序話2「星降る日【黄昏】」
耳鳴りが酷い。意識は左右し、傾いた視界はぼやけている。全身に地面の硬い感触が伝わって、ようやく自分が倒れているのだと気づく。
耳鳴りの奥からは騒々しい音の幾つもが響いて混合し、状況がまるで掴めない。
「……っ」
立ち上がろうとするも身体が痛み、行動を阻害する。
何が起こった? どうしてこうなった?
俺は頭を押さえ、海馬から記憶を掘り出す——
——— —— —
「夕方頃に突然すみません。りっちゃんママ、その……神社に、年越しを——」
家に来た廻空。玄関で母が対応しているのを聞きつけ、俺は自宅を駆けてきた。
「ふふっ……だって。廻空ちゃんに全部言わせちゃダメよ?」
「わ、分かってるよ。——ちょっと待ってて」
「うん……」
モジモジと落ち着きのない廻空。そんな様子でこっちを見られると、俺まで——
「——兄ちゃん出掛けるなら僕も行くー!」
「あぁもう索ちゃん、小学生になったらお兄ちゃん離れするんでしょ?」
「んんっ、イヤだー。イヤだ、イヤだ、イヤだっー——」
玄関まで駆けてきた弟。床に転がって母に駄々をこねている。
流石にこの現場を見ると、俺も弟の接し方を見直さないといけない気がしてくる。
「じゃあ索ちゃんも、私たちと一緒に行こっか」
弟の目線までしゃがみ込んだ廻空は言い、急遽弟も連れていくことに。
………
冬半ばの外気は当然寒く、防寒着で身を包んでも手が悴む。
「——いつもは神社人少ないのに、今日は多いねー」
「まあ大晦日だからな。それより索、繋いだ手離すなよ? 離したら許さん」
「うへぇ、兄ちゃんこえー」
すると俺の隣を歩く廻空が、そんなたわいない会話で微笑む。
「……。廻空、手……繋ぐぞ……危ないから」
言って、手を差し出すと、廻空は顔を赤くして受け取る。
「う、うん。よろしく、ね」
そうして、俺の両手には大事な人たちの手が収まる。
——程なくして、神社はさらに人が押し寄せてきて、俺たちは人気のない公園まで避難した。
公園と言っても、周りが柵の代わりに何十本もの木で囲われただけの、それらしい遊具もないつまらない場所。
そんな中ポツンと中央に孤立して立つ自動販売機は、逆に映えている。
「ほっ……人、すごい増えてたね」
「ホント、去年はそうでもなかったのにな。索、大丈夫か?」
「んー、疲れた……兄ちゃんおんぶしてー」
「流石に急いだしな。——ん、ほら来な」
俺は目線を下ろし、硬い地面に片膝をつけた。
「………………あれ、索? おんぶは良いのか?」
いつもなら一拍の合間もなく背中に飛び付く弟が、三拍ほど経っても来ない。
「なに、あれ……」
すると、廻空が俺に身体を寄せ、腕を掴んでくる。
「わぁ、すごい光ってる」
対して呑気に言う弟。
黄昏も越えた紫色の空を見上げていて、どちらも震え、けれど呆然とした様子。
「二人、とも……?」
取り憑かれたような二人に唖然。引き込まれるように、俺もそこへ目を移す。
「——ッ! 何だ、あれは……」
——綴られてきた平話が、そこで壊れる音がした。
星が、大きな星が……落ちてくる。それも、上空を覆うほどの……
視界が釘付けになる。
計り知れない大きさで距離感が掴めない——違う。見えているはずなのに、どこにあるのかが分からない。
低速で落下する割には、先ほどまでその一片の姿すら確認出来なかった。
空気を擦り付けるような耳を酷くつんざく音も、感知出来るだろう全てが、それを認知するまで無いものとして扱っていたかのように。
あまりにも現実に遠い星……そんな表現が一番に当て嵌まる。
あまりにも、あまりにも、あまりにも……それはこの世界から逸脱した存在なのだと、そこで考察が止まる——それも違う。脳が処理出来ない。
逃げなくてはという指令も、脳が空に釘付けで身体が動いてくれない。ただ、見上げる他ない。
精一杯の足掻き……大切な二人の手を繋ぎ止めようと掴む。
——瞬間、それは大きな光で崩れ去って、数個数色、疎に今、落ちてくる——
— —— ———
「——そう、だ。俺たちは……っ、索、廻空! 大丈夫か!?」
身体の痛みも忘れて、一心不乱に近くで横たわった二人を起こす。
「——っ……りっ、ちゃん?」
「——ん、んん……兄ちゃん……」
「はぁ……よかった」
どちらも意識が朦朧としているようだが、別条はない。
「……、あれは」
安堵して目線を少し上げた先、孤立する自動販売機が煙を上げて倒れていた。周りを見渡すが、公園を囲う木々は特段問題なく、傷もない。
「どうして自販機だけ……。二人とも、一度家に戻ろう。家族が心配だし、されてるだろうから」
——二人を立ち上がらせ、弟を背負って公園を出る。そうして木々により遮られた視界が開けると———…
「——え……どう、なってんだ……?」
