公爵令嬢は罰として、身動きできないなか、口説かれています。逃げ場はありません。
「ジャニス、貴様のような欲深い傲慢な女には愛想が尽きた。婚約は破棄させてもらう!」
「どうぞ仰せのままに」
庇護欲をそそる可憐な令嬢を抱きしめた王太子を前に、公爵令嬢ジャニスは普段と変わらぬ微笑みを浮かべていた。
「なんだ、妙にしおらしい。後悔してももう遅いぞ」
「後悔ですか。確かに幼少の頃からの婚約でしたのに、結局殿下にはお分かりいただけなかったことを残念に思います」
「今さらだな」
「はい。今さらです。ですので、ここから先は力づくで解決させていただきます」
ジャニスが隠し持っていた懐刀を取り出し、勢いよく王太子の寵を受ける令嬢に突き刺した。血が噴き出すかと思われたが、懐刀は令嬢の胸に音もなく吸い込まれていく。同時にジャニスのてのひらが光をまとった。
「ああああああ」
「魔術か! お前、一体どういうつもりだ!」
「この事態は確かに私の失態。殿下からではなく、陛下からの叱責とあらばなんなりと受け入れましょう」
王太子の腕の中で、美しき令嬢はみるみるうちに老いさらばえる。柔らかな肢体が枯れ枝のようになり、やがて砂のように崩れ落ちた。懐刀だけが床に残っている。
愛するひとを失い錯乱した王太子はジャニスに掴みかかろうとしたが、ジャニスは拾い上げた懐刀を王太子にも同じように突き刺した。そのためらいのなさにだろうか、王太子は虚を突かれたような顔をする。
「もっと早く決断するべきでした。手をこまねいているうちに取り返しのつかないことになってしまい、申し訳ありません」
「どう、し、て……」
「ごきげんよう、殿下。どうか次こそは、殿下の未来に幸多からんことを」
騒動に気づいたらしく、部屋に駆け込んできた魔術師がジャニスを咎めた。しかしジャニスは当然と言わんばかりに返事をする。
「ジャニス、あなたはどうしてそのような愚かな選択をしたのです」
「私は王太子の妃になるべく育てられた公爵令嬢です。自身の血と誇りにかけ、王国の敵となるものは処分しなければなりません」
「その結果、自分の名誉と命を失ったとしても?」
「ええ、一切後悔などいたしませんわ」
その日、淑女の鑑として多くの人々の尊敬を集めていた公爵令嬢ジャニスは、王太子とともに流行病にて急逝したと伝えられた。
***
(なんてこともありましたわねえ)
麗らかな春の日差しの中、うつらうつらとしていたジャニスは久しぶりに王太子のことを思い出していた。どうやら王都では、王太子の姉が王配を娶り即位することになったらしい。
(お義姉さまは、王太子殿下と異なり非常に聡明で視野の広いお方。お義姉さまが女王陛下となられるなら、この国の未来も安泰ね)
ジャニスの腕や肩に止まり、ちゅぴちゅぴとさえずる渡り鳥たちからここ最近の王都事情を教えてもらう。彼らの洞察力の高さに彼女は小さく笑った。
(お父さまもお母さまも元気そうで安心しましたわ。それにしても、お義姉さまのお相手がお兄さまだったなんて。政略ではなく、以前から仲睦まじい関係だったのでしょうか? ……ああ、そうでした。ふたりの仲は、私と王太子殿下がいなくなったからこそ、公にできたのですね。そうでなければ兄妹が王女と王子それぞれと結婚するなんて認められませんもの。政治的な力関係が偏ってしまいます)
そう考えると、自分たちの婚約が駄目になったことには意味があったのかもしれない。魔物化した上で、浄化されてしまった王太子にはお気の毒ではあるが。そして、兄が義姉と結婚できたことを考えても、王太子殺しの件は致し方なしという形で処分されたようだ。国王陛下が八つ当たり気味に公爵家をお取りつぶしにするような暗愚な方ではなかったことに、ほっと胸を撫でおろした。
あの時王太子がぞっこんになっていたのは、美しい人間の女の皮を被った魔物だった。魔物は王太子を篭絡することで、王国の中枢に入り込み王国を乗っ取ろうとしていたのだ。
魔物の擬態は完璧だった。王国を、そして王太子を守るように小さな頃から訓練を受けていたジャニスですら、女が魔物であることに気が付くのが遅れた。知力と魔力の高い特殊な個体だったらしい。
