ミスコンの準備
6月3日。
第二の手紙の効果発動まであと23日。
放課後の教室で。
一平、坪内、美樹の三人が何やら席に座ったまま話をしていた。
他の生徒達は、もう帰宅して教室にはいなかった。
転校生の翼の姿もない。
一平が今度のミスコンの事で三人で話し合いがしたいと言ったためこの場に残っていた。
一平としては、美樹が何とか翼の優勝を阻んで、付き合うことを阻止してほしいという考えである。そのために作戦を立てようと、二人だけでは心細いので坪内にもアドバイスをいただこうということである。
一平が言う。
「美樹ちゃん。今度のミスコンなんだけど、どうしても美樹ちゃんに優勝してほしくて、じゃないと、僕、城ヶ崎さんと付き合わなければいけないから……だから、今から作戦を立てようと思う」
「それで俺も呼ばれた訳ね」
坪内が言う。
そして美樹が、
「ミスコンって具体的に何やるの?」
坪内が説明する。
「ミスコンは大きく二つの事をやる。歌を歌うのと、好きなコスチュームを着て、自己PRをするという二つの事。歌は指定曲を機械で点数を判定するのと、自由曲を歌い全校生徒が点数をつけるという二つ。最終的に歌の合計点、自己PRの得点、これらの総合得点が一番高い人が優勝になる」
「へぇ~、よく知ってんな坪内」
一平が意外な表情で言い、続ける。
「じゃあ、歌の練習と自由曲の選曲。衣装作りと、PRの内容を決めないとね!」
「歌とか、私、歌ったことない……」
美樹が言うと、一平が、
「歌を聴いたことはある?」
「あんまりない……」
「うーんどうしようかね……指定曲はこっちで決めれないから、ただ練習すればいいだけだけど、自由曲は歌を知らないし、歌ったことがないのなら……」
と一平が言いかけたところで、坪内が言う。
「自作曲でも作ったら? 既存の曲だとみんな知ってるから、自作を歌うことで、オリジナリティが出て、目立てるかもしれんし……」
「一週間しか時間がないんだぞ! それは、無理だ! 間に合わない!」
一平が返すが、坪内が、
「そこは頑張れよ! 一平も手伝ってよ! なんだったら、お前の家にあるアコギ使ってもいいと思うし」
「俺が演奏するのか?」
「ああ……」
「俺はそんなにうまくないぞ! 絶対に本番失敗する!」
「なにも、本番で曲弾けとは言わないよ。前もって練習して、一番うまくいった演奏をレ
コーディングしてそれを本番に流して、美樹が歌えばいい」
そんな坪内の提案に、一平は少し納得いったような表情になって、
「あ、そうか。それならまだできるかな……にしても、かなり急いで曲作って、練習してレコーディングしないと……」
とそこで、美樹が、言う。
「曲とか歌は誰が作るの?」
坪内が言う。
「それは、二人で頑張って! おれは、そこまで面倒みれない」
「練習する時間は放課後でいいとして、場所がないぞ」
そう一平が言うと、坪内が、
「場所の問題ね……いい場所どこかないかなぁ……」
一平と坪内が考えていると、
「私の家で練習する?」
美樹が言ってくる。それに、少し二人は驚きの顔になるが、
「美樹ちゃんの家行っていいの? お父さんとかいるんじゃない?」
「わたし、もう一人暮らしだよ。それに防音の壁だし、大丈夫……」
美樹がそう言うと、坪内が、
「じゃあ、決まりだな。曲、歌作り、練習は美樹の部屋で二人で頑張るということで……次は、コスチュームだけど、これも自作がいいと思う。自作したことをしっかりアピールすることで、これも審査員たちの評価が上がると思う」
「だれが作るんだ?」
一平が聞くと、坪内が美樹の方を見て、
「それは、当事者が作るといい。美樹、裁縫とかで服は作れるかい?」
「あまりやったことないけど、やってみる」
美樹が言うと、坪内が決まったという表情で、
「よし! 決まりだね! どんなコスチュームにするかは、二人で話し合って決めな! 俺はもう帰るから! じゃあねー!」
