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6/11

転校生降臨

 6月1日。

 平日の学校の日。

 今日はいつも以上に、教室は活気付いており、それには理由があった。

 今日このクラスに転校生が来る。

 しかも綺麗で可愛い女の子という噂だ。

 男子生徒はその噂に喜びの態度を隠せない。

 終始今か今かと、朝のホームルームの時間を待っている。

 教室には、既に一平と坪内の姿があって、

 美樹はまだ教室には来ていなかった。

 席に座る坪内が一平に話かける。

「一平、休日のデートどうだった?」

「楽しかったよ」

 坪内は一平が休日にデートに行っていたことを知っていた。一平からデートに行くことになったと聞かされていたからだ。

「しかし驚いたよなぁ、間違って変な手紙とか渡しちゃって敗色濃厚だったお前にまさかあっちから誘いが来るなんてなぁ、まぁ全然羨ましくないけどな」

 笑いながら坪内が言う。

「何か変わったことはあったか?」

「別に」

 答えると、その直後一平が思い出したかのように

「あ、そういえば美樹ちゃんが!」

 一平が昨日の美樹との美容室の事を話そうとすると、教室の扉が開いて、担任の立沢先生が中に入ってきた。

 しかしそのとき、美樹の姿はまだない。

 どうやら今日もなんらかの理由で遅刻してしまっているようだ。

 立沢先生が入ってくるなり、生徒達の喧騒も静まり、教壇の後ろにたった立沢先生が言う。

「はい、それでは朝ホームルーム始めます。

早速ですが今日は皆さんに嬉しいお知らせがあります。転校生がやって来ました。転校生はとても可愛い女の子です」

「うおっほーい」

「やったー」

 男子生徒たちの喜びの声。

「それじゃあ入ってきていいわよ」

 先生が少し大きめな声で言うと生徒たちの視線は一気に扉の方へ集まった。

 廊下で待機していた転校生が扉をゆっくりと開けた。ガラガラガラと扉が開く音とともにその子は教室へ入ってきた。

 教室の出入り口の前に現れる。

 そこには噂にたがわぬ絶世の美女がいた。

 一気にその美女が皆の注目を浴びる。

 彼女は眩しいほど美しかった。

 腰まで伸びる長い金髪。その金髪は歩を進めるたびにしなやかに揺れ、まとまりある綺麗で清潔感ある印象を受けた。

 目は意志の強さを感じる、くっきりとした切れ長の瞳。実に整ったその顔は綺麗な鼻筋とプルンとした柔らかそうな唇がとても可愛くに見えた。

 学校の指定の制服も彼女が着こなすと凛と美しかった。その美しい彼女が教壇の近くまで行くと足を止め生徒達の方を見る。

 今もしも万が一、彼女と目があったりでもしたら男子生徒だったら一撃で心を持っていかれるだろう。

「え!? めっちゃ可愛いじゃん!!」

「すげー綺麗!」

「大当たり!」

 そんな事を叫ぶ男子生徒たち。興奮する生徒たちを沈めるように先生が言う。

「はいはい。よかったね。可愛いのはわかるけど静かにね。それでは自己紹介お願い」

 切れ長の瞳を真っ直ぐに生徒達の方へ目を向けたまま、転校生が言う。

「初めまして!城ヶ崎翼じょうがさきつばさと言います。父の仕事の都合でこちらに引っ越して来ました。皆さんよろしくお願いします」

 翼と名乗った転校生が、自己紹介を言うなり、生徒達に笑顔で微笑んだ。その微笑みに男子生徒達はもうメロメロだった。

 立沢先生が言う。

「はい。じゃあ何か質問ある人?」

 そう先生が聞くと、

 主に男子生徒達が、次々と、質問してくる。

「可愛いですね!美の秘訣は何ですか?」

 翼が答える。

「毎日笑顔を絶やさないことですかね」

「お父さんの仕事は何ですか?」

「父は城ヶ崎財閥の社長をやっています」

「うえーすげーお金もってそう!」