王国の危機に神殿へ聖女の派遣を願ったが、聖女とて戦場の最前線に駆り出されている。王太子の元に即駆けつけるというわけにはいかなかった。その上、王太子はジャニスの忠告を無視し、魔物の女と昼夜を問わず肌を重ねていたようだ。ある日魔物化の兆候を出現させた王太子を前に覚悟を決めたジャニスは、王太子と魔物の女によって呼び出された際に、ひとりで決着をつけることにしたのである。
(そりゃあ魔物は、ぷりんぷりんでぷるんぷるんな美少女に化けていましたけれど。あそこまで王太子殿下の下半身が節操なしでなければ、あれほど急速な魔物化は防げたはずなのですけれどねえ)
魔物相手に話し合いなど無意味。そして一度魔物化したものは、人間には戻れない。だから彼女は、王国の臣民として女と王太子を殺すことに決めた。とはいえ魔物の身体は、それそのものが人間にとって毒だ。その血を浴びれば、容易に人間としての五感を失う。彼らを斬り殺せば、国の中心たる王都が不浄の土地となるだろう。
そのために、ジャニスもまた人間としての姿を捨てた。彼女は古から王国に伝わる「浄化の木」に姿を変えることで、魔物の被害を広げることなく彼らを消滅させたのである。
***
魔物の毒の浄化には時間がかかる。それは、この世界に住む者なら誰でも知っている常識だ。だからこそジャニスは、女と王太子を消滅させてからすぐに、王都から離れた公爵家の領内に転移した。ひとの少ない森の中であれば、浄化の副作用で何かが起きたとしても迷惑をかけにくい。それに木を隠すなら森の中と言うではないか。
王都周辺の情報は、渡り鳥たちが嬉々として提供してくれる。彼らの話を聞いていれば、ひとりぼっちの寂しさもまぎれるというもの。
(木に姿を変えたおかげで、動物の言葉がわかるようになったのは僥倖でした)
染められた布の色が何度も洗濯しているうちに少しずつ色あせていくように、ジャニスが吸収した魔物の毒も少しずつ浄化されていく。だがここで予想外の出来事が起きた。近くにある神殿が、浄化の木であるジャニスのことを発見しご神木として祀り上げたのである。
田舎町にある小さな神殿の神官たちは、王都で起きた王太子に関するあれこれについては知らされていないようだった。ただ自分たちが発見した、貴重で大切な浄化の木を守るために自ら考え、行動してくれたらしい。
ジャニスとて大切にしてもらえるのは、もちろん嬉しい。だが天より授かりし神木には何人たりとも近づいてはならぬといわんばかりに、ジャニスに近づくすべてを排除する姿勢については疑問を持たざるを得なかった。
まず閉口したのは、小動物除けの札を枝のあちこちにぶら下げられたことである。おかげで定期的におしゃべりに来てくれていた渡り鳥たちが枝に止まれなくなってしまった。
(せっかく仲良くなれたのに、なんてこと。これでは、神官さまたちが来る前よりも寂しいではありませんか)
さらに困ったのは、ご神木であるジャニスを大切にするあまり、必要な剪定までもが行われなくなってしまったことだ。
浄化の木であっても、人間の側で大きく成長していく木である以上、剪定作業は不可欠である。自然のままに放っておくことが最善というわけではない。神殿に保護される前は、近くに住む住人や通りすがりの旅人たちが、ちょうどいい具合に枝や葉を利用してくれていた。それはジャニスにしてみれば、散髪や爪切りに近い心地よさだった。それが今やご神木への一切の接近が禁じられている。
このままでは吸収した毒を浄化するどころか、不調をきたし木の幹そのものが裂けてしまう。困り果てていたジャニスの元にやってきたのが、魔術師カラムであった。
***
彼は、ジャニスが王太子と魔物の女を殺めたときに声をかけてきた魔術師である。懐かしいとはいえ意外過ぎる人物の登場に、ジャニスは驚きを隠せなかった。
(どうして彼がこんなところに? 側近だった彼は、王太子殿下がいなくなったことでもしかして職を失った? まさかわざわざその件でお礼参りに来たとでもいうの?)
