初デート
5月30日。
第二の不幸の手紙が届いてから4日が過ぎていた。
今日は休日。
一平は、美樹の誘いで映画館の前にいた。
初めてのデートである。
美樹が一平の事を好きになるため、まず形から入ろうとデートをすることを決めた。一平の事をもっと詳しく知って、一平に思いをよせようという考えだ。
一平は、動きやすそうなラフな格好で、美樹の到着を待っていた。
美樹はおそらく、性格的に集合時間より早く来ることもなければ、遅く来ることもないだろう。
ほぼほぼ時間ぴったりの時間にくると一平は考えていた。
そして、集合時間1分前になったころ。
美樹が現れた。
「おはよう」
一平が言う。
「おはよ」
小声で淡々とした口調で美樹が返す。
美樹は、ロングスカートにいつもの赤縁眼鏡と赤いスカーフ。
「じゃあ、映画みようか」
「うん……」
二人は、映画館の中に入った。
映画館では、客席フロアの中段の列の真ん中あたりに座り、上映を待った。
上映待ちの時間で、美樹が言う。
「末永くん少し質問いい?」
「いいよ」
美樹は、ポケットから小さなメモ帳と小さなボールペンを取り出した。
「おおかた末永くんの情報は知っているから、あまり聞くこともないけど、間違いがないか再度確認したいから、聞くね。ざっとメモを読むから聞いてて。間違っている個所があったらあとで指摘して」
美樹は、ミステリアスな気難しい子だ。かなり人を機械的に情報としてとらえ、日ごろからデータを集めている。
「はい」
「名前末永一平(これは戸籍抄本を確認していないから確認は出来ていない)性別男、身長172センチメートル(測定方法により誤差があるかも知れないがこれはおおよそ正確な値)体重56キロ(これも誤差があるかも知れないがおおよそ正確な値)、年齢15歳7月7日生まれ(これも身分証明正を見たわけではないので未確認)、星座はかに座(7月7日生まれという事実が本当ならば、かに座に該当される)血液型はA型(これも採血から血液を実際に調べたわけではないので未確認)、家族構成は、父親と母親が幼少期の頃離婚、父親が親権を持ちその父親は現在単身赴任。兄妹の存在は不明。今のところ家では一人暮らし。家は駅前から徒歩10分のところに位置するアパートに暮らしており、家賃6万3000円の1LDKで生活している。親友は、坪内泰宏との交流が深く、小学校時代からの旧友である。趣味は不明。長所不明。短所不明。ざっとこんなとこかしら? どう? あってる? 間違いはない?」
個人情報を次々と言ってくる美樹に、一平はあきれ顔になる。
「うーん……あ……あってるよぉ。よく調べたね。ってかちょっと怖いんだけど」
「私が知らないことはまだまだたくさんある。もっと末永くんのことを知らないといけない」
「えっと、確かに相手の事をよく知って好きになるってのは大切なことだと思うけど、知るっていうのはそういう情報を機械的に集めて知るんじゃなくて、もっと、こう、感覚的なというか、感情的に、こういうところが好きだなぁっていう、目に見えない、内面的なものを自然と感じたりすることが大切だと思うよ」
「どういうこと? 目に見えない内面的なもの? 例えば?」
「えっと……例えば、この人こういう優しさがあるんだぁとか、この人こういうとき男らしさあってかっこいいなぁって、思ったりだとか」
「ふむふむ。じゃあ具体的に末永くんの優しさと、男らしさを教えて」
聞かれ、一平は困ったような表情で。
「それは、僕の主観的な評価は参考にならないよ。美樹ちゃんが感じた、客観的評価が大切。人がどうこう言ったとか、本人がどうこう言ったからってそうだという訳じゃない。自分が感じたありのままの気持ちが大切だと思うよ」
「わたしにはそれがよく分からない……」
少し悲しげな気持ちなのか、表情からはそれはうかがい知るのは難しかったが、美樹が小声でそう言った。
一平が言う。
「あ、映画始まるね」
映画が始まった。
映画は洋画「セーブヒロイン」というタイトルで、特殊な能力を持つヒロインがその能力を目当てにマフィア達にさらわれ、それを助けるために、主人公がマフィアと戦い、無事ヒロインを助けて、最後は主人公とヒロインが熱い抱擁と愛のあるキスでクライマックスを迎えるという内容だった。
