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6 見守る野良犬の過去と希望

 

 時が全てを解決するなんてのは、言いすぎだ。


 でも、時ってのがあれば何かを積み上げられる。その何かが問題に対して適切なものだったなら少しはマシになるもんだ。


 キストとビレが積み上げるべきものは分からない。でも、俺は自分の経験則を考えると力がそれに近いんじゃねぇかと思ってる。




「俺は、昔死にたがりだったんだ」




 急に昔語りを始めた俺に困惑しているキストが「……死にたがり?」と疑うように両の金の目を見張る。


 うん、今の呑気にへらへら暮らしている俺を見れば、信じられねぇのも無理はないさ。



「おうよ、昔生きている理由すらないときにビアンカに拾われてさ、ビアンカもビアンカで昔はある種の死にたがりだったんだ……最近、あんなだから説得力無いけどな。つまり死にたがりの馬鹿が二人いたんだよ」

「ビアンカ副隊長も?」



 死にたがりという言葉からビアンカは程遠すぎてキストが目を白黒させる。



 強くて、部下も自分勝手ながら可愛がっていて、いつも興味のままに自由気ままに生きているあの女が、死にたがりだったなんて、想像がつかないだろう。

 まあ、あいつの死にたがりはジメッとしたものじゃなくて、カラっとしてたからなぁ。


 ビアンカのことだ。可愛い子達に自分のすれてた過去と、とんでもねぇ本性なんて知られたくないとは思ってるだろうが、その可愛い子が沈んでんだ知ったこっちゃない。


 今回、キストとビレには俺とビアンカの思い付きのせいで嫌な思いさせちまったしな。



「そうさ。昔はビアンカの方が強くてよ。戦闘狂と自殺希望者の悪魔合体みたいな感じで、あいつが剣一本で化け物に無策に突っ込んでいくのとか、腕折れてる中でも撤退せずに正面突破するのとか、もう滅茶苦茶なもん見てきた。あいつの右目眼帯してんのその名残な」


 片目を失って、血を流しているのに「あたし勝ったよ! まだ価値があるみたいだね!」と笑う女を見て感じた恐怖は今でも忘れられない。鮮明に焼き付いている。




「それこそ何度、俺が置いていかれるって思ったことか」


 おいていかれる、という言葉にキストが眉を顰める。




 そんな様子に、俺はこの少年の優しさと繊細さを改めて実感する。

 優しく繊細じゃないと自分の本意じゃない行動を日常で続けるなんて、出来ねぇからな。




 生憎、俺を何度もおいていこうとした女は、そんな優しさや人間らしさを持ってない自分勝手な奴だからな。


 そんなんだから、俺の「置いていかれる」という感覚はビレのようなしんみり落ち着いたものではない。いや、最初はそうだったかもしれない。


 今じゃ、ありえないけど拾われた直後の俺は、何にもない俺が今度はこの人にもおいていかれるなら死ぬしかないなんて思ってた気がする。



「挙句その頃のあいつは『あたし自身の価値は強さしかないもの。だからあたしは戦いの中で生きて、死んだら、あたしの価値はそこまでだった話』なんて口にするんだ。とんでもねぇ奴だよ」



 怖くて仕方がなかった。


 だったら弱い俺の価値なんてないんじゃないかって疑問に思った。

 けど、あいつの力こそ全てっていう価値観は自身にしか適用されてなくて、『きみはあたしの暇つぶしなの。いらない命ならあたしが自由にしたっていいよね」って俺を連れまわすだけで強くなることは求めなかった。


