五章 青年期Ⅰ
こんばんは、俺です。
現在は夜の11時、コンビニでの深夜バイト中です。
就職?
してません。
自立?
してません。
高校卒業?
なんとかギリギリ出来ました。
結局、コンビニの深夜バイトをしながら、仲間の家を渡り歩く生活をしています。この一年。
家には数えるくらいしか帰っていません。着る服に困ったら家に帰り、着替えて、またそそくさと家を出る。まぁ、この程度ですね。
いや、よく生きてますよ、本当に。自分で自分を褒めてあげたく……、なりません。溜め息ならば星の数ほどでもついてあげましょう。
もう、誰か俺を消してください。自分で自分を消すこともできないで、やっぱり他力本願なんですよね。俺ってやつは。
でもね、事件は起こるんです。俺の、こんなやさぐれた人生にも事件が起こるんです。
あ、母親が倒れました。
こんな自堕落な生活を、それこそ二年は続けたでしょうか?もう二十歳です。
二十歳を迎えてすぐの頃ですね。突然、携帯電話に母親から着信があったんです。まぁ、遊びに夢中で気が付かなかったんですけど。
ほぼ全く連絡のなかった母親からの突然の連絡。虫の知らせって言うんですかね?(かけ直さないと)と、なぜか思ったんですよ。
でも、かけ直しても出ないんですよ。(自分からかけてきたのになんなんだよ)とか思ってる矢先です。見知らぬ電話番号から着信。なぜか早くなる心臓を落ち着かせて、電話に出てみます。
正直、誰と何を話したのか、あまり覚えてないんですよね。気が付いたら病院にいました。恐らくは病院の看護師さんか事務員さんかだと思うのですが、そんなのはどちらでも良いこと。多分、病院名を聞いてすぐに走り出していたと記憶しています(薄っすらと)。
病院に着いてからの事はなんとか覚えています。手術中だと言う母親を待合室で待ちました。どれくらいの時間そこにいたのでしょうか?時間の感覚は全くありません。ただ長い静寂の時間を過ごしました。自分の心臓の音が煩く聞こえるほどの静寂。自分の呼吸の音が煩く聞こえるほどの静寂。生きた心地がしませんでした。
外からの音なんて聞こえません。聞こえていたのかもしれませんが、俺の耳には全く届きません。やはり静寂が空間を支配していました。
ドアをノックされた事にも気が付きませんでした。突如として部屋の中に現れた手術着に身を包んだお医者さんか看護師さんかよくわかりませんが目の前に現れました。
どうやら、母親は突然の脳内出血だったようです。救急車を呼べたのだけでも奇跡だった様です。
母親の顔には白い布がかけられていました。
不思議ですよね?涙すら出ないんです。声も出ません。信じることもできません。
「ドッキリでしたぁ!」ちゃっちゃちゃーん!
と言う呑気な声と音楽を期待しましたが、勿論、どこからも声も音楽も聞こえません。
現実でした。
お涙頂戴的な、映画やドラマみたいなことって本当に起こるんですね。起こるべくして起こるんですね。
それから数日間の事は本当に記憶がありません。
どうやって葬儀の手配をしたのか、どうやって葬儀を執り行ったのか。気が付いたら家で、母親の遺影と位牌とお骨と共にいました。
身内と呼べる様な人間もいなかった母親の葬儀は、とても質素だったと思います。
ないに等しい記憶を辿っても、参列者はほぼいなかったと思います。昼間のパート先の店長と、ちょっと仲が良かったというオバサンくらいだったかと思います。
少しだけ、ほんの少しだけ気持ちが落ち着いたので、芳名帳とやらを見てみました。(御香典のお返しとかもしなきゃならないかもですし……)
おや?おやおや?俺が全く記憶にない名前があるじゃないですか?律儀に住所も書いてある。一体全体どなたなのでしょうか?
実は意外とすぐに分かってしまったんですけどね!諸々の手続きとかをする際に、父親の名前を知ってしまったんですよね。どうやら俺の養育費を払ってくれていたようで……。
「たむらまさお」
どうやらそれが父親の名前の様でした。
ここで芳名帳の話に戻ります。そうです。「田村正雄」と記帳されていたのです。
どうやって母親が亡くなった事を知ったのか、良く分かりませんがどうやってか話が聞こえたのでしょうね。
律儀に書いてあった住所は隣の県でした。
唐突に会いたくなりました。会って、母親が死んだのはあなたの所為だと責め立てたくなりました。自分のことは高い高い棚の上に置いて。
翌日にはすぐ行きました。平日だから、住所の家には誰もいないかもしれないとか、もしかしたら既に別の家族があるのかもしれないとか、そんな事は一切考えていませんでした。いや、考えることさえ出来ませんでした。
居ました。平日なのに家にはしっかりと人が居ました。鼻息荒くインターホンを押します。なんと名乗るべきなのかや、何をどう話したらいいのかとか、やっぱり何も考えていません。無策です。どうやら俺はおバカな様です。今更気が付くなと言う話なのですが……。
インターホンを押しました。それでもまだ無策です。荒い鼻息も隠そうとしません。インターホンから声が聞こえました。
あれ?女性の声じゃないですか?おっと、現在の奥方でしょうか?それにしては声がお若い様に聞こえます。
「あ、遠藤と、遠藤賢司と申します」
……切れました。切られてしまいました。やるせなさで一杯です。何がいけなかったのでしょう。鼻息荒い見ず知らずの男が突然なんて、やっぱり怪しいですかね?怪しいですよね。怪しさ満点ですよね。
なのに、なのにですよ?玄関が開きました。
あれ?怪しさ満点で切られたのではなかったのですかね?
「けんじ?」
あれあれ?なぜに俺の名前を知っているのですかね?今度は逆に怪しさ満点じゃないですか?
「……覚えてる、わけないよね?私だってちゃんと覚えてるわけじゃないし」
ちょっと何言ってるか分からないな。
なんて、どこかのお笑い芸人みたいなことを考えちゃいました。
「そうだよね、分からないよね」
あ、思っただけではなく、声に出ていたみたいです。どうもすみません。
会話が続きません。お互い見つめ合ったまま、しばし時が止まります。目の前にいる女性の目が潤んでいるようにも見えます。
すみません。あなたは一体どなたですか?全然俺には分かりません。なんか、ちょっとだけ嫌な予感はしているのですが、あえて考えないようにします。そんな、本当に作り物の世界にしかないような事があるはずもありません。
だってこれは現実ですよ?現実に起こったらツッコミどころ満載な様な事があってたまりますか!
もう、また鼻息が荒くなってる!鼻息少しは落ち着けましょうよ、俺っ!




