一
一応、自己紹介と今の地球の現状なんぞを話しておこう。
あたしの『今』の名前は、鏑木優誠という。
そして現在地球は、古今東西に無かった、というよりも、小説内にしかいなかったはずの、宇宙からやってきた強大な敵を相手にして闘いを繰り広げている最中である。
『敵』。
それは、最初は何でもなかった存在が『カオス・シード』と呼んでいる物体によって、無理矢理といってもいいほどに潜在意識から破壊と破滅の意思を膨張させられ、それを具現化か体現した形を持ち、ほぼ人型に近い姿で至ったもの達の一群が、その衝動を抑えること無くありとあらゆる星に対して攻撃を仕掛け、滅亡へと追いやることに意義を見いだしてきた存在。それらががこの地球を標的として攻撃を開始したのだ。
無論、連中が表立って動くことは無い。攻撃は常に『ルイン・シード』と言うワンランク下の種子を使い、傍若無人に地上にある全てのものを破壊する下僕を作り上げ、星々に対しての侵略を開始した。
それらが、人と同じくらいの背格好をしていれば、問題は少なかっただろう。だが、攻撃を仕掛けるに当たって、それは人の何倍もの姿と攻撃力を持って地上を闊歩して破壊の限りを尽くすにあたり、地球人類を恐怖のどん底に落とした。
けれども、地球側も、黙ってそんなことを許したわけでは無い。
奴らがこの地球に降り立つ以前、ある石版とこの星では生成されることは無い不思議な珠が一人の青年に託され、それらをこの星に持ち帰った。
もちろん、それは友好的に行われたわけではない。
その二つが託される際に青年はある大事故と言っても過言では無い事故に遭い、彼の大親友といっても良い人物と、彼等にとっては生命の絆を結んだ幾人もの仲間を失った。青年もそうなるはずであったのだが、彼は何とか一命を取り留めて、地球への帰還を果たしすことが出来た。
その代償であったのだろうか。彼だけが解読不能であった石版を読み取ることが出来ただけではなく、その珠の使い方をきちんと理解しうるたった一人の人間となってしまったのだ。
石版の情報により、人々は地球に仇なすものが近づいていることを知ると、人類は動力部として未知の物体である子供の頭ほどもある珠を使用し、石版にインプットされていた設計図を元に巨大なロボットを作り上げた。
出来上がったロボットを何人もの人間が動かそうと試みてみたが、結局それを動かせるのは助かった青年だけ。
誰もが、始めの頃はその力量を軽んじて、青年に白く冷たい目線を向けた。
それは、当たり前のことであったのだろう。全世界が一つになって造られた宇宙ステーションの大半が破壊され、多くの人命が損なわれた事故での唯一の生き残り。それだけではなく、造られたロボットに乗ることを許された人間。
白眼視するには十分な材料が揃いすぎていたといえる。
けれど、それらを乗り越えるために、青年は血を吐くような努力を重ねて、周囲の人々に認められるようになった。とはいえ、今だに冷たい眼を向ける者がいないわけでも無いのだが。
そんな青年とあたしとの出会いは、ほとんど偶然でしかないもの。
あの時、後に『ファースト・インプレッション』もしくは『最初の最悪の日』と呼ばれることとなった日。あたしと『弟』は、始めて青年に出会った。
あの時はまだ、あたしは力や記憶に目覚めておらず、普通の人間に近い遺伝子と肉体をこの身体に刻み込んでいた。年齢も、十四歳という設定にしており、この器である肉体の本来の実働年月よりも上となっていた。
もっとも、弟の肉体は、あたしと違って年と肉体年齢は同じなのだが。