 何度も死と生の境目を縫うあいつを見ていたせいで『おいていかれる』から『おいていくんじゃねぇ!』になった。悲しみなんかじゃない。あれは怒りだ。


 ビレの父親のように、生活や愛する人たちの為に危険を冒してた訳ではなかった。

 ただ、あの女は自分の価値の証明の為に危険を冒し、俺を傍観するペットとして連れまわしただけだった。


 まあ、だからこそおいて行かれることが、ビレやキストのように恐怖や悲しみの枷となるのではなく、俺の場合は怒りや焦燥という原動力になった訳だがな。



 怒りや焦燥感から、俺もひたすら強さを求めた。

 自分の飼い主が死なないようにする方法が俺にはそれしか思いつかなかったから。

 強い奴に突っ込んでいくビアンカが死ぬ確率を下げるには、その強い奴より強くなるしかなかったから。しがみつくように強さ求めた。



「でもそのくせ、俺があるとき重傷を負ったとき、あいつ怒りながら泣くんだ。理不尽だよなぁ」


 ビアンカは自分勝手な女だ。

 今でこそ多少は治ったが、昔は自分の価値を自分の強さでしか感じられない奴だ。その癖、身近にいる人間は彼女なりに可愛がるし、自分より先に死ぬことを許さない。

 自己肯定感が低いのに所有欲は強い。


 今回のキストが傷を負った件だって、あの瞬間から、盗賊団の捕縛予定が討伐になった。

 今回は怪我が回復するまでの療養で済んだが、重症でも負っていたら、ビアンカやオレが稽古をつけて一定以上強くなったと確信できなければ、実戦に出してもらえなくなっていただろう。

 表面上はへらへらそんな大したことのないように取り扱っているように見えて、違うんだ。



 呆れたように理不尽と口にした俺に、キストは何故かバツが悪そうだ。



「ん? どうした?」

「理不尽っすけど……俺も今回腕に傷を負ったのは自分が傷つくより、ビレが傷つく方が嫌だからっす」

「ああ……いや、お前の場合はある程度自己防衛本能ある上で、それ以上にビレが大事だからの行動で話は違うさ。まあ、ビレは嫌だろうけどな」




 こちらを見てくる金色の瞳には淀みがない。



 俺もビアンカも同じ年ごろにはもうどこかぶっ壊れていたから、とんでもない目をしていただろうに。


 ……むしろ俺らは最近の方が、成長してもっと他の人間と関わってからの方が、まともになっているだろうから。



「お前ら二人みたいに俺とビアンカは互いに思いやりを持ってた訳じゃないんだ。ただ、自分勝手にお互い先に死なれるのがごめんでな」


 大切だから死んで欲しくないなんて綺麗な感情ではなかった。



「ビアンカは『お前はあたしの暇つぶしなんだから後に死ね』って感じで、俺は俺で『拾ったもんの面倒は最期まで見やがれ』って感じで食って掛かってたな」




 自分勝手な願望を互いに押し付けていただけだ。

 俺は生きる理由がなかったから相手に責任を押し付けたくて、あいつは自分の価値を見続けてくれるかつ暇つぶし相手が欲しかっただけだ。

 いや、今も押し付けている。今もそれは変わらない。


 根本は変わらないけれど、変わったものもあるんだ。



「で、強い方が先に死ぬって感じで競い合ってたら、荒くれ物から、傭兵になって、いつの間にかこんなところで隊長になってるしな。今じゃこの大陸で敵なしともいわれてるわけだ」

「はあ、それは……すごいですね?」


 混乱したようなキストの反応に、改めてこの子はまともだなと実感する。

 まともな人間じゃあ、俺たちの生き様は面食らうしかないだろう。



 キストもビレと同じように愛されて育ってきた子なんだろうなと感じる。

 俺やビアンカみたいなやつが人慣れしてきた野良犬だとしたら、ビレとキストは子供のころからしっかり育てられた牧羊犬や番犬ってとこだ。


 でも、野良犬だからこそ分かることもあるってもんだ。


「そうしたら、不思議なもんだ。俺もビアンカもいつの間にか死から遠くなってた」



 あんなに死にたがってた筈なのに、いつしか二人とも穏やかに生きていた。

 まあ討伐とかしてんのが穏やかっていうのは世間一般からずれてるけど、昔に比べれば大分穏やかだ。組織に属すだなんて昔の野良犬の俺たちじゃあ無理だ。


「ビアンカはそんなに強くなりゃあ、価値はある程度証明出来てある程度満足したし、元から好奇心旺盛な奴だから楽しそうに今生きてる」


 たまに、『今あんたに負けてるの気に食わないわ』って文句言って、いきなりふっかけてくるけど、まああんなに自分勝手に人生謳歌してる奴、他に見ないわってくらい楽しそうに生きている。

