ミスコン2023
6月8日。
ミスコン当日。
学校の集会所。
多くの全校生徒が集まる中。
ついにミスコンが始まろうとしていた。
ざっと、500人くらいいるだろうか。
1クラスだいたい40人。
各学年4クラス。
1年2組の一平と坪内は、客席で。
美樹と翼の出場者は、舞台裏の控室にいた。
一平が、坪内に言う。
「なぁ坪内。朝言ってた作戦で本当にいいのか?」
「うん! いいはず! 絶対うまくいく! 俺は、お前の親友だからお前が応援する美樹を応援する!」
「作戦うまくいくといいが……」
坪内が朝提案した作戦が二つあった。
それは、今はまだわからないが、とにかく、坪内には自信があった。
「絶対うまくいくから見てろって!」
言いながら、ミスコン開始の時間を待った。
集会所は、客席の生徒達の賑やか喧騒でやはり活気があった。
年に一度の学園の美女を決めるコンテスト。
生徒達のテンションがあがるのも無理はないだろう。
すると、司会のこれまた、元気で明るい可愛女の子が、マイクを持ちながら、舞台に登場する。
「はーい! みなさま! おはようございまーす! わたくし、司会を務めさせていただく、2年4組の舞でーす! 今日はよろしくおねがいしまーす!」
なんてことを言いながら、客席の男子生徒が、
「司会の子可愛いぃー!」
「司会の子優勝じゃね!?」
「舞ちゃんー! 司会頑張ってねー!」
なんて黄色い言葉が聞こえる。
司会の舞が続ける。
「えっと、今回のミスコンのルールを説明する前に! まず、出場者! 今回の出場者は、各クラス代表最低1人以上参加していただいており、25名も出場者が集まっていまーす! ありがとうございます!」
一平が呟く。
「25名かぁ……厳しい戦いになりそうだな……」
坪内が頷きながら言う。
「そうだね……翼は優勝候補だと思うけど、他のクラスの子もいるからなぁ……」
司会の舞がルール説明に入る。
「えーでは、ルールを説明します。ルールは簡単! 最終的に合計得点が高かった人が優勝! 最初に、課題曲を歌ってもらい、機械で測定した機械得点と、会場で集計した会場得点をだします。得点は、舞台の上部に設置してある得点ボードに得点が表示されます」 司会の舞が言うと、その舞台の上部に設置してある得点ボードに手をさした。
「会場得点は、その都度お手元のボタンスイッチを押してもらい、その得票率で得点が表示されます! すなわち、得票率が80パーの場合80点! と表示され、90パーのとき90点! 全員がスイッチを押す満場一致の場合100点! と表示されます!」
言われ、生徒たちが、自分の手元にあるスイッチを見る。
「こんなもんいつ誰が、作ったんだ、あの得点ボードと……」
一平が言うと、坪内が、
「なんか毎年使ってる機材らしいよ。数年前には出来た機材だって聞いたよ」
言って、二人はボタンスイッチを見る。
ボタンはシンプルな作りの赤いスイッチ。
それを押すだけで、得点に反映されるらしい。
司会の舞が続ける。
「そして進行の流れは、エントリーナンバー1から、エントリーナンバー25まで、一人ずつ、課題曲を歌って、課題曲の機械得点、会場得点を出し、その後、自由曲の会場得点、最後に自己PRの会場得点を出し、優勝者を決める! と言った流れになっております! 自己PRは、それぞれ自由なことをやってもらいますので、楽しみですね!」
言って、男子生徒達が、
「楽しみぃー!」
「うちのクラスの代表が優勝やー!」
「うわー興奮してきたー!」
なんて賑やかな声があがる。
司会の舞が言う。
「それでは、そろそろ、お待たせしました!」
言うと、集会所の会場が暗転。証明が落ち、暗くなる。
「では、出場者の入場です!」
大きな声で、舞が言うと、入場者に証明のスポットが当たる。
「エントリーナンバー1番! 自称優勝候補! 流離の転校生美女! ナンバーワンは翼がなる! さぁこのミスコン2023にその翼で大きくはばたけ! 1年2組城ヶ崎翼さーーーーーん!」
言って、舞台の袖から、翼が入場する。舞台の上を自信満々に歩いて、止まりモデルばりのポーズを決める。颯爽としたそのいでたち、たたずまいに、会場の皆が圧倒される。
指定制服を着て、金髪の長いしなやかな髪。華奢で美しいボディライン。魅惑的な彼女の表情は、まさに絶世の美女の他ならない。普段から、美しい彼女だが、彼女はこの日のために、相当な研究と努力で、より自分を美しく見せるメイクを施してきた。まさに、それは神のような美しさだった。
会場中が唖然とする。
その美しさに。
思わず言葉を失う。
「………………」
数秒の静けさから、それを生徒達の声が打ち破る。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! こんな子うちの学園にいたっけ?????????????」
「一年だろ? 転校生って言ってたから、まだ知られてないんじゃないの?」
「この子も優勝ーーーーーーーーーーーーー!」
なんて叫ぶ男子生徒。
一平が言う。
「城ヶ崎さん、トップバッターだったの?」
坪内が答える。
「そうだよ。抽選でトップバッターに決まったみたい」
「美樹ちゃんは何番?」
「トリ! 25番! 最後だよ」
「ふぅーん……」
舞台で、ポーズを決め、決まったという表情になる翼。
(この客席反応……翼がもうナンバーワン確定ね……)
「では、つづいての入場者……」
言って、司会の舞が、その後も各クラスの入場者を発表する。やはり、可愛い子がいっぱい揃っている。どの子も、魅力があり、煌びやかな子がたくさん出場しているようだ。男子生徒達も入場者に次々と黄色い声援を送る。
そして。
最後の入場者。
美樹の番。
「では、最後の入場者! エントリーナンバー25番! 冴えないわたしでも、頑張ります! 赤い眼鏡と赤いスカーフ! ちょっと地味めな女の子! 池田美樹さーーーーーーん!」
美樹が舞台袖から、姿を現し、登場する。
「すると……あれ……」
男子生徒からの、目を疑うかのリアクション。
「唯一の眼鏡っ子だー!」
「でも顔立ちは綺麗だけど、眼鏡がもったいないなぁー……」
「もっと自分主張しようよぉ! 眼鏡なんか地味だぞー!」
なんて男子生徒の声。
そう。
指定の制服で、美樹はいつもどおりの地味モードで登場したようだ。いつもよりは、化粧で、多少顔立ちの良さはわかるようにはしてあるが、しかし、赤い眼鏡と赤いスカーフ姿でやはり、少し自分を抑えた感じであった。
それを見て、一平が言う。
「これが、坪内の作戦その1ね……本当に大丈夫かよ!」
「大丈夫さ! 見ろ! 目立ってるだろ! まず眼鏡してる子なんて他にいないだろ! ここで一気に注目されてるじゃん!」
「そうかなぁ……でも、ミスコンってナンバーワンの美女を決める大会だろ! 大丈夫か本当に?」
「美人がただ優勝する大会ではないらしい。自分の売り込み方魅せ方が重要って聞いたよ」
「そっか……」
言って、一平は疑問をいだきつつ相槌をうつ。
翼も美樹を見て驚きの表情になる。
(確かにその格好で出ろって勧めたけど……この子勝つ気ないのかしら?)
そして、入場者が全員ステージで横並びで集まり、司会の舞が、
「それでは、出場者に集まっていただいたところで、一言ずつ意気込みを聞いていきましょう!」
ステージ一番左に並んでいた翼にマイクを渡す!
