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3 紳士対応の結果



 キストはその日の夕食から本当に実行してみせた。


「プリンの仕返しだ!」

 そう言ってビレがキストの皿に載っていたハンバーグを奪って食べる。


 確か、キストの好物はハンバーグだった筈、そうでなくともビレに何か取られると食ってかかっていた。食堂で騒ぎを起こして欲しくないなと思ったその時、キストが立ち上がった。


「ビレは元気だな。たくさん食べていいぞ。プリンもごめんな。明日、代わりに町で買ってくるから許せよな」



 わしゃわしゃとビレの頭を撫でるキストの顔も声も蕩けるくらい優しくて、一部の女性隊員は声にならない悲鳴を上げていた。男性隊員は何があったんだと目をかっ開いている。


 当のビレはと言えば固まっていた。


「ん? どうした、固まって? 何かあったか?」


 何かあったのはお前の方だろ! 

 そう食堂に居た隊員全員が思ったに違いない。


 紳士対応しろと頼んだ俺とビアンカもあまりのことに驚いて持っていたフォーク同時に落としたからな。


「ボ、ボクに優しくするなんて、お前頭でも打ったか? それとも新手の嫌がらせか?」


 キストの手を払いのけた後、そうビレが引きつった顔で言う。


「そうか? 昔はこんなもんだったろ。最近、大人げないなって反省したんだ」

「それは遠回しにボクがガキだって言いたいのか?」

「そんなつもりはねーよ。言葉遣いを間違った。そうだな、可愛い幼馴染に酷い対応したかなーって反省した」


 おい、キスト。俺は紳士対応をしろとは言ったけれど、口説けなんて言ってない。


 お前、他の女の子にも優しいけど、可愛いとかそういう直球の言葉は一切使ってないだろ。

 お陰で、割と恋愛脳してるビアンカがキラキラした目でお前らを見てんぞ。


 口説き文句のような言葉を掛けられた当の本人はと言えば、苦虫を噛んだような顔をしていた。


 すっごい、全くブレない。


 流石にあのキストにはビレも頬を染めるかと思いきや、めっちゃ嫌そうにしてる。

 口説き文句より過去の黒歴史の方が恥ずかしいらしい。


「なんの嫌がらせのか知らないけど、滅茶苦茶気持ち悪ぃんだけど」

「別に嫌がらせじゃねーよ。あと、気持ち悪いとかあんま言うんじゃねーよ、オレだって傷つくんだぞ」

「傷つけよ、そんで今すぐいつもの態度に戻れ」

「傷つくけど、ビレとこうやって落ち着いて話せるのは嬉しい。生意気だけど、やっぱお前可愛いもんな―」

「吐くぞ」

「大丈夫か、体調悪いのか? 医務室連れて行こうか?」

「そっちこそ、医務室行って頭見て貰え」




 ひっどい会話。

 今のところ、お互いに手は出てないけれど、ビレの機嫌が急降下していくのが目に見えて分かる。なんなら乱闘しているときの方がよっぽど機嫌が良さそうだ。


 しばらく、二人はそんな風に会話をしていたものの、その内ビレが舌打ちをしてまだ夕食を食べ終わってないというのに、食堂から出て行った。あのビレが食べ物諦めたとか相当だぞ。


「おいおいキストどうしたんだよ!」

「新手の嫌がらせか?」


 茫然とことの成り行きを見守っていた周りの連中もビレもいなくなった途端、キストの周りに群がる。


「別に嫌がらせじゃねーけど。気分だよ。気分」


 キストは俺らに頼まれたとは口にしなかった。

 別にもうビレいないし隠さないでいいのにと思ったが、ここで本当の事が広まればビレの耳に届くって考えたのかもしれない。


「気分って……お前、ビレに優しくできたんだな」

「ひっでーな、オレって滅茶苦茶ビレにやさしーぞ。素だよ、素。いつもがおかしーんだよ」


 おかしいのは同意だが、素でビレに優しいはない。

 おそらくうちの隊員の全員がそう思ったに違いない。


 その後もキストのことでみんな話をしていたが、大体がキストの奴がビレを揶揄う為にやったんだと呑気に話している連中が多かった。



 しかし、キストのビレへのその態度が一週間続いた時には、これは流石に揶揄いの次元じゃないとみんな気づき始めた。



 俺やビアンカもなんだかんだキストがあのレベルの態度を一週間も継続するとは思ってもみなかったが、事情を知らない他の連中に比べれば驚きは小さかっただろう。


 俺やビアンカに「キスト、頭でも打ちました?」と聞く男子隊員が何人もいた。

 俺は答えるか答えないか迷ったが、当のキストが聞かれた時に流しているので、流すことにした。


 キストのことを知っている女性陣達は、この事態でちょっとした騒ぎになっているらしい。


 中にはキストに恋する少女がビレに喧嘩を売りに行くなんて騒ぎまであったらしい。

 喧嘩売りに行った少女もそうだが、ビレも「ボクだって、あいつのあんな態度御免だ!」と手は出さなかったもののブチ切れて大変だったと、ビアンカが一緒に酒を飲みに行ったときにため息を吐いていた。



