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5 休養の終わり


 「おはようございます、リツカ様!」

 「・・・・ああ、はよ」


 朝っぱらだというのに元気な声で、にこりとこちらに微笑んでくるのは、メイドの女――モニカであった。黒と白を基調としたレトロなデザインのメイドドレスを身に纏い、頭にはヘッドドレスを付けている。ふわふわとした茶色の髪にたれ目がちの瞳は、本人のどこかゆったりとした喋り方と相俟って、穏やかそうな雰囲気を醸し出している。ここ一週間彼女と接したが、見た目と雰囲気に違わぬ温和な人物で、おまけに博学で頭もよい。立夏の情報収集にも非常に役に立った――のだが。

 (どうにも気後れする)

 立夏はこういったタイプの女は苦手だ。嫌いではない。だが、立夏のような人間に関わってくる女というのは、立夏と近しい気質を持った荒くれ女か、男好きのビッチ、メンヘラ気質の性悪女、もしくはそのテの人間を見ると嬉々としてマウンティングしてくるようないじめっ子気質の女と相場は決まっている。つまり、彼女のような穏やかで優しく、少し乱暴にしたら折れてしまいそうな堅気の女と、どう接していいか分からないのだ。

 「今日は遂に復学ですね。ご学友との交流で、少しでもリツカ様の記憶が戻られれば良いのですが・・・」

 「ああ・・そうだな。でも、段々思い出してきたよ。だからあの『マム』とかいう香を焚くのをやめてくれ。頭が痛くなる」

 「・・・『マム』で頭が痛くなるなんて・・やはり、具合が優れないのでしょうか」

 モニカは顔を曇らせる。


 ――『マム』というのは、この世界において酸素よりも重要な存在であるというのは、既にモニカから教えられていた。

 過去の歴史において発見された『マム』は当初、癌の完全治癒を目的として作られた実験治療薬であったという。マウス実験は成功、むしろ治療前と比較し大幅に身体能力の向上が見込めることから、「奇跡の薬」として注目を浴びていたらしい。だが人体実験の段階で人体には毒でしかないことが発覚し、実験は中断。――だが中断という事実を受け止めきれなかった研究者は、極秘裏に多大な犠牲者を出しながら裏で実験を繰り返していたらしい。

 それは、諦めの悪い研究者たちの、単なる大量虐殺に過ぎなかったのだ。――適合者が現れるまでは。

 それに適合し生き残ることのできた人間は魔力を自在に操れる『新人類』へと進化を遂げた。やがて適合できない旧人類は絶滅し、そこから停滞しつつあった文化の発展は飛躍的に進み、今の歴史に至る。だが弊害として、現人類にとっての『マム』は酸素に等しく、なければ生きることはできないという。『マム』は海水とその他化学物質で作られた粒子であり、資源が途絶えることはないそうだし、現在は全国各所に『マム』を空気中に萬栄させる塔が設置され、厳重な警備が施されているそうだが――人工的なものに生死を委ねるというのは何ともゾッとする話である。

 話は逸れたが、この世界の人間にとって『マム』とは空気であり身体の調子を整える特効薬でもある。何かの治療の際には、『マム』を凝縮させた香などで治癒を図るらしい。


 そうは言われても、甘ったるい香を日中枕元で焚かれてはたまったものではないし、そんな文化に触れたこともない立夏としては、そのマムとやらも危ない薬物めいていて胡散臭く思えてしまう。よって、立夏はその治療に後ろ向きであった。


 「我儘を言わないで下さいよ、リツカ様」

 「・・・・出た・・」


 立夏が小さく舌打ちをする。

 角から現れたのは、燕尾服を着た小柄な青年――執事のイヴァンであった。黒髪に鋭い金色の瞳を持つ、きりりとした顔立ちの青年――だが、頬の柔らかみやきっちりと着られているにもかかわらずダボついた服、狭い肩幅からは年相応の幼さが醸し出されており、それがちぐはぐ故に何処か可愛らしくもある。

 そう――子供だと思えば可愛いものだが、それにしたって限度はある。

 「マムにとって我々は進化し、繁栄してきたのです。先人たちの犠牲を、歴史を、感情論で拒み、拒絶するというのは、第四王女としての自覚が足りないと言わざるを得ません」

 「そうはいってもよ、頭が痛いモンは痛い・・」

 「その下品な言葉遣いも控えて頂けますか」

 イヴァンは冷たい目をリツカに向ける。

 「王族とは民に規範を示す存在。いいですか、王族たるあなたには気品と知性、教養、あらゆるものが求められます。そのすべてに答えるのは王族たるあなたの義務です。あなたの背には王国の現在と未来がかかっている。くれぐれもそれを・・・」

 「あーうるせーうるせーうるせー。聞き飽きたよ、ったく」

 イヴァンは何か立夏が喋る度にこの調子であった。

 (あのクソ痴女、めんどくせえ世界に飛ばしやがって・・・)

 脳内で女神を罵倒しながら、話を続ける。

 「それよりモニカ、復学したらもうあの香は焚かなくていいんだよな?」

 「・・・本来はもう少し治療を続けるべきだと思いますが・・リツカ様がそう申されるなら仕方ありませんね」

 「モニカ・・お前はリツカ様に甘すぎる」

 「・・私から言わせてもらうとだけど。イヴァン、あなたがリツカ様に厳しすぎるのよ」

 「そうだそうだ。モニカが模範的な使用人ってヤツだと思うぜ」

 「・・・まったく・・。仕方ない。勝手にすると良いでしょう。ですが、学校に復学した暁にはその喋り方は矯正しておいてくださいよ。精神病棟にぶち込まれかねない」

 捨て台詞を吐き捨て、イヴァンが去っていく。二人でそれを黙って見届けながら、「なあ」とモニカを見上げ、立夏が問いかける。

 「アタシの口調、そんなマズいか?」

 「・・・・・」


 モニカは沈黙し、そして穏やかに微笑んだ。

 沈黙は肯定というやつか――。立夏はそう思いながらも、確かに喋り方はなんとかしてやらなければならない。そう思った。

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