翼が言う。
「今日のために、いろいろ頑張ってやってきました! 負けるつもりはありません! とくにナンバー25番の子には負けません!」
なんてことを言う。
翼がもろに美樹をライバル視する。
言って、翼は隣の出場者にマイクを渡す。
次々と、一言すつ意気込みを言う出場者。
そして最後。
美樹の番。
美樹はマイクを受け取る前に、やはり、ポケットにあったゴム手袋をとりだし右手だけ装着。マイクを手に持つと、会場の生徒達が、
「なんだぁ? ゴム手袋?」
「なんで!? なんで!?」
「え!? 潔癖症なの?」
一年二組以外の生徒は、美樹が潔癖症であることはわからない。
が、それについては、なにも触れずに美樹が言う。
「絶対優勝……出来るかどうかわかりませんが……応援してくれる人、くれた人のため頑張ります……」
会場にいる一平の方を見ながら、少々小さめな声で、美樹が言う。
「頑張ってぇ!」
「眼鏡ちゃん眼鏡はずしてよ!」
「俺は眼鏡好きだぞぉ! 応援するぞー!」
という男子生徒の声。
司会の舞が、
「それでは、会場も盛り上がってきたところで、最初のイベントに参りましょう! 課題曲の熱唱タイーッム! エントリーナンバー1番! 城ヶ崎翼さん! 前へどうぞ! その他の人は一旦舞台袖で控えていてください」
言って、翼以外のメンバー舞台袖へと戻る。
翼がマイクを持ち、前へ出る。
自信満々そうな表情。
曲が流れる。伴奏が流れ始め、
司会の舞が、
「それでは歌ってもらいましょう! 課題曲! 恋愛探査機どうぞ!」
言って、歌が始まる。
歌の出だしでもう、それは衝撃的だった。
圧倒的な声量。
キレのある歌唱力と、技術あるビブラート。
この日のために何度も何度も練習に練習を重ねてきた。
その成果は明らかだった。
「うまぁ……文句なしにうまい……」
男子生徒の感動の声。
機械点もかなりいきそうである。音程、テンポ、リズム、そのすべてが完璧だった。
「この子優勝じゃね!?」
男子生徒が言う。
それに一平が、
「城ヶ崎さん……めちゃめちゃうまい……」
坪内が、
「これ……やべぇな……どうする……一平想像以上だったわ」
なんてこと言い、驚きの表情。
翼は、最後のフレーズをおもいっきり、歌いこなし、歌が終わる。
終わるなり、そっこうで拍手が沸き起こる。
「うおーーーーーーーーー!!!! すげーーーーーー! うまい!」
「優勝候補や!」
「すごい! トップバッターでこれやばくね!」
男子生徒の声。
司会の舞が言う。
「はい! 城ヶ崎翼さんありがとうございます! 上手でしたね! それでは、まず集計いたしましょう! 今の熱唱! よかった! っていう方! ご遠慮なくスイッチ押してください! どうぞ!」
言われ、次々スイッチを押す会場の生徒達。
それを翼が見渡す。
ほとんどの生徒たちがスイッチを押す姿。
カチっとスイッチを押す音。
次々と得票がなされる。今回のこの得票は、贔屓票をなくすため、出場者の属するクラスは投票出来ない仕組みになっている。一年二組は今は投票出来ない。そして、得票が終わる。
「それでは、得票が終わりました! 点数を見てみましょう! まずは、機械得点! 機械が測定し、出した得点はこちらです! どうぞ!」
舞台上部の得点ボードに得点が表示される。
数字が瞬時ランダムにバラバラに見え、そして、表示される!
「98点」
得点ボードには、98点という得点が表示された。
「いきなり出たあああああああああ!!!! 機械得点98点!!!!! これは、もう、ほんとうにほんとうに凄い得点です!!!! 言うなれば初回先頭打者ホームランといったところでしょうか!?」
司会の舞が大きな声で、驚きながら言う。
その得点を見た、生徒達が、
「すげー! たっか!」
「やるねー!!!! ナンバーワンの子!!!!」
「凄い! 凄い!」
沸き立つ生徒達。
これに、坪内が、
「なぁ一平。美樹ちゃんの歌の練習は上手くいってたのか?」
「う……課題曲はかなり厳しい。とくに機械の得点はかなりやばい……自由曲は歌いやすく作った曲だからなんとかなりそうだけど……さすがに、この得点は……」
苦しい表情で答える一平。
司会の舞が続いて言う。
「では、会場得点がこちらです! 表示どうぞ!」
今度は会場の得点が表示される。
得点ボードにみんなの注目が集まる。
表示。
「90点」
「これも! これも! すごい! 得点がでました! 現在暫定1位!!! 1位ですよ!!! すごい得点!!! どうですか? 城ヶ崎翼さん?」
すると、司会の舞が、マイクを翼に向け手ごたえきいてくる。
「練習では、100点とか、99点とか出したことあるんでぇ……驚きはしないんですけど……まぁ、うまくいった方なので良かったです! 現在ナンバーワン! 嬉しいです!」
まだトップバッターなので、暫定一位は当たり前なのだが、イベントは続く。
「では、続いて参りましょう! エントリーナンバー2番……」
言って、翼は袖へ帰っていく。
2番の人が入場し、また課題曲のが始まる。
2番は機械得点77点、会場得点73点だった。
その後も出場者の課題曲が順に続く。
3番は、80点、82点。
4番、66点、70点。
5番、81点、78点。
やはり、翼の98点、90点の合計188点には、遠く及ばない。
6番、75点、79点。
7番、72点、73点。
次々と、イベントは進行していくが、90点台はでないし、翼の188点という得点に迫る得点はなかなかでない。
その後も8~24番まで、歌は終わり、開始して1時間半くらい。
ようやく、美樹の出番がきた。
結局機械得点も、会場得点も、90点台を記録したのは、翼だけだった。
「なんかちょっと疲れてきたよねぇ。歌うまい子は多いけど、なんか普通というか、みんな似たものどうしというか……もっと変わった子出てこないかなぁ……」
「わかるぅ! 確かに! まぁ最初の1番の子が上手すぎたから、最初の子超えるのはもう難しいもんなぁ」
「トップバッター優勝って、なんか出落ち感あるミスコンだなぁ……」
先頭の翼以外なぜか、もうあまり面白くないと言った、男子生徒の声。
美樹は、マイクを握り、やはりゴム手袋姿。
それに、男子生徒が、
「あ、そうそうこの子この子! 眼鏡ゴム手袋ちゃん! どんな風に歌うんだろう!」
「これは、ある意味楽しみぃー!」
伴奏が始まった。
そして、美樹が歌い始めた。
最初の一声に。
皆は、すぐに。
爆笑したのである。
言うなれば音痴。とにかく音痴。練習どおり、いや、練習の時以上に音痴な歌い方。
音は外れているし、声もなんだが、ぎこちない。
坪内が言う。
「おい! 一平! ちゃんと練習したのかよ! 下手くそすぎるぞ!」
「練習したよ! これが精一杯だったよ」
「終わったな……優勝翼さんだわ……」
「待て! 周りの反応を良く見てみろ!」
周りのリアクションは面白い、といったリアクション。
「うおー! すごい音痴~! でも面白い!」
「これは……笑うしかないね!」
「でも、なんかこの音痴な感じなんか可愛くね?」
男子生徒達がそう言う。この音痴な感じが、逆に、可愛い感じで聞こえ、みんなが可愛いってそんな空気感になってしまった。
それを舞台袖で聴いていた翼が。
(え!? ちょっと待って! この子下手すぎじゃない? みんなの笑い声も聞こえるし、めちゃくちゃ下手くそでもう笑われてるじゃん! これはもう翼のダブルスコアのコールドゲームね)
すでに課題曲の時点で、自分の勝利を確信する翼。
歌は続く。
やはり、最初から最後まで、音痴で下手くそである。
しかし、実に一生懸命である。
その必死さ、音痴さ、が以外にも客席の生徒達にウケてしまい。
「こういうのもいいねー! なんか面白いし可愛い!」
「退屈してたところだったけど、眼鏡ちゃんいいねー!」
「これは、会場得点気になるなー!」
なんてことを言う男子生徒。
そして、歌が終わる。
ここでも、やはり大きな拍手が起きる。
それに翼は、
「なんか随分逆に盛り上がってるみたいだけど、どうせ、たいした得点出ないでしょ!」
なんて事を言う。
そして、投票になる。
司会の舞が言う。
「いいですか! みなさん! 今の歌良かった! という方! スイッチを押してくださいどうぞ!」
生徒達が投票を始める。
スイッチをすぐ押す人。
迷っている人。
その迷っている人を見て、司会の舞が言う。
「みなさーん! 良かった! と思う人ですよ! 上手かった! 上手だったではなく、よかったですからね!」
なんて、司会の舞のフォローじみたことを言い、それを聞いて迷っていた生徒たちも、次々とスイッチを押す。
確かに、上手くはない。しかし、審査基準はよかったかどうかだ。そのフォローの言葉に翼は舞台袖で。
(そんなフォローいらないのよ! 音痴で下手くそなんだから、もう最低得点の最下位確定なのよこの子は! 恥をかけ! ここで恥を!)
そんなことを思う翼。
そして、投票が終わる。
「では、結果がでたようです! まずは、機械得点! 表示どうぞ!」
司会の舞が言うと、得点が表示される。
表示された得点に、みんなはそれを見て、また再び笑い声があがる。
「58点」
58点という得点に、坪内が、
「おいおい、やべーぞ!」
「あ、ああ……でも、練習のときより点数高いぞ! 練習は45点だったから。それに、どうしても上手に歌えないから、あえて僕が指示してこういう風に歌わせたところはある、大切なのは会場得点だ!」
翼も58点という得点を聞き、
(58点! あーこれは恥ずかしい点数ね! 潔癖ちゃんだけよ! 唯一の50点台。翼の機械得点より、40点も低いじゃない! 笑い声も聞こえたし、どうせ会場得点も50点台、もしくわ、40点台でしょ! あー恥ずかしい! 恥ずかしい!)
司会の舞が言う。
「では、会場得点です! どうぞ!」
会場得点が表示される。
(さぁでろ! 40点台……)
そんなことを翼が思うと、
「95点」
「でたああああああああああああああ! 本日会場得点最高得点! 95点! トップバッターの城ヶ崎翼さんの90点より5点高い95点! いい得点がでました!」
「!」
会場中も意外と驚きの表情。
「確かに下手だったけど、俺は可愛いと思ったから押したぜ!」
「俺も俺も!」
「でも、こんな点数いくと思わなかったよな!」
みんな似たようなことを思っていたようだ。
そして、誰よりも驚いていたのは、翼だった。
(ちょっと! どういうこと!? 翼の会場得点より5点も高いなんて……間違ってる! 絶対間違ってる! 翼の方が絶対上手に歌えたのに!)
