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ep1「進化人=偽理」

 蛇口から吐き出される冷水を随分と長い間、頭に被せる。


「……。」


 蛇口を閉め、前髪を掻き上げる。真正面の壁に張り付けられた鏡に映る自分。六年前の幼い頃を思い返して見比べると、別人じみた人が映っていた。


 いつの間にか生え変わった灰桜色の髪の毛、伸びた身長。絞り込まれて形が浮き彫りになった全身の筋肉。左目には野蛮な傷跡のでき、眼球は濁っている。


さくが見たら、俺って気づいてくれるかな……——」


『どの時間でもハローエブリワン! 皆さんの片耳両耳ジャックしてお届けするのはこの私、マイケル今田パッションの——』


「あっ……」


 アパートの自室からここ、住民共有の洗面所まで漏れて流れ始めた、アラーム用にしていたラジオ番組。慌てて濡れた髪をタオルで拭き、自室に向かう。


「——おや、遅刻?」

「あっ、イゼさん。少しだけ……それじゃ行ってきますっ」


 ドタバタと荷物を手にアパートの共有玄関で靴を履き、お世話になっていた隣人のお兄さんに見送られながら外へ出る。


「はい、気をつけてね〜。——……左目は問題なさそうだね……——」



     ………



 石とレンガ造りのアパートを出た通りは、ほぼ同じ作りの建物が建築基準法など知ったものかと言うように建ち並んでいる。


 そんな迷路じみた住宅街を抜けると、レンガ敷きの地面は徐々に町から外界までの切り替わりを果たし、ほのかに柔らかい感触の自然広がる平野に変わる。


 快晴の大空。遠く山の向こうから心地よい風が吹く。走って熱を帯び始めた身体にはそれがすぅと衣服の間から入り込んで、撫でては冷やしてくれる。


「——はぁー、やってらんない。なんでお爺ちゃんはこんなか弱い女の子に木こりを任せるかな〜。——んいしょっ!」


 ひとしきり走った先、女性が一人おんぼろの斧を手に独り言。平野に一本整備された道のど真ん中、やけに横に太い木が伸びていて、女性がそれを伐採しようと斧を振りかぶっていた。


