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迎えたくない来客

 ドカッポン。ドカッポン。どかぽんどかぽんどかどかぽんぽんぽん――気持ちのいい音と共に、私の目の前に薪が山となっていく。


「……相変わらず、リナの薪割りはダイナミックかつ怖いくらいにテンポがいいな……」


 後ろで、父親が感心半分、呆れ半分の声で呟いた。


「ども。私の唯一の特技だからね」

「褒めたわけじゃないんだが」


 謙遜ゼロで答える私に父は言う。


 私は背丈も腕の太さも、どちらかというと小柄なくらいだけど、薪割りなら大人の男にだって負けはしない。薪割り鉈を振り下ろすたび、ぽこんと軽い音を立てて縦真っ二つに割れていくのだ。庭師歴三十年の実父から、「おまえは木の目を読む天才だ」とお墨付きを頂いている。正直自分でもそう思う。別の才能が欲しかったような気もするけど。


 フィンドル伯爵邸、敷地内にある大庭園。その片隅に、丸太小屋がぽつんと建っている。それが庭師の一家……ゼナンとリナの住処だ。景観を損ねないよう可愛げはあるものの、しょせんは掘っ立て小屋である。侍従寮ではなく一軒家なのも、ただ庭仕事は朝からうるさいので、屋敷から追い出されているだけ。私がこうして毎朝毎朝、ドカポンドカポンと薪割をするから。


 父はもう一度ため息をついた。


「……薪割りはもう、せんでええというに。おまえはお嬢様の侍女になったんだ。寝室は屋敷にあるんだし、力仕事はわしに任せておけ」

「い、や、だ。これは私の趣味。ストレス発散だもん」


 ドカポンしながら答える私。


「……ストレスか。……リナ、なにかあったのか?」


 ドガッベキ。……ちょっと芯を外してしまった。


「ここしばらく様子がおかしいぞ。イライラしていたりぼーっとしたり」

「な、なんでもないわ」

「もう一週間……いや十日ほど前か。お嬢様に誘われて、夜にどこかへ出かけたあとくらい」

「だから別に」

「なんだ、おまえにもいい出会いがあったのか。それとも逆に、貴族の下衆になんぞ嫌がらせを」

「なんでもないってば!」


 私はドガベキと薪を両断した。


 実際、父の勘は大外れだ。

 もう何もかも、終わった話なのだから。


 ――あれから十日。

 あの夜、私は鉄仮面男――もとい、ラファイエット侯爵を突き飛ばして逃亡した。当たり前だ。ラファイエット侯爵といえばお嬢様の婚約者、絶対に手を出してはいけないひとだった。

 なんとか逃げおおせ、馬車に飛び込んだときには心臓が痛いくらいに早鳴っていた。帰宅をするとドッと冷や汗が出たものだ。

 危ないところだった。私はあの夜……彼に好意を寄せかけてしまっていた。

 ――素性の分からぬ者同士、一夜の燃えるような恋を――そんな文言に踊らされ、ほんの少しその気になっていたのだ。


 良かった、早めにその名を聞くことが出来て。おかげでこうして逃げおおせ、何事もなかったように侍女として勤め続けられている。でなければうっかり、こちらも名乗ってしまうところだった。もっとうっかりすると、社交辞令を真に受けて侯爵邸をホイホイ訪ねてしまったり。侯爵の部屋で会話の続きを楽しんだり……身分の垣根を越えてお友達になってしまったり。そんな妄想を、私は描いてしまっていた。


 ……もしかしたら彼も?


「リナ! ピンクのリボンを持ってきてちょうだい!」


 ベルメールお嬢様の声で、ハッと我に返る。

 いけない、仕事中だ。


「はいお嬢様」


 と、言われるままに渡したものを見て、お嬢様はポイと後ろに投げ捨てた。


「やっぱり赤い方がいいわね。赤いリボンを持ってきてちょうだい」

「はいかしこまりました」


 私は文句ひとつ言わずにリボンを取り替える。

 今度はお気に召したようなので、ゆっくりと髪に巻いて行く。いつも通りのお嬢様である。


「それにしても、昨日やってきた楽団は期待外れだったわね。半分以上が女の踊り子、あとはチビとデブと中年男、美男子はひとりもいないなんて。王都で今一番人気だっていうから、どんな品揃えかと楽しみにしてたのに」

「……楽団は、美男子を売る女衒ではないですからね」

「おとといの社交界も最悪。ああもう、くたびれ損の骨折り儲け」

「お嬢様、それを言うなら骨折り損のくたびれ儲け……」

「どっちだっていいでしょ!」


 確かにどっちでもいいような気がしたので、私はそれ以上何も言わなかった。それよりも、お嬢様には言わなくてはいけないことがある。


「お嬢様、その……男遊びは、もうほどほどにしたほうがいいんじゃないでしょうか。婚約も決まったところですし」

「だから尚更よ、全力で遊びたいの。嫁に行ったら最後、わたくしの人生は墓に入ったも同然だもの」

「そ、そんなことは……真面目で、女性を大切にしてくれる方かもしませんよ」

「そうかもね、でもそれが嫌だと言ってるの。……ラファイエット侯爵って、わたくしより十五も年上なのよ。しかも十の歳で仕官して、父親といっしょに剣を振るってきた軍人上がり。きっと河馬かばみたいな見た目してるんだわ」

「……河馬……よりはスマートかと……」

「牛でもゴリラでも嫌よ。ああどうしてお父様は十五も年上の中年男、軍人上がりの侯爵家なんかと婚約を? このさい外海の小国にでも、目ぼしい王子はいなかったのかしら」


 と、こんな調子。私は溜め息をついた。お嬢様は根っから、美しい男性が好きなのだ。

 なんでそんなに見た目にこだわるのか、私には分からない。ちょっとくらい年上でも、薪みたいに湿気って使えなくなるわけじゃない。河馬でも熊でも、真面目で働き者で、愛情深いひとならばいいではないか。

 ……いや私もさすがに、人類がいいけど……。


 その時だった。


「ベル! ベル!! ちょっと来なさい!!」


 けたたましい声と共に、扉が開け放たれた。フィンドル伯爵だ。いつもは貴族然とした方なのに、今日はノックも忘れている。ベルメールお嬢様は眉をひそめて振り向いた。


「なんですのお父様、騒々しい……」

「来客だ! おまえの婚約者、ラファイエット侯爵がおいでになられた!」

「えっ?」

「ええっ!?」


 私は思わず、お嬢様より大きな声で叫んでしまい、慌てて口をふさいだ。


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