映画が終わるなり、一平が言った。
「面白い映画だったね」
それに、少し首をかしげながら、美樹が答えた。
「主人公が何故あそこまで、命をかけて必死にヒロインを助けにいってるのかわからなかった」
「それは、ヒロインのことを愛してたからだよ」
「それがよくわからない。自分のことだったらまだわかる。死にたくないから殺されそうになって戦うとかならわかる。でも、人のためにあれだけ必死になれる意味がわからない」
「そっか。美樹ちゃんは、あんまり愛とか、恋とかの恋愛経験はない感じなのかな?」
「ない。今までは知りたいとも思わなかった。愛とか恋とかどういうものなのか。おそらく知ることはないだろうって。誰かを愛したこともないし、誰かに愛されたこともない。親でさえそうだったから」
そんなことを言う美樹に一平が、
「まだまだこれからだよ。きっと美樹ちゃんの事愛してくれる人が現われると思うし、美樹ちゃんが愛する人きっと出てくるよ」
「今は、末永くんのことを愛さないといけない。そういう感情が出てくるまで、とりあえず、一緒にいて」
お互い目を見つめながらそんなことを言う。
「もしそういう感情が出てきても僕は応えることが出来ない立場だけど、僕のこと愛してくれたら、僕はすっごく嬉しいよ」
「そうなの?」
不思議そうな表情を見せる美樹。
「うん!」
一平がそう言うと、思い出したかのように、
「あ、だめだめ。美樹ちゃんのこと僕は好きになっちゃダメなんだから。特別な感情は抱いたらだめだもんね」
「そうだよ。わたしのためにもね」
そんな会話をして、二人は映画館を出た。
映画館の出入り口で。
「次、どこか行きたいところある?」
一平が聞くと、
「とくに私が行きたいところはない。とにかく、末永くんの事をもっと知りたい。情報を集めたい。よくあなたのことが知れる場所に行きたい」
一平は苦笑いしながら、
「その情報を集めるって言い方やめない? まぁ僕が行きたいところかぁ。僕が行きたいところというより、美樹ちゃんに行ってほしいところはある」
「どこ?」
「美容室! もっとオシャレにしよう! みんな美樹ちゃんがとても地味な服とか格好してるから、美樹ちゃんがすごく綺麗で可愛いってことよくわかってないから、それをみんなに知らしめようよ。僕もさらに綺麗になる美樹ちゃん見てみたいし」
「オシャレって言われても、全然私わかんない。それに美容室苦手。髪の毛とか知らない人に触られたくない」
普段から潔癖症の美樹にとっては、美容室は苦手な場所だった。化粧は普段しない訳ではないが、最低限の化粧だけしかせず、髪の毛も自分でカットし、手入れしていた。
「うーん、ああいう仕事している人たちは、全然清潔だと思うよ。それに、オシャレして綺麗になったらもっと楽しくなると思うし、まぁでも今でも全然綺麗だとは思うけど」
「楽しくなる?」
「うん。楽しくなるよ。自分に凄く自信もてるようになると思うよ」
「そうなの? 人にどう思われたいとか気にしたことなかったから、全然わかんない」
「とりあえず、行ってみようよ」
一平に勧められ、美樹はちょっと不満げな表情になるが、
「うん。我慢して行ってみる」
そして二人は、美容室へ向かった。
美容室に着くなり、お店に入り、一平は付き添い。美樹は店員にうながされ、鏡の前の椅子に座る。
椅子に座るときも、常備していた消毒用エタノールをかける。
店員の美容師さんが少し不思議そうな顔つきになるが、そのことに対して言及されなかった。
「今日はどんな感じにしますか?」
「知らない」
少し無愛想な感じで美樹が言うが、美容師さんはさらに困った表情で、
「えっと、こちらに任せてくれる感じでしょうか?」
「好きにして」
自分のことなのに、髪型をどうするかまるなげにされて美容師さんは困惑する。
すると後ろで待機していた一平が、
「バッチリ似合うように、可愛く仕上げてあげてください。できれば(ゆるく?)パーマかけてくれたら、可愛いかも!」
一平がそういうと、美容師さんが、
「彼氏さんですか?」
美樹が首を振りながら、
「ううん、同じ高校のクラスメート。これから好きになる予定の人」