それはさておき、あたし達姉弟は、弟と登下校の道が一緒ということもあって、あの日はいつも通りの朝を送るはずだった。天井知らずの方向音痴のあたしを、常に弟や友人達は気にかけてくれるおかげで、いつもの通りに中途で友人や弟の友達達と合流すると、あたしは中学校へ、弟は小学校へと行くはずだった。
けれども、平凡な日常は突然に崩されてしまった。
雄叫びのような音を立てて、突如として町中に現れた巨大なメカ。
視界いっぱいにい広がるその姿に、呆気に取られたあたし達はポカンとそれを見上げてしまう。
何が起きているのかの理解と、それが現実なのかという疑問。両方に身体が縛られ、あたし達は全くといって良いほどの判断が出来ず、茫然とその場に佇んでしまう。その中にあって、一番早く現実に立ち戻ったのは、あたしだ。
とにかく手当たり次第に家々や建物などを不格好な手足で壊すそれに、あたしは視線を巡らせてとにかく安全な場所を探し始める。今になって考えれば、この事件は記憶の奥底に刷り込まれていた事態だったのだから、冷静さを失わなかったの当たり前ではあったのだ。
この場で最も一番安全な場所。それは、災害が起こった場合に避難すべき場所とされている、学校だ。
ポカンとロボット見上げる友人達に、あたしは大声で一喝すると、即座に学校へと向かうように指示を出していた。
何時もとは違うあたしの声音に驚いたようではあったが、事の重大さを理解したのか、すぐに我に返ってあたしの友人である宮坂綾乃の指揮の下で、友人達は瓦礫に足を取られながらもなんとか駆け出す。
だが、それらの一つ一つ―とはいえ、道々にある瓦礫の山に比べれば小さな塊ではあったのだが―に四苦八苦しながらも何とか前に進んでいた皆だが、一人だけ、それについて行けなかった友人がいた。僅かにとがったアスファルトの破片に足を引っかてしまい、転びそうになった弟の友人である小柄な女の子、熊谷涼音の真上に、かなり大きなコンクリートの塊が落ちてくる。咄嗟のことに、あたしはその小さな身体を突き飛ばしていた。そして、巨大すぎる塊は、あたしの側にいた弟と友人達から切り離すだけで落ちてきただけではないどころか、それだけでは物足りなかったのだろうか……。
あたしの左足に、鋭い激痛を走らせた。
周囲を見れば、割れたガラスの破片と地面に朱いものがじわじわと広がっていく様子が見えた。その元を目線で辿っていくと、深々と切れた疵口から止まることの無い血が、あたしの左足を真っ赤に染めあげ始めている。
まずった、とは思ったのだが、瓦礫の向こうから安否をか確かめるためだけに大声であたし達を呼ぶ友人達へと、疵口のことなど無かったように、あたしは友人達が無事がどうかを確認してみる。あれだけ大きな塊がいくつも間近に落ちたのだ。怪我人が出てもおかしくは無かったが、怪我人はいないという回答に、あたしは安堵の吐息をついていた。もっとも、あたしは無事では無いのだが、友人達をこんな所で立ち止まらせるわけにはいかない。それ故に、何事も無かったかのようにとにかく逃げろ、と大声を張り上げた。
そんなあたしの様子に、弟は今にも泣き出しそうな顔で近づいてくると、持っていたハンカチで傷口を力一杯押さえつける。だが、瞬く間に真っ赤になったそれは、すぐさま布地の役割を放棄し、ただのぼろ雑巾に近いものへと変わってしまった。
太い血管をやられたわけでは無い。それは経験で分かっているのだが、どうにもまずい部分を斬ったようだ。血の流れが止まらないのは、そこに近い血管を斬ったか、血管を幾つかまとめてぶった切った事を意味している。加えて、激痛というのは痛みの上限のはずだが、それを超えると痛みというのは麻痺してしまものなのだ。動かそうとするのだが、上手く足の筋肉が動かず、その場に座り込む事しか出来無い。