「ん? あれって——ッ」


 突発的、俺は急いで女性に駆け寄る———…


 理由は一つ。文献で印象に残っていたものと酷似していたから。無論文献に載っていたのは女性ではなく、木の方。——いや、木に擬態した生物の方。




 六年前、人類は滅亡の危機に瀕した。それは転生星てんせいぼしの飛来によって放たれた生命と文明を選定した神秘の裁定。


 その影響は青い星を数日で緑と砂で染め上げ、人類の文明を埋めた。


 さらには星の力により突然変異した、力を持った獣たちによる弱肉強食に苛まれ、人々はただ逃げ惑うことを余儀なくされた。


 力を持った獣たちは『異核獣いかくじゅう』と総称され、女性が前にするあれも(・・・)——




 …———下がらせようと手を伸ばすも、直後それは奇怪にも動き出す。


「グゴゴゴ……ッ!」


 女性に向けて触手のように枝を伸ばし、鞭のようにしならせて振り落とす……それを間一髪、俺は女性を抱き抱え、そのまま前方に避けた。


「——ッ、あっぶね! やっぱりコイツっ———…」


 木に擬態したこの生物、成体にまで成長すると果実のような甘い香りの実をつけて獲物を誘い、(ふところ)に入ったところで枝に巻き付け養分にしてしまう。


 転生元日直後、食糧難となった飢餓状態の人々を甘い嘘の果実で誘い、養分にし終わって落ちてくる糧にされた人間の姿から、この生物はこう名付けられた——


「…———スイートリーパーか!」

「ちょアンタ誰っ、てかあれ何!?」

「自己紹介はあと。今は俺に掴まって口を閉めてッ、舌噛みますよ!」


 俺は女性を抱えたまま、追るスイートリーパーの枝を伸ばした攻撃……枝鞭えだむち攻撃を躱しながら急いで退避する。


 しかし、彼女を抱えたままでは一向に距離を離せない。


「アンタ、私のこと重いとか思ってんでしょ……降ろしてッ! このままじゃアンタも巻き添えで死ぬわよ!?」

「強がらなくて結構、ちゃんと貴方は助けますッ」


 俺にとって人助けは使命ではない。それでも見捨てられないのは男の矜持、自身の善性のためか……あるいは——


『—— ———やるべきだよ……——— ——』


「——っ」


 脳裏に響く、少女の声。よぎる、左目の視界が真っ赤に染まる光景。それらからは痛覚すら流れ込み、咄嗟に左目を押さえる。


「ど、どうしたの? 何かやられ——っ」


 女性は俺の様子を目にした途端、抱えられた腕から無理に外れ、地面に転がる。


「——!? 何をして——」

「私のせいで、また人が死ぬのは嫌だっ」


 それは女性のエゴで、優しさだった。ただそれは、俺にとってとても腹立たしくて、不意になんとも冷たい言葉が漏れる。


「……。っ、なら、そこで足止めてろよ……」

「え……? は、はは……そう、するわよ。罪悪感とかいらないから。助かるのなんて、どうせ一人——」


 俯いて話す女性。俺は堪らず顔を合わせずしてそれを遮る。


「助けられたならッ……その人たちの想いを無下にするな。命かける価値があったから、今のアナタがいるんだろ。自分のせいだと思うなら、もがいてでも彼らの想いに価値を見出せ。それは死んだ人間には出来ない、今を生きるアナタだけが出来ることだ。それでも——アナタはその言葉を続けるか……?」


「——! アンタが、今会ったばっかのアンタが、分かったふうなこと、言うなよ……偉そうなこと、言うなよっ……でも、私はまだ何も、何も償えてない! 生きてなきゃ何もできないなんて、分かってるっ——だからお願い、助けて。私はまだ、生きなきゃいけないからッ!」


 彼女はそう、涙ぐんだ表情で俺を見上げた。見開いた目が、俺の目に映った。


「ふう……それならそこで、足を止めていて(・・・・・・・)ください!」


 俺は言って、鞘から剣を抜き取ると、距離寸前に迫った大木の異核獣の前に立ち塞がる……前に、先の言葉を付け足しに再び女性に振り向く。


「あと気にしてたようだから一つ。この左目の傷は元から……アナタのせいじゃないですよ」

「え……ぷっ、そっ。わざわざどうも。アンタもちゃんと生きて、私にお礼、言わせてよね」

「ええ、もちろんです」


 戻り、奇怪大木スイートリーパーに顔を向ける。手にした剣とともに駆け出す。


「(これまでの鍛錬を思い出せ、発揮しろ……全部対人想定だったが。何より実践は初だがっ)」


 精神を統一させ、イメージの中から現実へ……「神秘」を引き出していく。


「はぁ、ふぅ、強化開始。アレ(・・)を切断する鋭利さと、そのイメージを神秘とともに刃にのせて……いけるっ」


 握る剣の刀身ブレイド……植物の根がまとわり付いたような青い光が、燦然とその紋様を示す。俺はその剣を後ろに回し、腰を低くした体勢でさらに加速、スイートリーパーに向かう。


 双方どちらもが止まることを知らず、敵を始末しにかかる。


 先に仕掛けたのはスイートリーパー。高揚してか名前に似合わない、まるでカレーに漬け込まれてからゴミ処理場で日焼けサロンしたせいで激臭を漂わせていそうな色に変貌。


 そんな姿から繰り出される攻撃は、先には見なかった関節が形成され、ヌンチャクを振り回すような攻撃に——


 俺はそれを全てすんでのところで躱し、さらに速度を上げて走り込む。


 対しスイートリーパーはさらに何本ものヌンチャク枝鞭を追加、攻撃は激化する。


 間合いに詰めらなくては俺に攻撃手段はない。そこで、それら全ての攻撃を躱すことを諦め、致命傷なり得る攻撃のみを避けてさらに前進。


「グゥッ、ガ……ガガガガッ!」


 痺れを切らしたように喚く怪木。伸ばした枝鞭の全てを自身の元へ戻し、必殺技とでも言わんばかりにありったけの枝鞭をねじり集束させ、こちらに照準を合わせる。


「——ッ、それは流石に……(——分かりやすすぎる!)」


 ねじれた枝鞭はもはやドリル……先ほどまでの攻撃とは比較にならないほどに速く、そして勢いよくカッ飛んでくるだろうことを予見させた。


 逸早い対応として、俺は放たれる前に高く飛び上がって回避……が、しかし——


「——っ!? これはッ」


 飛び上がって見上げた先、知性備わぬ様子を見せるスイートリーパーは見越していたのか、少なからずの枝鞭を天高く伸ばし氷柱張りにしていて、すでにそれは攻撃として確立していた。


