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序話3「星降る日【黎明】」

     ………



「りっちゃん、これくらいで良いかな?」


 食品などが一杯に入ったバッグを持って、廻空がこちらに来る。


「うん、これで一週間は保つよ。……火も近い、そろそろ離れよう。索行くよ」

「……うん」


 頷いた弟は、しょんぼりとした様子で歩いてくる。


「……? 索、どうした?」

「…………役に立てなくて、ごめんなさい」

「——! 索……」

「兄ちゃんたちがお家で探し物してる時も、僕、足手まといだから……」


 瓦礫近くは危ないからと、避けさせたことが裏目に出たか……


 弟は甘えん坊だが、ほっぽりはせず教えて貰おうと努力する子だ。


 何もさせて貰えない状況は無力さは痛感させられるというのに、俺としたことが弟の気持ちを疎かにしてしまった。


「索、前に似た状況の時、父さんが言ってたこと覚えてるか?」

「ん——あっ……足手まといは準備期間。出来る人を見て学ぶ時間っ」

「そうっ、じゃあ索が今やるべき事は何だろな?」

「言われた通りにすること。兄ちゃんの手を握って、離さないことっ!」


 弟は言って、俺の手を取り、ギュッと握って繋ぐ。


「じゃあ約束だ。索が手を離さない限り、お兄ちゃんも索の手を絶対に離さない……が用心深いお兄ちゃんは、意図せず索が離れた時のため、この証を進呈します」


 言って、弟の首元に赤い布を巻く。


「わぁ、かっこいいっ……!」

「これは索の証だ。お兄ちゃんからのお守りだ。絶対その証ある場所にお兄ちゃんが駆けつける。索を迎えに行ってやる。だから、絶対無くしちゃ駄目だぞ?」

「えへへ、ありがとう兄ちゃん! 大好き!」


 満面の笑みを浮かべた弟は、そうして全身で飛び付いてくる。


「うおっと……はは、お兄ちゃんも、大好きだよ——あれ? でも索、手は離して良いのかな?」

「あっ、だめっ」


 つい意地悪なことを言うと、弟は素直に手を繋ぎ直す。


「——パパとママ、もう避難所に着いてるかな?」

「……。ああ、きっとな——じゃあ二人とも、準備は万全。火も崩壊もない山の麓にいざ——」

「「「しゅっぱぁつ!」」」


「——お前ら、早く逃げろッ。恐竜じゃ! 恐竜が来るぞぉッ!」


 突然、道の先から現れた老人。そう声を荒げ、恐怖した様子で走り去る。


「なんだったの……」

「分からない。ただ発狂している様子でもなかったような……。どちらにせよ目的地もあっちだ。行くぞ」



     ………



 住宅街を抜け、近隣の商店街。どことも同様、荒れ果て崩れかけの火の海。


「ここもこんなにっ」


 人が瓦礫に——、地面に——、炎に——


「っ……この通りはやめよう。あそこの路地裏っ、まだ火の手もない。少し回り道になるけど、先に川の用水路があって安全なはず!」


 横幅人二人がせいぜいな路地裏。二人を優先させ、最後に俺も入る——


 ——バサッ……


 ほぼ同時、背後で聞こえた、鳥が翼をはためかせ、風を蹴落とすような音。


「え……?」


 咄嗟に振り返ると、路地裏の狭まった視界️……過ぎ去る大きな生物の物影が映り込む。


 悪寒……冷や汗が全身から噴き出る。——あと一歩の出遅れで、俺は……


「——いぎゃぁぁぁッー!」

「……っ、な、なにっ?」


 突然の人の奇声。路地裏の先からこちらへ空伝いに響き、廻空は驚いて俺の服の裾を掴む。


「……っ、引き返せないっ。急いでここを抜けるぞ!」


 俺は先頭になって二人を引っ張り、路地裏を抜ける。


 開ける視界。映り込んだのは——


「なんだよ、あれ……」


 川の用水路には人の群衆———…


「——フシュン……グロロロ」


 …———とそれを襲う、とても現世の生物とは思えない大きな鳥。


 全長の半分ほどを占める大きなくちばしと、大人二人分ほどの体長を誇る怪鳥が、上空で群れを成して飛び回っていた。


「———助けてッ、助けてぇッ!———ゔっ…———」


