ep■「途( )切れ広が る世界」−1
「き——て——きて——りっちゃん、起きて」
覚醒していく意識の中、廻空の声が鮮明になる。
視界には薄暗い空間が広がり、肌を通して伝わるのは硬いマットレスとサラッとしたシーツの感触。
「……………………」
「……。今日は、起きたくない? ……分かった。じゃあここに朝食持って来るから、食べたくなった時に一緒に食べようね」
廻空は言って、他幾つかのベッドが置かれた寝床のテントから出ていく。
「……。索……う、うぅ……」
たった俺だけの空間。顔を伝う涙がシーツに模様をつける。
俺たちはあの惨劇の後、若い女性をリーダーとした強い集団に保護された。
本当に強い、強い集団だ。この拠点に着くまでの道のりでも、襲ってくる突然変異した獣たちを、人間離れした力であっさりと倒してくれた。
なんで、何でもっと早く——。嫌になる。そんな他力本願になった自分が。壊れていく自分が。——存在意義が分からなくなっていく。
「——……。」
突発的だった。ヨロっと身体を起こし、久々にテントの外へと出る。
………
組分けされたテント通り。先ほどいた集会用の大きなテントを加工した集合寝床の他にも、別の用途に作られたものが街並みのように広がっている。
「——はい。ここは私に任せて、皆さんは休んでいてください。私がお役に立てるのはお料理くらいですから」
廻空の声。少し離れの丘の上に設けられた、レンガ主体の簡易的な調理台で、彼女の他数十人が大きな鍋に火をかけているのを見かける。
「いや廻空ちゃん、悲観することないよっ! ここだけの話、ウチの女房がスッポンだとしたら、廻空ちゃんはミシュなんちゃら十つ星くらいあるからね!」
「ふふっ、そう言って貰えると作り甲斐があります。けど、後ろ……」
「ん? どうしたの廻空ちゃん?」
「——あ、な、た……そりゃ、どういう意味だい?」
「あれっ、いつの間に!?」
「このエロじじいっ、まだ年端もいかない子に鼻の下伸ばしてんじゃないよっ!」
「イダダっ……ちっげえよババアッ。お前の料理、ホントにマジいじゃん!」
「こっのジジイッ、何十年も手伝わず食っててよく言ったもんだよ!」
「「「———アハハハハハ…!」」」
賑やかな輪に囲われて、廻空も笑っている。
「……。……ふっ——」
俺はその場を後にして、拠点の先にある海岸に向かう。
………
『——ほら率始、今日はお父さんとエース選手の観戦行く約束だろー! 起きろ起きろっー』
『——率始、誕生日に食べたいもの決めた? お母さん、いつも以上に腕を振るっちゃうよ!』
『——アハハッ、兄ちゃん見て〜めっちゃでっかいウンコある〜!』
「みんな——う、うぅ……何で、俺もそっちに……いないのかなぁ……」
過去が脳裏でずっと繰り返される。楽しかった日々。当然だと思っていた日常が壊れたことで、より大事なものだったと気付かされる。
そうして、いつも最後、思い返される——
『——やめろぉぉぉぉおおおおッ——』
「……っ。約束、だったのにっ……」
過去で塗り固めて、ようやく生きていける。でも塗り固めるほど、そちらに向かいたくなっていく。
ずっとずっと、何ヶ月と……俺は——
浜辺から、海へと……
見下げ、揺らめく海は曇り空で灰色。浮かび上がるのはあの子の笑顔、周りが笑っている光景。
「みんな……強いなぁ……」
——海に、深く、深く……
「——ダメッ!」
「——ッ!」
突然、後ろからバシャバシャと慌ただしく音が立つ。荒げた声がした次の瞬間には腕を掴まれ、浜辺まで簡単に引きずり戻される。
「はぁはぁ……っ、何でこんなことするのッ!」
「——……。廻空、か」
彼女は感情の入り混じった表情で怒っていた。目には涙を浮かべ、唇を力ませて震えている。
見られたものがもので、思わず視線を逸らして答える。
「俺は、弱い……。廻空たちみたいに、誰かのため頑張るなんて、できない……。いることが、迷惑だろ。だからいっそ……っ、しん——」
打ち明けていく最後、それは遮られた。——人肌の温もり。内包する熱が伝わってくるだけなのに、俺は……言えなくなる。
——抱きつかれた。俺を覆い被すような勢いで、優しく。
耳に響き、顔に押し当たる彼女の鼓動は、感情を抱えたように伝わってくる。それは、強烈な不安と悲しみ。
「……私にはまだ、りっちゃんがいるからだよ。家族みんな死んじゃっても、一番大好きな人だけは傍にいる。だから、今はまだ少しだけ頑張れるの……。君にとって、私は必要じゃないかもしれない。けど、私には君しかいないの……君じゃなきゃダメなのっ、絶対に必要なのっ!」
「——! そっ、か……」
過去で塗り固めなくてはいられない……拒絶し続けた現実。——目の前で啜り泣く廻空が映る。俺は次の瞬間には、彼女を抱き締めていた。
