血の繋がらない姉弟の行方
ユージュクト伯爵家は歪だ。
父親と母親が愛し合って生まれたカエラグ(男・8歳)、父親と愛人のアナとの間に生まれたルーシェ(女・7歳)、母親と愛人の間に生まれたゼリアス(男・6歳)の5人家族。
母親がカエラグを妊娠している時に浮気したのが家族が歪になるきっかけだった。父はアナとの間の子を引き取り育てると母親に告げた。
後から知ったことだが、アナは出産時に亡くなっていた。
母親は父親のことをどうしても許せなくて、母親も浮気を仕返した。
母親が出産してから一度も夫婦関係はなかったらしいので、ゼリアスが父親の子である可能性はまったくなかった。
父親は母親が浮気したことに衝撃を受け、離婚すると言い出し母親はそれを受け入れることにしたらしい。
だがここで夫婦とは本当に当人同士にしか解らないという事態がおきた。
母親が実家に荷物を送り、さぁ出ていくぞという時、父親と母親は久しぶりに夫婦関係を持った。
それから父親と母親は仲直りしたものの、母親の父親への不信は緩むことがなくて、絶対に妊娠しないと心に決めたそうだ。
男性用避妊薬を父親には内緒で毎日飲ませ続け、母親も避妊薬を毎日飲み続けた。
避妊薬を飲んでいたけれど、浮気は双方ともしていなかった。
二人の間に流れた年月に薬を飲み忘れることがあったのか、それとも計画的に子供を作ったのか、オディーヌは他の兄姉とは間を空けて生まれた。
生まれたのはオディーヌ(女・0歳)。
オディーヌが生まれたことで、ルーシェとゼリアスは他の家族とはどこか踏み込めない負い目を感じていた。
ルーシェとゼリアスは全く血がつながっていない。
ルーシェは母親に認知されていないので母親とは戸籍上他人。
ゼリアスは父親に認知されていないので父親とは戸籍上他人。
ルーシェとゼリアスの二人は両親、カエラグ、オディーヌが仲良くしている中には入っていけなくて、疎外感を感じて成長していった。
ルーシェが13歳とゼリアス12歳の二人が二人だけの世界を作り上げていくことは誰にも止めることはできなかっただろう。
父親も母親も他の兄妹も二人を疎外したつもりなどどこにもなかった。
戸籍上の父親もしくは母親と他人でも、自分の子として育てたつもりだった。
母親が気がついたときにはルーシェとゼリアスは愛し合っていた。まだ子供なこともあって、肉体的な関係にはなっていないが、心の結びつきは父親と母親が思うよりも強かった。
父親と母親は二人を引き裂くのは可哀想だろうと話し合い、けれども間違いが起こってはいけないからと、ルーシェは父方の叔父の家に養子に出し、ゼリアスは母方の兄の家に養子に出すことにした。
二人の意思確認をすると婚約したいと言うので、父親、母親、養父母は二人の婚約を認めることにした。
二人が居なくなった家はどこか静かで、残された両親兄妹は寂しく思っていたが、ルーシェとゼリアスの二人は毎日が幸せだった。
距離が開いたことに不満はあったけれど、その距離が二人の仲を強くもした。
ルーシェが15歳になりゼリアスより先に学園に行くことになり寮暮らしが始まった。
一年遅れてゼリアスが学園に入学した。
カエラグは二人の妹弟と会えたことを喜んでいたが、ルーシェはゼリアスが入学するまではカエラグとたまに昼食を一緒に摂ってくれたりしていたのに、ゼリアスが入学した途端、カエラグには一切かまわなくなってしまった。
ゼリアスも同様にカエラグに兄としての興味を示さなかった。
カエラグはどこか寂しいと思いながら二人の仲を邪魔しないように身を引いた。
ルーシェとゼリアスは本当に仲が良く、ゼリアスが学園を卒業したらすぐに結婚しようと話し合っていた。
ただ一つ問題があって、ルーシェにもゼリアスにももらえる爵位がない。
二人が結婚すると平民になってしまう。
二人で何度も話し合って二人共、騎士を選ぶことに決めた。
ゼリアスは危ないのでルーシェに騎士にはなって欲しくないと伝えたが、ゼリアスだけが騎士になるより、ルーシェも騎士になる方が生活が楽になるのでルーシェは譲らなかった。
ルーシェに体を動かす才があったのだろう。
学園の中で騎士科を選ぶとメキメキと力をつけた。
ルーシェが卒業すると半年ほどで第二王女の護衛騎士に抜擢され、近衛騎士団に所属することになった。
ゼリアスが学園を卒業するまでの間に二度、第二王女の身を守り、褒美として騎士爵を賜った。
ゼリアスは騎士にはなれたもののルーシェ程の才はなく、所属は下位貴族ばかりの第三騎士団所属になった。
近衛騎士団所属のルーシェとは収入の差が大きくあったが、二人は入籍して、ルーシェが騎士爵を賜った時にいただいた屋敷で生活することになった。
父親と母親は二人が入籍したことを知らされておらず、噂で二人が結婚したことを聞いて、二人の養父母に確認して結婚したことが本当だと知った。
