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ガサッ……。
ガサッ……。
もう少しで眠る、というところで、妙な音が聞こえる。
「…………上から?」
耳をすますと、その音は二階から聞こえているようで。
ゆっくり体を起こすと、私は静かに廊下へ出て、様子をうかがった。
ガサッ……。
ガサッ……。
先程ようもはっきり、音が耳に届く。今、家には私しかいない。泥棒じゃないかと、そんな不安が頭を過った。
念のため……逃げた方がいい、よね。なにかあってからでは遅いと、私は素足のまま外へ出た。何度か振り返って見るも、今のところ、誰かが後を追ってくる気配は無い。
怪しい物音は聞こえず、耳に入るのは――静かな虫の音だけ。
いつもなら穏やかな雰囲気に感じられるのに、今ではそれも、不安を煽る要素にしかならない。
気のせい、かなぁ……?
あまりに普通過ぎて。
いつもと同じ過ぎて。
平和な夜が、ただただ過ぎていく。勘違いだったのか、と考え始めた瞬間――それが、間違いだということに気付かされた。
「■■■、……ッ■■」
奇妙な声と共に、黒い得体のしれないモノが、突如目の前に存在していた。見上げるほど大きいソレは、人の形をしてるものの、目や鼻などない、影のような存在。発する音声は聞き取れず、なにを言ってるのかわからなかった。
「――■■■?」
!? 今……笑っ、た?
いや、実際には笑ってない。ただ感覚として、笑ってるんじゃないかと、そんな感じが読み取れたに過ぎない。
「――メイ、か」
今度は、微かに聞き取れた言葉。
その声はとても低く……耳障りな音だった。
に、にげ、なきゃ。
から、だ――動いてよ!?
ようやく思考が追いついたものの、まだ体は追いついてくれなくて。必死に逃げようと、何度も何度も足に命令し続けた。
「――メイ、カ」
影の声が耳に入った途端、動きかけた体は、完全に停止した。
自由を奪われた体は、どんなに命令しても動くことはなく――意識は、深い深い底へと落ちていった。
――――――――…
―――――…
――…
目を開けると、そこには見慣れない景色が広がっていた。
空が薄っすらとピンク色で……月は、青白く光っている。今までに見たことがない空に、私はしばらく、目を奪われていた。
『――メ、イッ』
どこからか、音が聞こえる。それはとても近い気がするし、とても遠くかもしれない。不思議な感覚を覚える音に、私は神経を傾けた。
『――メイッ、カ』
聞こえたのは、“メイカ”という単語。
あの影が発していた言葉とは違うけど、声の質感は、なんだか似ている気がする。近くにまたいるのかと見渡すも、それらしきものは見当たらなかった。
……ここにいても、しょうがない。
ひとまず、声のする方へ歩くことにした。
周りは木々があるばかりで、他にはなにも無い。家も見当たらず、このまま歩いていて、誰かに会えるのかと不安が広がっていく。
ギェー! ギェー!
妙に不気味な声が、辺り一面に響き渡る。
途端、さっきまでの声も聞こえなくなり、どこを目指せばいいか、いよいよわからなくなってきた。
「……帰れるの、かな」
ここまでくると、弱音の一つも言いたくなる。それでも、歩いていればどこかに着くんじゃないかという思いで歩き続けた。――次第に、痛みを訴える足。素足のまま歩き続けたせいで、足には幾つもの切り傷ができていく。歩くたびに痛みは増し、それは体だけでなく、心をも疲弊させた。