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「今日は、なんだか機嫌がいいのう」
食事後のお茶を飲んでいると、おじいちゃんからそんなことを言われた。
「そう? 私、そんなに楽しそうに見える?」
「あぁ。なんとなく、な」
「ふふっ。なんとなくなんだね」
おじいちゃんが言うとおり、今日は気分がいい。体調がいいっていうのもあるけど、一番は、あの少年と会ったことだろう。思い出したら、自然と笑みがこぼれていて。なにがあったのかと聞くおじいちゃんに、自分と似た病気を持つ人と会ったことを話した。
「そうかそうか。そりゃあ話もはずんだじゃろう?」
「うん。でも、ちょっとしか話せなかったんだよね。名前だって、聞きそびれちゃったし」
「大丈夫じゃよ。きっと、また会えるとも」
「そうだと嬉しいぁ」
お茶を一口飲み、しばらくぼぉーっと湯呑を眺める。本当、また会えたらいいんだけど。そうしたら……今度はもっと、色々話したいな。
「――もう、時期なんじゃな」
ぽつり、おじいちゃんが呟く。何て言ったのかと思えば、もうすぐおばあちゃんの命日だな、と言われた。
「じゃあ明日にでも、お花買わなくちゃ」
「急ぐことないぞ。今週中に買っておいてくれ」
この家には、私とおじいちゃんの二人だけ。おばちゃんは去年他界してしまって、両親は物心つく前に亡くなってしまった。
二階建ての家に二人だけっていうのは、時々やけに広く感じることもあるけど――少しずつ、それにも慣れつつあった。
「じゃあ、じいちゃんはそろそろ寝ようかのう」
湯呑をシンクに置くと、おじいちゃんはおやすみと挨拶をして、部屋に戻って行った。
……私も、早めに寝ちゃおうかなぁ。まだ九時を回ったばかりなのに、今日はちょっと眠気があった。自分でも気付かないうちに疲れが溜まっていたのかなぁと思いながら、二階にある自分の部屋に行く。寝巻きにしている白のTシャツと水色の短パンに着替え、さぁ寝ようかと背伸びをしていれば、
『――もうすぐ』
ふと、どこからか、声が聞こえた気がした。でも、周りを見ても音を発するものは無いし、ましてや誰かがいるなんてこともない。
外から、かなぁ……?窓を開け辺りを見回したけど――やっぱり、それらしいものは見つからない。ただの気のせいだと思い、窓を閉めようとした途端、
『もうすぐ――始まる』
今度ははっきり、そんな声が聞こえた。
「――――っ!?」
途端、目の前が真っ白に染まっていく。瞬きしても、目を擦っても。視界に映るものは、何も無かった。
! そ、そうだよ……ここは、部屋のはずっ。
突然のことに驚きながらも、ここが自分の部屋ということを思い出し、なんとか気持ちを静めていく。窓なんて開けっぱなしでいい。早く眠ってしまおうと、ベッドがあるであろう方へと歩いた。――歩いてる、はずなのに。
?……なにも、ない?
数歩でベッドに着く。たったそれぐらいの短い距離なのに、未だベッドに着くことはおろか、壁にもぶつかることもなかった。
どうして……。私、本当はもう寝てる、とか?
どこまで歩いても、なにも無い真っ白な世界。普通ならあり得ない光景に、これはいよいよ夢なのかと思い始めていれば、
「―――――?」
何度目かの瞬きで、ようやく視界が開けてきた。
「よ、よかったぁ……?」
ほっとしたのも束の間。私は、今自分の目に映る光景が信じられなかった。
見間違い……だよ、ね?