 その言葉に、翼が少し勝ち誇ったような表情で、

「お金は人並み以上はありますね」

「中学の頃の部活動は?」

「演劇部に所属していました」

「好きなタイプの男性を教えてください」

 翼は少し思案顔になりながら言う。

「うーん、私のこと好きになってくれる人かな?」

 そう言うと男子生徒達が、

「えーそれなら俺にもチャンスあるぅー!」

「うおー好きになっちゃおっかなー」

 なんて事を言う。

 翼の言葉を聞いていた坪内が、一平に言う。

「だってよ。一平。美樹ちゃんよりこの子の方が断然可愛いからお前乗り換えるんじゃねぇの?」

 そんなことを言う坪内。

 しかし一平はそれを否定し、

「アホかお前。そう簡単に美樹ちゃん以外の女性好きにならないし、僕は今それができない状態なんだよ」

「どうして?」

 とそこで第二の手紙の内容のことを話しそうになるが、思い出す。坪内は第二の手紙のことは知らないはずだった。すぐに一平は話題をきりあげる。

「なんでもない。べつに。それにもう僕美樹ちゃんのことも諦めたからな。誰にも乗り換えないよ」

「え!? どういうことだ!? あれだけ好きだったのに」

 困った表情で一平が、

「こっちだっていろいろあんだよ。あんまり根掘り葉掘り聞くな」

「そっか。まぁお前もいろいろあんだな、まぁ好き嫌いは人の自由だもんな」

 そんなことを言って坪内はもう聞くのをやめる。

 翼の「好きになってくれた人が好き」という発言は少し女子生徒達の反感をかう発言だったかもしれなかったが、女子生徒達はそれを態度には見せない。

 質問は続く。

「将来の夢は何ですか?」

「将来ってのは決まってないですが、何事もナンバーワンになることが目標かな」

 これも微笑みながら言う翼。

 その後も男子生徒ばかりからのいくつもの質問が続き、時間をを見計らって立沢先生が、言う。

「はい。じゃあ、そこまで。ちょっと長くなりそうだから、あとは聞きたい人は休憩時間に聞いてね! それでは、城ヶ崎さんの席は、あそこに座ってください!」

立沢先生が指をさす。

指をさした先は、一平の後ろの方の席で、美樹の隣の席だった。

 翼は促されるなり、その席へむかう。

 そして、着席する。

 朝のホームルームが終わろうとしていた、その時だった。

 ガラリ、教室の扉が開く音がした。

 みんな扉の方へ目を向ける。

 そこには、消毒用エタノールで扉を消毒したばかりの美樹の姿。

 だが、いつもと美樹の格好が違う。

 いつもの地味で目立たない格好の美樹の姿ではなかった。

 一平が休日に美容室で見たような、綺麗で普段しないような可愛いおめかし姿の美樹がそこにいた。

 しなやかなパーマのかかった黒髪を揺らし、いつもの赤縁眼鏡も赤いスカーフもしていない。

 普段見せない顔立ちの良さが、はっきりとわかり、誰が見ても可愛げのある美しい女性に見えた。

 それをみて、さっきまで転校生の翼のことに夢中だった男子生徒達が言う。

「誰!? 誰!? この可愛い子!?」

「教室間違えちゃったのかな!? どうしたの?」

「え!? めっちゃ綺麗な子!」

 そこで、立沢先生がその子が美樹とはわからずたずねた。

「どちらさまでしょうか? ここは1年2組の教室ですが……」

 言われて、美樹が立沢先生の方を向いて、

「あ……私、美樹です。池田です……」

 そういうとクラスのみんながさらに美樹の顔を凝視し、確かに面影があるところから、

「なんだ……美樹ちゃんかぁ……誰かと思った……」

 そう生徒が言って、数秒後。

「って!? 美樹ちゃん! あの池田美樹ちゃん! 変わりすぎでしょ!ってかめっちゃ可愛い!!!」

 驚いた表情で生徒たちが言う。

「嘘でしょ!!! あ、でも手に消毒用エタノール持ってる!!!」