「機械得点は伸びませんでしたが、会場得点は高得点です! どうですか? 池田美樹さん!」
司会の舞にマイクを向けられる。
「今日の日のために、一応練習した甲斐がありました。練習に付き合ってくれた友達にも感謝です」
美樹がそう言うと、やはり、美樹が客席の一平の方を見る。
そして一平が。
「どうだ!? 坪内! すごいだろ! 最高得点だってよ!」
「これ狙ってやったのか?」
「ああ……音痴でもいいから、一生懸命出来るだけ可愛い感じで歌ってみてって!」
「とんだ策士だな……お前というやつは……」
「それでも、得点が……」
点数を気にする一平。
坪内が、
「翼さんが暫定一位で合計得点188点。美樹ちゃんは、153点で暫定5位でその差35点。残りは自由曲と、自己PRで、この35点をひっくり返すには……」
少し考えてから、坪内が、
「その二つで、平均18点近く、差をつけないと逆転出来ない点数……」
「厳しいのは、変わりないな……」
一平が言う。
「それでは、みなさん自由曲にうつる前に、休憩時間でーす! 5分間に休憩入りまーす! ではでは~!」
休憩の時間に入る。
その休憩時間に。
袖の控室で。
翼が美樹に近づいていく。近づいていくなり、翼が美樹に話しかける。
「潔癖ちゃん、さっきの歌頑張ったじゃないの」
そんな皮肉を言ってくる。
「ところで、自由曲は自信あるの?」
相手を探る一言。美樹は答える。
「自信は……どうかな……末永くんは、自由曲は上手く歌えてるって言ってくれたけど。自由曲は、末永くんと一緒に作った曲だし」
「演奏はどうするつもり?」
「末永くんがアコギで弾いたCD音源を流してもらって、それで歌うつもり……」
言って、手に持っていたCDケースを見せる。
翼が言う。
「翼はプロのちゃんとした既存の曲を軽音部の人達に弾いてもらって歌うわ。数日間だったけど翼の人脈で、軽音部の方々が手伝ってくれるって言ってくれたから」
「そうなんだ」
「自己PRは? どうするの?」
「内容はまだ秘密だけど、服作ったから、それ着てやるよ」
「その服は今、どこにあるの?」
「女子更衣室に置いてある」
「ふーん……」
美樹が持っていたCDケースを見ながら、何やら企んでいるような様子で頷く翼。
「わたし、ちょっとトイレ行ってくる」
行って、CDケースを置いたまま、美樹はトイレへと向かった。
そして。
休憩時間の5分がたち。
再び、会場に集まる客席の生徒達。
「それでは、休憩時間を終わりまーす! では、ミスコン2023再開いたします。自由曲からです! エントリーナンバー1番、城ヶ崎翼さん! 曲は、バンドギャングズで、プライマリーステップです! 軽音部のバック演奏とともにどうぞ!」
軽音部とともに、翼がでてきた。
設置されたマイクの前に仁王立ちする翼。
それを、じっと真剣に眺める客席生徒達。
課題曲で高得点をとり、暫定一位の翼が歌うため、期待の眼差しが送られる。
そして、歌は始まった。
歌は、アップテンポで、明るいロックな曲。
何事も最初の一歩目を勇気を持って怖がらずに進もうということが歌詞に盛り込まれた歌だった。
翼はやはり、上手に高い歌唱力で歌う。
しかし、なんだか、バック演奏の軽音部の様子がおかしい。
様子というか、音そのものがなんだか汚い。
チューニングがしっかりされてない感じと、演奏している人たちが何やら緊張した面持ちに見え、ぎこちなかった。
それに、気づいた翼が、少しまずいといった表情になる。
しかし、舞台状だったので、そんなあからさまの顔は出来ない。後ろのバック演奏も振り返ることは出来ない。
歌を続ける。
「歌は凄く上手いんだけど……なんか、面白味にかけるというか……」
「課題曲が衝撃的だったしなぁ……それに、さっきの眼鏡の子が本当に面白かったからなぁ……」
「なんだか、バックの演奏も少し汚い感じというか、呼吸が合ってない感じに思えるし……」
ベースもエレキギターもドラムもバラバラの演奏だった。
それでも、翼はなんとか歌いきる。
歌が終わり、拍手が鳴り響く。
翼は思った。
(何よ……今の軽音部の演奏は……練習ではうまくいってたのに、こいつら本番に弱かったの? ちゃんとチューニングされてないとか、準備不足じゃない……)
「それでは、会場の皆様! 今の演奏よかったという方! 投票どうぞ!」
投票が始まる。
会場の多くの客席の審査員が、これも少し頭を悩ませながらだったが、
「では、投票が終わりました! 結果はこうなりました! 表示どうぞ!」
得点が得点ボードに表示される。
「80点」
「これも、高い点数が出ました!!!! これで268点! 暫定1位です!」
その点数に、坪内が、
「80点か……美樹は98点くらいとらないときついか……」
「自由曲は、ある程度うまく歌えるよ、レコーディングの音源と合わせて歌ったところは俺の仕上げが遅くて練習できなかったけど、とにかく、信じるしかない」
一平が言う。
そして、エントリーナンバー2番の子の番になり、舞台袖へさがっていく、軽音部と翼。
その舞台袖で。
軽音部の男達を睨みつけ翼が言う。
「ちょっと、あなた達! どういうこと? さっきの演奏! バラバラだったし、チューニング出来てないとか、ただの準備不足じゃない! ふざけてたの?」
翼が怒りながら、問い詰めると
「いや……ちょっと緊張してて」
ベースの子が言う。
「そういうことにも頭まわんなくて……」
エレキギターの子が言う。
「ご、ごめん気を悪くしないで……でも、この点数ならあれだろ! 翼さんどうせ優勝だろ!」
ドラムの子が誤魔化しながら言う。
「優勝なんてのはもうとうの昔、確定してるの! でも! 翼に迷惑かけないでくれる! 恥をかかせないでくれる!」
「ごめんなさい……」
軽音部の人達は謝るが。
「あなた達は、1年2組の者じゃないわよね!? なら、審査で、客席戻ったら、赤眼鏡の潔癖女のエントリーナンバー25番の子だけは、投票しないでくれる! いい!?」
そんなことを言う。
「はい……わかりました……」
言葉少なく、頷いた。
舞台では、2番の子が歌を終えていた。
点数は77点だった。
その後も、3番、4番、5番、6番、7番。
みんな既存の曲を音源から流し、それぞれ点数が、
76点、69点、82点、71点、79点。
翼より、自由曲では点数が高い者もいたが。
しかし、やはり翼の268点に並びかける点数者はいない。
皆、課題曲から70点台平均で推移していたため、合計点は良くても230点前後の者がいるだけであった。
そして、エントリーナンバー18番くらいときだった。
美樹はそろそろ準備をしようと、CDケースから、音源であるCDを取り出す。一平が時間をかけ、一晩中演奏し、やっとレコーディング出来た曲。
そのCDケースを開けた時だった。
中身のCDを見て美樹は目を疑った。
「なにこれ……」
美樹が見た光景。
CDが。
CDが真っ二つに割れていたのである。
「だれがやったのこんなこと……」
瞬時に、翼の顔が脳裏をよぎる。自分がトイレに行っていたとき。このCDはまだ無事でここに置いたままだった。帰ってきてから、CDは確認していないが、きっとそのとき
に壊されたのだろう。
怒りの感情より、悲しみ、哀れみの感情がでてきた。自分という人間はどうして、人にこうも嫌がらせされるのだろうと。小学校時代から、ずっとそうだった。自分は嫌われていて、誰も相手にしてくれなかったし、自分の信じていた友達にもあっさり裏切られ捨てられた。
「どうせ、わたしなんて、こんなもんよ……」
いつもいつもいつも。自分は人に嫌われる。自分は人に蔑まれ、騙される。どうせ人間なんてそうなんだ。
「みんなそうよ……」
そう呟いた瞬間、一平の顔が頭をよぎった。あの人は違う。末永くんは、私を裏切らない。末永くんは、疑う訳にはいかない。でも、せっかく作ってくれたCD音源。こんなことになってしまった。自分の油断で。
とそこで。翼が現れる。
「あらあら、どうしたの? 潔癖ちゃん? あれ、CD壊れてるじゃない? バックアップCDとか、持ってるの?」
白々しく自分は知らない、犯人ではないというそぶりで、そんなことを言ってくる。
「……」
美樹は何も答えない。自分の歌の妨害をされていることよりも、せっかく時間をかけて大事に作ってくれた一平のCDを壊されたことに大きく、憤慨していた。グッと拳を握り、翼に視線だけを送り、睨みつける。
「何よ! その目! 疑っているの? 翼が壊したって言う証拠でもあるの?」
勿論証拠はない。だが普段の言動、行動、動機などから、もう翼意外には考えらなかった。
「犯人探しで、人を疑ってる場合はないんじゃないの? あなたは、そのCDがなかったら味気なくアカペラで歌うつもり?」
そう言われ、美樹は考えた。どうしようかと。
すると、その時舞台裏にちょうど、一平が現われた。
「美樹ちゃん! いたいた! これ坪内がさっき自己PRで使って欲しいって言ってたやつ」