坪内が言って、荷物をまとめて、早々と教室をあとにする。
教室では、一平と美樹が二人っきり。
いい感じなのか、気まずいのか、よくわからない沈黙が続く。
外は、夕陽が出ている時間だった。
その夕陽の赤さが、窓を通して二人を赤く染める。
赤く染まった、美樹の表情を見て、一平は、地味モードの美樹でも、やっぱり可愛いななんて思う。自分が好きになった美樹は、地味な姿の美樹が始まりだったし、口数の少ない美樹がいつも何を考えてるのか、とても気になったりした。いまでも、美樹が何を考えているのかよくわからない。普段潔癖症の美樹が、この前の観覧車で手を触れることを許してくれたこと、今日も自分が家に行くことを許してくれていること。どうして、受け入れてくれたのか、わからなかったと同時に、自分にとって嬉しいことだった。
「美樹ちゃんってさ……やっぱり不思議だし、可愛いよね……」
一平が美樹の顔をしっかり見つめたまま、言う。
それに美樹は、よくわからないなという表情で、
「どういうこと?」
「ミスコンに参加するって言ってくれたことは、少し驚いたし、意外だった。そういうところが不思議だし、それに、今とっても綺麗な表情してる」
そんな素直な自分の気持ちを言う。
「私がミスコンに参加しようと思ったのは……」
と言いかけたところで、言葉を止める。
理由を言いたくないのか、どういう心の状態で言ったのか自分で把握できていないのか、ためらいながら、
「末永くんが困っていたから……その、助けたほうがいいのかな……って思って……」
ちょっと恥ずかしそうにしている表情なのか。それは読み取りづらい顔だったが、そんな印象をうけた。確かに、目や表情で、美樹に助けを求めた。でも、そういうことで人を助けるような性格ではないと一平は思っていた。自分の知っている美樹は、もっと孤高で、ストイックで、人との関わりを極力持たないはずなのである。でも、あの不幸の手紙を渡して以降、少々美樹は変ろうとしているのを感じるし、変わっていっているのがわかる。
「ありがとうね! 美樹ちゃん! 美樹ちゃんのそういう意外な優しいところも僕すごく好きだよ……」
そんな感謝の思いを口にする一平。
「わたしのことは好きにならないで。手紙のことがあるから……」
少し切ない感じで言う美樹。
自分が感謝の思いを口にしたことを、少し後悔する。
自分は美樹を好きでいてはいけないんだ。
自分は美樹を好きでいる資格はないんだと。
正直6月26日までに、自分の思いを整理し、その思いをたちきれるのかが、自分にはわからない。
「そっか……そうだよね……」
うつむき、下向きかげんで言う一平。
しばらくの沈黙が流れ、美樹から、
「じゃ、一緒に家いこっか!」
言って、二人は動きだそうとしたが、そこで、突然教室のドアが開く音がした。
誰かが入ってきた。
金髪の長い髪に、切れ長の瞳の女子生徒。
翼だった。
翼が教室に入るなり、二人がまだ教室にいたことに少し驚きながら言う。
「まだ、残ってたの? 何してんの? 二人とも!?」
聞かれ、困惑顔で一平が答える。
「いやぁ、今度のミスコンのことで、ちょっと話してたんだよ」
「あら、そう……」
言いながら、翼はゆっくりと自分の席へ近づいてくる。
一平が翼に尋ねる。
「城ヶ崎さんもどうして教室に?」
聞くと、翼が自分の机に手を入れて、
「あった! あった! これをとりに来たのよ!」
それは、今日一平に捨てられたラブレターだった。ラブレターを拾った男子生徒が、直接一平に渡しなよと、翼へと渡されていた。
「え!? 今日の手紙?」
「そうよ! 末永くんに渡すはずだったラブレターよ。ここに忘れちゃって、もう一度あなたの下駄箱に入れといてあげようと思って、とりに戻ってきたの!」
「それは、もういいよ! 城ヶ崎さんの書いた内容はもうわかったから……」
「あら、そう?」
そこで、翼が思い出したかのように、言う。
「あ、そうだ! 末永君。今日なんで翼のラブレターゴミ箱に読まずに捨てたの?」