 生徒の一人が言って、美樹が持っていた消毒用エタノールを指さした。

「本当だ!! 美樹だ!!! どうしたの!? そんな綺麗になっちゃって!!」

 クラスのみんなが美樹の変貌に大きく驚く。

 しかし、それに少し、嫌な表情で美樹に転校生の翼が視線を送る。

 担任の立沢先生を言う。

「えっと、池田さん! 一応遅刻です。気を付けてください!」

「すいません、ちょっと化粧に時間がかかって……」

 その美樹の言葉にみんながさらに驚く。

「え!? あの美樹が化粧に時間かけるって、どうしちゃったんだ」

「いやぁ驚いた……あの美樹が化粧ね……」

 男子生徒達がそう言うと、美樹が席につこうとする。

 転校生の翼の隣の席が美樹の席である。

 そして、翼の座っていた席に美樹が近づいてくる。

 そこで、美樹が翼に向かって言う。

「あなた誰? ちょっとそこ私の席なの。どいてくれる?」

 翼は立沢先生が指をさしていた席に座ったつもりだったが、間違えて隣の美樹の席に座っていた。

 翼が立沢先生の方を見て言う。

「先生! 隣がわたしの席ですか?」

「そうです」

 そう先生答えると、翼が美樹の方を向いて言う。

「ごめんなさい。美樹さんって今呼ばれてた人。私は城ヶ崎翼よ、それにしてもあなた可愛いわね」

 翼の褒め言葉にも、美樹が興味がなさそうに、

「ふーん、翼さんね、了解」

 そういうと美樹がさっきまで翼が間違って座っていた自分の席に座ろうとするが、すぐには座らない。やはり、持っていた消毒用エタノールで入念に机や椅子に隅々までふきかけた。

 それを見て翼が言う。

「ちょっと美樹っていう人? 何してるの?」

「見ての通り」

 素っ気なく美樹が答える。

 美樹の消毒行動に、翼は少し嫌な表情を見せ、言う。

「わたしが汚いってことかしら!」

「そういう訳じゃないけど……」

「どういうことよ!」

 少し険悪な雰囲気になりそうなところを、近くに座っていた、坪内が、

「その子、訳あって、潔癖症なんだよ。翼ちゃん、どうか、気を悪くしないであげて」

 なんてことを言う。

 対して翼が応える。

「まぁ、理由を聞いただけなので、怒ってはいないわよ。翼は優しいから、この程度のことはなんとも思ってないわよ」

 そんなことを言って、その場はなんとかまるく収まる。

 そして、その後の授業の時間。

 翼は、美樹のことを意識しているのか、何度もチラチラと視線を美樹の方へ視線を移し、それを美樹に悟られないように何度も見る。

 美樹はそれに全く気付くことなく、授業を受ける。

 授業が終わり、休憩の時間。

 休憩時間では、翼の席の周りに、多くの男子生徒と女子生徒の姿があった。

 聞きたいことを聞こうと人が集まっていた。

 翼は、一人一人質問に答えていくが、やはり、そこでもチラチラと美樹の方を向いている。

 とそこで、その翼の視線の先の美樹の席の周りにも、普段は絶対集まらない生徒達の姿があって。

 翼の周りの人数と、美樹の周りの人数を、頭の中で数え始める翼。

(わたしの方が一人……少ない……私転校生で今日は主役のはずなのに……)

 そんなことを心のなかで思う翼。

 美樹の席の方では、男子生徒が、

「美樹なんでそんな格好してるんだよ~いやぁ、驚いたわ!」

「美樹ちゃんってギャップある子だったんだね!」

「いつも地味な格好してるのに、おめかししたら、結構イケてるじゃん!」

 そんなことを男子生徒達が美樹に言う。

「そう……?」

 あまり興味がなさそうな感じの美樹のリアクション。

 それを聞いて見ていた翼が、

(なによ、この潔癖女! 冷めた態度とっちゃって! どうやら普段の姿と違うって感じで騒がれてるみたいだけど、翼のほうが絶対可愛くてナンバーワンなんだから!)