目に映るのは、部屋では絶対に見ないもので。星空が、視界いっぱいに飛び込んだ。周りをよく見れば、そこは近所にある、小さな公園だった。
「なん、で……私、おかしくなった、の?」
頭を抱え、なぜ自分がここにいるのかと考える。寝巻きで、しかも裸足のまま外に出るなんて……普通なら、こんな恰好で出歩くはずない。――だとすれば。
「……副作用、とか?」
思い付くのが、それしかなかった。自分は薬を飲んでるし、それならこうしてうろついてしまったのも、納得がいく。きっとそうなんだと結論付け、早く家に帰ろうと走りだせば。
「――――っ?」
途端、目の前が歪み始めた。眩む意識の中、私は寝る前の薬を飲んでいないことを思い出した。そんな状態で走れば、こうなってしまうのは当然のことで。呼吸をするのも辛くなり、これはいよいよ危険だと、私は座れそうな場所を探し、ベンチを見つけるなり、倒れるように横たわった。
はや、く……帰らないと。
こんなところを見られたら、怪しい人だって思われる。なんとか呼吸だけでも整えようと、大きく深呼吸を繰り返し、体力の回復を待っていれば。
――――ドサッ!
どこからか、重たい音が聞こえた。まるで上からなにかが落ちたような、そんな音。上体を起こし周りを見渡すも、それらしいのは見当たらなくて。
……気のせい、だよね。神経が過敏になっているんだろうと思い、再び横になれば……ぞくっと、嫌な感覚が走った。寒くもないのに、体が、勝手に震える。怯えているような、理解できないなにかが、体の中を駆け巡っていく。
「この匂い――そっちか」
また、何か聞こえた。
誰かがいる……と、姿なんて見えないのに、確信にも似たものが私の中にあった。ドクッ、ドクッと、大きく脈打つ心臓。ここから早く逃げろと、まるで全身が警告しているように、その音は激しさを増す。
これは薬のせい。 違う。
これは考え過ぎ。 違う。
幾ら納得させようとしても、それが不自然だと、否定的な考えが浮かんでしまう。
この場から離れよう。そう考え付いた時には――もう、遅過ぎた。
「み~つけた!」
突然、目の前に現れた男性。私と同じ目線にしゃがみこむと、なんとも楽しそうな笑みを見せた。
い、いつの、間に……?近付いて来る気配なんてなかった。それこそ、靴の音すらしなかったのに……。あまりに驚いた私は、声も出せないまま、ただじっと男性を見つめた。
?――――これ、って。
どこかで嗅いだことのある、慣れた臭い。男性に向けている視線をゆっくりそらして見れば――口元に、液体のようなものが見えた。
もし、かして……。
それがなんであるのかを理解するのに、時間は要らなかった。だってそれは、いつも病院で見慣れているもので――血だと、すぐ認識した。
「アンタ……いい匂いだね」
なんとも艶のある声で、男性は語りかける。
怪しく光る瞳は、淡い緑色を宿し。その中にはしっかりと、私の姿が映し出されていた。淡く、さらさらとした茶色の髪に、中性的な顔立ち。あまりにも綺麗なその容姿から、視線をそらすことができなかった。
「あれ、意識あるんだ? へぇ~珍しい」
まじまじと私を見つめ、更に近付いてくる男性。咄嗟に体を動かし、逃げようと足に力を込めた途端、
「ふふっ、ムダだよ」
男性の両手が、私を囲っていた。
「そんな怖がらないでよ。ついでだから、ちょっと調べさせてね?」
口調は明るいものの、男性の視線はとても冷たくて。射るような眼差しに、体は一層、震えを増していった。
「大人しくしてれば……すぐ済むよ?」
怪しい笑みを浮かべると、男性はあっと言う間に、私の体を引き寄せた。何が起きたのかと困惑していれば、今度は顎に手を添えられ。
?……な、なに、を。どうするのかと思えば、くいっと強制的に上を向かされる顔。そこには、間近に迫る男性の顔があった。
「……、……っ」
「ははっ、怖がる顔もいいね」
距離を縮める男性。近付くたびに恐怖は増していき、それが最高潮になった瞬間――私はぎゅっと、硬く目を閉じた。
「――その顔、そそるね」
逃げ、たい。逃げたい、のに……!