 こちらに駆け寄ってきた女性。しかしすぐさま一匹の怪鳥が鋭いくちばしで女性の腹を串刺しに、上空へと連れ去る。


「——フシュンッ……グロロロ、アガァン……」


 それを遙か上空で滞空する一際大きい怪鳥が、くちばしを開けっぱなしにして待ち構え、女性を串刺しにした怪鳥がそこへ餌付けするよう放り込む。


 ——バクバギッ、グチャグチャ…


 丸呑みにするでもなくすり潰すように噛み砕く怪鳥。周囲にはとても聞いていられない不快な咀嚼音が響く。


「ふ、二人ともっ……にげ、逃げるぞっ」


 口がガタガタと震える。走り出せば一歩が上手く踏み出せず、よろけそうになる。それでも恐怖で固まった二人を引っ張り、路地裏に引き返す——


「——イギャァァァッー!」


 汚く狂気に満ちた叫び。様子のおかしい怪鳥がこちらに急降下で迫り来る。


 ——バゴンッ……


 しかしパリった様子で狙いが逸れたのか、その怪鳥は俺たちを素通りし、路地裏を塞ぐよう建物に激突。地面にくちばしが食い込み、のたうち回る。


 瞬間、路地裏の奥で爆発が起き、抜けてきた爆風は様子のおかしい怪鳥を覆い焼き、俺たちは煽られて川へと吹き飛ばされる。


「——ウボボボ……ぷゔぉ、ゲホゲホっ……索っ、廻空っ、大丈夫か!?」

「けほけほ……兄ちゃんが庇ってくれたから大丈夫」

「けほけほっ……どうにか……」


「二人とも、すぐに川から上がって逃げるぞっ」


 弟を抱き上げ、凍える冬の川から岸に向かう。


「兄ちゃん……あれ、何なの?」

「分からないっ、今はとにかく遠くへ行くぞっ」


 人間にも未だ、狩られるという本能があったのだと理解する。余裕がない。川を上がり、水の染みた重い服のまま狭い道へと逃げ込む。


「——くそっ、目指した山からどんどんと遠くなってる…」


「——ダズゲェェェッ!」

「——ギャギャギャギャァァァッ!」

「——イギャイギャッ、イギャイギャッ、ギャァァア!」


 奇声を上げる追っ手の怪鳥たち。俺たちがどこまで走っても真上を飛んで連れ去る機会を窺っている。


 数分、数十分——それ以上、狩られるという原初の本能だけが足を動かさせる。


「——グロロロッ…」


 低く唸る一際大きい怪鳥。滞空していた位置から一気にこちらの真上に迫ったかと思えば、翼を大きく広げる。


「何だっ……まさか!? 二人とも伏せろッ!」


 俺はその姿から直感で危険を感じ取り、二人を地面に伏せさせた——


 同時、大きな怪鳥はその巨体を飛び立たせるだけの大翼を大きくはためかせた……起きる強大な突風。それは地上に叩きつけられ、崩れかけの町一帯を押し潰す。



     ………



「——う、うっ……さ、く……み、そら……」


 意識が混濁する中、視界に映るのは四方数キロが瓦礫の屑に埋もれた平地。しかし舞う砂煙は砂漠のように広がり、すぐに視界を埋める。


「どこ、だ……」


 立ち上がってヨロヨロと、見晴らしも足場も悪い平地から二人を探す。


「——にい、ちゃん……ごめんなさい。手、離しちゃった」

「はっ……よかった、索……待ってろ」


 弟。少し離れた所で瓦礫に足が挟まれ、動けない様子。けれど俺を見つけ、安心したように顔を上げ、こちらに手を伸ばしてくる。


 俺もその手に向け、大きく手を伸ばした。早く掴んであげたいから。繋いであげたいから……繋ぎたいから。足を急がせ、弟の傍に——


「——グロロロ……」

「……………………」


 辺りの砂煙が止む。見晴らしが良くなって見えるのは、弟を潰す瓦礫にゆっくりと降り立つ……大きな怪鳥。


 低く低く、唸る。そこには有象無象の怪鳥たちの狂気性はなく、代わりにじっと弟だけを見下ろしていた。目の前の俺など、一切の興味もなく。


 紫色の夜空上空、数十匹の怪鳥が円を描いて飛び回っている。

 ——それは、言いようのない狂気的な儀式のよう。


「……やめろ」

「——グロロロロロ……」

「……やめてくれ」

「——グロロロロロロロッ……」


「兄、ちゃん……」

「っ、索、動け……こっちに来いっ……」

