差出人の住所となっている関口フラワー。本当にこの花屋は小久保美津代と無関係なのだろうか。この住所が使われているのだから、以前住んでいたとか親戚だとか、何か関係があるのではないのか。


 クリスマス前の土曜日の午後、俺は関口フラワーの前に立っていた。店舗の場所は二又台(ふたまただい)の駅から徒歩三分くらいだろうか。

 二又台は時計が丘から三駅ほど離れた主に住宅街の駅である。駅前は所謂繁華街ではないので、時計が丘ほどの賑わいはない。改札を出ると右側は商店街、左側は住宅街という、この沿線では一般的な街並みである。関口フラワーはその商店街の並びの店の一つである。店の外観は商店街の向きにガラス張り。商店街を歩く者からは、店の中がよく見える。店の前には籠に並べられた鉢植えと種類ごとにセロハンで束ねられた花々がバケツに入れられて、籠やバケツには値段が表示されていた。オープンのままになっているガラスの引き戸の入口からは、店の奥にレジと冷蔵庫が見える。

 とりあえず店の前の花を見るふりをして、それとなく店内を観察することにした。入口への通路に沿い興味ありげに左右の花を見ながら、そっと入口に近づき中を見る。丁度一人お客さんがいるらしく、その中年女性の客とエプロンをはめた若い女性の店員が、レジ台のそばで顔を上に向け何か話をしていた。


「あのリースは毎年飾るのね」

「ええ、もう葉の色が抜けて白くなっちゃっているんですけど、思い出すと飾りたくなっちゃって」

「もう何年になるの?」

「十五年ですかね」

「え、もうそんなになるんだ。月日の流れは速いわね」


 そんな会話が耳に入った。女性二人が見上げている先、それはレジ横の壁で、そこには値札の下がった売り物らしきクリスマスリースが四つ、並べてかけられていた。そしてその四つの上に一つだけ、売り物ではないらしい、モミが乾燥して白く変色してしまった古いクリスマスリースが飾られていた。二人が今話題にしているのはこのリースについてだろう。モミが変色しているとはいえ装飾の赤いリボンは綺麗なままだし、松かさも傷んでいる様子はなくその他の飾りも日焼けなどしていない。赤いリボンと松かさと金のボールと綿の実が飾られた素朴なリースに見えた。


「いらっしゃいませ」


 そう言う女性の声が耳に入り、俺は視線をリースから声の方へ向けた。どうやら立ち話をしていた若い女性店員が、俺の姿に気づいて声をかけてくれたようだ。ポニーテールで小柄な店員さんはニコニコ笑いながら近寄って来た。


「あら、お客さん? じゃあまたね」


 客の中年女性の方は花束を受け取ると、商売の邪魔をしては悪いと思ったのか急いで店から出て行った。ドアから店を覗き込んでいた俺は、それと入れ替わるように店の中に入った。


「えっと、花束を」


 こんな風に男が一人で入って来てで、不自然ではないのはやはり花束ではないだろうかと、俺は咄嗟にそう考えてそれを頼んだ。


「まぁ、女性にですか?」

「え、あ、はい」


 なんとなく『はい』と言ってしまってから慌てた。俺は親父の年賀状の手伝いなんかして小遣いを稼いでいるような、万年金欠大学生だ。外でバイトしてなんとか生活している。そして何よりイケメンではない。モテない俺に花束を渡す女性なんていないのだ。


「もしかして彼女?」

「え、あ、いえ違います」


 彼女ではないからとりあえずは否定。じゃあ誰にと言われても、母の日でもない、今月は家族に誕生日もいない、さて誰に送ればいいのだ? そんな思考が纏まらずに焦る俺の目が、レジ横に置かれたとある物を捉えそれに固定された。それは記憶にある物。数日前見て忘れられないとある物と全く同じ物。まさにあのクリスマスカード。やはりこの店は絶対に小久保美津代と関係があるはずだ。

 俺は花を贈る相手を決めた。


「祖母です。久しぶりに訪問するんです」

「そうですか。おいくらくらいにします?」

「すみません、花の値段とかよくわからなくって」

「男の方はそうですよね」


 彼女はいくつか花を選んで束ね、束の中の花を増減させて見せては、大体の値段を教えてくれた。その明るくてハキハキとした説明に好感が持てた。それになんたって笑顔がかわいい。

 俺はその説明を基に、約二千円分の花束をお願いして作ってもらった。


「ありがとうございます。きっと祖母も喜びます」


 彼女の手から花束を受け取った。男の俺は花なんて興味ないが、でもこうしてみると興味はなくても花は綺麗な物ではある。そして店員さん、かわいい。


「ところで、先程話していたあのリースは、なぜ残してあるのですか?」


 俺は行儀悪く偶然聞いてしまって気になっています、という感じに尋ねてみた。


「ああ、あれですか。確かに綺麗ではないですよね」

「いえ、そんなつもりでは」


 彼女は困ったように少し笑った。


「あれは亡くなったおばあちゃんが、生前最後に作ったリースなんです。もうおばあちゃんがリースを作ることはないんだと思うと、捨てられないし十二月になると飾りたくなってしまって」

「そうですか。じゃあ、大切なリースですね」

「ありがとうございます」


 そのおばあちゃんの名前は小久保美津代では、と聞きたかったけれど、今はそこまで突っ込むのはやめた。

 俺は花束が入った袋を持つと、関口フラワーをあとにした。



読んでくださってありがとうございましたm(__)m

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