体は思うように動かず、ただこのままじっとするしかできないのかと思っていれば、
「?――――泣いてる?」
声がすると同時。思わず目を開けると、迫っていたはずの顔は離れ、どこか、戸惑うような雰囲気の男性と視線が交わった。
自分の顔に触れてみると、頬に涙が伝っていたことを、今更ながら気付いた。
「……変なの」
ふっと、口元を緩める男性。それは今まで見た怪しいものではなく、とても、やわらかな表情だった。
「なんか、気分削がれちゃったなぁ~。アンタ、耐性でも付いて――?」
一瞬、男性の動きが止まる。どうしたのかと思い、体の緊張が少し解けた途端、
「この匂い……そうか。近くにいるんだね?」
わずかな隙間もないほど、さっきよりも更に密着されてしまった。
「これなら話は早いね。アンタ、こっち側のヤツだろう?」
言ってる意味がわからない。ただ男性を見つめていれば、知らないの? と、不思議がられてしまった。
「アンタからは、人と違った匂いがするってこと」
「!? 人じゃ……ない?」
「そっ。でも、オレたちとは違うね。もしかしたらハーフって可能性があるけど」
余計に頭が回らない……。私のことを人じゃないとかって。
「悪いけど、これから付き合ってもらうよ」
「っ、どう、して……」
「だって、アンタからは匂いがするし。それに――ちょっと、味見もしたいし?」
左耳に、男性の吐息がかけられる。思わず身をよじれば、男性は面白がってそのまま話す。
「その反応からすると――男を知らない、ってとこか」
「ひゃっ!?」
「おっ、イイ反応~。まだやりたいけど、続きはあっ」
「離れろ」
射るような低い音声が、男性の声を遮る。
その声が聞こえたと同時。体にあった感覚は消え――強い風が、周りを吹き抜けていく。
何が起きているのか知ろうにも、目を開けることが出来ないほどの強風。しばらくその場で耐えていれば。
「忠告は無駄だったか。――出るなと言っただろう?」
呆れた声が、耳に入ってきた。聞き覚えのある声。恐る恐る目を開ければ、そこには青い瞳の人物がいて――予想どおりの少年の姿があった。
「掴まれ」
短い言葉を発するなり、少年は素早く私を抱えると、その場から一気に跳ね上る。家の屋根を軽々と越え、まるで、空を飛んでいるような感覚だった。
「しっかり掴まれ」
もう一度言われ、私はようやくその言葉に従った。
すごい速さで駆け抜けているのに、目はやけに、その光景をクリアに脳へ伝えていく。あまりの出来事に、瞬きするのも忘れるほど。今起きていることから、目がはなせなかった。
「――ここならいいか」
連れて来られたのは、少年と初めて出会った丘。公園からここに来るには、結構かかるはずなのに……。頭の中は混乱し、少年に色々聞きたくても、うまくまとまってくれなかった。
「――立てるか?」
心配そうに聞く少年。それに私は、まだまともに言葉を口にすることができなくて。首を横に振るだけで、一人では立てないことを伝えた。すると少年は、私を抱えたまま歩きだし、体を気遣いながら、そっと、ベンチに座らせてくれた。
「――――あ、あり、がとっ」
ようやく言葉を発したものの、まだうまく話せなくて。お礼の言葉は、なんともたどたどしいものとなってしまった。
「気にしなくていい。それよりも……首は、大丈夫か?」
どうしてそんなことを聞くのかと思えば、首を見せてほしいと、少年は頼んできた。理由が気になるけど、彼なら、変なことはしてこなさそうだし。きっと大丈夫だと、自分でも不思議なほど安心感がわき、胸まである髪を片側に束ね、首筋をあらわにして見せた。
「――っ?!」
「大丈夫。俺は、何もしない」
指先が、そっと首筋に触れる。くすぐったくて身をよじれば、それを逃げようとしていると感じたのか、少年は私の腰に手を当て、ぐいっと密着するように引き寄せられてしまった。