 翼がそんな美樹に対するライバル視を抱くが、それを表に出さないように、隣の席の美樹に、言う。

「ねぇ潔癖ちゃん。潔癖ちゃんは、普段どういう格好なの? どうして今日は違う格好しているの?」

「普段は眼鏡とスカーフしてる。パーマは休みの日にかけた。普段はしてない。末永くんにこの格好で学校に行けって言われたからきた」

 美樹がやはり淡々とした口調で言う。

「え!? 美樹ちゃんと一平って付きあってるの?」

 男子生徒がそんなことを聞く。

「ううん。付き合ってないよ。一緒に映画と美容院言った時に言われただけ」

「それってデートじゃん! ヒューヒュー!」

 男子生徒の冷やかしの声に、近くで聞いていた一平が恥ずかしそうに、

「やめろよ、お前ら、恥ずかしいだろ」

「この前ラブレター書いてたもんな!」

 それを聞いていた、転校生の翼が、

「末永くんって言うの? 末永くんは、この潔癖ちゃんのこと好きなの?」

 突然そんなことを聞いてくる。

「好きだよ。でも、今は、ちょっと諦めようとしているところかな」

 苦い表情で言う一平。

「潔癖ちゃんのどこが好きなの?」

 翼が聞く。

「うーん、ミステリアスなところが好きかなぁ……他もいろいろあるけど……」

「ふーん……」

 何か企んでいそうな表情になる翼。

(こいつが潔癖ちゃんの男か……)

「ちょっと私、トイレ行ってくるね!」

 言って翼がトイレへと向かう。

 翼はトイレの中に入ると、鏡に映る自分の顔を見て、言う。

「翼……今日も可愛いね……それにしても、あの潔癖女! なんなの! みんなの前で、あんなことして!」

 朝の消毒行為に悪態をつく翼。

「何よ! いつもは地味な格好してるみたいだけど、今日だけそれでギャップなんて演出して、注目集めちゃって! 私は転校生で私が主役なのにあの潔癖女め……」

 自分の顔の化粧の仕上がり具合を鏡で確認しながらそんなことを小声で呟く翼。

「翼がこの高校のナンバーワンになる予定なんだからっ! 翼の美貌に勝てる女なんて、絶対にいないのよ!」

 鏡で自信のある自分の顔をずっと見つめる翼。

 するとだんだんその自分の顔が、なんだか美樹の顔に見えてきて……

「え……」

 すると、翼が後ろを振り返る。

 後ろには、美樹の姿があった。

「潔癖ちゃんさっきはどうも! よくもあんなことしてくれたわね……」

 それに、一瞥もくれず、美樹が、

「なんのことかしら?」

 言うが、翼が美樹に歩みより、

「その隠し持ってある、消毒液よ! みんなの前で消毒しやがって、あれじゃあ私が汚いみたいじゃない!」

「それは、ごめんなさい。私、子供の頃から、病気なの」

「まぁいいわ。今回は翼が優しいから許してあげる。ところで潔癖ちゃんあなたは、さっきの末永くんという人は好きなの?」

挑発的な態度翼が美樹に尋ねる。

「私は……」

というところで言葉が止まる。

少しためらってから、美樹は続ける。

「私は……末永くんのことは今はよくわからない。でも、絶対に好きにならないといけない……」

「ならないといけないって、どういうこと?」

 まわりくどい美樹の表現に疑問の表情で、翼が聞くが、

「あなたには、あまり関係ないから……別に気にしなくていい……」

 そう言うと、翼が、睨みつけるような顔で、

「関係ない……? どうかしら? 翼、末永くんの事、一目見てちょっと好きになっちゃったかも! ちょっとかっこよかったから、翼もこれからたくさんアピールしちゃおうかなぁ……」

