第2の手紙
声。
声が聞こえる。
頭の中に鳴り響く声が。
それは彼女の声だ。
美樹の声。
――謝ってすむ問題? 治らないかもしれないのよこの病気――
――何を根拠に治るなんて言ってるの――
――やめて、あなたに関わられるときっと、私……不幸になるから、さようなら……――
やめて。
やめて。
やめて。
不幸になる。
さようなら。
不幸になる。
さようなら。
そんな声が次々と頭の中をかけめぐる。
すると美樹が手紙をとりだす。
「末永君、この手紙読んで」
そう言い、美樹が手紙を渡してくる。
なぜかそれは、髑髏マークのシールで封がされていて。
そのシールをはがし、封から手紙を取り出す。
内容はこうだった。
「1か月以内に死になさい、死ねば私は助かります」
そんなことが書かれていて。
死になさい。
死になさい。
死になさい。
彼女の声が頭をかけめぐる。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
思わず一平は、雄たけびを上げる。
とそこで。
一平は目を覚ました。
どうやら、夢だったようだ。
「酷い悪夢だ……これも、幻怪病の影響か……」
トランクス姿でそんなことを言う。
「あ!? もう時間だ! 学校行かないとっ!」
早々と準備をし、玄関へと向かった。
玄関のドアに手をかけた。
そのときだった。
このまえの不幸の手紙が届いた日と同様に、郵便の受け取り口から、ふわっと一通の手紙がおちた。
「なんだこれっ……」
言いながら、手紙ついつい条件反射で拾ってしまう。
「これは!?」
驚きの声を上げる一平。
このまえは不幸の手紙だった。
そのときとまったく同じ雰囲気を感じさせる、差出人不明の手紙。
中身を開けるかどうか、一平は悩んでいた。
「このまえと似た雰囲気の手紙だ……中を開けた方がいいのか? やっぱり危険だよなぁ……」
思考をめぐらせる。
また、なにかの呪いがかかる脅迫文かもしれない、そんなことを思った。
でも、もう触れてしまった。
触れた以上、きっと、中身を確認してもしなくとも、なんらかの効力の持つ手紙なら、その効果が出てしまうだろう。
だったら、中身は確認しておいたほうがいい。
「ちっ! もう触っちまったからなぁ……」
中身を確認するため、一平はようやく手紙を開封することを覚悟した。
おそる、おそる、中身を確認する。
中に書かれた内容はこうだった。
『この手紙を触れた者は、一カ月以内に死になさい。あなたが死ななければ、あなたの好きな人が殺されます』
驚愕の内容だった。l
思わず、顔面が蒼白になる。
「一か月以内に、死ねって……じゃないと、美樹ちゃんが……」
とそこで、今日の日付を確認する。
5月26日。
つまり、一か月以内に死なないと好きな人が死ぬというのは、
「6月26日を迎えるまえに、俺が死なないと、美樹ちゃんが死ぬ……」
そんなこと呟く一平。
「でも、好きな人が死ぬって言うのは気持ちであって、この思いさえ断ち切れれば、美樹ちゃんは死なないですむし、僕も死ぬ必要がなくなるってことだよな……」
一平の思考は決断した。
「美樹ちゃんのことを、諦めよう……美樹ちゃんのためだ。なるべく、自分から関わらないようにしよう、幻怪病になった以上、この手の手紙は、きっと本当のことが書いてあるはずだ」
そう言って、カバンに二通目の不幸の手紙を入れ、玄関のドアを開き、学校へと向かった。
その道中。
いつもの並木道で、やはり坪内が現れた。
「おはよー、一平。昨日は、大丈夫だったか? 美樹ちゃんと、病院行ったみたいだけど」
坪内が心配そうな表情で聞いてくる。
「大丈夫じゃねーよ、診断結果が統合失調症だってよ、おそらく手紙の効果のせいだ」
「そうか……お前も美樹ちゃんも、その幻怪病ってやつにかかっちゃった感じか」
「ああ……」
とそこで、今日の朝届いた二通目の不幸の手紙のことについて、坪内に説明しようか、どうか一平は瞬時に悩んだ。
「なぁ、坪内」
「なに?」
これは命に関わることだ、しっかりと坪内に説明しようと思っていたが、逆に、人の行き死にに関わることだから、親友の坪内に内容を説明すると、親友が危険に晒されてしまうかもしれない。一平はそんなことを考えた。
「やっぱ何でもない……」
少し暗い表情で言う一平。
「何でもない、か……まぁ無理に詮索しないが、なんかあったら言えよ、一応小学校時代からの親友なんだから」