「——! 私たちは残された側かもしれないけど、これからは——これからも、ずっと、ずっと……二人一緒に、生きていこう?」
廻空は言いながら、俺のことを強く抱き締め返してくる。
「うん……ずっと、一緒だ」
「えへへ……なんか、プロポーズみたいになっちゃったね?」
「——! っ……」
顔を赤らめた廻空に、俺はまたいつかのアレな感情が芽生え、目を逸らす。が今はそんな感情を抑え、再び目線を戻す……と次は廻空が俺から目を逸らし、何とも小っ恥ずかしい状況がしばらく繰り返され——ようやく目が合う……と——
「——あぁっ私、料理係請け負ってたんだっ。りっちゃんも手伝って! ……それで出来上がったら、二人きりで、食べよ……?」
俺を立ち上がらせた廻空は、最後の言葉だけやけに顔を赤らめるが、意図を理解すると、こちらも動揺を隠せない。
「むもっ、も、もちろ——あぁっ、み、廻空っ、服、服ッ——」
動揺は別の理由に一変。彼女の服は濡れ、透けていた。立ち上がったことでそれが露わになり、俺は慌てて指をさしてそれを伝えた。
「え? ……んっッ!」
咄嗟にしゃがみ込む廻空。
「まず二人とも、着替えてから、だよね……——」
彼女は言うと、何か決心した様子で一人海辺から海沿いの階段を上がって行く。そこで立ち止まったかと思えば、身なりを整えるよう髪の毛を指ですき、少し間を置いてからこちらに振り返ってくる。
「りっちゃん……わがままかもしれないけど、これだけは小さい頃からの一番の夢だから、伝えておく、ね」
「え? う、うん……——っんんッ!」
正直、人が瞬時に絶頂のトキメキを得た時に使うあの例えを、馬鹿にしていた節があった。絶対そこまでの感情になる訳がない、何を言っているんだろうと。
——心臓が撃ち抜かれた、とはまさに今の俺を言うのだろう。
表情、視線、ほてった肌。濡れても艶を保つ髪、数度交わしたことのある唇。耳を優しく撫でる癒しの声と、ぎこちない言葉——
「……さっきは私が、ぷ、プロポーズみたいなこと言っちゃたけど……せ、正式な、プロポーズ、は……君から言ってほしい、な」
——トドメだった。俺はそこで、直視してしまったばかりに狼狽えてしまうほど、廻空という女性に対し、その全てに——心奪われた。
「んっうんッ……も、もち、もちろんっ! た、ただ色々とっ、準備を……!」
返事を平静に出来る訳もなく。廻空にあわあわとした仕草が出てしまう。
そんな俺に、彼女はクスリと笑い、何か小さく呟いた。
「————————。」
だけど、波の音でかき消され、俺に届く頃には聞こえない。
「……? 廻空、今何言ったのっ? あっ、俺のこと馬鹿にしたんでしょ!」
「——ふふっ……してないよー」
無邪気に言う廻空は、小走りで先に行ってしまう。俺は海沿いの階段を駆け上がり、彼女を捕まえて隣を歩く。
………
何日何ヶ月と、俺と廻空はひと時も離れず、いっぱいの思い出を作った。
保護してくれた集団の開くお祭りに二人で参加して、大勢に混じって楽しんだ。涙を堪えることもなく、二人で悲しみを共有した。些細なことで喧嘩したこともあったし、一緒にいてももっと近くにいたくなる時もあった。
——廻空はある日から「神秘」を扱えるようになり、それを活かして出来る仕事を俺は手伝った。頑張りが認められて、二人だけの小さな家を作ってもらえた。
——結婚の約束をした。彼女に質素な指輪を渡して。
——皆が寝静まった刻、二人で大人に手を伸ばすような、時期早い経験をした。
一生分の幸せが詰め込まれたような時間。二人で過ごす日々は、寂しさもあった。それでも———…
「——りっちゃん見て、クリスマスツリーみたい……綺麗だね」
「ぐすっ……うん……うんっ」
巡ってきた冬の時期。闇夜を晴らす、リーダーが作り出した眩い光の柱が、俺と廻空を照らす。
その光に俺は家族たちとの思い出がよぎり涙を流すと、廻空は何も言わず後ろから抱きしめ、手を握り、頭を撫でてくれた。
…———十分だ。二人一緒にいられるなら、廻空の隣にいれるなら、それ以上は、何も……
「——私がいるからね。りっちゃん……——」
それから程なくして、ここ拠点は襲撃に遭う。
不運にも集団中核のメンバーたちが遠征中であったことが重なり、対応に遅れる。のち現場の惨状一部では、身体の大体が欠損した幾人のものが山のように積み重なり、全てが焼き焦げた状態で発見される。
——そこには薬指に指輪をはめた、■■の左腕と思わしきものが発見される——
——序章 星嚥下・偽神来航 (終)——
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