「んっ、んんーっ……足が、抜けないよぉ」

「っ……こ、こうなったら……」


 ずっしりとした瓦礫を拾い、震えた手で意を決し、怪鳥目掛けて投げ込む。


 ——ゴツッ……怪鳥のくちばしに命中。だが、微動だにしない。


 半開きのくちばしから唾液が垂れてでくる。それは地面にばしゃりと落ちて、どうしようもないくらいの緊迫感を生む。


「うぅ、うぅぅ……兄、ちゃん……」

「——フンシュっ、フンシュっ」


 怪鳥は息を荒くさせ、頭を前のめりにさせていく。


「索……索、うぅ、どうすれば……母さん、父さん……どうしよぅ」



『——率始、自分のことを一番に大切にして?——』



 脳裏に過ぎる、母の言葉。


「…………っ、う、うぅ……索、さ、く……っ、ううぅ」


 涙が溢れ出る。伸ばしていた手を、弟を掴むための手を、押し下げる。


「ごめん……ごめん……ごめんっ……」

「……。兄、ちゃん」


 精一杯に、手を伸ばされる。


「兄ちゃん……っ、う、う、うぅ……お、置いて、置いてかないでぇっ……」

「——シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッッ!」


 怪鳥はさらに息を荒くして、頭をさらに弟の近くに。くちばしが地面にゴリゴリと擦れているのも気にせず、興奮気味に身震いまで始める。


「うう、ううっ、うえぇっぇん……兄ちゃんっ、兄ちゃんッ!」

「——シュッ、シュゴッ、シュゴッ、シュゴッ、シュゴッ、シュゴッッ!」



『——率始が索ちゃんのこと思うくらい、率始も自分のこと、大事にして——』

『——絶対、自分も大切に……約束するよっ……——』



「……ごめんッ」


 思わず目線を下ろす。拳をガリっと握り締める。


「やだ、うぅっ、やだよぉッ……! 手ぇつないでよぉっ、兄ちゃぁんッッ!」


 弟の精一杯の声。瞬間、反応したのは怪鳥———…


「フシュンッ!——デェギュギャギゲゴォッ、ギィギャアッ!——デェギュギャギゲゴォッ……ギィギャアッッァァア!」


 …———弟の叫びに同調したように奇声を上げる。身体を大きく反らし、大翼を広げ、高らかに。


「うぅ……兄、ちゃん……」


 涙と鼻水でぐしゃぐしゃな顔の弟。俺を信頼して伸ばし続けた手を、下ろすのが見えた。



『——絶対その証ある場所にお兄ちゃんが駆けつける。索を迎えに行ってやる——』

『——えへへ、ありがとう兄ちゃん! 大好き!——』



 弟との約束。


「ごめんッ……ごめん、な……——」


 そうして、俺はその場から駆けて行く——


「う、うぅ……兄……ちゃ、ん……——……!」


 ——約束を破って、駆けて行った———…


「ごめんなさい……母さん父さんっ。俺は、俺は索の——お兄ちゃんなんだッ!」


 …———怪鳥の元へと。腕で涙をゴシっと拭って……鋭利な瓦礫を手に。


「兄、ちゃん……!」

「索、そこからは自分で抜け出すんだッ。俺が、コイツを抑えるから!」


 反らした身体で勢いをつけ、くちばしを索に突き立てんとする怪鳥へ、俺は飛び掛かった。


「……うんっ、自分で抜け出す! んっっ、んぅうぅー!」

「頑張れ、索なら出来る! 索だってすごいんだって、兄ちゃんに見せてくれ!———ッぐ…!」


 怪鳥は動転した様子で、掴み掛かった俺を振り落とそうと荒ぶる。


 だがこちらも負けじと大きなくちばしをよじ登り、怪鳥の眼球目掛け、手に持った瓦礫を振りかぶり——


「俺の弟にっ、いらない恐怖を——与えるなぁぁァアッ!」

「ッッッ——グギャアァァァアァァァァァァッ——」


 ——怪鳥は断末魔を上げて荒れ狂い、足場の悪い瓦礫から滑り落ちると、足をあらぬ方向に折り曲げる。


「あっ! 兄ちゃん、足抜けたぁ!」

「———! すごいぞ索っ。急いで逃げるぞッ」


 俺は倒れた怪鳥から離れ、弟の元に駆け寄る。


「はっ、はっ、は……兄ちゃんっ!」

「はっ、はっ、は……索っ!」


 手を繋ぐ。今まで以上にしっかりと。もう二度と離さないように。


 ——ヴァン!