 あいつと出会ったころの俺に、『ビアンカは今、部下の隊服を私費出してまで好き勝手して、恋話も大好きだぞ』なんて伝えたら嘘つき呼ばわりされること間違いなしだ。『強い敵や怪物を探してるんじゃなくて?』と聞き返されるに決まってる。


 それだけ変わったんだ。


「俺は我武者羅に強さ求めてたら、生きていて良かった思うことは増えていったし、役割も出来たから容易に死ぬ訳にはいかなくなった」


 親が犯罪を犯して処刑され、村八分にされて、誰も必要とせず、誰にも必要とされず、価値がないまま死んでいくはずだった。

 だけど、偶然赤髪の自分勝手な女に拾われて、焦燥にかられながら生きていたら、今じゃあこんな穏やかに生きている。




「そりゃ楽しいし、死ぬ訳にはいかないよな。お前やビレ、他にも色んなやつが一緒にいるんだから」




 そうやって笑いかけると、キストが「……オレらが死なない理由なんすか」とおそるおそる口にする。


 その様子がなんとも健気で、キストもなんだかんだビレの両親の件で、ビレの変化以外でも心に傷を負っていたんだなと認識する。




 おいていかれるのは、ごめんだよな。

 それが自分の為であろうと、大事な人の為であろうと、おいていかないで欲しかったと願うのが人間だろう。


 別においていった方も、ビアンカみたいなのはまず少数派で、

 悪いわけじゃないし、大切な人のことを想ってのこともあるだろう。

 そうするしかないって時もあるだろうよ。


 でも、おいていかないで欲しいんだよな。

 それだけは野良犬だろうが、いや野良犬だからこそ知ってるんだ。




「おうよ。だから安心しな。俺もビアンカも強いし、お前らのことを守ってやる」




 幸い、俺にはある程度おいていったりしない、おいていかせたりはしない、強さがある。

 その強さがあれば時間も作れる。



 目の前にある少年の頭を、俺の傷だらけの手で激励するように撫でる。




「だからお前とビレもその間に強くなれよ。

 そのうち俺ら抜いちまうくらいになっちまえばさ、

 おいていかれることとか、おいていくこととかあんま考えられなくなるからよ。

 そうすれば、ずっとお前らは肩を並べて生きていけるだろ。

 それまで一緒に頑張ろう」




 普段はキスト俺に頭を撫でられることを嫌がるが、今は大人しく撫でられていた。

 それでもしばらくすると、俺の手をどかした。



「隊長」

「おう」


 見つめてくる金の瞳は、どんな星よりも輝いていて真剣だった。

 だから、俺の返事も強張ったものになる。



「そういうの脳筋って言うんです」

「すまん」


 脳筋。それは確かにそうだろう。

 実際、俺とビアンカの生き方は強さを求めてた結果な訳だろうから、俺の人生はほぼ脳筋と言っても過言ではない。でも俺はその生き方しかしてないから、それ以外の方法は分からない。

 やっぱり野良犬の俺じゃ、キストやビレの力にはなれないだろうか……。




「でも、悪くないですね……」


 そう笑ったキストにほっとする。




 明日も明後日もその先も、キストはビレとの関係性で苦しむのだろう。


 でも、そのもっと先で、キストとビレがお互いを素直に愛せる未来も作れるのだと、分かれば彼はまだ歩んでいけるだろうから。


 こんなことがあるから、俺もビアンカもまだ死ぬ訳にはいかないな。







「にしても、隊長は副隊長のこと大好きなんですね」

「いや、俺の人生を暇つぶしで滅茶苦茶にしやがるからな。

 あんな奴に愛し愛されたら俺の人生終わるわ」

「素直じゃない……既に手遅れっすよ」








読んで下さって、ありがとうございました。

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