期待できるデートコース
侯爵の家に来て以来、初めてのお出かけ。
お嬢様はウキウキわくわく――しているのかと思いきや、あまり乗り気ではないようだった。いや確かに昨日には、それなりに舞い上がって見えたけど、今朝にはテンションが駄々下がりしていた。
理由を聞いてみると、お嬢様はひょいと肩をすくめて、
「だってデートコースが内緒でしょ。サプライズ自体はいいけど、あんまり期待できないんだもの。あのひと話つまんないし」
どストレートにそういった。
「そ、そう……ですか? たしかにお世辞にも弁がたつとは言えませんけど、でもほら、あの外見であの朴訥とした話し方が、もうその時点で面白いような」
フォローのような追い打ちのようなことを言ってみたけど、首を傾げられた。どうやらお嬢様に『ギャップ萌え』という性癖はないらしい。
「ほんと、黙ってればいい男なんだから一生黙ってればいいのに。もしくは女を楽しませるトークをしっかり履修してくるか」
「……そ、」
そうですね、とも、そうですか? とも言えずに言葉を消す。
お嬢様、お嬢様だって見た目はいいのにしゃべると残念なタイプの女性です。
きっとラファイエット様だって、あなたの話を本気で楽しんでいるわけではないのです。それでも耳を傾けて、肯定的な相槌につとめてくれているのです。あなたが一所懸命、相手を楽しませようと話しかけてくれるから。もし侯爵があなたと同じように感じていたら、あなたはどう思いますか。婚約者に、陰でそんなふうに言われていたら、どんな気持ちになりますか。
自分は彼を楽しませられるような会話術を、ひとつでも勉強しましたか。
そうしてくれた彼の気持ちが嬉しいとか、楽しいという気持ちはありませんか。
……私だったら嬉しいです。好きな人が、自分のために努力をしてくれたのです。こんなに幸福なことはないと思います。お嬢様は、そうではないのでしょうか。
「でもまあ、今日は本当に期待してもいいかもね。こんな豪華な衣装を贈ってくれたのだもの」
そう言って、スカートを翻すお嬢様。そう、今日はこれを着るようにと、侯爵様からドレスが届けられたのだ。しかもなぜか、私まで。
鮮やかな青をベースに、たっぷりのドレープやフリルが乗った流行りのパーティドレス。お嬢様のものと遜色ないほどに美しく豪奢な作り。
普段の侍女の仕事服とは比べ物にならないほどに高価で、そして重い。ドレスに合わせて髪型までセットされて、私はげんなりした。
……こんな格好をするのは、あの夜会のとき以来?
「侍女まで着飾らなきゃいけないなんて、よほど格式高い場所なのね。一体どこへいくのかしらねー」
お嬢様は上機嫌で、馬車に乗り込んでいった。
馬車を下りると、視界いっぱいに緑が広がっていた。
緑色、だけではない。赤やピンクや青もある。けれども『緑』と評されるもの――すなわち草花。
侯爵家の馬車に揺られること数時間、それも王都に背を向け郊外へと進んだ先にあったのは、『ジーク・グリンリッジ庭園』……なんというか。いわゆる、植物園だった。
「昔、公爵家の別荘が近くにあってな。当時の妃がたいそう花好きで、私財を投じて作った巨大庭園がここだ。おそらくは国で一番、多種多様の草花を観ることができるだろう」
ラファイエット侯爵の口上を聞いて、
「…………うぁあ」
というお嬢様の低いうめき声と、
「うわあっ♡」
という、私の歓声が重なった。
国一番の巨大植物園!!
ほとんど跪くようにがくうぅっと肩を落としたお嬢様越しに、私はラファイエット様に問いかけた。
「侯爵様っ、ここには三〇〇〇種類におよぶ植物が展示されているって看板にあるんですけど、本当ですか? この地図、温室や水田っぽいものが描かれてるんですけどどうなんでしょうか?」
「……どうかな、俺も初めて来るんだ。観光客向けに年中解放されているということだから、温室はありそうだが」
「公爵家の庭園だったら採算度外視で予算たっぷり、海外の珍しい種も輸入し放題ですよね。ああ夢みたい! 私、ずっとずっと、ここに来てみたいと願い続けていたの!」
両手を組んで天を仰ぐ。
ブラボー! 今日はなんという素晴らしい日! 生きててよかった!!
「…………何がそんなに嬉しいのよ、リナ……」
お嬢様の低い声で、はっと我に返る。
そ、そうだ。今日はお嬢様と侯爵様とのデート、私はただの付き添いだった。植物の山を目の前にして、思わずテンションがブチ上がってしまった。
私はスカートを広げて「失礼しました」と一礼し、貴族のお二人から距離を取った。
「巨大庭園……この広さを歩き回るの? 丸一日……草や葉っぱを観ながら……?」
何やらぶつぶつ言っているお嬢様、その声に、クスクス……という音が混じる。
ラファイエット様が目を細め、笑っていた。
「喜んでもらえたようで、なによりだ。俺は口が回らないが、どうにかあなたを楽しませたくて、一所懸命情報収集したかいがあった」
――優しい声。その言葉は、私に向けられたものではない……はずなのに。
私ったら未だ、ふわふわと舞い上がっているみたい。彼の言葉が私に向けられたような気がして、嬉しくなって、赤面して。うっかり泣いてしまいそうになっていた。