思わず、溜息をつきたくなってしまう。自分一人だけならばよいのだが、ここにはもう一人いるのだ。
このまま動けないあたしの側にいては、弟も危険でしかない。だからこそ、逃げるようにきつい声で弟に声を放つが、頑固な面がある弟はあたしの声に臆せずに一緒にいると叫ぶような勢いで口を開き、じっとあたしの顔を見つめた。
あ、駄目だ。これは動かない。
弟の性格を正確に理解し、直感的に答えを出したあたしは、つきたくなかった溜息を小さくついた後に、持っていたハンカチを裂いて倍の長さに仕上げると、硬く疵口の上を縛り付けて簡易止血を施し、なんとかかんとか立ち上がった。
途端に、無かったはずの痛みが全身を縛り付ける。痛みは凄まじいが、それを表に出していまえば無茶をしていると悟られてしまう。その為、あたしはそれを押し殺して、何でもないという顔つきで、弟に支えながら周囲を見回して逃げ道を探す。だが、すでに周りは破壊の限りを尽くされており、道らしきものは全くという程に無い。逃げるにしても、瓦礫をよじ登らなければ逃げ道というものが無く、今のあたしの現状ではそれはとてもでは無いが難しいことだ。
八方塞がり、という単語が頭を過る。
さてどうしたものか、と、どこか他人事のように考えていたあたしだが、人の気配を感じてそちらに視線を向けた。
最初は、逆光で顔が見えなかった。ただ、壊れたコンクリの上に立っていても、ひどく背の高い人だな、と思った。
『要救助者発見。至急救助隊の所に彼女達を運び出します』
そう言った青年の声を、あたしはどこか遠い所で聞いていた。
思えば、あの時は貧血を起こしていたんだろう。
空回りしそうな頭をなんとか動かし、先程聞こえた言葉の内容を吟味してみる。
どうやら、あたし達を助けてくれるらしいことは、分かった。分かったが、疑問が心の内でもぞりと鎌首をもたげた。
救急隊員や自衛隊などが動くにしては、余りにも早すぎる。そのため、あたしはきつい目線でその影を睨み付けた。
その様を見て、影は軽やかに瓦礫を蹴りつけたあたし達の前に立ち、あたしの左足を見て顔をしかめた。
青年、と言うべきなんだろうが、どこか背負っている雰囲気が今時の若者、と言うのには憚られてしまう空気を纏っていた。何故だろうと考えながらも、近づく青年に気を許したわけでは無いあたしは、先程よりもさらに鋭い眼光を青年の顔に向けた。
少し苦笑を浮かべた後、青年は怖じること無くあたしに近づいて、ひょいっ、と、まるで壊れ物を持ち上げるように、あたしの身体を抱き上げた。
『え?』
素っ頓狂な声が漏れたのは、自然なことだった。
これは、いわゆる、お姫様抱っこだ。
経験したことの無い現状に当たると、人間、頭の回転が悪くなるらしい。
今思い出しても、小っ恥ずかしくなって、転げ回りたくなる。
何せ、今までそんなものとは無縁だったのだ。というよりも、何故かあたしは喧嘩に巻き込まれやすい体質をしているため、こんな風に女の子扱いされた事は、人生初だったりもする。
それは、弟もよく分かっていた。
その為に、あたし達姉弟は、揃ってその行動に頭脳も身体の動きもフリーズしてしまった。
まぁ、それは、致し方の無いことだったと思いたい。
現れた青年が何者なのかも分からないし、周囲の破壊は刻一刻と酷くなっていく一方だっだし、何が何だかの説明を求めたいし、どこからやってきて、青年が何をしたいのか、というか、どこの誰に救助隊を求めているのか、とか、まぁ、色々と頭の中のこんがらがり具合がいい感じにぐちゃぐちゃになっていたのだ。あの時は!