言いながら、黒いバックを渡してくる。何か中には入っているようだが、何かはわからない。とそこで、一平が、美樹の持っていた割れたCDの存在に気がつく。
「え!? 美樹ちゃん!? 割れてるじゃん……そのCDどうしたの?」
驚いた顔で、言う一平。それに美樹が、
「ごめんわたしが落としちゃったみたいで、割れてしまったの」
そんなことを言う美樹。だが、その言葉を全く鵜呑みにせず、
「落としたくらいで、こんな割れ方しないよ……だれが……こんなことを……」
とそこで、やはり、一平も翼の顔見る。犯人はコイツだ。間違いない。といった表情で。だが、犯人が誰であるなんてことはどうでも良かった。一平は、自由曲も美樹が頑張って練習していたことも誰よりも近くで見ていた。何より二人で作りあげた曲なのだ。自分もこの曲に関わっていたいという思いが強かった。もうどうするか、考える暇などなかった。
「美樹ちゃん! 25番だよね!? 今18番の子が歌ってるから……俺家帰って、ギターとってくる!」
一平はギターをとってくると言った。今朝は、美樹の家に泊まって、一旦の自分の家に帰って身支度し、ギターは自分の家に置いてから登校したため、家にあるギターを来ると言っているのだ。
「あら、生演奏するのね!? 楽しみ~! 間に合うかしら?」
翼がそう言っても、何も答えず、一平は、走り出した。一平は、まず、客席にいる坪内に事情を説明した。事情を説明するなり、足早に会場をあとにしようとした。坪内が言う。
「行くのはいいけど、間に合うのか? 19番目だぞ、あと19、20、21、22、23、24だから……6人しかいないから、20分かからないくらいだぞ!」
「走れば、片道走って10分前後くらいだ。20分ならぎりぎり間に合う! ってか間に合わせる!」
一平がそう言うと、坪内が、
「お前、他のクラスの審査はどうするんだよ!」
「坪内! 僕の分まかせた!」
言って、一平は走り出した。
「まぁ……頑張って走れ……メロス……」
なんてことを坪内が言い放つが、もうすでに一平が会場をあとにした。
会場をあとにするのと同時に、一平は腕時計のストップウォッチをオンにした。秒が進んでいく。一平は全力でいつもの並木道を走った。誰よりも速く。風よりも速く。風が頬を伝う音も、落ち葉が風に舞う様子も、全く興味はなかった。途中、石ころに躓き、足を擦りむき、手をついて転んで、手の皮がむけたが、素早く立ち上がり、とにかく、走った。間に合うように走る。いつもの参道を超え、自宅までの道。もう7分経過していた。思った以上に、時間の進みは早い。正直今自分がやろうとしていることは、素早く家にあるギター回収し、会場まで戻り、舞台で生演奏をする。生演奏をすることに対する特別な意識はない。うまくいくか。いかないか。もうわからない。そんなことより、もうただやるしかなかった。家に着いた。折り返し地点。11分がたっていた。思いのほか時間かかってしまった。もう3人くらい歌い終わっただろうか。21番目くらいだろうか。ギターを早々回収し、会場へと走っていった。
その頃。
会場では。
24番目の子が歌っていた。
24番目の子の歌が終わり、点数が表示される。
24番目の子は、75点だった。
現在暫定1位はやはり翼だった。
そして。
司会の舞が言う。
「それではみなさん、自由曲最後のです! エントリーナンバー25番! 池田美樹さんで自作曲、『愛』ですどうぞ!」
美樹が一礼して登場する。やはり、赤眼鏡に赤いスカーフ姿。地味モードの美樹のまま、舞台のマイクの前までくる。
一平は間に合わなかった。おそらくギリギリで間に合わなかったんだろう。時間的には、20分が経過しているくらいだった。
「間に合わんかったか……」
坪内が言い、少し残念な表情になる。
美樹の歌が始まる。
アカペラで美樹は、歌いだした。
――傷ついたハートを癒すのは――
自分の心を想像しさらけ出しながら、歌う美樹。今までの嫌なこと、傷つけられたこと、それらを思い出す。
――あいた心を塞ぐ君の愛――
一平がいろいろ手助けし、今日のこの時まで辿りついたことを思い出す。
――素直になれなくて――
自分の素っ気ない態度を振り返る美樹。
――遠ざかる思いの距離――
とそこで。
――都合のいい光だけに――
舞台裏の袖の方から、アコースティックギターの音が聞こえた。音は、軽やかに奏でられ、心地よく歌う美樹を後押しした。
――私は目を向けた――
一平だ。一平のギターの音だ。途中までアカペラだったが一平がギターを弾いて、舞台にゆっくりと現われた。さっきまで走っていたはずなのに、息切れしている様子は見えなかった。そうとう全力で走っていたはずだが、それをなんとか隠しながら、演奏に専念していた。
ーー自分を変えるキッカケは――
一平のギターの音が聞こえ。なんだが、嬉しく安心する気持ちになる。
――待つんじゃなくて――
歌う美樹の姿は、もう下手とか音痴とか、そういう感じではなかった。
――かすかな勇気だよ――
ああ、やっぱり。この人はわたしの事大切に思ってくれている。
――愛をください、愛をください――
この人は、わたしのこときっと裏切らない。
――わたしに愛をください――
この人なら、本当に愛してくれるかもしれない。
――知りたいのは愛だけでなく、あなた――
この人なら、本当に愛せるかもしれない。
――閉ざされた心が今――
やっぱり、わたし、きっと。この人のこと……
――開いたねありがとう――
歌が終わる。
歌が終わると。
会場中は、しんみりと一瞬静まり返る。
さっきの課題曲とは、まるで違う、しんみりとした、心の乗った歌。
ギャップがあったのもそうだが、ギャップもふきとんでしまったぐらい、今の歌、演奏に、大きく客席の生徒達は感名を受けた。
すると、拍手が沸き起こる。
「いい歌だったよー!」
「この自作曲いいねー!」
「いやぁーCD買いたいわー!」
という生徒達の声。
それを舞台裏の袖で聞いていた翼が。
(課題曲があんな下手くそだったのに、なんで自由曲は、こうなの! それにどうやら、ギターも途中から参加して、ミス連発だった私たちと違って、ノーミスなんて……)
客席に座る坪内が、
「これが、二人で作った歌か……めっちゃいい曲だな……」
なんてことを呟く。
そして、投票が行われる。
翼は、得点の計算を頭でする。この時点で14点以下なら、次に翼が0点で、美樹が100点でも美樹の逆転はない。しかし、それはまずないだろう。そこで、自分のベース点を考える。今まで89点平均で来た。自己PRもおそらく89点近くとれたとしたら、この時点で204点差つく。つまりここで美樹が100点とって、自己PRで100点とろうと、それも美樹の逆転はない。
(まぁ……翼よ、焦る必要はないわ……何点とろうと、もう私の優勝は確定的なんだから……)
「では、投票が終わりました! それでは、結果表示どん!」
司会の舞が言うと、得点が表示される。
「97点」
「でたー! こちらも自由曲最高得点です! 池田美樹さん! 今の気持ちお聞かせください!」
「頑張って練習した甲斐がありました! それに、後ろでギターを弾いてくれた末永くんにも感謝です」
言って、明るい表情になる美樹。人前でこんな美樹の表情を見たのは、はじめてだった。そこでもやはり、一平は嬉しい気持ちになる。
「誰だよ! 票入れてないやつ! こんな曲いい曲歌ってんのによぉ!」
「おかしいだろ! 97点って! もう100点でいいじゃん!」
なんて、生徒たちの声。
舞台裏で、翼は思い出す。
(票を入れてないやつら。おそらく、それは、ほんの数名と、あの軽音部の3人だわ)
よくやった、というしてやったりの表情になるが、しかし、そのあと厳しい表情。ここでも会場得点の最高点を奪われた。なんだかんだ注目を集め、会場ウケがよく、評価されているのは、あっちのほう。翼が完全勝利をあげて、あの子に恥をかかせてやろうというビジョンは全くその青写真の通りにはなっていなかった。
美樹はこれで現在合計得点250点。暫定5位から、一気に暫定2位に踊りでた。翼との差は18点。
美樹が舞台裏に戻り、
司会の舞が言う。
「それでは、続いて! 最後! 自己PRのタイムです! 自己PRはなんでもあり! コスプレよし! 一芸よし! また歌うのもよし! なんでもよしの時間でーす! それでは参りましょう! エントリーナンバー1番! 城ヶ崎翼さーん!」
(現在18点差つまり、わたしが83点以上とれば、わたしの優勝はほぼ決まり、あの子の優勝はない。他の子も優勝出来ない点差のはず)
裏で控えていた、翼が舞台に登場する。
「きたよ! 現在暫定一位の美人ちゃん!」
「よ! なにやってくれるかなー!」
「金髪ちゃーん! 期待してるよー!」
男子生徒の声。
その期待とは裏腹に。翼はさっきと違う格好で現れた。さっきは、可愛らしい指定の制服を着こなしていたが、今度は、普通のなんの変哲もないジャージ姿。それに、帽子に靴下、普通の靴。