「傷は無い、か。――あいつに、何かされなかったか?」
「だ、大丈夫……です。あ、あのう……さっき、のっ。それにあなたは?」
誰なの、と言葉を紡げば、少年は少し間をおいてから話し始めた。
「――叶夜だ。色々知りたいだろうが…話はあとだ」
急に、少年の雰囲気が変わった。
私の前に立つなり、ただじっと、真っすぐ前だけを見つめていて――それに私も、自然と体が強張った。
「――早かったな」
呆れたような声で、少年――もとい叶夜君は言う。その視線の先にいるのは――。
「そりゃあこっちだって同じことできるからね」
さっきまで一緒にいた、男性だった。
チラッと横から確認すると、その視線に気付いたのか、男性は私を見るなり、
「その子、こっちに頂戴よ」
と、笑顔で指差してきた。
途端、震え始める体。怖くなった私は、ぎゅっと、目の前にいる少年の服を掴んでいた。
「……大丈夫だ」
何が呟いたと思えば、叶夜君の片手がそっと、私の体を包む。
じんわりと伝わる温もり。その温もりが、今の私にはものすごく心強かった。
「お前に関わらせるわけにはいかない。諦めろ」
「そんなルール無いよ? 調べるのは決まりなんだから、いくらアンタでも、逆らえないはずでしょ?」
さっきも言ってたけど……一体、何を調べるの?
不安で手に力を込めていれば、ふと、ある考えが頭を過る。
もしかして……彼も、同じことを?本当は、あの人よりも先に調べるために助けたんじゃないかって――そう思ったら、手から徐々に、力が抜けていった。
「決まりは守る。だが、そっちのやり方は気に入らない」
「気に入らないもなにも、別に違反はしてないだろう? 調べるのは気配の違う茶髪の女。該当者の血を調べること。それには吸血も許可されてる。――ほら、オレはなにも違反してない」
「関係無い者の血を吸ったくせに、よくもそんなことを言えるな」
「仕方ないだろう? こっちにはこっちの事情があるんだから。――アンタにだってわかるだろう? 特に、そこの子の匂いを感じた今なら」
私の……匂い?二人が言ってることなんてわからないけど、それが私を調べる要因なんじゃないかと、頭を過った。
「――残念」
そう言って、叶夜君はふっと笑みをもらす。
「彼女に触れたから、調子がいいんだよ」
次の瞬間、私は少年のぐいっと私を引き寄せた。
胸に顔を押し付けられ、どうしたものかと少しパニックになっていれば、ちょっと我慢なと、やわらかい声で少年はささやいた。
じ、じっとした方がいい……んだよね?
恥ずかしいと思いながらも、今は大人しくするしかないと思い、黙ってその言葉に従うことにした。
「この子はオレが調べる。お前らに渡したら、どうなるか分かったものじゃないからな」
「一方的に悪く言わないでくれる? そっちだって、裏じゃどんなことしてるんだか」
「……別に、否定はしない」
私を抱く腕に、少し、力が込められる。何かに耐えているのか。チラッと横目で見た少年の顔は、どこか辛そうに見えた。
「とにかく、今はお前と争うつもりはない。――だが、もしお前がその気なら」
途端、がらりとその場の雰囲気が変わる。肌に突き刺さるような、冷たい感覚が辺りを包んでいき、
「ルールとか関係無しに、相手してやる」
最後の言葉が、なんとも鋭く言い放たれた。
私と話していた時とはあまりにも違い過ぎて……その言葉には、とても威圧感があった。
「…………」
「…………」
しばらく、無言の二人。どれぐらいそうしていたのか。まだ一分も経っていないような、でも随分長いようにも感じられて。呼吸をするたびに、酷く疲れてしまいそうなほど。この場の空気は、重いものになっていた。
「…………」
「……ま、今は引いてやるよ」
最初に動いたのは――男性。
忌々(いまいま)しそうに言葉を発したと思えば、それからなにも仕掛けて来ることはなく、その場から立ち去って行った。
