居る必要のない夜の宴
新連載です!
サクサク読める明るいラブコメを目指していきます。
公爵別邸、春の夜会会場にて。
深紅の仮面の下、私はガチガチ鳴る歯を必死で隠して微笑んでいた。
……超寒い。お腹空いた。いますぐ帰りたいけどそれは許されていない。
いや本来だったら、ここにいるべきは私じゃない、私が侍女として仕える伯爵令嬢、ベルメールお嬢様だ。
そう、私……リナは、フィンドル伯爵家の雇われ侍女、貴族ですらない一般庶民だった。
ベルメールお嬢様は昔っからひどくわがままで、さらにはとんでもない気分屋だった。
この仮面夜会も別に貴族としての出席義務なんてない、ベルメール様ご自身が嬉々として参加を申し出たものである。
ある日の午後、『ベルメール・フィンドル』宛てに届いた招待状をヒラヒラさせて、ベルメールお嬢様はニコニコして言った。
「楽しそうでしょ? みんな仮面をかぶっているから素性が分からないのよ。身分関係なく家のシガラミを捨てて、一夜の恋を楽しむの。素敵でしょう?」
聞かされた私はもちろん、げんなりした。半眼になって、呻くように進言する。
「シガラミを捨ててって……お嬢様にはラファイエット侯爵という結婚を約束した方がおられるのでは……?」
「だからこそよっ!」
お嬢様は即そう言い返してきた。
興奮すると体をゆさぶる癖があるお嬢様、フリルがたっぷりついたドレスの裾と共に、縦巻きにした長い金髪がフリフリ揺れた。
「父親同士が勝手に決めた婚約者、相手はお堅い軍人侯爵! 嫁にいったら最後、愛人を作れるかも怪しいわ。独身の今のうちに楽しんでおかないと」
「で、でももしお相手にバレたら……!?」
「バレっこないわ、彼は隣国に出征中だもの」
ふふん、と鼻で笑うベルメール様。
いやバレないとかそういう問題じゃなくてさ……というかそれでいうと確かに、貴族同士の結婚はすべて政略結婚、恋愛は不倫でやるものってのが常識……らしいんで、ベルメール様の言うことも一理はあるんだけど。
そういうのがない平民の私としては、あんまり堂々とそういうことを言われると、げんなりしてしまうのである。
ベルメール様はそんな私の心境に気付きもせず、つかつかとキャビネットに歩み寄ると、何やら紙切れを一枚持ってきた。
「見てよリナ、この手紙! 時候の挨拶しか書いてないの。ロマンスのかけらもないつまんない男っ!」
手に持った紙切れ――婚約者からの手紙を床に投げつけるベルメール様。
私は黙って手紙を拾った。
……目に入る文面は、たしかに他人行儀で、面白味もロマンスも無いものだった。だけどとても綺麗な字で、丁寧にペンを取り、ひとに宛てたのが見て取れる。
……想いがこもってないわけじゃない、と思う。しかし彼女がクサるのも無理はないだろう。お相手の職業は国を飛び回る軍人将校で、ろくな肖像画もなく、お嬢様は婚約者の顔を見たことがない。戦況が落ち着くまでといって婚姻も延び延びだった。そんな結婚にロマンスを感じられないのも無理はない……かもしれない。
私は嘆息し、とりあえず気持ちを切り替えることにした。
スカートのすそを持ち上げて、お嬢様に一礼する。
「わかりました、御父上には内緒で馬車の手配を致します。しかし羽目を外しすぎませんよう……」
ベルメール様は満足そうにニッコリと笑ったのだった。
……そして来たる、仮面舞踏会の夜。
そんな私の采配も、結果的には大きなお世話だった。べルメール様は会場に着くなり肩をすくめ、不機嫌に言い放った。
「なによこれ。仮面でみんな顔が見えないんじゃ、選びようがないじゃない」
「……そりゃあまあ、仮面舞踏会ですからね」
私は即答したが、それで引っ込むベルメール・フィンドルだったら苦労はしない。
お嬢様は一度フンッと盛大に鼻を鳴らすと、ドレスの裾を翻し、踵を返したのだ。
「つまんないの。わたくしもう帰りますわ」
「え……えええええっ!?」
私は絶叫した。言い放ったきりさっさと馬車に乗り込む始めたお嬢様の腕をガシッと掴んで、慌てて窃盗を試みる。
「まだ来たばかりじゃないですか! いけませんお嬢様。主催者である公爵様への礼儀として、来てすぐに帰るわけには……!」
「ご挨拶はさっき済ませたわ。もういいじゃない」
「よくないです! せめてもう少し……十二時の鐘が鳴るまでここにいませんと」
「だったらあなたが身代わりになって、リナ」
お嬢様はあっけらかんとそう言った。
…………へ? 身代わり……?