「なんでそんな格好しとるんやー!」
「美人ちゃんそうだよ! もっと可愛い格好してちょうだいよー!」
「そーだ、そーだ! そんな格好では、誰も興奮せんぞー! ミスコンやぞ! 優勝できへんぞ!」
なんて、男子生徒中心からの要望や指摘のヤジが飛ぶ。
とそこで、翼が。
「会場のみんな! 翼と野球拳する!?」
そんなことを言うと、男子生徒が鼻息を荒くして、
「うおおおおおお! するー! するー!」
それが目的だったかと、さっきの発言とはうってかわって、納得する男子生徒達。翼はルールを説明する。
「翼とじゃんけんして……負けた人は目をつぶるなり、手で顔隠したりして、翼のことはもう見ないでください! 勝った人! あるいわアイコだった人は残って翼が脱いでいく様子を見てください! わたしのライフポイントがなくなるか、あるいわ、会場のみなさんが全滅するかで、勝負は終わりとしまーす」
なんてことを言う。それに、坪内が、
「おいおい……この子大丈夫か?」
一平が、
「やはり……そう来たか……お色気作戦ね……」
そしてゲームは始まった。
「野球~するなら~こういうぐあいにしやさんせ~アウト! セーフ! よよいのよい!」
翼がノリノリで歌い、パーを出した。
それに、客席の反応は。
「うわーマジかよ負けちゃった……」
「よっしゃー勝ったぁ!」
「セーフ! アイコだぁ!」
なんてことを言うが、この手の勝ち負けは正直どうでもよい。はなから守る者などいない。遅出しするもの、負けても目を瞑らないで見ているもの、目を瞑っても薄めで見ている者、さまざまいるが、つまり、翼が脱いでいく様子をその目で確認できれば良い。翼もそれは最初から、重々承知で、そんな不正をするものも咎めるつもりもないし、むしろそういうやつは票を入れてくれそうだから、大歓迎であった。
「ああ……全滅しなかったかぁ……しょんぼり……じゃあ、帽子取りまーす!」
翼の綺麗な金髪ロングが露わになる。
その後も、野球拳は続き、
「まだ、全滅しないかぁ……しょんぼり……じゃあ、くつ脱ぎまーす!」
その後も、靴下、上のジャージを脱ぐ。
進むにつれ、男子達のテンションがヒートアップする。
女子は、あまり興味なさそうに、その様子をみていた。女子に比べて、男子共が、じゃんけんでは、不正行為のせいか生き延びているものが多かった。
現在は、上に白いTシャツ。白いTシャツの中は不明。下はジャージのズボン。ズボンの中も不明。
ここから先が男子生徒達の大興奮の時間で期待十分であった。
「よよいのよい!」
チョキを出す翼。当たり前だが、まだ全滅はしない。おそらく、最後まで脱ぐ気だろう。
「じゃあ、翼、次、どっち脱ごうかな?」
会場の男子生徒が興奮ぎみに、
「うえー!!」
「いや、しただろ!! したー!!」
なんてこと言う。
「じゃあ……した……脱いじゃおっかな!」
「うおおおおおお!」
喜ぶ男子生徒達。
すると、ゆっくりと両手で、ジャージのズボンの両端に手をかける翼。いやらしく、焦らしながら、じょじょにズボンを下げていき、それを露わにさせる翼。
「え!? 見えない!? ってか何も穿いてない!?」
「え!? 水着もパンツも穿いてない!?」
「まさか!? ノーパン!?」
大興奮の男子生徒。それに、その場にいた先生達や、担任の立沢先生ら顔が曇る。
「さぁ!? どうでしょう!?」
ちょうど、上の白いTシャツが長めのシャツだったため、その白いTシャツから、すらりとした綺麗な足が伸びていたため、ノーパン姿に見えた。これも、翼の計算の範囲だった。
「次のじゃんけんで、みんな全滅しなかったら……翼、上のこのTシャツ脱がないといけない……そうなったら、したもうえも、見えちゃうかも……だ・か・ら、みんな出来れば、パーを出してほしいなぁ、翼はチョキだすから」
言うが、しかし、それも守るものなどいなかった。
そして。
「よよいのよい! いやーーーーーーん! どうして、パーだしてくれないのぉ……翼ショック……」
翼は宣言通りチョキを出した。しかし、生き延びている者は、みんなバラバラの手を出していた。翼が負けが確定するやいなや鼻血を出して、倒れる男子生徒もいた。
「じゃあ、もう、恥ずかしいから一気にぬいじゃお! それー!」
今度はもったいぶらずに、すこしためらいつつも、一気に上のTシャツを脱いだ。
すると、金髪の長い髪が揺れ、上半身は青い水着、Tシャツで隠れていた下半身も青い水着の姿であった。
その姿に、大興奮の生徒達!
「私の綺麗な体を見てー! これが私のありのままの自己PRです!」
言って、男子生徒たちが、
「入れるから、もっと脱いでくださーい! ああ、票ね!」
言うと、さらに先生方の目が曇る。だが。
「ここで、もう、お・し・ま・い!」
翼が言う。興奮していた男子生徒がなんだ残念といった反応になるが、ここで、翼が、
「うっそー! 翼のライフポイントは、まだあるんだから! 最後のじゃんけんいくよー!」
再び大興奮の男子生徒達。
とそこで、目を曇らせていた、先生方舞台へと近づこうとするが、
「アウト! セーフ! よよいのよい!」
と翼がじゃんけんの手を出そうとした時、
「はーい! 盛り上がってるところ悪いですがそれまでぇ! PR持ち時間いっぱいでーす!」
司会の舞が言う。どうやら、あらかじめ、こういう終わり方をするよと、翼が司会の舞で打ち合わせしていたようだ。もっとも盛り上がりを見せたところで、翼の自己PRは終わった。
「それでは、点数参りましょう!」
投票を終え、最後の得点発表。
ここで、83点以上入れば、翼の優勝が確定する。
「やめてくれ! 頼む! 83点いくな!」
呟き念じる一平。
(83点なんて、軽く超えるわよ、わたしのこんな出血大サービスして、超えないはずがない……)
「得点表示!」
「82点!」
「これも、高得点がでましたねー! えっとこの時点でですね、暫定3位以下の方々の優勝はなくなりましたぁ! すなわち、エントリーナンバー25番の池田美樹さんが……えっと、もし100点をとりますと、これ点数が……350点で並ぶんですね! 並んだ場合は最後の自己PRの得点高かったほうが優勝となります!」
(どうして……82点……男ウケはよかったはず)
翼は思うが、
そうである。
あくまでも、男ウケの話。
内容的には、女子生徒から嫌われたり、煙たがられてもおかしくない内容。女性にとっては、需要が見いだせない自己PRだったため、女性票を獲得出来なかったようだ。
得点をを聞いた坪内が、
「おいおい! 100点だなんて満票とらないと出ない点数だろ」
一平が、
「100点で、逆転は無理だけど、ならんで美樹の優勝か……」
「一平、美樹はなにをするんだ?」
「作った服を着て、なんかする。何をするかは俺もわからない……」
司会の舞が、
「それでは……続いて、エントリーナンバー2番……」
自己PRは続いた。
その後は、消化試合のようなものだった。
普通にコスプレや、水着を着て、ポーズをして、歩きまわる子や、再び歌を歌うもの。一芸でけん玉や、クリスタルボール芸やジャぐリングなどの大道芸をやるものさまざまいた。しかし、暫定3位以下の成績など、どうでもよかった。それは、翼も会場中の生徒達も同じ気持ちだった。最後の美樹の自己PR。それが期待の注目だった。
そして、エントリーナンバー20番あたりだった。そろそろ着替えようと美樹は、女子更衣室へむかった。そして、自分のロッカーの中の、製作した黒いワンピースを着ようとした。
しかし。
そこでも、驚愕の光景があった。
「え……!?」
ワンピースが。
黒いワンピースが、ズタズタにきりきざまれ、ぐちゃぐちゃの状態で丸めてあった。
「く……」
すぐさま、翼のことが脳裏によぎる。これは、自分で作ったものだ。さっきのCDは、一平と一緒に頑張った合作である。さっきの自分は、許せないくらいの憤りを感じたが、今回は、わりと平気な顔をして、
「またか……」
なんてことを言う美樹。そこで、着替えにきていた翼がまた近づいて言ってくる。
「あら……そんなずたずたにきりきざまれた服を、どうするつもりかしら? それを着るつもりかしら? だれが、その服をそうしたのかしらね……?」
「知らない……でも、着るつもりだよ」
言ってくる。それに、腹立たしく思った翼が、
「そういうことされて、怒ってるんでしょ? ムカついてるんでしょ? さっきわたしを睨みつけたみたいな目で、私をまた疑わないの?」
そんな挑発的な事を翼が言ってくるが、
「べつに……」
美樹が無愛想に言う。
それに、ムカついたような表情で、翼が、
「あんたの顔見てたら、ムカつくのよ。いつもいつも、クールを装っているのか、なんだか知らないけど、自分の感情を表に出さない! 初めて会ったときからずっとそう! 隠してばかり。何を守ってるの? 何を怖がってるの?」
翼が言ってくる。