「好きになる予定? 告白するんですか?」
「しないよ。好きになるだけ」
「気になる人って感じなんですね」
「違う意味でね」
その問いもよくわからないなぁという表情なる美容師さん。
「じゃあ、始めますね」
美容師さんが言うと、カット作業が始まった
一平はあえて、髪の毛を仕上げている過程は見ず、最後の仕上げたあとを見るのを楽しみにしていた。
1時間ほどたったところで。
「はい! これで終わりです!」
美容師さんが言う。仕上げ終わったようだ。
「ありがとうございます」
小さな声で言う美樹。
美樹が、待っていた一平の元へ近づく。
「終わったよ、どうかな?」
美樹が聞くと、あえてそっぽ向いていた一平が美樹のほうに顔を向け、美樹の髪型を見て言う。
「え……」
あっけにとられたような表情を見せる一平。
「可愛い……めっちゃ綺麗……ちょっと眼鏡とって見て!」
心底美樹が可愛く見えたのだろう、言葉がなかなか出ず、普段の美樹とのギャップの差にとても驚いていた。
美樹は眼鏡をはずし、一平の方を見た。
「可愛いよ! うん! すごく可愛い! 普段こういう髪型しないかもだけど、こっちもすごく好き!」
美樹の背中のあたりまで伸びたしなやかな髪は、パーマがかかっていて、ふわりとした優しい印象を受けた。眼鏡を外すと、普段あまり強調されなかった整った顔立ちの良さがよくわかった。
「その格好で学校に行こう! みんなに見せようよ! きっと驚くよ」
一平のその勧めに美樹は、
「そうかな? わたしはこの格好で学校行くのは少し抵抗あるけど……」
「いやだったら強制はしないけど、出来ればそうしてほしいな」
そんな会話を二人はして。
「ありがとうございました」
店員さんにお礼を言って、二人は、美容室をあとにした。
二人はあてもなく歩いていると、美樹が突然言う。
「ねぇ、末永くん。手を繋がない?」
そんなことを言ってくる美樹に驚いた表情になる。
「いきなりどうしたの?」
美樹は、潔癖症のはずだ。自分から、人の手を握りたいだなんて、間違っても言わない子だと、一平は知っている。
「少しでも、愛ってなにか。知るため。恋人がいる人って、手を握ったりすることあるでしょ。いやでも、こういうのは形から、入ったりすることで何か変わったり、わかったりするかもしれないし。それにわたし我慢するし」
「我慢って……美樹ちゃんがそういうならいいよ」
手を差し出す一平。
すると美樹がどこにしまってあったかわからない、ゴム手袋をとりだし、片手だけそれを装着。
装着した手で、一平の手を握る。
それに一平は、困り顔で、
「どんなカップルも、こんな光景絶対ないよね。今は人通りが少ないから、大丈夫かもだけど、なんだか誰かに見られたらちょっと恥ずかしい気が……」
「そう? わたしはあんまり気にならないけど」
「それは気にした方がいいと思うよ」
一平がそう言った。
その後、もっとオシャレをしようと一平が提案し、デパートで美樹に似合いそうな可愛い服を買い、その後デパート周辺にあった観覧車に二人は乗ることになった。
美樹は言われるがまま、最初とは全く違う服を着て、片手の手袋もはずし、違う雰囲気になった状態で、二人は観覧車に乗った。
夕日が沈もうとしていた時間帯だった。
観覧車から夕陽が沈む光景が一望できた。
美樹と一平は向かいあわずに、お互い隣にどうしに座った。
「綺麗な夕陽だね」
一平が言うと、美樹が、
「そう?」
言葉少なに返した。
二人はしばらくその夕陽を見ていた。
「今日はあんまり、末永君のこと知ることが出来なかったな」
「逆に美樹ちゃんのこと、俺もっと知りたいな。好きにはなっちゃだめだけど、今までのこととか、これからのこととか、知りたいな」
美樹が窓の外の夕陽から目をそらし、したを見てうつむき加減に、
「わたしは……」
「うん?」
とそこで、美樹は少し言葉につまるが、
「わたしは、お母さんが浮気して愛人との間で産まれた子なの。お母さんのおなかのなかに私がいることを知って愛人は疾走。それで浮気が発覚してお父さんは、酒に溺れてお母さんに暴力ふるうようになった。お母さんはそのあと病気で死んだってクラスのみんなは思ってるけど、本当は違う」
