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生活感のない生活

 数日後、ラファイエット侯爵から手紙が届いた。


『親愛なるベルメール様へ。あなたを妻としてお迎えするにあたり、これからはあなたとの懇親を深めたく存じます。両家を行き来する時間を節約するため、結婚式の日までぜひ、当家でお過ごしください。あなたが快く過ごせる部屋をご用意してお待ちしております』


 お嬢様は跳び上がって喜び、さっそく支度を始めた。山ほどのドレスと宝石、愛用の化粧品や香水、セクシーなネグリジェを日替わりでどっさりと。

 チョイスについては突っ込まないけど、ひとつだけ気になったことを進言する。


「ご自分で使うものばかりでなく、侯爵様や家のかたへの贈り物、それにお世話になる使用人にも心づけといったものが必要ではないでしょうか?」

「えーそう? 侯爵様だけならまだしも……めんどくさいわね」


 お嬢様はまったく興味がなさそうに、適当なものを見繕うよう私に言った。予想の通りなので気にしない。伯爵様にも相談し、フェンデル領の名産品と、男性用のカフスなどを用立てた。

 着々と準備が進み、いざ馬車に乗り込もうかという時、ふとお嬢様が私を振り向いた。


「リナも、枕くらい持って行ったほうがいいんじゃない?」

「枕……私のですか?」

「ええ。あなたも一緒に来るようにと、手紙に書いてありましたもの」


 ――ええっ?

 お嬢様が差し出した文書を慌てて確認する。

 うわ……ほんとだ。


『身の回りのお世話は気心の知れたひとがよいでしょう。当屋敷は武骨な男所帯のため、ベルメール様おつきの侍女殿をお連れ下さい』


 私はあわよくば留守番――ということでお嬢様を見送って、父と庭いじりをしたかったのだが、そうはいかないみたいだ。


「それに、伯爵様と『貴婦人』の出会った夜を知っているのはあなただけだもの。彼が何か思い出した時、わたくしにこっそり状況を教えてくれるひとが必要だわ」

「……はあい」


 私は頭痛を抑えながら、わずかな私物を持ち、お嬢様と同じ馬車に乗った。



 ラファイエット侯爵の邸宅は、王都のど真ん中、大都会に建てられていた。その分サイズは小さめ――もちろん爵位のわりにであって、普通の家がまるごと二十軒は入りそうである――だが、洗練されている。ピカピカの門扉に、白い壁、鮮やかな青の屋根の都会的な近代建築だ。

 ちょっと意外。なんとなく石造りの古城とか、いかつい家かと思っていたが。


「なんてお洒落で綺麗なおうち!」


 お嬢様はむしろ大いに気に入ったらしい。両手を合わせて目をキラキラさせていた。


「こんな家なら王都中の貴族を呼んでお茶会をしても、羨望の的になれますわ! ティモシー様と結婚したら、わたくしここで暮らすのね……!」

「ええまあ、そうなりますねえ」


 ――と、腕を組み笑って言ったのは、執事服を着た黒髪の男。門前にフェンデル家の馬車が来たと聞き、出迎えに来てくれたらしい。片手で宙に弧を描く、きざな所作で一礼する。


「ようこそ、我が主の婚約者殿。中でラファイエット様がお待ちです。僭越ながら、このロイ・アダムスが案内役をつとめます。どうぞ、御一緒に」


 そう言って背を向け、勝手に歩き出す。


「ねえリナ、あのひともちょっとかっこいいわよね」


 お嬢様は無邪気にそう言ったが、私は思わず、渋面になった。

 かっこいい――確かに、顔立ちは整っているほうだと思うけど。なんか……このひと……。

 服装こそふつうの執事服だけど、黒髪をそのまま垂らしただけの粗野な髪型。態度も何となく、従者らしくないような気はする。なんだろうこの違和感。なんとなく――信用できない。そんな思いが視線に出たのだろうか、不意にロイさんが振り返った。


「侯爵の執事がこんなに若くて、意外ですか?」


 にっこり、これ以上なく優しい笑みを浮かべて。


「仕方ないのです。侯爵がこの国で評価をされたのはごく近年のことでしてね。異国の地で戦果を上げた褒章にと、大急ぎで建てられたのがこの館、急遽派遣された侍従たちでして。この僕を始め、コックも門番もみんな侯爵様とは初めましてって感じなんですよ」


 ……そうか。ラファイエット侯爵は幼いころに父上に連れられ、異国へ渡られたのだ。以来国土に戻ったのも数えるほど、この家に帰ったのはほんの数日前のことだと言っていた。

 私はあたりを見回した。確かに……豪華絢爛、顔が映るまで磨かれた黒檀のキャビネットに宝石で出来た調度品、繊細なシャンデリア――およそラファイエット侯爵の趣味に合わない気がする。

 きっと彼が不在の間に、国が勝手に造り上げた屋敷なのだろう。

 新築の家になじみのない従者、急ごしらえの家族と、生活感のない生活。

 ……ラファイエット様……寂しくないかな。

 お嬢様は歓声を上げた。


「素敵! それならイヤミなお局なんかいなくて、わたくし好き勝手できるのね!」

「ははは。お嬢様が来たら賑やかになりそうですねえ」


 ……それだけは、私も同意です、ロイさん。


「とても素晴らしい、ありがたいことです。どうかこれから、この屋敷を騒がしくしてあげてください」


 ロイさんの後ろ姿からは、なんの感情も読み取れない。だけどなんとなく、その声にわずかな温度が宿った気がした。

 広く美しく豪華で、そして寒々しい屋敷を進む。

 侯爵の部屋は屋敷の最上階、三階の端にある階段から一度降りた中二階、そこから二度角を曲がった、柱の陰にあった。


「なんだかややこしい位置にありますのね」

「ええ、防犯上、主の部屋は少し分かりにくいようになってあるのです。夜這いをかけるなら迷子にならないよう、お気をつけください」


 ……趣味の悪い冗談である。


「ラファイエット様。お嬢様がたをお連れしましたよ」


 ロイさんがノックをしても、返事がない。

 遠慮しながら開いてみたが、侯爵の姿はそこになかった。


「あれ? どこいったんだろう、二人が着いたって言ったのにな」


 首を傾げるロイさん。私はなんとなく、廊下の窓から外を見た。ラファイエット邸の、よく整えられた庭園が見える。

 華やかに咲き乱れる花園――そのなかに、ぽつんとひとつ明るいピンク色があった。季節外れのコスモス、ではない。

 あっと気付いて、ロイさんが窓を開けて声を張る。


「こうしゃくーっ、そんなところで何をやってるんですかーっ!」


 ピンク頭、もとい侯爵が顔を上げた。大きな手を上げて、空中でぐるぐる振る。

 そして言った。


「…………迎えに出ようとして、迷った」


 こちらも相変わらずのようでなによりです、ティモシー・ラファイエット侯爵。


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