自分は隠しているつもりもなければ、怖がっているつもりもない。自分の感情を表に出さないのは、表に出さないのではなく、表に出せないのである。そう美樹は思っていた。
「あんたのことは噂で聞いたわ。あんたなんて、いじめられて当然よ。自分に自信がないとか、誰も自分を愛してくれないとか、そういう隠れナルシストなところが本当にキモいし、そんなやつ誰も愛してくれないわ! 正直になりなよ! わたしは学校で一番可愛いんだって、本当はそう思ってるんでしょ?」
「そんなこと思ってないわ……」
「嘘よ……じゃあ、こんな大会出る必要もないし、なんでこんな綺麗なわたしと張り合ってる訳? わたしは出ろとは、言ったけど最終的に決めたのはあなた」
「それは……」
言いかけたところで、言葉が止まる。
「それは、末永くんのことが好きだからでしょ? わたしが優勝したら、末永くんと付き合って、末永くんがわたしの者になっちゃう。それが嫌だから……」
「末永くんが助けてって……」
「それが、嘘よ。好きなんでしょう? でも、それを表に出すのが怖い。表に出しちゃって、自分が本気になってしまったら、その先好きな人が、お母さんみたいにいなくなってしまうと、自分は怖くて生きて行けない。だから、そうして踏み込まないんでいるんでしょう?」
翼の言葉に、美樹が冷たい視線を送り、
「あなたに何がわかるの?」
「わたしも経験者だからわかるのよ」
「どういうこと?」
美樹の問いかけに、翼は神妙な面持ちで語る。
「私は、中学の頃、好きな人がいたの。これといって、カッコいいっていう容姿でもなければ、お金もちって訳でもない。私と境遇や育った環境がちょっと違った。その分やっぱりこの人違うなって、思ってなぜか、魅力的に見えた。話も面白かったし。その人をすごく好きになって、告白して、付き合うことになった。最初は幸せだった。自分の思いは満たされた。好きな人と一緒になることは、こんなに幸せなことだったんだって、気がついた。でも、私と彼氏の関係は、長く続かなかった。私の事を快く思わないクラスの女子が、私の彼氏を平気で奪っていった。その女は本当に彼氏の事を好きなのか? それは、わからなかったけど、認めたくないけど、そいつもある程度美意識が高い女だった。彼氏を誘惑して、自分の者にして、私を苦しめてやろうって。その時私が感じた敗北感。私が味わった屈辱。失ったと同時に気づかされた愛の重さ、愛を失う怖さ。その女には、もうやり返すことは出来ないけど、あなたの人を好きになって怖いという気持ちはわかるつもり。だから、あなたみたいに、躊躇してたちどまってる人間はどうしても、鼻につくの。自分は怖い思いをした、でも、好きだという気持ちだけ抱いて、それを恐れて、立ち止まっている人間がずるく感じるの。そんなやつに、私の味わった敗北感を与えてやろうって。私が味わった喪失感を味あわせてやろうって。じゃなきゃ、私だけ辛い思いをするなんて不平等じゃない」
そんなことを言ってくる。
「さっきの割れたCDも、このきりきざまれた服も、城ヶ崎さんの仕業なの?」
「そうよ……」
認める翼。
すると、美樹が翼に近づいてくる。
手のひらを広げて、右手をあげて、翼の顔をはたこうとする。
「あら!? 叩くの? いいわよ! べつに……あとでどうなるか知らないけど、あなたの怒るところ見れるのは、私は嬉しいし……ところで、その右手、手袋はしなくて……」
しなくていいの、言おうとした瞬間、手のひらを広げた右手で、翼は頬を叩かれた。
「そんなくだらない理由で、こんなことしないで」
「あなたが悪いのよ、ハッキリしないから」
「自分には理由がある。これ以上踏み込んではいけないという理由が。愛しちゃだめだって理由が」
「何よ!」
「……」
聞かれるが、美樹は答えない。
そして、切り刻まれたワンピースを着る。もはやそれがどんな服なのか、ほとんど原形をとどめていないが、
「それを着て、どうする訳? 私にやられたって公表するつもりかしら?」
「……」
が美樹はやはり答えない。無視する一方で。
「まぁ好きにするがいいわ。あなたは満点をとらない限り、わたしの点数は上回れないんだから……」
言って、翼はその場から立ち去った。美樹はその後、坪内が用意した黒のバックの中から、作戦道具を手に取りだし、用意した。
その頃。
会場では。
エントリーナンバー24番の自己PRが終わったところだった。
ここまで、自己PRで90点台を叩きだしたものはいない。
美樹に大きな期待が寄せられる。
そして、美樹の番。
美樹は登場した。
坪内の秘密兵器ともに、なんと、ジャージ姿で、顔は馬のかぶり物をしていた。
この馬のかぶりが二つ目の秘密兵器である。
それを見て、思わず、観客の生徒たちが、噴き出す。
舞台裏の袖で、見ていた、翼が言う。
「何よ! あの馬ヅラ! だっさー! 優勝する気はあるのかしら?????????」
会場の注目は100点満点を出して、美樹が同率得点で、逆転優勝できるかどうか?
翼が、先行逃げ切りでリードを守って、優勝を飾れるか。
そんな注目が、美樹に集まって。
美樹は、言葉すくなに一言。
「朗読をさせて貰います……」
いつのまにか、小説みたいなモノを書いたノートを手にとり、
「小学生の時作りました。自作の小説です。聞いてください」
まだ、その馬ヅラに大きく違和感があり、失笑する生徒たちだったが、
「あれ大丈夫かよ!」
指をさし、言う一平。
「大丈夫これからだから見てろって!」
言って、二人は美樹に視線をやり、その様子を見守る。
美樹が小説を読み始める。
「昔昔、ある孤島の島に、馬に乗る勇者と、平民の孤児でありながら、王様に拾われ、姫として育てられた娘がいました」
馬という言葉がでて、納得の表情になる生徒達。美樹は続ける。
「孤島の島は、凶悪で残虐な、妖怪が潜んでいました」
どうやらファンタジー系の小説のようだ。なんだろう不思議だという様子で、会場中の生徒達がその世界観に一気にひきこまれる。
「勇者はその妖怪を倒すために、仲間を集めました。しかし、仲間は誰もついてきてくれなかったです。それでも、姫君だけは、勇者の事を応援してくれました。頑張れって。この孤島の妖怪を倒せるのは、勇者だけだって。勇者は、ある日、姫君に言いました。『なぜいつもきみは、バンダナをつけ、マスクで顔を隠しているんだい?』とそれに、姫君は答えました。『わたしは、平民の孤児の姫。私のことをここよく思わない貴族が嫌がらせや、命を狙っているので、わたしは普段わからないようにと、顔隠しているの』」
もう、馬ヅラのかぶり物で失笑する生徒はいなかった。ただその朗読を真剣に聞いていた。
「君の本当の顔が見てみたい、君がどんな顔をしているのか? 僕は、ちゃんと見たことがないから、しっかりとこの目で確認したい、そう言われると、姫君は、頭のバンダナをとり、マスクも外し、姫君の顔が露わになるのでした」
といいながら、美樹もその朗読の内容に合わせるように、馬のかぶり物を脱ぐ。するとそこには、さっきまでの地味モードの美樹の姿とは違い、やはり美しい風貌の顔が露わになる。
しなやかな長い黒髪に、左右対称の均整のとれた顔立ち。さっきまでしていた赤眼鏡はもうしていないし、赤いスカーフもしていない。予想していなかった美樹の美しい姿に、多くの生徒達がギャップを感じ、驚きの表情を隠せなかった。しかし、美樹の朗読中のため生徒達は大きな声は出せない。美樹の朗読は続く。
「『これが私の顔よ。どうかしら勇者さん』勇者は答えました。『姫君なんとそなたは美しい。そなたを自分の者にしたい』姫君は言いました。『こんな私でも好いてくれるのなら、勇者さん、私達一緒になりましょう!』その後二人は一緒になりました。いつも一緒で。やがて二人の間に愛が芽生えました。愛し合う二人はとても幸せでした。しかし、ある日姫君が、妖怪が潜む森へ出歩いた際、その妖怪に『好殺の業』(こうさつのごう)という呪いをかけられました」
呪いという言葉を聞いて、驚く表情になる生徒達。
「好殺の業とは、死の呪いであり、自分が死なないと1ヶ月後に好きな人を自分が殺してしまうという最悪の呪いでした。その呪いを解くため、勇者も森へと入り、妖怪と戦いました。しかし、勇者もまた妖怪から『好殺の業』(こうさつのごう)をかけられてしまうのです。妖怪には逃げられ、孤島のどこかに隠れられてしまいました。呪いをかけられた勇者は悩みます。勇者は姫君を姫君は勇者を、愛しているのでお互いが死なない限り、お互いがお互いを殺しあってしまう、いったいどうすればいいのか?」
その呪いの内容を聞いて、一平の顔は驚きの表情になる。まるで、今の美樹と自分を照らし合わせている小説のようだ。小学校の頃書いたという小説と言っているが、これは嘘だ。ここ最近に書かれたものだ。そうすぐにわかった。勇者は僕で。姫君は美樹で。