 逃げる俺たちの背後、子分の怪鳥たちが急降下で迫り、強烈な風圧が襲う。


「くっ、索急げ——っ、廻空!」


 前方、瓦礫の物影で気絶して倒れているのを発見。頬を叩いて目覚めさせる。


「起きろ、起きるんだ! 逃げるぞっ」

「……りっちゃん……索、ちゃんは?」

「大丈夫、ちゃんと連れてる! 廻空も立ち上がれっ!」

「うん……っ、ごめんりっちゃん、身体が……」


 廻空は立ち上がった途端ふらつき、こちらにもたれ掛かってくる。


「っ、こうなったら……」

「——きゃっ……」


 俺は廻空を空いた片手で担ぎ、二人を連れて走る、走る、走る——


 苦痛はない。二人が傍にいる。今はただ歓喜して、溢れそうな涙を堪える。もうくたくたな足、両腕……限界を超えて、力を振り絞った。




     ◇




「はぁはぁ、ゔ、おえ……はぁはぁ……ゔうぅ、はぁ、すぅ、はぁ……はぁはぁ」


 率始は両膝に手を着き、止まらぬ吐き気の中、呼吸を繰り返す。


「索、廻空、もう安心だ。怪鳥たちの叫びも、遠いから、一旦、息をつこう」

「りっちゃん、足大丈夫なの? だけじゃない……全身震えが、尋常じゃないよ」


 彼の身体は限界を容易に通り越した運動によってガタガタと震え、瞳孔は安定せずバチッと見開いていた。


「えっ……どう、だろ? もう、分かんないや」

「……りっちゃん。すぐにどこか、身体を倒して休める所に行こう。このままだと、りっちゃんが死んじゃうよっ」


 目に涙を浮かべた廻空はそれを拭うと、続けて尋ねる。


「……それで、どこにいるの? 索ちゃん——いないよ?」

「——何、言ってんだよ……俺が、手を繋いで連れてる——」


 率始は索と繋いだ手を軽く引き寄せた。その時の彼の手は、人を連れているにしては……とても簡単に動く。


「……………………ぅ、嘘……嘘だ……」


 不審感から繋いだ手を伝って振り返った先には、索の——腕。しかしそこから先が、なかった。


「なんで……どこ、行ったんだ……索、索……索っ、索っ——索ッ!」

「——嘘っ……」


 上空を見上げた廻空は、驚愕した様子で口を押さえる。


「——はっ、はっ…………」


 恐る恐る、上空を見上げていく率始。


 黎明の空には数十匹の怪鳥が舞い、口をあんぐり開けた片眼片足のない大きな怪鳥が。——そして一匹の怪鳥が索を咥え、彼らに見せつけるよう滞空していた。


「——ッ……やめろ、やめてくれ。索は、俺の大事な、弟なんだ……」


 率始は届くはずのない上空に手を伸ばし、向かえるはずのない場所に足を引きずらせた。


 ——明ける空。索を咥えた怪鳥はくちばしをガパッと開ける。


「——やめろぉぉぉぉおおおおッ——」


 そうして、日の出とともに上空に解放された索……酷く血生臭い奈落へと落ちていった。


「——…………ぅ、あぁ、あああ、ぁぁぁ……ああああああ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ——」


 現世には有り得ぬ地獄の再現……彼らには日の出の光で見えてはこない。


 飛び立つ鳥の群れ。日はただ地上を照らし、星降る日から明日あすをもたらした合図を告げた。


 だが率始は目指したはずの明日を拒絶して、闇の中へと意識を入れるのだった。




     ◆◇◆◇




 星降る日…星は生まれ変わった。故に飛来した「星」は『転生星てんせいぼし』と名付けられ、曰く(いわく)この日を『転生てんせい元日がんじつ』とされた。




     ◆◇◆◇

序話3をお読み頂きありがとうございました!


少しでもこの作品が面白いと思ってくださった方は『感想』や『⭐️(星)』をくださると私作者のモチベーションに繋がりますのでお願いします。

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