お見合い同棲が終わる前に。(1/2)
カレンダーをめくるたびに、数字が少しずつ重く見えるようになってきた。
お見合い同棲も、残り――あと二週間。
最初は「仮」のつもりだったのに、いつの間にか“いつもの朝”になっていた。
白洲さんと並んで朝ごはんを食べて、ニュースを見て、コーヒーを淹れる。……私はコーヒーが苦手だけど。
何も起こらない日々に、たまにムキーってなることもある。
でも――もし神さまが「あと少しだけ延長していいよ」って言ってくれたら、私はこんな日々がずっと続く事を祈ると思う。
「……なんか、思い返してみると、あっという間だったなぁ」
カレンダーを見つめながら、思わずそんな言葉がこぼれた。
「色々とありましたからね……」
白洲さんはいつも通り、真顔で返す。
「私が想像してたような“色々”はありませんでしたけどね」
「……枯れ木に水をやっても、何も変わらないということで」
「あー! 自虐! でもおじいちゃんが言ってましたよ? 男は四十からが旬だって!」
「あなたの祖父は……普通の人より、色々な意味で元気な方ですからね」
そこまで言って、白洲さんはわずかに咳払いをした。
……おじいちゃんの知らない面がチラっと見えちゃった気がする。
「私のおじいちゃんって海外出張多かったんですよ」
「……そうですか」
「海外で何してたんでしょう?」
「仕事以外の事は……私には分かりませんねぇ」
白洲さんは私の目を一切見ずに答えていた。
そんな穏やかな昼下がり、インターホンが鳴った。
ディスプレイに映ったのは――私の元気なおじいちゃん。月城鷹臣の姿だった。
* * *
木製の玄関扉が、ゆっくりと開く。
祖父の放つ“雰囲気の重さ”が、先に家の中へ流れ込んできたみたいだった。
二人並んで玄関で迎え入れる。
白洲さんが一歩前に出て、いつもの落ち着いた声で言った。
「道は混んでませんでしたか?」
「ああ。休日の割には車が少なかったな」
おじいちゃんと白洲さん――どちらも、いつもの雰囲気とどこか違う。
……え、なにこれ。急に“仕事モード”みたいな空気になってません?
白洲さんが玄関からゆったりとした動作で手を差し出す。
「こちらへどうぞ」
その声に導かれて、おじいちゃんはリビング奥のダイニングへと進んでいく。
白洲さんの家には来客用のソファなんてない。
だから自然と、食卓が“応接間”の役割を担うことになる。
「ふむ。無駄がない家を想像していたが……意外にも賑やかな部屋じゃないか」
おじいちゃんは椅子に腰を下ろしながら、軽く周囲を見渡した。
「心愛さんがいらっしゃってから、大分“人間らしく”はなったかと」
「はっはっは! 長谷川君なんて、『白洲の家は修行場か?』と真顔で言っていたぞ」
おじいちゃんは豪快に笑い、白洲さんは小さく息をつきながらも、どこか満更でもなさそうに微笑んでいた。
「あのイルカも心愛の趣味かな? 可愛いものばかり飾らせてしまって、申し訳ない」
おじいちゃんはリビングの一角――イルカグッズで埋まったコーナーを指さした。
……あ、これ私のせいにされる流れかな?
そう思って口を開きかけた瞬間、白洲さんが一歩前に出る。
「イルカは私の趣味です」
いつもの落ち着いた声のまま、しかし目だけはやけにキリッとしている。
「……あの、白洲さん。そんな強めに言うところですか?」
思わず小声でツッコむと、白洲さんは微かに咳払いをした。
その気まずそうな仕草を見ながら、私は「じゃあお茶でも」と台所へ向かおうとして――
「心愛さん。どうぞ、おじいさまとゆっくりお話を」
静かな声に呼び止められてしまった。
……お茶の準備は“あなたの仕事じゃない”ムーブ? ああもう、そういうとこ好き。
キッチンからお湯を沸かす音が聞こえてくる。
湯気とともに白洲さんの整った所作が戻ってくるまで、私はおじいちゃんに大学の話なんかをして過ごした。
* * *
落ち着いたグレーのスーツに金縁のメガネ。
柔らかな笑みを浮かべてはいるけれど、その奥にある鋭い眼光は隠しきれていない。
……流石の白洲さんも、少し押されているように見える。
「まあ堅苦しい話ではないから、くつろいでくれたまえ。……そもそも、ここは君の家じゃないか」
おじいちゃんは穏やかに言うのに、どう見ても“尋問官と対象者”の構図である。
これは意図してやっているのか、それとも天然なのか……。
優しいおじいちゃんは大好きだけど、このモードだけはちょっと苦手だ。
「さて――二人は、どうだね? 結婚は?」
真正面からの問いに、私は白洲さんと顔を見合わせ……思わず苦笑いを交わした。
「まだ結論は出ておりません」
白洲さんが落ち着いた声で答えると、おじいちゃんの視線が私に移る。
「えへへ……私も、結婚とかまだ早いのかなって思ったりします」
そう言うしかなかった。おじいちゃんは「ふむ」と一度うなずき、今度は切り口を変える。
「では、同棲生活はどうだったのだね?」
その問いには、私たちは迷わず。
「心愛さんは、いつも明るくて。とても楽しい日々を過ごさせていただきました」
「白洲さんは、いつも優しくて……真顔で面白いことするし。えへへ、私もすっごく楽しかったです」
言葉を重ねた私たちに、鷹臣は「そうか」と満足そうに目を細めた。
しかしその直後、口調を変えた。
「まぁ結論が出ないのなら仕方ない。お前に次の見合い話を持ってきた」
その一言に、私の表情はぴたりと止まった。
「え……次?」
「曖昧な答えならそれはNOだ。次に行けばいいだろう」
「わ、私はまだ——」
「お待ちください」
遮ったのは、白洲さんの声だった。
「次の見合い話というのは……あまりにも早急すぎるのではないでしょうか」
鷹臣の視線が、じわりと鋭さを増す。それでも白洲さんは穏やかな声音のまま、続けた。
「心愛さんは、まだお若いのです。焦って答えを出す必要はないかと」
「反対なのかね? そもそも、次の見合いに君は関係があるのか?」
真っ直ぐな問い。
白洲さんは一瞬だけ呼吸を整え、視線を逸らさず言葉を選ぶように間を置いた。
「……関係があるとは、申しません。ただ……個人的には、急ぐべきではないと考えています」
「なるほど。では時間をかけて、一人でも多くの男と見合いをすると良い。いずれはお前の気に入る男も現れるだろう」
「いえ、ですから――」
「焦っていないだろう?何か問題があるのか?取られたくないとでも言うつもりなのか?」
「——はい」
白洲さんの口から、反射みたいにそんな声が漏れた。




