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5 拗れた関係




 散々、あの後ビレとキストは喧嘩して、お互い傷だらけでまた医務室に行く羽目になっていた。

 キストなんか腕の傷口が開いていたそうだ。


 医務室の担当に謝罪を入れたところ、あの時の会話をこっそり聞いていたそうで「複雑な子達みたいですね」と言っていた。


 色々混乱したせいかビアンカと酒飲みにいった。

 でも、今日は何故か酔えなくて、眠るに限るなと彼女と別れて、寒い夜道を通って男性の宿舎に戻っている最中だった。



 キストを見かけた。



 宿舎の屋根の上に立っていた彼が白の制服を着ていたので見つけることが出来たが、多分ビレと同じ黒の隊服だったら見つけられなかったことだろう。今にも夜空に飲み込まれそうだった。


「何してんだ、キスト?」

 本気で夜空に飲み込まれそうだなんて、酒にのんだせいか思っちまったから声をかけた。


「あ、隊長。……星、眺めてたんですよ」

「意外と可愛らしいことすんなぁ、お前」

「そうですかね……オレ達の故郷って星に死者がいるって言い伝えがあんですよ」

「へぇ」

「だから、あいつのあれ何とかして下さいって文句言ってたんです」


 目を細めて笑う姿は、最近見た中で一番年相応だった。


 そりゃまぁ、切実な。

 嫌いなわけでもないのに毎日喧嘩するって相当疲れるだろうから、キストは大変だな。


「お前、優しいなぁ」

「別に優しくないですよ。ビレじゃなかったらあんな無茶苦茶な状態放置します。それに今だって、むしろひでー奴なんですよ」

「そんなことないだろう」


 笑い交じりに答える声に、俺もつられて笑い交じりになる。


「だって、本当にビレに優しいなら今回みたいなの絶対に引き受けないですし、最終的に向こうが追いかけて来たにしても、置いてここに入ったりもしませんよ」


 が、その言葉に俺はぞわりとした。何故かは分からないが、このまま放置していくのは不味いと思った。


「俺もそっち行くから、少し話さないか? 眠れないんだ」

「もちろん、いいですよ」



 壁のでっぱりを上手く利用して屋根の上に登ってみれば、キストは座って待っていた。


「優しいと思うけどなぁ」

「いや本当、優しくないですよ。だって、隊長にやめていいぞって言うのに乗っかればビレは気絶するほど追い込まれませんでしたから」


 それは確かにそうだが、でも俺達にビレのことを分かってもらう為に続けたんなら仕方ないだろ、そう言おうとしたのだが、


「本当にビレのことを思うなら、周りに何を言われようがいつも通りをこなし続けるべきなんです。

 でも、オレはそんな優しくねぇんですよ。

 だから、寂しがり屋で臆病なあいつが、今ここで楽しく生きていることにたまに憎らしくて仕方なくなる」


 劇薬のような言葉に、俺の喉がひゅっとなる。


 今、ビレのことを憎いって言ったか?


 なんだそれ、怖いな。幼馴染が楽しそうにしてんのが憎いってどういう精神状態だ? 


 いやもしかして冗談かもしれない。

 きっと冗談だ。だって、医務室でビレを見るキストの目はとても優しかった。


「あいつがへらへら誰かと笑ってると痛ぇ。あいつが誰かに優しくされて素直に礼を言っていると痛ぇ。あいつが誰かと仲良さげに話しているのが痛ぇ」


 金色の瞳は伏せられている、彼の手は心臓のあたりをぎゅっと抑えていた。


「オレが他の女と仲良くしようが、まったく気にしねぇし、ほいほい他の男には無邪気に笑ってやがるし。オレ以外の親切や優しさには素直に喜ぶくせに、オレが少しでも優しくしようとすれば怯えやがる」



 次々と言葉を紡ぐ声色には、嫉妬だろうけど、嫉妬という一言では表現しきれない激情があった。

 好きな子が他の存在に取られてるのが気に食わないなんて可愛い感情じゃないぞこれは。


「どぉして! オレだけが駄目になっちまったんだよ‼」


 星に向かって叫んだキストに、俺はもうどうしたらいいのか分からなくなる。


 オレだけ……そっかそれは他の存在に取られたなんかレベルじゃないな。


 キストはビレの両親の死後、ビレに優しくすることが出来なくなった。

 正確には出来るけど、したらビレが苦しむようになった。笑わなくなってしまった。

 彼の優しさが彼女の幸福に繫がらなくなってしまった。


 こういうと良くないとは思うが、亡くなったビレのご両親はキストがビレを幸福にする権利を一生奪ってしまったのか。



「分かってる……あいつにとって今、オレが一番だからああなんだってことは……だけど、だけど、やっぱ嫌だ。他の奴には許されるのに、オレだけ許されないなんてやっぱ認めらんねぇよ」