一平はその話を聞きながら、ずっと美樹の表情を見ていた。
「本当は、お母さんは自殺した。首を吊って。私がまだ5歳の頃だった。その後私にもお父さんからの暴力は続いて、なにかにつけて殴られた。部屋を片付けろ、掃除しろだとか、汚いんだよとか、私が潔癖的になったのは、そういう父の影響が大きいの」
美樹の話をただただ真剣に一平は聞いていた。
「そして小学校時代から、私の境遇や、私が潔癖的なことで、いじめを受けるようになった。陰湿ないじめは何度も続き。少し仲良くなりかけてた友達もいたけど、すぐに裏切られた。私と関わると、その友達もいじめられるからって。親も友達も何も信用できなくなった。私が信用できるのは、結局自分自身。せめて自分だけでも、自分で愛してあげようって私は思った。誰の愛も受けとれない。誰の愛も受け取らない。こんな醜く卑小な存在の私でも私だけが、自分を好いてあげなきゃって。自分で自分を褒めてあげようって。そう思った。でも、だめだった。私はいつも一人ぼっち。みんなに嫌われている。そんな中末永くんが私に手紙を渡してくれた」
「あのときは、ごめんね。こんな危険な状況をつくちゃって」
「いや、むしろ少し今冷静に考えてみれば、メリットはあったと思う。私は少なからず変わろうとしているみたいだから、本当は感謝しなきゃいけないかもだけど、そういう感情もよくわからなくて……」
「今、美樹ちゃんとこうして、二人っきりで観覧車に乗れてるのは、僕がミスしたおかげかもしれないけど、僕は素直に嬉しいよ」
やはり美樹の目を見ながら、そう一平が言う。
美樹もうつむいていた表情を一平の方へ向け、一平の目をみた。
美樹からすると、一平の目は随分と透き通る純粋無垢な綺麗な瞳に見えた。まるで、濁りのない聖水のような透明感を感じた瞳。
この瞳はきっと嘘をつくことはないのではないかと。
「なんだか、新鮮な感じ。感じたことない気持ち。こうして、誰かとどこかへ行ったり、遊んだりすることって、今までほとんどなかったから、なんかとても不思議な感じ」
「そっか」
「ねぇ……末永くん」
「なに?」
一平が首を少し傾けて聞こうとする。
「私のこと裏切らないでね。私に嘘をつかないでね。末永くんのことを好きになれれば、多分わたしは、もの凄く変わると思う。いい意味か、悪い意味か、それはわからないけど、きっと何か変わると思う」
とそこで、少し間を開けて、一平が応える。
「裏切りはしないよ。でも、嘘をつかないでってのは、ちょっと約束できないかもしれない」
「どうして?」
「僕は今でも美樹ちゃんのことは好き。でも、この気持ちのままじゃだめなんだ。自分の気持ちに素直にしたがってはいけないんだ。この気持ちになんとか嘘ついて、捻じ曲げて、君の事嫌いになったりはしないと思うけど、なんとも思わないくらいにならないと、僕は君を守ることはできない」
「そっか」
美樹の表情からは、何を考えているのかは、一平はわからなかった。でも、今の自分の言葉で、美樹を少しだけ傷つけてしまったんじゃないかと思った。
再び美樹は、一平の方から、視線を移し、うつむき下を見る。
そこで、とっさに、一平が美樹の右手に左手を添えた。
さっきはゴム手袋をしていたが、今は、していない。
初めて、まともに触れた美樹の手。
少し暖かさを感じる。
その暖かさから、やはり一平は美樹が好きなんだと再確認する。
美樹の気持ちは、今はわからないけど、その暖かさが凄く心地よいと一平は感じた。
美樹もそれを受け入れたのか、何も言うことなく、数秒か、数十秒か、二人は手を重ねていた。
「あ、ごめんっ!」
ふいに気づいた感じで、一平が手をひっこめる。
「ううん。別に大丈夫だったよ」
一平の顔を見て美樹が言う。
普段潔癖症の彼女が自分の手を受け入れてくれたことに、一平は驚ろいたが、それ以上に自分が手に触れたことを許してくれたことが嬉しかった。
穏やかな沈黙。
外の夕陽は沈み、すっかり暗くなっていた。
観覧車が一周を終え、二人は、観覧車から出た。
「すっかり、もう時間だね。帰ろっか?」
一平が言うと、
「うん」
美樹が返事をした。
そして、二人はデパートを後にし、電車に乗り、駅へと着いた。