もともと王太子の婚約者であるジャニスと、側近であるカラムの間柄は良好とは言い難かった。別にジャニスが彼に対して思うところがあったわけではない。カラムが毎回、ジャニスに喧嘩をふっかけてきていたのである。
顔を合わせれば、「いつになったら、婚約を解消するのですか」、「あなたと王太子殿下では釣り合いません。そんなこともわからないなんて」などと言いたい放題。よくまあそこまで豊富な悪口が出てくるものだと感心してしまうほど、カラムはジャニスを王太子の婚約者からおろそうと躍起になっているようにもみえた。
そんな男が目の前に現れたのだから、ジャニスとしても警戒する。万が一、幹を切り倒されでもしたら、一体どうなってしまうのか。見当もつかない。
だがジャニスの予想に反して、カラムはジャニスに対して非常に紳士的だった。さらに言えば樹木の世話という意味では、これ以上ないほど適切に対応してくれたのである。
カラムはジャニスに近づくと、神殿が取り付けた小動物除けの札をさっさと外してしまった。神官たちが何やら文句を言おうとしていたが、札を一瞬で炭化させる魔力の高さに顔色を変えて口を閉じたそうだ。さらにカラムはジャニスの周りに設置された柵を取り除き、しばらくぶりの枝打ちを手ずから行い始めた。
ご神木に手を出すなどもってのほか。そう言い募る神官たちを最初は丁寧に説得しようとしていたものの、最終的に面倒になったらしい。いくつか高度な魔術を発動させた挙句、問答無用で追い出す姿にジャニスは密かに吹き出してしまった。かつて王太子の隣にいたカラムはつんと澄ました顔をしていて、わざわざ神官に喧嘩をふっかけるようなタイプには見えなかったのに。その後神官たちを追い出したカラムは、独自の結界を張ったあげく、ちゃっかりジャニスの近くに家を建てて住み着いてしまった。
(助けてくれたのはありがたいけれど、一体何が目的なのかしら)
カラムがジャニスの疑問に答えてくれることはなかった。そもそも浄化の木の姿に変わったジャニスには、発声器官がない。カラムの観察はできても、彼と意思疎通を図ることは不可能だったのである。
***
カラムは、意外とおしゃべりな男だった。ジャニスが聞いているかどうかもわからないはずなのに、毎日いろんなことを話しかけてくる。
神殿の神官たちに祀り上げられているときですら、彼らは「浄化の木」「ご神木」としてしかジャニスのことを認識していなかった。だがカラムは、自分が面倒を見ている「浄化の木」が最初からジャニスだと確信していたようだ。そのことが妙に面映ゆい。
(何か特徴的な目印があったりするのかしら。でも私が見る限り、浄化の木は何の変哲もない落葉樹なのよね)
「そろそろまた季節が一巡りします。どうですか、今年は花を咲かせることはできそうですか?」
枝に蕾がついていないか確認されたらしい。触れられたところがくすぐったくて、ジャニスは笑い声をあげた。
(あらもうそんな時期ですか。季節が移ろうのは早いものですわね)
浄化の木は、花を咲かせたときに最も効率よく魔物の毒を浄化するのだという。本来真っ白な花は毒を浄化する過程で薄桃色に染まるのだそうだ。美しくもあやしいその色に惚れこみ、魔物狩りに明け暮れる者も現れると聞いたときにはさすがに話を盛りすぎだろうとつっこみたくなったが。
(浄化云々は別として、せっかく木になっているのですから、四季折々のその木らしいことは体験したいのですけれど。どうすればよいのでしょう。それに花が咲くのなら、実もなるのかしら。枝や葉が無害なように、浄化後の実なら口にしても安全なのかしら。気になりますわ)