…———愕然となる。知らない場所……でなくては受け入れられなかった。
悲鳴、絶叫、轟音。赤色の海を空に広げた、地上に業火盛る——地獄。
知る影はない。親しみなんて以ての外。断片でしかない、俺たちが住む町。
「兄ちゃん……パパとママ、大丈夫かな……」
「索……っ、大丈夫、大丈夫だよ。廻空、急ぐぞ」
——どこかしこが瓦礫傾れた道筋。崩れかけのマンション。焦げつくアパート。窓のない家。電柱に叩き潰された車。
人……動かない数々。
「——助けてくれぇ……」
「っ……」
「——動、けない……手、を」
「っ……」
「——お願い、子供が……」
「っ……」
求められる手。取ってはいられない。
「兄ちゃん、あの人たち、助けなくていいの?」
「……。索、耳を塞いで、目は閉じておけ」
弟を一度背から下ろし、耳に手を持っていかせ、抱き上げる。
「うぅ……っ、う、うぅ……」
「廻空……辛抱してくれ……今は——」
「分かっ、てる……でも、でも……」
声を震わせ、大粒の涙を流す廻空。俺はその涙を拭って彼女の腕を掴み、引っ張って走り出す。
両腕で二人を抱えての移動は体力の消耗が激しく、一瞬のうちに息を荒くさせる。吹き出す汗も尋常ではなく、冬の凍るような外気ですら熱気はこもるばかり。
それでも、どうにか、どうにか——
……助けて……行かないで……お願い……友達だろ……なんで……死にたくない……怖いよ……見捨てるの……聞こえてるだろ……助けて助けて助けて——
——こんなに、家って遠かったけ……——
「——ハぁ、ハぁ、ハゔっァ……はぁはぁ、はぁはぁはぁはぁ——」
自宅付近に着き、膝に手を着いて嘔吐しかけの呼吸を安定させる。
「じゃあ廻空、無理は……しないように。何かあったら、呼んで……」
「……うん……りっちゃんも、気をつけて……」
そうして俺は弟と、廻空は一人で……全てが崩れた住宅街から自宅に向かう。
………
「……………………」
自分たちだけ家が無事だったなんて、訳はなく。
「索、ここで待ってて。二人を探してくるから」
「僕も手伝う……」
「ありがとう。でもここからはお兄ちゃんでも危ないから、索は良い子で待っててくれるか?」
言うと、弟は黙って頷き、俺は家だった瓦礫の山に足を踏み入れる。
「母さんっ、父さんっ! 返事してっ」
小さい瓦礫を退かし続け、二人を探す。
「……う、うぅ……ぐす……父さんっ、母さんっ!」
一人になったことで、それまで我慢していた心細さが涙に変わる。呼んでも呼んでも返事がなくて、涙に変わる。
「返事してよ、うぅ、うう……」
「——率始、なの……?」
「——! 母さんどこっ、どこにいるの!?」
瓦礫の中、微かに聞こえた母の声。瓦礫に耳をつけ、声の位置を探る。
「率始……そのまま、聞いていて」
「え?」
母の声には力が無く、掠れて少し聞きづらい。
「今さっきまでお父さん、話してたんだけど……もう、声出してくれないの……」
「……そん、な……」
「それでね、お母さんももう、ダメみたい……」
「っ……嫌だ、嫌だよ、嫌だよぉっ!」
「率始……聞いて」
「……っ、うぅ、ぐすっ……」
「ありがとう、率始。お父さんとお母さんね、良い子な率始と駄々っ子な索ちゃん、二人とも同じくらい可愛くて大事なの。これから率始は索ちゃんのこと、必死に守っていくと思う。だからあの子のこと、お兄ちゃんにお願いするね?」
「言われなくたって……索は俺の大事な、弟なんだから」
「ありがとう。本当に、頼りのお兄ちゃんになったね。じゃあ最後に一つ……率始が索ちゃんのことを思うくらい、率始も自分のこと、大事にして?」
「え…?」
「率始は、索ちゃんや廻空ちゃんのことになると、すっごく無茶するでしょ? それをお父さんと話してたら、お父さん、絶対伝えなきゃって言ってたのよ?」
「っ……父、さん……」
「だからお父さんに代わって、お母さんが伝えます。……率始、自分のことを一番に大切にして? 索ちゃんは自分一人でも出来ることが増えてるから、だから第一に、自分を大切にして? それで、廻空ちゃんと幸せに、なってね——」
「約束……約束するよ。絶対、自分も大切に……約束するよっ」
「——………………——」
「っ……うわぁぁぁあぁぁぁっ、うぅ、うああぁっ——」
もう聞けない親の声。俺はひとしきり泣いて——瓦礫の上から降りていく。
「——あっ、廻空……」
自宅の前に戻ると、弟と一緒に廻空が地面に座っていた。目を合わせた彼女の瞼は真っ赤で、憔悴し切った表情で首を横に振ってみせる。
「そう、か。これから、どうしような……」
帰路を失った崩壊世界。この先どうしていけばいいのだろう。俺は二人の手を強く握って、どうにか明日を目指そうと心に決める。
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