ぽかんとする私に、お嬢様はクスクス笑っていた。
「そうだわそうしましょ。門番には逆に、わたくしがリナと名乗って通してもらうわ。ソレで解決ね」
「はっ――はあっ? 無理ですよ無理無理! そ、それって、お嬢様が私に化けるだけじゃなく私がこのあとお嬢様のふりをしなくちゃいけないってことで――ええええ無理です!」
「大丈夫よ。リナのその庶民丸出しな地味な顔も、その割に目立つ泣きボクロも、仮面の下に隠れて見えないし。それに――」
お嬢様の手が伸びて、私は頭を掴まれた。侍女らしくお団子にまとめていた髪を乱暴に解かれる。正直かなり痛かったけど、お嬢様はいつだってお構いなしだ。腰まで広がった髪をひと房、手に取って笑う。
「リナの髪……安っぽい亜麻色だけど、夜会なら暗がりで、わたくしと同じ金髪に見えるでしょう。予備のドレスを貸してあげる、それで絶対にバレはしないわ」
「そ、それは、そうかもしれませんけどぉ……」
「年ごろや体型はわたくしとよく似ていますもの。とにかく仮面を取らなければ大丈夫」
そ、そんな……いくら外見の特徴が似ているからって、私がお嬢様になり変わるだなんて。
私、ほんとに超ド平民なんですけどっ!?
私ことリナの出自に、童話のような複雑な事情など何もない。
父親は一介の庭師で、この伯爵家に長年勤めている。町娘と恋に落ち私が生まれ、母の病死後、私は伯爵家の侍従寮で育てられた。見習いハウスメイドとして働いているところをお嬢様に気に入られ、侍女に召し上げられたのが二年前。なんとか立ち振る舞いだけは小奇麗に保っているだけの、ゴリゴリ筋金入りの庶民である。
顔も体も凹凸控えめ、好きな食べ物は鶏の皮、趣味は薪割りで特技も薪割り。第一印象は「目元にホクロがあるひと」しか言われたことが無い地味オブ地味の十六歳。
立ち振る舞いから貴族の令嬢然としたベルメール様のフリなんて、絶対に……出来るわけがない!!
「か、勘弁してください、どうか……それだけはっ……」
震える私の様子が面白かったのか、なおさらベルメールお嬢様は起源を良くしたようだった。
もうニッコニコで、私の肩にポンと手を置いた。
「難しいことないって、リナ。もともと素性が分からない夜会なのだから、わたくしのフリをする必要もないの。要はお開きになる時刻まで、敷地内に居ればいいだけ。美味しい料理を食べて適当におしゃべりして過ごせばいいわ。リナも気に入ったひとがいたら、キスくらいしちゃっていいのよ」
とんでもないことである。
言うだけ言って、馬車に乗り込んでしまうお嬢様。いや待て、馬車持って行っちゃうんですか。私どうやって帰るのよ。乗合馬車まで行けと? このドレスで深夜に!?
おのれお嬢様……生まれ変わったら見てなさいよっ!
私はぐぬぬとこぶしを握った。口には出せないあたり、本当に筋金入りの小市民なのだと身に染みて、私は肩を落とした。