「悩んだ二人は、1か月たつまえに、お互いに内緒で、お互いが死を決意し合います。自ら命をたとうと。でも、死ぬ前に、勇者は確認したいことがありました。姫君に近づいて、そっと顔に右手をあて、顎を持ち上げ、聞きます。『僕が、君のことを好きだと言ったことは何度もある、君もおそらくは僕のことを好きだろう。でも、言葉で聞きたい、君の本当の思いを、確かなこの耳で僕は聞きたい』そう言われ、姫君は答えました」
その朗読を聞いて、この姫君の答えの言葉が、美樹が思う自分への気持ちなんだろうと一平は思う。なんとなくだが、美樹の気持ちはわかりはじめていた。きっと美樹は僕の事を――
「『わたしは、勇者さんのこと……好きです。大好きです。差別を受けてきた私を受け入れてくれて、私の容姿を認めてくれて、私はいつも嬉しかった。一緒にいるだけですごく嬉しかった。本当に幸せだった。これまでも。そしてこれからも』」
これが、おそらく美樹の本当の気持ちなんだろうと思う。それに、一平は嬉しい気持ちになる。手紙のことはあったが、自分がこの先殺されるかもしれないという、恐怖の気持ちより、好きな人に愛されたという幸福感が自分を包み込んだ。
「『君に言うつもりはなかったが、僕は自分で死のうと思う。君のことが好きだから。君のことを愛しているから。僕が死ねば、君は自らの手で僕を殺すことはしなくて済むし、君自身も死ぬことはない。何より辛いのは、君が死ぬこと。君を僕が殺すこと。君がいない世界など、僕が生きている意味がないんだ』それほどまでに、勇者の愛は深かった、と同時に、姫君も言う。『あなたがいない世界も私は想像できない。私を受け入れてくれる、私を愛してくれる唯一の存在。そんなあなたが死んでは、わたしだって生きてる意味がない』そんなことをお互い言いました」
一平はその話をずっと、自分のことのように聞いていた。自分の気持ちも、きっとそうなのかもしれない。美樹が好きだ。美樹に死んでほしくない。自分の生死以上に、そういう気持ちがあるのではないかと。
「じゃあ、どうしよう? お互いに考えました。残りのタイムリミットまでまって、お互い殺しあうのを待つか。それとも、タイムリミットがくるまえに、自分達の意思でお互い殺しあうか。すると、お互いが同時に言いました『どうせ死ぬなら、大好きな人に自分達の意思で殺し合おう』二人の結論が一致しました。勇者が言いました『大好きな人に殺されるなら、僕は幸せだよ……』姫君も言いました『私も一緒だよ』二人がそんな会話をして、二人は持っていた短いナイスを右手で持ち自分の心臓にあてがう。勇者も姫君も。ナイフを心臓の位置に」
それ以上進んではだめだ。最悪の結末になる。そう一平は思った。いくら小説の話とは、いえ、今後の自分達の姿の末路を見るようで、一平は、朗読をする美樹から目を逸らした。
「『私の瞳をしっかり見つめて……最後だから』姫君が言う。勇者も真っすぐとした瞳を姫君へ向け『僕が愛した、温もりはこの胸のなかにある。最後は強く強く抱き合っていこう』右手のナイフを心臓にあてがったまま、二人は、左手をお互いの腰に回し合い、抱きしめあう」
――それ以上しては、だめだ――
「ナイフの切っ先が、自分のお互いの体に入ってくるのがわかる。傷口から血が流れてくる」
――やめろって――
「痛い。これが痛みなんだ。でも平気だ。相手を失ってこの先一人で生きてく心の痛みなんかより、ずっとましなはずなのだ。そして、お互いはさらに強く抱きしめ会う」
―-やめてくれ――
「致命傷になるほど、深く深くナイフの切っ先が自分の体の中に入っていくのがわかった。これ以上抱きしめ会えば、きっと切っ先は心臓に届いて死ぬだろう。もう最後の別れになってしまう。その最後をせめて、深く愛し愛されたいという強い気持ちが、さらにお互いの左手に力を入れる。そしてより強く強くより抱きしめあう」
――そんなのいやだよ――
「涙が流れていた。勇者の目にも。姫君の目にも。君のことが好きだから、あなたのことが好きだから、もうこの手を離すことは出来ない。もうこの手を緩めることは出来ない」
――こんなのだめだよ――
「その切っ先が心臓へ届こうとした最後……『大好きだよ……愛してる』そうお互いが言い、二人の愛は永遠となった……」
――…………――
会場中の沈黙。
固唾を飲んで、朗読を聞いていた、生徒達は、ぴくりとも動かない。
まるで、凍りついた様子に見える。
泣いてる者もいた。
泣いてる理由は様々あった。
どうしてだ。可哀想。良かったね。
いろんな気持ちがそこにはあった。
沈黙。
そして、その沈黙を美樹が打ち破った。
――「そんなのわたしもいやだよ……」――
もう朗読は終わっていた。
小さな声で美樹が言う。これは、美樹の本音の声だ。
――「だめだよ……こんなことしたら」――
美樹がいいながら、着ていたジャージを脱ぎ始めた。
すると、中で着ていた服が露わになる。
それは、自分がこの日のために作った、ずたずたに引き裂かれた黒のワンピースを着ていて。
――「私のこと、もっと見てよ。こんな私をもっと愛してよ」――
一平は、その美樹の姿を見て、驚いた。頑張ってその黒のワンピースの服を作っていたことを一平は知っている。この舞台の演出ために、自分でわざとずたずたに切り刻んだとなんては、思わない。きっと翼仕業だろう。瞬時にわかった。そう思い、翼への怒りが込み上げてきたが。
――「もう身も心も体もずたずたで、ぼろぼろで、人に蔑まれ、裏切られ、こんな嫌がらせしか受けない私を誰か愛してよ」――
この言葉も、一平は、美樹が自分に問いかけているのではないかと思った。
――「ねぇ、愛してよ」――
きっと自分のことを言っているのだろう。彼女の愛に答えた先にある未来。自分は変えたい。どうにか変えたい。彼女を笑顔で抱きしめながら、ずっとずっと一緒にいられる未来を願って。
――「大好きな、あなた! 私を愛してよ」――
大きな声で、会場中に響き渡るくらいの声で、彼女は懸命に愛を叫んだ。
――「あ……終わります……」――
そう言って、彼女の自己PRは終わった。
今の朗読、演技などに、点数をつけるなど、正直おこがましいとさえみんな思った。
こんな朗読は見たことない。こんな悲しく、歪な、それでいて愛に溢れた朗読。
悲しいと思った。
やるせないと思った。
素晴らしいと思った。
多くの人の心が、思いが、気持ちが、瞳から感動の涙となって頬伝い、溢れだしていた。
しばらくしてから、割れんばかりの拍手。
拍手は30秒以上も続いた。どんどん拍手の音は大きなっていくのがわかった。
あっけにとられていた司会の舞も、涙ながらに、進行を進めた。
「では……今の自己PRよかったと思った方! ボタンを押してくださいどうぞ!」
客席の審査員生徒達も、もうボタンを押し忘れてしまうんじゃないかというくらい余韻に浸っていた。
ミスコン史上初の100点がでるかもしれない。
そんな異様な期待感が会場にはあった。
その時、舞台裏で控えていた翼は必死に念じていた。
(100点……出されたら、私の負けだ。終わりだ。そうなったら、悔しいけど、この子が学園のナンバーワンだ……)
だが、そこで、前の言葉を思い出す。
軽音部にお願いしたこと。
エントリーナンバー25番には、投票するなという言葉。
その言葉が裏切られてなければ、確実に100点という得点は出ないはず。
そして。
翼は微笑を浮かべる。
勝利を確信した笑みを。
集計が終わる。
「それでは、最後! 池田美樹さんの自己PRの得点は……」
得点が表示されようとしていた。
ランダムに数字が次々と表示され、数字がシャッフルされる。
集計結果。
それは。
得点は。
「99点!」
ということは。
「99点ということは、グランプリは、エントリーナンバー1番! 城ヶ崎翼さんです! 見事グランプリ獲得です!」
司会の舞が大きな声で言う。
(やった! わたしの勝ちだ! あの子に勝った! わたしが学園のナンバーワンだ!)
会場の椅子に座っていた一平が、
「頑張ったよ、美樹ちゃんは……」
小さな声でそう呟く。
「そうだな! 俺の作戦のおかげもあるだろ!?」
誇らしげにそう言う坪内。
なんだろう、勝負に負けたはずなのに、一平も坪内も、そして当事者の美樹も明るく、やりきった表情になる。
「では、結果が決まったところで、表彰入りまーす! 」
司会の舞が言う。
結果
優勝 翼 課題曲98、90 自由曲80 自己PR82 総合点350
準優勝 美樹 課題曲58、95 自由曲97 自己PR99 総合点349
1点差で翼が勝利した。
「では、舞台裏のみなさーん! 舞台に出てきてくださーい!」
司会の舞がマイクを持ち、翼にインタビューする。
「城ヶ崎翼さん見事グランプリおめでとうございます!」
「ありがとうございます!」
拍手と、スポット証明が翼に当てられる。
翼は、インタビューに答えながらも、周囲を見渡す。
自分がグランプリに輝いた。自分がナンバーワンになった。
そのみんなの反応とリアクションは?