父親と母親は怒り心頭で二人が住んでいる屋敷へと向かった。
屋敷には下働きと料理人しかおらず、父親と母親への対応もまともにできなかった。
両親の屋敷でルーシェとゼリアスに付いていた侍従とメイド二人、執事を二人の屋敷へと送った。
その支払いは両親が払うと言って強引に話を推し進めた。
そして結婚式をして欲しいと二人に泣きついた。
養父母にも結婚式は挙げるべきだと諭され、二人は了承した。
両親、養父母の家格から結婚式は想定より盛大なものになることになって二人は頭を抱えたが、両親たちの気持ちは嬉しかったので、あまり派手になりすぎないように気をつけながら折り合いをつけた。
結婚式の準備をしながらも二人は騎士の仕事は無くなったりしない。
ゼリアスが所属する第三騎士団はそれでなくても王都の門番の仕事があるし、ルーシェは第二王女の部屋の前の立ち番もある。
休日は同じ日になるようにしてもらっているが、夜勤に関してまで同じ日にはならなくて、広いベッドに一人で寝ることも多かった。
結婚式まで後一ヶ月という頃、第二王女が水害が起こった地を訪問することが決まって、ルーシェも同行することになった。
結婚式の日より一週間は早く帰ってこれる予定だったので同行することになった。
水害を受けた土地の被害は報告書よりも酷く感じ、第二王女がもっと人とお金を送る約束をして帰路につくことになった。
王都まで後少しというところまで帰ってきた第二王女一行は襲撃を受けることになった。
何十本という矢が降り注ぎ、何人もの騎士がその矢で怪我を追った。
降り注ぐ矢が収まると顔を隠した騎馬15騎が襲いかかってきた。
このときにはルーシェは肩に矢を受けていて、矢が刺さったまま襲撃者と戦い、第二王女を守りきった。
幸い矢に毒は塗られていなかったが、結婚式は延期しようと言う中、ルーシェ一人が大した傷ではないからそのまま結婚式を行うと言った。
実際、第二王女の一行の中に治癒師もいたので、怪我を受ける前と全く同じというわけには行かないが、行動の制限はそれほどなかった。
ただルーシェは予定外に結婚式前後1週間ずつ休みをもらえることになった。
沢山の人(両親や養父母の知り合いで二人は知らない人もいた)に祝われ、ルーシェの美しい姿を堪能してゼリアスは満足して、ルーシェはドレスは疲れるとこぼしながら結婚式は無事終わった。
二人にとって初夜ではなかったけれど、二人は盛り上がって愛し合った。
三ヶ月ほどするとルーシェが気分が悪いと言い出すことが増えて、医者に診てもらうと妊娠していることが解った。
同時期、ゼリアスに第二騎士団への誘いがきた。
大きな武功は無いものの真面目で人の嫌がることも進んで行い、小さな手柄が積み重なってのことだった。
ゼリアスは悩んでルーシェや周りの人に相談した。
第二騎士団に上がると当然給料は上がる。けれどゼリアスに第二騎士団でやっていけるほどの実力はないとゼリアスは思っていた。
上司に上に上がれる機会があるなら上がったほうがいいという言葉で決意して第二騎士団へと移る決意をした。
第二騎士団の訓練は第三に比べてとてもハードだった。
その訓練に体が馴染むまでは訓練と雑用のみが仕事で夜勤はなく、ルーシェは妊娠を理由に第二王女付きから外れ、近衛騎士の事務仕事に移ることになった。
ルーシェとゼリアスは毎晩一緒にいられることに幸せを感じながら、子供の名を考えたりしながら過ごした。
ルーシェのお腹が大きく膨らんできた頃、オディーヌが王都の学園に通うことになった。
学園に行く前にとルーシェたちの屋敷を両親とオディーヌが訪れてきた。
オディーヌは会う度に顔が変わっていて、町中ですれ違っても気がつかないほど美しく可憐に育っていた。
オディーヌが学園に行くと周りが騒がしくなるだろうなとルーシェは思いながらお茶を一緒に楽しんで、オディーヌは寮へ行き、父親は帰って行った。
母親はルーシェが子供を生むまでルーシェたちの屋敷に留まると言った。
ルーシェは母親と色んな話をした。今までにこんなに会話をしたことがないというほどたわいない話をした。
カエラグの妻、エリシュアが二人目の子を身ごもっていることや、オディーヌが結構な腹黒で外面で釣られた男にオディーヌを任せられそうにないことなどを教えてもらった。
エリシュアとゼリアスが最終学年だった時、カエラグの結婚式で一度会ったきりだ。正直エリシュアの顔ははっきりと思い出せない。
それでも義姉であることには変わり無い。
社交の場には騎士団員として配置されるだけで、招待客として参加することは殆ど無い。
招待はされているのだ。ただルーシェとゼリアスの休みの日で、夜会がある日があまりない。
結婚してから夜会に参加できたのは一回だけだ。