い、いなく、なった……。
途端、それまで張り詰めていたものが無くなり、思わず安堵のため息がもれた。
「――本当に行ったか。悪いな、いきなり抱いて」
そう言って、叶夜君はゆっくり、私をベンチに座らせてくれた。
「どうして外に出た。しかもそんな姿で……」
外に行く格好ではないだろう? と、隣に腰かけるなり、心配そうにたずねた。すぐにでも私にあるなにかを調べられるんじゃないかって警戒したけど、今のところ、危ない雰囲気は感じない。
「ゆっくりでいいから、話してくれないか?」
「…………」
優しく語りかける叶夜君。本当に心配してくれてるんだと感じた私は、ゆっくり、少しずつ言葉を発していきながら説明した。
「……気が付いたら、公園にいて」
「自分の意思ではないのか?」
「は、はい。声がしたと思ったら、目の前が、真っ白になってしまって……」
「そうなる前に、誰かと会ってないのか?」
「誰にも。――最後に会ったのは、おじいちゃんだけです」
腑に落ちないのか、少年は小さく首を傾げる。
「魅了じゃない、のか?――体は問題無いか?」
「だ、大丈夫、です」
話していると、徐々に落ち着いてきたのか――目蓋が、重くなっていく。
「あのう……あなたは、いっ、たい――…」
目を開けるのが、辛い。
体も、なんだか段々重くなってしまって……こんな感覚は、初めてかもしれない。
「!? お、おい!」
声がするのに、それに答えることもできなくて。
睡魔に誘われるような感覚。その感覚に、私は身を委ねていった。
――――――――――――…
―――――――…
――――…
気が付くと、そこは病院のベッドだった。看護婦さんの話では、夜中に家で倒れていたらしい。
家って……倒れたの、外のはずなのに。
自分の身に起きたことを、ゆっくりと思い出す。なぜか公園に寝巻きのままいて、無理やり見知らぬ男の人に抱き寄せられて……それを、昼間の少年が助けてくれた。それから二人に共通するのが、尋常じゃない速さで走れることで――。意外にも、意識を失う前のことを覚えていた。だけど、これが現実に起こったことなのかって思うと……体験した自分でも、正直疑ってしまう。
「……先生」
病室から出ようとする先生を呼び止め、私は疑問を口にする。
「薬をずっと飲んでいたら……幻覚って、見ますか?」
あれが現実でないなら、考えられるのはこれしかない。薬による副作用というのが、一番納得がいくし。それに先生は、しばらく考え込んだあと、ゆっくり口を開いた。
「無いことも無いですが……貴方に処方している物には、そういった原因になる物は無いはずなんですけどね。――何か、気になることでも?」
そう言われ、私は少し間を置いてから、少年のことを話した。軽々と自分を抱え、時間にして二十分はかかるであろう場所に数秒で行ったこと。そして――自分と同じ、病気だということを。
「それは……貴方の願望みたいなものかもしれませんね」
「私の……願望?」
「自分と同じ人がいたら。みんなより早く走れたらとか。――そういった無意識にあるものが、ストレスをかけている場合はありますよ」
「願望……」
もう一度、ゆっくり言葉を反復する。今まで考えなかったわけじゃない。どこか割り切れないでいるのもわかってるつもりだったのに……。
「無意識じゃあ、気を付けるのは難しいですね」
苦笑いを浮かべながら言えば、そんな私に先生は、優しい笑みを見せた。
「無理しないのが一番です。貴方は少々、頑張りすぎる所がありますからね」
「私は別に……ただ、少しでも普通に過ごしたいだけで」
「たまには、手を抜くのも必要です」
そう言って、ぽんっぽんっと、私の頭に軽く触れる。
「今は何も考えず、ゆっくり休みなさい」
「……そう、ですね」
それから私は、また意識を手放した。今度は自分の意思で……ただ、眠りに落ちるために。