なんてことを少し怖い表情で言ってくる。
「それは……」
やはり、そのことは説明できない。第二の手紙の存在はなるべく人に話すことは出来ない。話して、おおごとになったら大変だからだ。
翼がさらに聞いてくる。
「きっと何か理由があるんでしょ? こんな可愛い翼が書いたラブレターなんだから、知っていたら、普通の男子だったら嬉しくて一生大切にして宝物になるはずなんだけど、読まずに捨てたってことは、何か隠しごとしてるんでしょ?」
「隠しごとは……してないよ」
そんなことを言ってくるが、翼は引かない。
「嘘ね! 教えなさいよ! みんな翼が書いたことに驚いてて捨てた理由までは追求してなかったけど、翼は徹底的に追求するわ! じゃないと今日夜寝れないもん!」
「じゃあ、今日は寝ないでください」
なんてことを一平が言うが、
「ふざけないで!」
一切引かない翼。
とそこで沈黙していた美樹が、突然、
「隠しごとはしてるよ。でも、末永くんはあなたのために言わないでいるの」
少し怖そうな口調で言う美樹。
「だから、それを言いなさいよ」
少しの間があってから、美樹が言う。
「命を賭けてまで知りたいなら、知ればいい。それにあまり、末永くんには関わらない方がいいわよ……」
「命に関わるほどの秘密なの? 末永くんに関わるなって、あなたが末永くんをとられるんじゃないかって心配だから、そう言ってるんでしょ。こんな可愛い翼ちゃんにとられちゃったらどうしようって、怖いんでしょ?」
「そう思いたければ、そう思えば……それは、あなたの自由よ」
「何よ! それ! もう……ってか、あなた友達いないでしょ、愛想ないし、何考えてるかわからないし、なんか怖いし……」
「そうかもね……」
美樹がやはり、淡々とした口調の小声で言う。悲しげな、それでいて苦しげな気持ちなのか、やはりそれはあまり読みとれない表情だったが、それを感じた一平が言う。
「美樹ちゃんは友達いるよ。僕が友達だよ!」
助けるように、一平が言うが、それに翼が、
「友達? あなたたち恋人ではないの?」
「違うよ」
否定する一平に、翼が言う。
「じゃあ、キスは? キスはしてないの?」
「そんなのしてないよ」
「じゃあここでしてみてよ!」
翼がそういうと、動揺した感じで、一平が答える。
「それは……出来ないよ」
「なんで? 末永くん、潔癖ちゃんのこと好きなんでしょ? 翼からみると、潔癖ちゃんも末永くんのこと好きっていうふうに見えるけど……今日だって、翼のラブレター読まれてから、ミスコンに参加するって言ってたし……」
翼が言いながら、なぜか一平の元へと近づいてくる。翼はさらに続ける。
「じゃあ末永くんはファーストキスの経験はないのかしら」
「それは……うん」
一平が肯定すると、翼がさらに、至近距離まで近づいてくる。
翼が凄く接近してきて、席に背を向けて立ち上がっていた一平は、席に太もも寄りかけ、近づいてくる翼からなんとか逃れようとする。しかし、翼は足を止めない、一平の足に絡みつけるように自分の足を密着させてくる。
「ちょ……城ヶ崎さん!? 何……!?」
「……」
何も言わない翼。一平の瞳を真っすぐに見つめながら、さらに体を密着させ、右手でそっと、一平の顎に触れる。触れた手で、その顎をゆっくりと持ち上げる。
「え!? ……」
一平が驚くが、
「……」
翼は目をゆっくりと閉じる。そして、ゆっくりと一平の顔に自分の顔を近づける。鼻息がかかるくらいの距離まで顔が近づき、その柔らかな唇と唇が
「!?」
その唇どうしが触れ合った。翼が一平にキスをした。翼が一平のファーストキスを奪った。
「奪っちゃった……」
そのとき、翼が美樹へと視線を移す。自分の目的は、この瞬間の美樹の表情。いつもクールに冷静を装っていた美樹の顔がどう変化するのか?
自分の気になる人が、自分以外の他の女とキスしたら、どういうリアクションをするのか?