帰り道、一緒のところまで、一緒に歩き、分かれ道にさしかかるところで。
「美樹ちゃん。今日は、楽しかったよ。ありがとう」
一平が感謝の言葉を口にする。
「うん。今日は、わたしのことばっかりだったけど、今度は、末永くんのこともっと知りたいな」
「わかったよ! じゃあね! 気をつけてね」
「ばいばい」
そう言い二人は、自宅までの帰り道を歩いた。
帰り道。
一平は暗い街灯の下を歩いていた。
その時いきなり、目の前の街灯の影から、うごめく黒い影のようなものが見えた。
一平は怖くなり、足を止める。
何だという、訝しい表情になり、ゆっくりとその街灯に近づく。
しかし、その街灯には何もない。
ただの暗がりに照らされる虫たちが集まっているのが見えるだけで。
「なんだよ。なにもないのか……」
そんなことを呟いた直後だった。
キーンという音とともに耳鳴りがした。
思わず一平は耳をふさいだが。
何かが聞こえてくる。
それは声。
どこからともなく聞こえてくる、甲高くささるような子供の声。
その声が。
一平に話しかけてくる。
「君のこと今日ずっと見てたよ」
「え!? 何!? 誰!?」
驚きの顔を見せる一平。
「ああ、僕の声聞こえるんだ」
「誰? 誰?」
「もう病気だもんね、君」
「なんで病気の事を知ってるの?」
「それはべつにいいじゃん。まぁぼくのこと説明すると、ぼくは、この世の者ではない、まぁいわゆる天界の神みたいな存在かな? えっへん!」
「どういうこと?」
「ところで君? あの子をどうするつもり?」
「あの子って美樹ちゃんのこと?」
「そうそう。どうするつもりなのかなって」
「なにか事情を知ってるものなのか?」
「そんなことはいいじゃん、質問に答えてよ。どうするつもりなの?」
「どうするって、どうもしないよ」
「そんなふうには見えないけどなぁ」
とそこで、一平は考える。この姿かたちが見えない、声だけ聞こえる正体のことを。
おそらく幻怪病の影響によるものであることは間違いないと思うが、こちらのおおよその事情を知っているように感じる。あの不幸の手紙は、この世のものでないことは推測できるので、そのことを知っている感じであるように思えた一平は、
「お前があの不幸の手紙を書いて俺に送ったのか?」
「お前って、神に近い存在の人をお前呼ばわりはよくないよ。君なんて殺そうと思えば簡単に殺せるんだよ。もっと言葉をつつしんで!」
「嘘だな。神かなんだか知らないが、もう、殺すつもりがあったらあんなまわりくどい手紙なんて送ってこないだろ、すぐに僕を殺してるはずだ」
「うーん、いろいろこっちも事情はあるんだけどなぁ。とりあえず、面白いものをもっとみたいんだよ。僕は、退屈してるから。ただそれだけ。それに君たち人間にもっといろいろなことを味わってほしい」
「とにかくお前があの手紙を送った送り主なんだな」
「そう解釈して合点がいくなら、そう思ってればいいさ、それは君の自由」
「質問に答えろ」
「真実を君はまだ知る必要はない、知っても楽しくないし、そう簡単に納得してくれるとも思っていない」
「話にならないな」
「まぁ今後も君の行動は覗かせて貰うよ」
「どういうことだ!」
そう一平が言ったところで、聞こえてくる声がやんだ。
一平は、あたり一面を見渡すが、しかしなにも見えない。
「なんだったんだ今の? ただ僕の病気がでてただけか?」
一平は考える。今の声はしっかりと意思をもった何者かの声である。
幻聴だったらもっと脈絡のない一方的な声や音のはず。
今は確かに会話をしていた。だとしたら、姿形のないこの世のものではない存在があるということだ。
「意味がわからない……やはり、あの手紙は……」
増していく手紙の信ぴょう性に、恐怖を感じる一平。
今日のデートは楽しかった。
今日のデートは嬉しかった。
普段見れない美樹のオシャレをした姿を見ることが出来たし、少なからず彼女と仲良くなれたと思う。
でも、よりいっそう彼女に対する思いを無くさなければならないと思った。
今日の事、彼はとても反省した。
「何をしてるんだ、僕は……もっとしっかり美樹ちゃんのこと……」
そう小声で呟いて、彼は家へと帰った。