せっかく希少な浄化の木に変化しているというのに、自分では研究できないもどかしさ。とはいえその分、カラムが試行錯誤してくれていることをジャニスは知っている。だから、彼女は何の心配もしていなかった。もともと、相討ち覚悟の特攻だった。生き残り、のんびり余生を楽しめているだけでもう十分だ。
「僕もそれなりに頑張っているつもりですが、やはりこれだけではまだ足りませんか……」
(大丈夫ですよ。こうやってのんびり、四季折々の景色を楽しみながらおしゃべりを聞かせてもらえて、私は幸せですもの)
カラムは魔術師としての知識と技術を駆使して、浄化の速度を速めようと頑張ってくれている。ジャニス本体の剪定と同時に、挿し芽で浄化の木を増やそうとしているのもそのひとつ。ジャニスが増えるのかと一瞬どきりとしたが、意志を持つ木ではなく複製体という形で浄化の木はジャニスの周りに少しずつ増えていった。
浄化の木はカラムが魔力を注ぎ、成長速度を上げているようだ。複製体が増えたことで、ジャニスの意識は昔よりもずっと明瞭になっていた。以前は毒を浄化するためだろう、まどろんでいることがほとんどだったのだ。だからこそ、今のままで十分だと思えてしまう。
(魔物の毒を完全に浄化したところで、私が人間の姿に戻れるかは未知数ですし)
さらに怖いのは、浄化に何年時間がかかるかわからないところだ。数年単位ならばよいが、木の寿命は数十年、数百年にものぼる。せっかく浄化に成功し、運よく人間に戻れたとしても、数百年の時間経過を一瞬で受けたら即死してしまうのではないか? だがカラムは、何としてもジャニスを人間に戻したいらしい。
「あなたは今のままで十分、人間に戻れなくても別に構わないと思っているのでしょうが」
(どうしてバレたのかしら)
「もう僕は、後悔したくないのです。だから今日こそは、本音を言わせてもらいましょう」
***
「どうしてあの女のことについて相談してくれなかったのですか。僕が鼻の下を伸ばしてあの女の味方に付くと思いましたか? あなたの素晴らしさもわからないあの馬鹿王太子と同じように」
突然、問いただされてジャニスは目をしばたかせた。今さらどうしたというのだろう。
(あの頃は、ひとに頼るのがとても苦手だったの)
「僕は、あなたひとりに王太子殺しの責任を背負わせるつもりなんてありませんでした。むしろ、あなたの負担は全部僕が背負うべきだったんです。本来なら僕は王太子の側近であり、護衛だったのですから。それをみすみす、魔物の女を王太子に近づけさせてしまったあげく、魔物化した王太子にとどめを刺すことさえできなかった」
カラムがジャニスにそっと手を伸ばしてきた。幹を撫でられたはすが、頬に手を当てられているような気がして落ち着かない。もぞもぞとしてカラムから距離を取りたいと願ったが、動けない樹木ではなすすべなしだ。
「もっと素直になれていれば。あなたに優しくできていたら。あなたは僕のことを頼ってくれたのでしょうか」
(それは、正直あったかもしれないわ。だってあなたってば、私に対してちょっと当たりがきつかったでしょう?)
「顔を合わせるたびに口をついて出てくるのは、喧嘩腰の言葉ばかり。本当は、もっと優しい言葉をあなたに伝えたかった。でも、どうしても言えなかった。あなたは僕ではなく、王太子殿下の婚約者でしたから」
(カラムさま?)