「くっ……こんなもんッ」


 俺はそれら氷柱枝鞭を神秘により強化した剣で一度に全て薙ぎ払い、難を逃れる……と思ったのも束の間——


「終わってないっ……まだ本命・・が残ってるっ」

「——!?」


 地上から声を荒げた女性に反応、空中の俺は目線をスイートリーパーへ……未だに溜め込んだ必殺のドリル枝鞭は放たれておらず、こちらへ標準を保っていた。


「これが異核獣……知性ないようなクセして、誘った(・・・)ってのかッ」


 窮地、そんな矢先の追い討ち。頼みである剣は神秘の代償を清算……ガラスが割れる音を立て、木っ端微塵、砂粒に消える。


「こんなタイミングでっ……不味いッ」

「グガガガッ!」


 嘲笑うような奇声とともにドリル枝鞭は間髪入れず放たれ、こちらに向かう。


「避けれない……嘘だろ、こんなとこで——(死ぬ、のか?)」


 自身の未来を予感する。次の瞬間が生ではなく、死になると。


『—— ———生きて——!」


 聞き届ける……■女□の声。


「……み、そら?」


 俺の思考は糸が絡まったように鈍くなる。だが、すぐにそれは切り裂れる。


「——生きてっ、お礼言わせてくれって、約束でしょう……がっ!」


 女性が、切り裂くためのもの(・・・・・・・・・)を投げてくれた。それは、叫びとおんぼろの斧。


「——! ああ……そうでしたね。感謝します!」


 俺は勢いよく投げ込まれた斧を手に取るや、すぐさま神秘による強化を施す。斧は即座に青い光の紋様を放ち、俺は落下エネルギーが上乗せされたの身体で、ドリル枝鞭とスイートリーパーへ降り立つ。


「一切合切伐採だッ! 喰らえ腐れ異核獣いかくじゅうッ! これが偽理いるの力——ロストランッ、フェインッッ!」


 ——ズバンッッ……!


 その威力はドリル枝鞭もスイートリーパーも目ではなく、意図も容易く着地阻むものを切断、真っ二つにする。




 ——なぜ、このような危険生物『異核獣いかくじゅう』が世に跋扈(ばっこ)してもなお、現在に至るこの日まで人類が滅びなかったのか……


 それは、彼ら——進化した人間『偽理いる』が誕生したからだ——




 喚く木の断末魔はなく、静かになんの変哲も無い樹木の色に姿を戻す。そうしてもう動くことのない異核獣の姿は、加工途中の木材にしか見えない。


『——人助けを率先する理由? りっちゃんも今更なこと聞くねー。そんなの、その方が後悔がないからに決まってるじゃん。君も、そうでしょ?——』


「……ああ、そうだな。廻空……」


 ふぅ、と息をつくと、向こうから女性が走ってくるので、両手をぱっと頭上で広げて待つ。


「おーいアンタ、って何やってんの?」

「ハイタッチだよ。アナタに助けられた。だから今回の戦い、俺たち二人の勝利だ。本当にありがとう。アナタがいてくれて、よかった」


 微笑んで再び両手を突き出すと、彼女は顔を赤らめ目線を逸らしながらも、しっかりとハイタッチを受け入れてくれる。


「助けられたのは私だっつーの……ありがと」


 ——パチンッ!


 ひと段落して、俺は勢いのまま地面に突き刺さったおんぼろの斧を返すため、カブでも引っこ抜く要領でそれを引き抜く———…


「この斧、ありがとうござ——(あっ、待てよ。トドメで俺——)」


 ——バリィィン!


 …———ガラスが割れる、ものすごい音を出し、斧は、跡形もなく、砕けた……


「「あ…」」


 二人の自然に出た声は、大自然の風に斧の破片を乗せ、消えていったのだった。




     ◆◇◆◇

ep1をお読み頂きありがとうございました!


少しでもこの作品が面白いと思ってくださった方は『感想』や『⭐️(星)』をくださると私作者のモチベーションに繋がりますのでお願いします。

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