そんな優しい言葉をかけられて、もし万が一坪内の事が好きになったらと考えた直後一平が、
「うぇ、気持ち悪ぃ……俺はそんな趣味ねぇから、ってか坪内が死ぬことはないか……」
そんなことを小声で呟く。
「なんか言った?」
「なんでもない」
そんな会話を続けていると、二人は学校に到着した。
学校の教室に入るなり、すぐに一平が、美樹が席にいるかどうか確認した。
美樹はいなかった。
まだ、学校に来ていないようだった。
(意識するのもあんまよくないよなぁ……愛の反対は無関心)
そんなことを思う一平。
好きな人が死ぬかもしれない。
自分が死なないと死ぬかもしれない。
彼女のためにも、一平は美樹の思いを断ち切ると決めた。
(無関心というか、少し嫌うくらいがいいのかな……いや、いかんいかん、やっぱり気にしないほうがいいよな……気にしない、気にしない……)
そんなことを思っていると、美樹が教室に入ってきた。
やはり、いつものように教室のドアを消毒用エタノールで消毒してから、ドアをあける。
そして、何事もなかったように、頬杖をついて席に座る。
それに、意識するなという方が無理だとばかりに、ばりばり美樹のことを意識してしまう。
(いかん……いかん……気にしない、気にしない)
そんなことを思う一平。
その後立沢先生の朝のホームルームが始まり、一時間目の授業。
その一時間目の授業中いきなり、後ろにいた美樹が、一平の背中を指でつんつんつついてくる。
振り返る一平、無言で美樹が白いノートの切れ端のような紙を渡してくる。
なんだろうという不思議な表情になる一平。
紙にはこう書かれていた。
『休憩時間になったら屋上まできて』
そう書かれていた。
彼女からもう関わらないでと言っていたのに、自分から関わってくるなんてと、不思議な表情になる。
(いったいなんだろう……なんの用だろう……)
一平は、授業中その後ずっと、疑問に思いながら時間だけがたった。
そして休憩の時間。
屋上へと向かった。
屋上では美樹と二人っきり。
5月の春風が屋上の二人を包む。
美樹がきりだした。
「今日、朝に手紙が届かなかった?」
「え!? なんでそれを!?」
「多分わたしも、同じ手紙が届いたの」
「おなじ手紙!?」
美樹がそう言うと、手に持っていた手紙を見せてきた。
そこにはこう書かれていた。
『この手紙を触れた者は、一カ月以内に死になさい。あなたが死ななければ、あなたの好きな人が殺されます』
全く同じ手紙だった。
驚きの顔をみせる一平が、
「美樹ちゃんもか……それと同じ手紙だよ……俺にも届いた」
「で!? あなたはどうするの?」
「どうするって……」
「死ぬの?」
美樹の言葉とは裏腹に淡々とした口調で美樹が聞いてくる。
「死ぬことは出来ない……でも、美樹ちゃんの事好きになるのはもう諦める」
「そう……誰も好きにならないってことね」
「美樹ちゃんは?」
「わたしは、死ねない。私が好きな私自身が、このまま消されていくのもいや……。だから……」
「だから?」
そう一平が聞くと、美樹がやはり淡々とした口調で、
「あなたに責任をとってもらおうと思う……」
少し怖い表情で、言う美樹。
「責任? どういうこと?」
「まず、あなたは誰も好きにならなくていい……私は、好きの対象を私から、あなたに移すつもり。私は死ぬつもりはないから、あなたのことを私が好きになって、あなたが殺されるだけ……ただそれだけ……責任とって」
「責任……」
ふぅーっと息を少しすって、美樹が言う。
「今日から、あなたの事を好きになる。だから、死んでください」
死んでください。
美樹にストレートに言われた。
彼女事はまだ好きだが、もう好きになってはいけない。
でも、彼女は一平の事を好きになると言っている。
そこで、一平も意を決したかのように言う。
「美樹ちゃん。上辺だけで好きになるって言っても、僕は死なないよ。本当に僕に死んでもらいたいなら、僕のこと殺したいくらい好きにならないとだめだと思うよ」
一平がそんなことを言う。
美樹に愛されることは、この先死んでしまう可能性を意味する。
しかし一平は、美樹に愛されることに、それほど抵抗を感じてないようにも見える態度だ。
「これは、わたしの命がかかっているの。最初は確かに時間がかかるかもしれないけど、絶対に私は生き延びるから」
美樹の言葉は内に秘められた強い意志を感じるように見えた。
こうして、二人の命をかけた恋愛は始まろうとしていた。