「どんなに近くにいたところで、苦しいだけ。あなたを縛りつけるだけの忌々しい婚約なんて、壊してしまいたかった」
(何をおっしゃっているのです。それではまるで)
「あなたは、僕のことなんて気にもかけていないでしょう。いえそれどころか、嫌味なことしか言えない僕のことを疎んでいたかもしれない。ですが、僕はあなたのことがずっと好きなんです。お願いですから、僕が生きているうちに元の姿に戻ってください。そうして今度こそ、僕と一緒に楽しくおしゃべりをしてくれませんか」
(カラムさまったら、面白いことをおっしゃるのね。私はあの頃から、あなたのことが嫌いではありませんでしたよ。どんなあなたにだって、会えるだけで嬉しいと感じるくらいにはあなたのことが好きでした)
「ジャニス殿」
浄化の木に変わったジャニスの顔なんて、どこにあるのか普通のひとにはわかるはずがない。だってジャニス自身、浄化の木の枝や幹が具体的に、人間の身体のどこの部分に対応するのかよくわかっていないのだから。それなのに、たった今触れたカラムの唇は、はっきりとジャニスの唇と重なるのがわかった。
「カラム、さま」
久しぶりに声を出したせいか、酷く引きつれた声だった。けれど、カラムは感極まったかのようにジャニスを強く抱きしめた。
***
「ジャニス殿、花が」
「え?」
「花が咲いています」
ジャニスが辺りを見回してみると、先ほどまで何もなかったはずの浄化の木には薄桃色の花がそこかしこに咲き誇っていた。風が吹き抜けると、薄桃色の花吹雪が舞う。まるでふたりを祝福するかのように。初めて見る景色のはずなのに、どこか懐かしさを感じるのは、浄化の木に宿る繋がれてきた命の記憶の一端に触れたからなのか。
「まあ、なんて綺麗なのかしら」
「世界で一番綺麗なのは、ジャニス殿、あなたですよ。どんなに長い時間がかかっても、たとえ元に戻ったあなたが老婆になっていても、僕の恋心は消えないと思っていた。でも、樹木から人間の姿に戻ったら、最後に会ったときよりもさらに綺麗になっていたなんて。あなたはどこまで僕の心を弄べば気が済むのです」
「なんだか、私、悪女みたい」
「ええ、本当に。悪い子にはお仕置きをしなくては」
ジャニスはぎゅっと抱きしめられた。人間に戻って久しぶりに身体を動かせるようになったはずが、また身動きができなくなって少し戸惑う。
「カラムさま、これでは動けませんわ」
「そうでしょうね。動けないように抱きしめていますから。あまりにもあなたが愛らしすぎるので、このまま王都に戻ることはできないと判断しました」
「どうして身動きできないなか、口説かれているのでしょうか?」
「それは、みんなに心配をかけた罰ですよ。あなたのあの時の判断で、どれだけ多くのひとが半狂乱に陥ったか。じっくり聞かせてあげますから。それにあなたは少々鈍感なようですから。僕の気が済むまで甘い言葉を捧げ続けると決めました。逃げ場はありませんので、そのつもりで」
「ひいいいいいい」
「これに懲りたら、自分を犠牲にして物事を解決しようとすることはやめてください」
「は、はひ」
「絶対に、僕か周囲のひとに……いや、やっぱり僕に一番に相談してください」
「わ、わかりましたから!」
「約束ですよ」
***
とある王国の公爵家は神殿にとって重要な聖地とされる土地を所有している。しかし、土地を管理する公爵家は人々の立ち入りを禁止していない。むしろ逆に神殿に対して、必要以上の保護をすることがないように願い出たと言われている。浄化の木は、隔離され神木として祀り上げられる暮らしよりも、自分と同じ世界の人々の幸せな暮らしに寄り添いたいと願っているはずだというのが、当時の公爵家の女当主の主張だったという。そのため聖地と指定を受けている土地にしては珍しく、お花見をする老若男女に溢れている。
今でも春になると、世界でも有数の景勝地として多くの観光客が訪れる。浄化の花は真っ白ではなく、ほんのりと薄桃色をしているが、他には見られないその儚げな色合いに心をとらわれる人々も多いのだとか。かつては討伐した魔物の血肉を浄化の木に捧げることで、浄化の花の色がより濃い桃色に染まるのだというおどろおどろしい話も伝わっていたが、この世界から魔物が消えた今となっては確かめようがない。
魔物の脅威を知らぬ我々と、魔物に怯えつつもこの世ならざる美しさを知ることができたかつての人々。そのどちらが幸せなのかについては意見の分かれるところであろう。
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