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侯爵様が恋したのはお嬢様ではなく身代わり侍女の私です。ごめんなさい。  作者: とびらの


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エピローグ~ それぞれの後日談~

 

「そう……だったのね。……わかりました」


 お嬢様は、俯いたまま、静かにそういった。


「お嬢様……」

「わかってくれたか、ベルメール」


 ほっと息をつく私とラファイエット様。

 お嬢様は顔を上げ、声を張る。


「ええ、よくわかりました、ティモシー様。……あなたがとてもお優しくて、部下思いの御方だってことが!」

「……部下?」


 今度は同時にきょとんとする私たち。そこへ、お嬢様はさらに朗らかな声で高らかに、


「――そう! ティモシー様はすべてをご存じだったのですね。あなたの執事……ロイさんが、わたくしのことを愛してしまっていることを!」


 ――ぶふぅぅっ!

 激しく噴き出す音に振り返ると、お嬢様の後ろで優雅に紅茶を啜っていたロイが、お茶と一緒に血反吐をはいてひっくり返るところだった。


「……えっ?」

「…………え?」


 ラファイエット様と私は当然、目が点に。ロイはゲホゲホむせながら、慌ててお嬢様に食って掛かった。


「ななな、なんでそんなことになってるんだ!?」

「ああんっもうみなまでおっしゃらないで! 今更ごまかさなくても、わたくしずっと前から気付いておりましたのよ。ロイさんが、わたくしと侯爵様との仲を邪魔しようとしていることは!」


 それは合ってる。


「侯爵様にはわたくしの、わたくしには侯爵様の悪口を吹き込み、お互いが嫌いあうように差し向けていたでしょう。他の相手を探すようにとまで」


 うん、合ってる。


「そ、そそそれがなんで僕がお嬢様に惚れてるなんて話になるんだっ!?」

「あら、それがどうしてロイさんがわたくしに惚れているという話にならないんですの? それ以外に、どんな理由があって主の結婚を邪魔なさったのかしら」

「う、ぐっ。そ、それは……。」


 ロイは苦い顔をして呻いた。それきり黙る。

 …………まあ、言えないわよね。自分は公爵の隠し子で、公爵の命令でラファイエット様を王座から遠ざけるため、結婚相手を選別していた、なんて。

 もしバレたら、お嬢様は意地でも婚約破棄を受け入れない、とごねるかもしれないし。正直この勘違いは、全方面に――ロイ以外に――良い展開なのでは?


「わたくしも最初は驚き、そして戸惑い、迷いました……。わたくしの婚約者は彼の主、ティモシー・ラファイエット侯爵。わたくしは彼の愛を裏切って、ロイさんの想いを受け止めるわけにはいきません……」


 あれ? ラファイエット様もベルメールお嬢様を愛している設定、いつできましたっけ?

 というかそこでロイと天秤にかけている時点で、もうほとんどロイに傾いてませんかお嬢様。


「わたくしは迷い迷って、何日も眠れぬ夜を過ごしました」


 夜更けから昼まで寝てたからじゃないですかね。


「だけど――こうしてラファイエット様が、新しい恋を見つけたと婚約破棄を申し出てくれた……。ああ本当に、なんてお優しい方なのでしょう。部下の恋のため、そして想い悩むわたくしの背中を押すために、愛する人を手放し身を引く……わたくし、今この時がいちばんあなたを愛おしく想っております。もちろん、ロイさんの次にですが……」


 ……おお。うまいこと自己完結してる。すごい、ちゃんとしたエンディングって感じだ。さすがですお嬢様。こういうところは、なんかもう、ほんとうにさすがだなって思います。