エリシュアに会える日はいつ来るのだろうと母親と笑って話した。
母がルーシェの屋敷に滞在して十五日目にルーシェの陣痛が始まった。
仕事に出ていたゼリアスが仕事が終わって帰ってきて陣痛がきていたことを聞いて一人あたふたとし始めた。
産婆がルーシェのお腹が普通より大きいから、子供が大きく育ちすぎたか、双子のどちらかかもしれない。と言い出した。
母親もお腹が大きいと感じていたらしく、不安げな顔をする。
陣痛の間隔が短くなって、ゼリアスが部屋を追い出されようとした時、ルーシェがゼリアスを掴んで離さなかった。
ゼリアスは出産がこんなにも苦しむものだと知らなかった。
正直、今までで一番苦しかった訓練よりももっと辛いものだった。
ルーシェの苦しみ方が異常な気がして産婆を何度も見るけれど、産婆の顔にはずっと眉間に皺がいったままでゼリアスの不安はどんどん大きくなっていく。
本当に大丈夫なのか聞こうとした時、ルーシェが子供をお願いねと言って全身から力を抜いた。
それは生きている者とは思えなくて、思わずルーシェの首に手をやり脈打っているか確認してしまうほどだった。
ルーシェの首のどこに触れても脈はなくゼリアスは産婆を怒鳴りつけた。
産婆はメスを取り出してルーシェの腹を割いた。
ゼリアスと母親は絶叫し、侍従やメイドは息を呑んだ。
産婆の手早い処置で子供が取り出された。
大きな子どころか、とても小さな子だとゼリアスは思った。
産婆はメイドに子供を任せて、ルーシェの腹にまた手を入れた。
そしてもう一人、ルーシェの腹から子が出てきた。
産婆は二人の赤ん坊の方に行ってしまい、ルーシェには目もくれない。
赤ん坊の一人が泣き出し、続いてもう一人の子も泣いた。
産婆が男の子と女の子の双子だよ。と言った。
なのにルーシェには何の対処もしない。
産婆の肩を掴んでルーシェを助けろと揺さぶったが残念だけどもう死んでいる。と言われてゼリアスと母親はその場に崩れ落ちた。
産婆はゼリアスと母親に泣いている暇はない。今すぐ乳母を探さなければならないと活を入れた。
母親はノロノロと立ち上がり、そうね。乳母を探さなくちゃ子供たちまで死んでしまう。そう言って部屋から出ていった。
それからは怒涛の如く時間が過ぎ去った。
母親がすぐさまどこからか乳母を探し出してきた。子を亡くした母親だった。
一心不乱に乳を飲む我が子を見てルーシェがどれほど子供たちを抱きたかっただろうと、涙が出た。
騎士団にルーシェが亡くなったことを連絡した。
第二王女が中心になって国民葬という騎士にとっては最も名誉ある葬儀を執り行ってくれることになった。
ルーシェは沢山の人に惜しまれて土に還って行ってしまった。
乳母が一人では乳が足りず、もう一人乳母を探すことになった。
父親は兄に家督を譲り、ルーシェの屋敷に居を移してきた。
ゼリアスが仕事の間ずっと父親と母親が双子の面倒を見ていてくれている。
双子は男の子ならオストゥーニ、女の子ならラティアーナと話していたので、その名前を付けた。
ゼリアスは色んな人に子供には母親が必要だとか、妻を娶ったらどうかと言われたが、ルーシェを忘れられないゼリアスはどんな良縁でも断った。
双子には本当に手がかかった。
片方が泣くともう片方も泣く。
不思議と同じ場所を一緒に怪我をする。
成長とともにそっくりだった二人はオストゥーニは精悍に、ラティアーナは優しいけれど芯のある子に育っていった。
ゼリアスは二人に母が欲しいか?と聞いたが、ルーシェという母がいつも側にいてくれるから必要ないと答え、お父様に妻が必要なら私たちはそれを受け入れます。と言った。
ゼリアスは妻はルーシェ一人で十分だと誇らしげに、二人に伝えた。
父親と母親には感謝しかない。
ゼリアスの足りないところを補ってくれ、惜しみない愛情を傾けてくれた。
ゼリアスにも騎士爵が与えられ、貴族の子としてオストゥーニとラティアーナが学園に通えることになった。
学園に通えることになったオストゥーニとラティアーナよりもゼリアスが喜んだ。
騎士爵を貰っていないときからずっと貴族の子として育ててきた。
騎士爵が貰えなかったら養子に出すことも考えていた。
手放さずにいられることが本当に嬉しかった。
その日の夜だけ、普段は全く飲まないお酒をこの日だけゼリアスは飲んだ。母親とも少しだけ本音で交流した。
双子が成人して、ラティアーナが遠縁の伯爵家に嫁ぎ、その半年後にオストゥーニも騎士になり、子爵家の三女と結婚したその夜、ゼリアスはちょっと疲れました。と父親と母親とオストゥーニに告げると早々にベッドに横になった。
ゼリアスが目を瞑ると、ルーシェがお疲れ様。と言って手を差し伸べてくれる夢を見て、そのまま眠るように逝った。
その顔は本当に嬉しそうな顔だった。