 そんなことを翼が言う。

 これは本心なのかどうなのか。

 美樹は、翼の目をじっと見る。

 その瞳は、この前観覧車のなかで見た一平の目とは違って、どこか嘘をついているような、純粋無垢な感じではなく、なにか企んでいるような目に見えた。

 きっと嘘をついている。

 美樹は思った。

 それに対して美樹は、

「それは、ご自由に。私は私で末永くんの事好きになるから。むしろ、末永くんがあなたのアピールであなたのこと好きになったら、こっちも都合がいい」

「都合がいい? どういうことかしら?」

「別に……まぁ、死にたくなければ、あまりへんなことはしないほうがいいと思うけどね」

「死にたくなければって……やだぁこわーい! 翼に末永くんとられるまえの脅しかしら?」

「別に……」

そう言い、美樹がトイレに入ろうドアを開け、中に入ろうとするが、翼が足でドアを止める。

 美樹に言う。

 挑戦的な表情で、

「ねぇ、わたしと勝負しようよ。どうやら、あなたはクラスでも、少なからず人気がある見たいだから、普段はどうか知らないけど。私が学園のナンバーワンなの! どちらがこのクラスのナンバーワンになれるか? どちらが、末永くんを落として自分のものにできるか?」

 さっき会ったばかりの一平を落とせるかという、翼の発言。

 全く好意はないだろうと、美樹もわかってはいるが、その言葉が出た深層心理までは別に読みとろうとは美樹はしない。

「興味ない……」

 言葉少なく、美樹が返すが、翼が

「逃げるつもり? 逃げたら、翼がナンバーワンになって、末永くんも翼のものになっちゃうよ」

「好きにして」

 つまらないなぁという表情から、さらに挑戦的に、

「そういえば、今月中にこの学園のナンバーワンの美女を決めるミスコン2020がある予定みたいよ。あなたもどうせ出るんでしょ! ってか出なさい! これは翼の命令よ」

「従う理由がない」

「理由はあるわ。ミスコンで私に勝ったら、学園ナンバーワンの称号を得られる。私に勝ったという名誉が手に入る。これ以上にない、最高の名誉よ」

 胸を張りながら、自信気に言う翼。

「くだらない……」

 一蹴する美樹。そう美樹が言って、翼の足を自分の足で、押しのけ、トイレのドアを閉める。

 翼が締まったトイレの扉に向かって、怒った表情の小声で、

「なによ……わたしなんて眼中にないみたいに、カッコつけちゃって! いまに見てなさい、あなたの大切なボーイフレンドを翼のものにして、ミスコンで翼がナンバーワンになって、翼との差を見せつけて、あなたに恥をかかせてあげるんだから!」

 そう呟いて、トイレの出入り口から出て教室へ戻って行った。

 そのとき。

 トイレの中で美樹は考え事をしていた。

 自分は今後どうすればいいのか。自分はちゃんと一平のことを好きになれるのか?

 もしかしたら、6月26日に私はなんらかの形で死ぬかもしれない……

 それは自殺なのか、あるいは誰かに殺されるのか?