 ビレはキスト以外への優しさには普通に反応する。キスト以外にはちょっと勝気な女の子で、そこまでおかしくない。


 だけど、キストに対してはどうしようもなくぶっ壊れている。

 多分『次はオレ』ってキストが言ってたように、ビレは次に自分の為に身を犠牲にして死んでしまいそうなのはキストだと判断してるんだろう。


「でもオレのことだから、あいつが他の誰かにオレに対してするような対応をし出しても許せねぇんだ……」


 ……そして、それは多分間違ってない。

 腕に怪我を負ったことといい、この発言といい、キストの中を占有しているのはビレだからだ。


「だから、オレが耐えられないから、ビレに酷いことしちまわないように離れたのに。なんでなんで追ってくるんだよ」


 ああ、やっぱり。

 種類が違えど、

 キストがビレの中で一番であると確信しているように、

 ビレもキストの中で一番であると確信しちまってるんだ。


 流石に嫌われていると思っている相手を追いかけないのは、オレでも分かる。

 そんで、ビレは大切にされるのも怖かったけど、キストが目に届かない所にいくのも父親と被ったんだろうな。


「あいつにとってオレが一番だから、オレはあいつをぜってぇ大切にしちゃいけねぇだなんて、んな理不尽なことあっかよ」


 キストはビレのことを幸せにしたいのに、自分がそれを実現することは難しくて。

 ビレを大切にしたいから離れようとしたけど、ビレは大切にされるのは怖いけど離れたくはない。

 ああ、理不尽だよな。


「お前のこと幸せにする資格が剥奪されんならっ、

おれはどんな種類のもんだろうが、

お前にだけは愛されたくないっ!」


 なんて、愛に満ちた悲痛な嘆きなんだろう。

 なんて、強烈な想いなんだろう。

 どれだけ、ビレはこの少年に愛されているんだろう。


 強烈で重いその感情は、拗れなければ、少女がぶっ壊れなければ、どれだけ暖かく強く二人を繋いでいたのだろう。


「理不尽すぎて、いつかあいつに言っちまうんじゃねぇかって怖くなるっ」


 キスト、お前は優しすぎるな。


 荒れ狂う感情にずっと耐えて、普段ビレと喧嘩して、そのあとは何食わぬ顔して日常に溶け込んでたんだな。すげぇな。お前。


「でもさ隊長、オレ分かるんだ。あいつもオレに守られるくらいなら、『お前にだけは愛されたくないっ!』ってキレるんだってね」


 そんでビレも、どうしようもなく壊れてんな。

 こっちもこっちで優しいから、両親がこの世を去った理由に耐え切れずにぶっ壊れちまったんだな。


「もうここまで行くと、おかしくて笑えてきません?」

「悪いが、笑えないな」


 疲れ切った、泣きそうな声でそう同意を求められても無理だ。

 いっそキストは笑いとばしてほしいくらいなんだろうが、笑えない。ここで笑える奴がいたなそいつはよっぽどのヒトデナシで間違いない。


「そうすか」

「うん、お互いお前ら大事で仕方ないのに上手くいかないから。悲しいな」


 どんな種類の愛情だろうが、二人が互いのことが大切で仕方がないのに、それが真っすぐ向けられない状態になっているのは、俺からしてみても納得がいかないさ。


 誰かを大切に想える優しい奴らが、傷ついてんのは、どこかぶっ壊れている俺だって嫌さ。

 それが自分よりも十以上年下の少年少女だってんなら猶更だ。


「だから、どうにかしてやりたい」

「……そうすか」


 返事をする少年の声に期待は無い。


 それはそうだ。キストにとっちゃあ何年も向き合っている問題に対して、俺みたいな今知ったばかりの人間がどうにかしてやりたいなんて言ったって、解決法があんのかってなるだろうしな。


 そりゃ、すぐにどうにかする解決法は案の定ないさ。


 でも、俺はこれでもこの少年より少し長く生きているし、

 種類は違うがぶっ壊れた人間でもあったし、

 ぶっ壊れた人間とも長く付き合ってきた経験がある。


 だから、ほんの少しは力を貸せると思う。



「……少なくとも、俺はお前ら二人の拗れが治る時間と力が与えられるようにしたい」

「時間と力?」

「そうさ、ビレがお前が自分のことを置いていったりしないって安心できるほどの時間と力さ」


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