 キストが大人な対応をすれば、ビレとキストも落ち着いて話せるだろうと思ったが違ったらしい。

 不思議なことにビレはキストに優しくされるのをこれでもかというくらい嫌がった。


 喧嘩は減っているんだが……なんでだろう状況が悪化した気がする。



 ビレやキストのことを知っている連中が何事かと、様々な反応をしてみせるのも大変だったが、何より悪化したのはビレの機嫌だ。



 その可愛らしい顔は四六時中、眉間に皺が寄っているし、何より雰囲気がトゲトゲしている。

 子供を守る獣かってレベルに鋭い。

 白髪に銀の瞳に白い肌に華奢の体って、儚い要素ばかりの容姿を帳消しどころか、遥に上回るほどのトゲトゲした態度に、ビアンカでさえも話しかける前に深呼吸が必要なくらいだ。



 だが、キストだけは違った。


 どんだけ、ビレが機嫌が悪そうでも話しかけに行く。それも喧嘩を売りに行くのではなく、恋人でもそんな甘やかさねぇだろってくらい優しくする。

 好物は与えるし、褒めるし、可愛がるし、ビレが過激な態度とっても優しく微笑んで見せる。


 以前のようにビレが噛みついても「痛いぞ」と言うものの、

「女の子なんだしそういうのやめた方がいいぞ。ま、オレはマーキングされてるみたいで面白いけどな。歯形もちっちゃいし、他んとこも噛むか?」と流血している手とビレを見比べながらその後、言ってのけた。

 顔が良くなかったら見ていた女性陣に蔑まれていたに違いない。正直男性陣は俺含めドン引きしていた。



 ここまで行くと流石に紳士対応を頼んだ俺ですら正直怖い。

 一部の連中は、これは周りに回ってやっぱ嫌がらせなんじゃと言い出し始めた。

 そして、俺もそれに納得しつつある。


 何故なら、ビレが凄く嫌がっているから。日頃の喧嘩なんて目じゃないくらいに嫌がっている。



 それもそうだろう。俺達が見ても、異様だと思うくらいなのだから、ビレにとってはもう気持ち悪さしか感じないのだろう。機嫌も悪化しているが、心身も悪化しているのか、最近あまり調子が良くない。



 とはいえ、状況的に見れば、キストがビレに優しくしたら、ビレがそれに対して不快に感じて色々と急降下しているという摩訶不思議な状態な訳だから、一部からはビレへの不満が出てきた。


 ようするに「折角、キストが大人の対応してくれてるのに、ビレは何キレてんの?」という訳だ。

 ビアンカもビレに対してキストへの態度を軟化させたらどうかと提案しているらしいが、頑なに拒否されると言う。



 どれだけ文句を言われようと、

 陰口叩かれようと、

 正面切って頭おかしいと言われようと、

 上司のビアンカに諭されようと、

 ビレはキストの優しさを受け止めることはしなかった。ひたすら、拒絶していた。



 これ以上やっても改善は見込めないしむしろ悪化していくだろうと思って、キストにもう紳士対応しなくていいと言ったところ、彼は「あと、もう少し待って貰えないですか」と言った。


 俺は正直、喧嘩が多かろうが、この状況よりはマシだろうと思って、今すぐ止めて欲しいと言おうとした。


 だけど、「お願いです。あと、もう少し待つだけですから」と懇願するように金色の目で見つめられてしまい、俺はその後を許してしまった。



 ビレが倒れたのはその数日後だった。




 ***



 きっかけはうちの隊で盗賊団の討伐中にビレがふらついたことだった。

 一瞬の事だったがその隙をついて攻撃してきた盗賊団員の凶刃からキストがビレを庇った。



 幸いなことに二人とも命に別状はなかったけれど、キストは右腕をざっくり切られた。


 彼の白い制服が赤く染まっていくのをビレはその銀色の瞳で見ていた。

 それでも次々と敵が来るもんだから、一応剣を振るって倒してはいたけれど、どこか彼女は放心状態だった。


 キストはと言えばその反対に切られたというのにどこかすっきりした顔で剣を振るい続けていた。


 帰りの道中でもずっとビレは放心状態でビアンカに手を引かれていた。何も言わない、声を掛けられても反応しない。


 基地に帰ってきて、キストも医務室で治療を受けて右腕に包帯を巻いて出てきた瞬間、

 ビレがキストの腹に容赦ない一撃を入れた。


 予想してなかったのか、キストも腹を抱えてその場に崩れ落ちる。


 目を疑うような光景に誰もが唖然としたが、ハッとしたようにビアンカが「ビレ! 流石に怪我人にそれは駄目よ!」と叱責する。


 他にも非難の声が男女問わず上がる。

「キストはお前を庇って怪我したんだぞ!」とか「いい加減にしなさい!」だとか色々言われてた。


 俺はと言えば、この騒ぎを隊長として止めなきゃいけないのに、衝撃的すぎて何も出来なかった。




 しかし、ビレには誰の声は届かなかった。

 ただ、殴った相手であるキストを見つめていた。


「いってー……いきなりなにすんだよ。つーか、お前も医務室に来てるっていうことは怪我してんのか? 大丈夫か?」

 見つめられていたキストの方はと言えば、そう呑気に返してみせた。



 瞬間、


「そうじゃない‼ なんで怒らないんだよ⁉」


 ビレが叫んだ。


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