 自分は生きていたい。

 しかし、その自分の意思とは裏腹に、自分が死んでいく光景が頭をよぎった。

 それに、美樹は胸が突然くるしくなった。

 と同時に、キーンという耳鳴りが聞こえてくる。

 これは、病気の症状だ。

 すぐにわかった。

 どこからともなく、声が聞こえる。

 太く低い声。

 その声が連続的に言ってくる。

「君死ぬよ。君死ぬよ。君死ぬよ。君が殺すよ。君が殺すよ。君が殺すよ」

「うるさいっ!」

 思わず頭を抱えながら、言うが、声はやまない。

「彼も死ぬよ。彼も死ぬよ。彼もしぬよ」

 その言葉に、今度は一平が死んでいく姿が脳裏に浮かぶ。

「駄目……」

 そんなことを言う。

「殺したいくらい、憎いくらい人を好きになってごらん。失った悲しさの心の痛みで、君は愛に気がつくはずさ……」

 今度は、甲高い子供の声。

「誰?」

 美樹が尋ねるが、その声のぬしが続ける。

「僕は天異界のモノだよ。君は愛をしらないんでしょ。誰かの愛に愛されたり、誰かを愛したり出来れば、きっと君が今まで手に入らなかった気持ちって満たされるね」

「……」

 天異界のモノと声の主は名乗ったが、美樹は何も答えない。さっきまでの一方的な幻聴とは違って、自分の心をだれかに覗かれているような、そういう意思をもった声に感じる。

「満たされれば、君は満足だね。そこがゴールさ。始まりも終わりもどうせ同じということ。もう、その気持ちが手に入れば、死んだっていいよね……」

「わたしは……」

 美樹がそう言って、その声がおさまる。

 少しノイローゼ気味になった美樹が、

「もっと私変わらないとだめだな……」

 そんなことを小声で美樹が呟いた。

 休憩時間が終わろうとしていた。

 美樹は、トイレから出て、教室へ戻った。

 廊下を歩いている最中にチャイムが鳴るのが聞こえた。

 美樹は教室に戻ったころには、もう英語の授業が始まっていた。

 英語の先生は担任の先生の立沢先生だった。

「また遅刻! 池田さんもう授業始まってますよ」

「すいません……ちょっと調子が悪くて……」

 立沢先生が意外な表情をして、

「池田さんも調子悪いの? たった今、末永くんも調子悪くて、保健室へ行ったところよ」

 そう言われ、美樹は、一平の席の方を見る。そこには、一平の姿はなく、きっと病気の症状で調子を悪くしたんだろうと思った。

 美樹もさっき幻聴が起きたばかりだったため、また、授業中に幻聴が起きたらどうしようと少し不安になる。

「先生……私も調子悪いので、ちょっと保健室へ行って休んでいいですか?」

「最近二人とも調子悪いのね、この前も調子悪くて保健室へ行ったわよね。まぁいいでしょう。ゆっくり休んでなさい」

 そんなことを先生が言うと、男子生徒の一人が、

「美樹! 一平とラブラブするなよ」

 なんてことを言う。それを美樹は無視して、保健室へと向かった。

 翼は教室から去っていく美樹の姿を、用心深い表情見ていた。

 そして。

 保健室。

 保健室の中は空きベッドが一つ。もうひとつには、一平がベッドの上で横になっていた。

「あら、またきたわね」

 保健の先生の阿部那津子先生が、回転式の椅子に座り、美樹の方を向いて、そう言ってきた。

「先生ベッドで横になっていいですか?」

 美樹が聞く。

「いいわよ」

 言われ、美樹もベッドで横になる。

 美樹の横になっているベッドと、一平のベッドはカーテンで仕切られており、お互いの姿も阿部先生の姿も見えない。

 美樹は、仰向けで寝て、天井をただただ見上げた。

「美樹さんは、統合失調症って診断されたのよね? このまえ? その後どうだい?」

 手紙の病気のことは、阿部先生には言えないが、すなおに答えた。

「やっぱり幻聴とか聞こえますね。それがちょっと大変です」

「一平くんはどう?」

 と阿部先生に聞かれると、一平も応える。

「僕もたまに幻聴ありますね……」