その時の美樹の表情は、やはり、少し驚いたかの表情だった。とくに目を大きく開いていて、その光景が確かなものなのかしっかりと見ているような感じだった。
「あ、ごめん……潔癖ちゃん傷ついちゃった? 末永くんもごめんね! ファーストキス奪っちゃって……」
妖艶な微笑みを浮かべる翼。一平が焦りながら、美樹の方を向いて、
「今のは……」
と弁解しようと言いかけたところで、翼が、
「っていうのは嘘よっ! 安心して、キスはしてないわっ! フリよフリ! 出会ってたった二日目でラブレター渡して、キスとか早すぎるでしょ!」
翼が今のキスは未遂だったと言う。
「うん! 触れてはいないよ」
一平が必死に美樹にキスはしてないことをアピールする。
口では何とでも言える。美樹の角度から本当に際どいくらい二人の、唇が近づいているように見えたはずだが。キスをしたのか、してないのか。それは二人だけにしかわからないことだった。そして、美樹が言う。
「べつに……わたしにはあまり関係ないから……してようと、してなかろうと……」
顔をそっぽ向けて、やはりそっけない感じで言う美樹。
すると翼が、
「じゃ! 翼はもう帰るね! 末永くん! 一応ラブレター受け取って!」
そう言い、翼が一平に持っていたラブレターを渡す。教室の出入り口まで、歩いていき、振り返り笑顔で一言。
「じゃ! また明日!」
言って、教室をあとにした。
残された一平と美樹。再び沈黙が流れ、なにやら気まずそうな雰囲気のなか、美樹が言う。
「じゃ、私たちも、いこっ……」
「う……うん……」
さっきのキス未遂についてはお互い触れず、荷物をまとめて、教室をでた。
玄関までたどり着き、靴を履きかえ、校庭を出る二人。
帰り道の分かれ道まで、二人は歩いた。その道中は二人は一言も話さなかったが、分かれ道にさしかかったところで、一平が、
「俺ギターとりにいかなきゃいけないから、とりあえず着いてきて! すぐ近くだから」
ここに美樹を置いて待たせる訳にはいかないので、とりあえず、一平の家の近くまで来るように言う。それに応じて、美樹はついてくる。分かれ道から、歩くこと数分で、家に到着。一平は部屋に入り、ケースごとのアコースティックギターを手に取り、持っていく。外で美樹が待っており、一平がギターを持ったまま出てきた。
「ここが末永くんの家なのね……」
一平は平凡そうなアパートに住んでいた。一平が玄関のドアを開けて出てきたとき、玄関の備え付けの靴を入れる台の上に、写真が飾ってあった。その写真を見て美樹が言う。
「この人誰?」
写真の方に指をさす美樹。そこには、一人の笑顔で微笑む女の子の姿があった。
「妹だよ……」
「え……!?」
少し驚いた表情になる美樹。妹の存在を、美樹は知らなかったので、
「末永くん、妹いたんだね……」
「うん……」
「妹さんは、名前はなんて言うの?」
「沙織」
言って、少し悲しげな表情で一平が言う。
「妹さんは、今、何してるの?」
その質問に、一平は少し言葉をとめてから、
「今は……わからない……もう……5年会ってない……元々沙織と僕とお父さんの三人で暮らしたんだけど、5年前突然、学校から帰ってきて友達の家へ遊びに行くって言い残し、それから行方不明になった。沙織がもしどこかで元気に生きていたら、今頃中学三年生。沙織には会いたいけど、一体どこにいるのか、生きているのか……それがわからない」
「ふーん……」
可愛げに笑っている妹の写真を手に取り、また、ゆっくりと台の上に写真を置く一平。
とそこで、一平が外の空を見上げた。外は日がほとんど沈んでしまい、もう暗くなってきていた。
「あれ、もうこんなに暗くなってたか」
一平が言うと、
「どうする? 美樹ちゃん今日はやめとく?」
時間帯的にももう遅い時間だった。しかし、もうミスコンは一週間後。とにかく急ぐ必要があった。
すると美樹が、
「わたしの家に泊まってってもいいよ、そしたらずっと二人で作業進められるから」
言われて一平が、驚き顔になった。
「いや、悪いよ……泊まるとかは……」
「でも、時間ないよ、別にわたしは嫌じゃないし……」
「手紙の事もあるし、あんまり、美樹ちゃんに関わりすぎるのもやっぱりよくないよ……」
「確かに手紙の内容のこともあるけど、私、今自分の気持ちがよくわからなくなってる……」
以前の美樹は自分のことが好きだと言った。せめて自分のことだけでも、自分で好いて愛してあげないとって。でも今は、そんな自分の気持ちがよくわからないと言っている。
美樹がさらに続けて言う。
「このまま、こんな行動続けてもいいのかなって……手紙の効果がでたとき、いったい誰がどうなっちゃうのかなって……末永くんが、もしもいなくなったら私、どういう気持ちになるのかなって……」
一平がいなくなるというのは、美樹が一平のことを好きになるということだ。そんなことは、おそらくないだろうと一平は思っていたが、美樹のその可能性がある感じの言葉に怖い気持ちも感じたが、やはり少し嬉しい気持ちになった。
「とりあえず、今日は帰ろう! 暗いし、危ないから家まで送ってくよ! 明日から、全力で頑張ろう!」
「わかった……」
そう言って、一平が美樹の家まで送り届けその日は終わった。