 まっしろになって固まっているロイ。

 うんうん頷きながら拍手をしている私の隣で、ラファイエット様が首を傾げる。


「…………ええと…………つまり、どういうことだ?」


 私は頷いた。


「つまり、そういうことです」

「はい、そういうことですわ」

「違ぁあああううううっ!」


 ロイの絶叫を、私とお嬢様は綺麗に無視をし、ラファイエット侯爵は、長い沈黙に落ちた。




 ――さて。


 ひょんなことからお嬢様の身代わりになり、始まった恋のお話は、これにて大団円ってことで完結である。

 一応、後日談。


 私とラファイエット様は、いわゆる男女交際というか……なんというのだろう。いい感じのお付き合いを始めた。

 とはいえ、フェンデル領と王都との遠距離恋愛。結婚とか婚約なんてのは、先の話である。私は平民の娘だし、彼もまだこの国に帰って来たばかり。身分差を乗り越えるための叙爵や養子縁組なんて事務処理は、まずは侯爵様のお仕事が落ち着いてから、あとまわしでってことにした。

 なによりこの恋はまだ始まったばかり。交際三か月目の現在で、デートは未だ二回だけ。一度はあの植物園、二度目はフェンデル邸にある私の家に、ラファイエット様が遊びに来たのみである。


「ほほー、リナが彼氏を連れてきたと? どんな山猿かな」


 ……と、へらへら笑っていた父は、侯爵の姿を見て腰を抜かした。そのダメージから未だ立ち直っておらず、私は父の仕事を引き継いで、フェンデル家の庭園を世話して過ごしている。……ラファイエット様も一緒に。

 二人、庭木の前に横並びになってしゃがみこみ、整枝しながらお喋りする。


「いいな、造園は奥が深い。これからもこの家に通って、一緒に作業をさせてもらえないだろうか」

「自宅の庭園を造るんじゃなくて!?」

「それもいいが、他人の好みに合わせ、要望を酌んで創造するというのがさらに楽しい。リナと結婚するのに爵位返上が必要だとしたら、いっそ本当に、庭師に弟子入りしようかな……」

「あはは、それはまた、いばらの道ね」


 冗談だろう、たぶん――と笑いながらも、それならそれでいいかなって思う。

 にやついてしまった顔を隠すように、私は彼の肩にコテンと頭を預けた。彼は私の肩を抱き寄せ、私の額に、小さくキスをした。



 …………ん? もうちょっと聞きたいことがあるって?

 えーと、じゃあ、はい、あっちも後日談。


 ……あの目つきの悪い元ヤン執事と、ワガママドリームお嬢様ね。こちらも一応、お付き合いってものを始めた。もちろんロイはずっとワーワー抵抗していたけど、


「この場を丸く収めるには、お嬢様の主張通り、そういうことにしといたほうがいいんじゃないの?」


 という私の進言で、いろんなものを天秤にかけた結果、この選択をしたらしい。

 ロイの情熱的な誉め言葉は策略あってのこと、これからは本性丸出しにして、お嬢様にも冷たくすればいい。それに惚れっぽく飽きっぽいお嬢様のことだ、それで自然消滅するだろうと思っていたのだが……これが意外にも、まだ続いているらしい。

 お嬢様に何か、ロイの裏の顔にこそ惹かれるものがあったのか。ロイの中に、この面倒くさいお嬢様を放っておけない属性があったのかは、不明。


「上級貴族の侯爵様を取りのがして、執事と結婚したいだと!? せっかくの玉の輿縁談が……!」


 と、フェンデル伯爵は頭を抱えていたけど、まあ、血筋的には大当たりですからそのへんもなんとかなるんじゃないですかね。



 嘘と身代わりと勘違いで始まった恋なら、またそれで終わるのが順当ってもんでしょう?

 ともあれ、私たちはとりあえず、みんな幸せに暮らしています。

これにて完結です。

応援いただきありがとうございました。また新作の発表を楽しみにお待ちくださいませ。



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― 新着の感想 ―
お嬢様が何故か想定外に上手くやってる見たいで笑ってる 手柄(?)の横取り以外単にストレートなだけで意外と憎めないこだったしいいことか 戦場帰りとは思えん繊細さ、指揮官としてはいいのか、いいぞいちゃい…
[良い点] おもしろかったです! お嬢様の頭の中も素晴らしい! これは一生安泰ですね! 全員幸せだなんて最高ですね! やったぜハッピーエンド!
[一言] フェンデル伯爵…"うちの侍女だからうちの娘みたいなもんだ!"って養子縁組先としてゴリ押しすれば良かったのにね〜(笑) 面白かったです〜!
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