 さっきも授業中一平は、幻聴があった。

 幻聴の内容は、やはり、連続的な残酷な言葉だった。

「二人とも、ちゃんと薬飲んでる?」

「飲んでます!」

 二人が同時に答える。

 その直後、再び保健室のドアが開いた。

 阿部先生は、出入り口に目を向ける。

「先生、初めまして。今日転校してきた城ヶ崎翼です」

 転校生の翼だった。阿部先生は初対面だったため、翼は自己紹介をした。

「初めまして、翼さん。翼さんも、調子わるくて来た感じ?」

「はい、ちょっと頭痛がして……」

「そっか……今、ちょっと、ベッドが二つとも使われているから、悪いけど、ここで座って休んでて!」

 阿部先生がそういうと、近くにあった椅子に座るように促した。

「はい……わかりました」

 阿部先生が、何か思い出したような感じの表情になって言う。

「ごめんなさい。三人とも。ちょっと職員室に用事があるから、職員室行ってくるね!」

 そう言って、阿部先生が保健室から出ていった。

 シーンという沈黙。

 この部屋には三人いるはずだが。

 やはり休んでいるため、実に静かだ。

 一平も仰向けで、毛布をかけ、休んでいると、何かローラーの椅子がベッドに近づいてくるのが聞こえた。

「末永一平くんだったよね! 翼よ!」

 カーテンの仕切りをくぐって、ベッドの前まで、翼がきた。

 その音と声を聞いていた美樹は、翼が一平の近くに椅子をずらして話をしにいったんだなぁとわかった。

 一平が美樹に答える。

「あ……城ヶ崎さん。頭痛酷いんすか?」

「そうなのよぉ、ちょっと今日頭痛が酷くて、転校初日だったのに、授業休んじゃった、えへ……」

 微笑み顔を一平に見せる。普通の男子だったら、翼のこの表情で、心を持っていかれるはずなのだが、一平はそうではなかった。

「ベッド使う? 僕どけるよ!」

 そう言いながら、一平がその場を離れ、ベッドを譲ろうとするが、翼が言う。

「いいの、いいの! ここで休んでて! 私の頭痛はたいしたことではないから」

「そうなの?」

「うん……」

 一平は仰向けになって、顔だけを翼の方へ向けている。ベッドの敷布団のシーツの上に両手を曲げて顎を手の上にのせ、一平の顔を見つめる。

「末永くん……末永くんって……なんか可愛いね! 可愛いし、なんかカッコいい!」

 これが本心なのか、どうか一平はわからなかったが、答える。

「ありがとう……なかなか普段女の子に褒められることないから……」

「え!? そうなの? 意外! かっこいいよ! けっこう初めて顔見た時ちょっとタイプって思っちゃった! えへ!」

 金髪のしなやかな長い髪を揺らし、顔を傾けさらに笑顔になる翼。

「翼さんは前の学校で好きな人いたの?」

 その質問に、翼は少し考えながら、答えた。

「うーん……翼に釣り合うくらい顔がよくていい男があまりいなかったから、好きな人はいなかったかなぁ……」

「そっかぁ……」

 少し自信過剰ともとれる翼の発言も、軽く聞き流す一平。

「ねぇ……末永くんのこと、気になるなぁ、いろいろ教えて?」

 その会話を聞いていた、美樹もカーテンの向こうから、

「私も聞きたい……」

 そんな美樹の小声が聞こえてくる。

「あら、潔癖ちゃんは他人に興味があるように見えない感じだと思ったんだけど」

 すると美樹が、

「末永君の事だけは、知りたいし、知らなければならない」

 そう言ってくる。

「僕は、美樹ちゃんは知ってると思うけど、子供の頃親が離婚して、父さんが親権をもって父さんと二人で生活してきた。父さんはいつも仕事が忙しくなかなか家で二人でいる時間はなかった。だから子供の頃から、兄弟がいて親がいてっていうような賑やかで暖かな家庭を全く知らない。出来れば将来は、好きな人と結婚して、自分の子供達と奥さんで、食卓を囲んで、温かな団欒を味わってみたいなって、思ってる。特別なことなんてなくていいんだ。ただただ普通の平凡とした幸せが僕は欲しいって思ってる」