「金髪ちゃんおめでとう! 金髪ちゃんもよかったけど、25番の赤眼鏡ちゃんもめっちゃよかったよ!」
「俺は、眼鏡ちゃんがよかったなぁ」
「眼鏡ちゃんのギャップに萌えたね」
「眼鏡ちゃん! 来年また頑張って!」
「会場得点では、全て95点以上で一位だから、気にしないで! 眼鏡ちゃん!」
なんて、美樹の事を言う声の数々。優勝したのは、私なんだ。翼が優勝したのだ。なんで、みんなは潔癖野郎のことばっかり言うのだ。そんなことを思いながら、悔しい気持ちになる翼。
(わたしが求めていたものは、これだったの? わたしが手に入れたかったものは、これなの? 相手を妨害したのに、結局わたしが上回れたのは、機械が判断した得点だけ。会場の人達のこころなんて、私の力では、結局動かせないんだ。恥をかかせてやろうと思って、潔癖ちゃんを推薦したのに……結局恥をかいたのは私だった……)
それでは、大会長の校長先生から、トロフィーの授与です。校長先生が近づいてきて、トロフィーを渡してくる。それを受け取り、翼は一瞬笑顔になる。
しかし、その笑顔も心ここにあらずといった表情で。
「ありがとうございます……」
「トロフィーを手にして、今のお気持ちは……」
司会の舞が聞いてくるが、翼は、戸惑い声を止めて。
「…………く、くだらない……」
小さな声で言う翼。しかし、司会の舞には聞き取れない。会場の生徒たちもまとも聞こえていないくらい小さな声だった。
「…………くだらない、つってんの……」
今度はハッキリと聞こえた。くだらないという言葉。翼は少し目頭を涙で濡らしたまま、
「くだらない、くだらない、くだらない! こんな賞! わたしは認めない、おかしい! 絶対おかしいわよ! わたしは絶対みとめないからっ!」
言いながら、翼は持っていたトロフィーを地面へ叩きつける。
トロフィーは、上部が真っ二つに割れ、粉砕、壊れてしまった。
突然の出来事に、驚きを隠せない生徒達の表情。
校長先生も、司会の舞も、その行動に驚いてしまい、
「城ヶ崎さん? どうなされました?」
「……」
言うが、翼は一瞥もせず、下を向いたまま走りだし、会場から出て行った。
泣いていた。
今度は本当に泣いていたと思う。
一平は思った。
これは、ラブレターを渡してくれた時の涙とは違う。
一平も、翼を追いかけ、会場を出た。
そのあと。
トイレの前の水飲み場で。
実にみっともなく、嗚咽を漏らして、翼は泣いていた。
翼が泣いていると、背後の方から誰かがくる気配がした。
一平だ。
一平の姿があった。
一平が話かけてくる。
「城ヶ崎さん! グランプリとったら付き合うって話だけど……」
言われ、翼は振り返り、一平を見ながら言う。
「あ、それ? それ冗談だから。末永くんのことべつにそんな好きじゃないし、潔癖ちゃんを陥れるために、あなたを利用しただけだから、本気にしないで」
するとそれを一平が頷きながら、
「うん。それは随分まえからなんとなく、わかってたよ。城ヶ崎さんが僕のこと好きじゃないって。僕は城ヶ崎さんのこと今嫌いになりそうだし、なんであんなことしたの? CDを壊したり、美樹の服をずたずたにしたり……そうまでして、美樹ちゃんに勝ちたかったの?」
美樹の服がああなったのも、翼の仕業であると、一平はもうわかっていた。
「そうよ……恥をかかせてやりたかったのよ! 舞台でなにも出来ず、恥をかくあの子の姿を、私が完全勝利を納めて、私にひれ伏す姿を、見たかったのよ!」
そんなことを強い口調で言う翼。
「どうしてそんなナンバーワンにこだわるの? 城ヶ崎さんは、今日のナンバーワンで気持ちは満たされたの?」
「それは……」
そこで、言葉が止まる。そうだと言えば嘘になるし、そうじゃないと否定すれば、本当のナンバーワンになれなかったことを認めてしまうようで、なんだか悔しい。
「わたしは……」
言葉につまっていると、一平が、
「城ヶ崎さんの歌。課題曲上手だった。とても凄かったし圧倒された。自由曲もいいところあったし、野球拳も盛り上げてくれて、楽しそうだった……」
「なにが言いたいの?」
そんな敵に対して言ってくる、陳腐な褒め言葉を言われ慰められて、喜ぶほど翼は簡単ではない。
「来年……来年また頑張りなよ……グランプリとってる子に、上から目線みたいで悪いけど……来年また、美樹ちゃんと一緒に参加してよ。それで、自分が納得いくようにすればいいと思う」
「それを、わたしに言いに来たのかしら?」
「そして、もうずるいことは、しないで。約束して! そしたら、もっといいものをきっとみんなに魅せれるようになると思うし、きっと自分の手に入れたい気持ち手に入るかもしれないから……」
あなたに何がわかる。私の気持ちが。しかし、そう言いたい気持ちをぐっとこらえ、
「わかったわ……約束するわ……」
「うん……」
一平が頷く。
話はそこでひと段落。
終わった。
と思ったが。
翼は一平に聞く。
「ところであの潔癖ちゃんの朗読。あなた達のことを読んだお話なんじゃないの? 今の自分達の状況を書いた小説。この世の者ではない、何ものかのものに、脅迫されているとか」
翼の感は鋭かった。
以前手紙を読まずに捨てた理由。大きく違和感を抱いており、その理由までは結局最後までは、聞かれなかったが、
「わたしの手紙を捨てたことも、そのことに関係してるんでしょ?」
「それは……」
それをあっさり認めてしまうと、手紙のことを話さなければならない。あまり、深く第三者にこのことは、知られたくない。
「やっぱりそうなのね。何、内容は自分が消えなければ、好きな人が消されるとかって? お互いそういう条件のもと話が進んでるとか?」
この子はどこまで察しがいいのだろうか。
「それは……うん……」
小さく頷く一平。
それに、あまり驚いたリアクションを見せずに、翼が言う。
「やっぱりそうなのね……私からの意見として……絶対に自分から消える……っていうのは、だめよ。自分が消えて相手が助かっても、取り残された相手は、酷く寂しい思いになる。潔癖ちゃんにとって、あなたがいない未来は、未来ではない。それは絶望でしかないの。潔癖ちゃんも一緒。潔癖ちゃんに伝えといて……私も事情を知ったけど、来年のミスコンまでは、絶対に死ぬなって!」
「うん……」
そう小さく頷き、やりとりは終わった。
その後。
一平も会場へ戻り、翼も会場へと戻った。
翼が会場から、出て行ったあとも、3位までの表彰が続き、2位の美樹も表彰された。 準優勝のトロフィーを持っていた美樹に、坪内がカメラを持ちながら、近づく。落ちていたトロフィーとトロフィーの破片を手に拾った翼が、美樹に言う。
「潔癖ちゃん……じゃなかった、美樹さん。わたしの優勝トロフィー壊れちゃったの。なんだかその準優勝のトロフィーのほうがかっこいいから、わたしの折れたトロフィーと交換しない?」
本当は準優勝だったのは、自分だ。準優勝に相応しいのは、自分であり、この壊れてしまったが、優勝トロフィーを持つべき人間は美樹だ。そう翼は思った。
「私は準優勝よ」
美樹が答えるが、
「もう二人ともほぼ同点なんだから、私達が優勝よ! 来年ハッキリさせましょう!」
「じゃあ、こうしましょう」
言って、準優勝のトロフィーは美樹がやはり持っている。優勝の壊れたトロフィーの上部も美樹が掴み、くっつける感じで土台がついた下部の本体を翼が持つことにする。
「二人で持てば、どっちも優勝みたいな感じじゃない?」
美樹が言う。
「そうね!」
「はい! 二人とも! うちのクラスで優勝と準優勝が二人! カメラで撮るよ! ハイ! ミスコン!」
なんてことを言いながら、坪内はカメラのシャッターを押した。
永劫に残り続けるこのミスコン2023の写真。
彼女達の笑顔はいたって美しく映っていた。
ミスコンが終わり。
軽音部の部室で。
翼と共に演奏した軽音部の三人は、何やら、美樹の朗読について話をしていた。
「美樹ちゃんの朗読。あれは、凄く感動したよなぁ……俺、翼ちゃんには内緒で実は、票入れちまったもん!」
「俺も俺も!」
「え!? 俺も入れたよ!」
ベース、エレキ、ドラムの三人が票を入れた言う。
「ってかなんで満票じゃなかったんだろうな……」
実行委員がミスコンで使った機材の後片付けをしている。
来年度に向けて、機材の動作確認をしているところだった。
どのボタンのスイッチにも番号がついていて。
どのボタンが押されたのかチェック出来るようになっている。
「あれ……1個反応しないなぁ……」
「壊れてるんじゃないかしら?」
「え!? いつからだろう……」
「うーん……いつからだろうね……」
「ってことは……」
その後も実行委員は、後片付けを続けた。