 そう語る一平。

 その言葉に、翼は、

「え!? なんか普通過ぎない? もっとお金持ちで綺麗な人と結婚して、高い一軒家に住んだり、別荘をもったり、有意義に裕福な生活をしてみたいって思わない?」

 一平は聞かれるが、苦笑いしながら、

「そこまでは望んでないよ。僕は全然貧乏でもいいし、普通でいいんだ。確かにお金がいっぱいあったらいろんなことが出来るけど、今度はそれが当たり前になっちゃって、結局普通の幸せが喜べなくなると思うんだ」

 翼が返す。

「ふーん変わってるね。ところで末永くん。潔癖ちゃんが好きだって言ってたけど、潔癖ちゃんにもう告白したの?」

「うん。先月ラブレター送ったよ」

「ふーん……ラブレターね……」

 何か思いついたというような表情で言う翼。

 とそこで再び沈黙が流れる。

 数秒か、数十秒か。

 翼は一平のことを見ていた。

 しかし、一平は必死に翼に目を合わせないように顔をそっぽ向ける。

 突然翼が仰向けで寝ていた、一平の右手をすっと静かに握る。

「何してるの?」

 小声で美樹に聞こえないように言う一平。

 すると今度は、翼が一平の寝ているベッドに上がって、毛布の中に入ってくる。

「ちょっと……」

 一平が言うが、翼は、今度は一平の胸板あたりを、片手で撫でてきて……

「やめてください……」

 一平には、何が始まろうとしているのかわからなかった。

 翼の脳内の思考回路はこうだった。

(男なんて寝とってしまえば、簡単に私の者になる……こいつの事はどうでもいいけど、こいつが私の者になれば、あの潔癖女はきっと絶望するだろう……)

 そんなことを頭の中で考えている翼。

「ねぇ、翼といいことしようよ!」

「だめだって……」

「ねぇ……」

 もぞもぞガサガサと、物音がする。小声で何やら、いやらしい声がする。

 今もしも、誰かに見られたら、自分の人生はきっと終わると思う一平。

 がしかし、そういう時に限って――――

「ザー!」

 カーテンが開けられる音がする。

 ベッドの上でモゾモゾしていた一平と翼がカーテンの方を見る。

 そこには、こちらの方を見ている美樹の姿。

「何してるの?」

 感情のないような、別段驚くような感じではない、声で美樹が言う。

「え……これは……違うんだ……」

 一平がうろたえる。

「ベッドが二つでしょ。今ここに三人いるでしょ! 一つ足りないじゃん! だから二人で使って休んでたの!」

 そう答える翼。

 あきらかに二人は休んでいただけではなく、なにやらよくない事をしていたように、見えたが、そこまでは深く美樹は追求せず、

「あっそう……」

 美樹は、再びカーテンを戻し、自分が休んでいたベッドへ戻る。

 そのあと、急いで一平が毛布から出て、ベッドから降りる。

「翼ちゃん休んでていいよ、僕、もう授業戻るから……」

 そういい、足早に一平は保健室から出て、教室へ戻るのだった。

 そして、時間が過ぎた。

 放課後。

 下校の時間。

 帰り道を、一平と美樹は途中の分かれ道まで一緒に歩いていた。

 一平が美樹に言う。

「さっきの保健室の件なんだけど……」

「うん」

「あれは、あの、その、城ヶ崎さんが勝手にベッドに入ってきて……でも、なにもなかったんだよ」

「あっそう」

「怒ってる?」

「べつに……」

とそこで、歩いていた足取りが少し、遅くなり、美樹が言う。

「だけど……少し不快だった」

「そっか」

不快だったという言葉。美樹が自分に嫉妬してくれているのか。その確かな真意はわからないが、一平は、話題を変え言う。

「明日は、学級会議があるね。今月開催されるミスコンの出場者を決めるらしい。美樹ちゃんは興味ない?」

「全然……」

美樹が応え、そこで、分かれ道にさしかかり、

「じゃあね!」

「バイバイ」

別れの挨拶をして二人は家へと戻った。

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