『もう大丈夫だよ』
柔らかく語りかけられても、はぁ、と気の抜けた言葉しか返せない。
そんなあたしの様子に、青年は少しばかり困ったような笑みを見せた後、傍らの弟に目線を移して柔らかな口調で話しかけた。
『君も、よく頑張ったね。もう大丈夫だよ、俺達が、君たちを助けるから』
『え?』
それは、同時にあたし達姉弟の唇からこぼれ落ちた言葉だ。いったい何者だ、と問いかけかけるが、頭上から聞こえてきたローター音にそれは遮られた。
『空牙!その子達か!』
『はい。女の子は左足に酷い裂傷があります。男の子の方は無傷です』
『分かった。すぐに救護班のいるポイントまで運んでこい』
『了解!』
巨大なヘリコプターから聞こえてきたのは、どこかで聞いた事がある声だったのだが、それがどこだったかよく分からずにあたしは頭の中の記憶をフル回転させる。だが、この状況下でそんな事を考える暇は無く、あたしはすぐにそれを放棄してしまった。
そんなあたしの思考など分かるはずも無く、かき消えてもおかしくない爆音の中で青年は大きな声でそう答えると、ヘリコプターはすぐにこの場から離れていく。
そして、青年は人好きのする笑顔で弟に話しかけた。
『大丈夫かい?』
『あ、はい』
あたしの経過を感じ取っていた弟は、歯切れ悪くそう言って青年を見上げる。
敵では無いことは、分かる。だが、どうやってここまで来ることが出来、どうやって助けてくれるのか。
理解の範囲外を超えているため、あたしは潔くそれらを放り投げると、目線だけで弟に大丈夫だと言い聞かせてみる。
そんなあたし達姉弟の、黙ったままのやり取りが終わったのを感じ取ってくれたのだろう。青年はあたし達二人を交互に見やった後、くるりと背中を弟に向けた。
『じゃぁ、安全な地域まで連れて行くよ。背負っていくから、俺の首に腕を回してくれないかな』
その言葉に、弟は困ったようにあたしを見つめるが、これ以上ここにいてもいい事など全くないのも事実だ。
あたしが軽く頷くと、弟はしっかりとした瞳で青年の顔を見つめた。
『お願いします』
ぺこりと頭を下げた弟の様子に、青年は少し驚いたように瞬きを繰り返すが、すぐにあたしに目線を向けてニコリと笑った。
『いい弟さんだね』
『あ、はぁ、どうも』
どう答えても、弟の性格を作り上げたのはあたしと家族であり、少しだけ面はゆい思いに駆られ、あたしは小さく青年から視線をそらした。
弟の腕が青年の首に回り、ギュッと自分の手首を掴む。それを確認し、青年は驚くべき身体能力でその場から跳躍した。
あたし達姉弟は、その動きと驚きにパカリと口を開かざる得なかった。
崩れかけた瓦礫を足場にしつつも、あたし達には衝撃どころかまるで歩いているかのような振動を与えるだけなのだ。これを驚かずして、何を驚けというのやら。
まぁ、もっとも、現在のあたしから青年の行動を見てしまえば、その種あかしは簡単に分かっているんだけど……。
なにせ、この青年こそが、あの事故を起こした宇宙ステーションの生き残りであり、石版を読み出して、人類の英知を総動員して作り上げたロボットのパイロットとなった人物であった。
その時のあたしは、宇宙ステーションの事故のことも、石版の件も思い出す事は出来なかった。あの時、青年を助けたのは、他ならぬ『私』だったりする。そして青年の身体の遺伝子を少々作り替え、石版に書いたロボットへの適合性と耐性を強めていたのも、私の仕業だったりする。
それをなじる権利を青年にはあるのだが、一度たりともそんな弱音的な者を聞いたことが無い。
だから、今でも勝手に思ってしまっているのだ。自分は許されるているのだと。
あの日からの優しい思い出を胸にしまい、記憶を思い出したあたしは彼らを手ひどい鼓動で裏切った。
その時はそうする以外の術が無かった。無論それが言い訳であり、それこそ見苦しい言葉ではあるのだが、それでもそれが一番良策だと思ったのだ。
全てを思い出してしまい、全感覚を覚醒せざる得ない状況になった時、あたしは決断を下した。
あたしは彼らから距離をとってり敵となり、この肉体を一度死ぬ寸前までの仮死状態に持って行かなければならなかったのは、何とも皮肉なことであったのだが。
今でも思い出すと、つきりと心臓に針を何本も打ち込まれたような感覚に襲われてしまう。
様々な理由で、あたしは彼らの側にはいられなかった。
青年の救いの手を払いのけ、弟の悲痛な叫びにも背を向け、あたしは血まみれの道を選んのだ。
その証拠は、鳩尾から左肩口までの引き連れた疵痕が物語っている。
毎日その証拠を鏡で確認し、あたしは皮肉げに嗤ってその疵口をなぞっていた。
これが、代償だ。
青年と、その仲間達と、弟から背を向けた結果が、この醜い疵なのだから。
そんなあたしの行動を読み尽くし、あたしを秘密裏に運んだもの達がいる。
あたしを回収した連中は、昔からあたしの性格をよく知っている者達だった。
それ故、あたしの性格を十二分に知っいる彼等が駆る母艦の内部で、あたしの長い治療が行われた。
まぁ、その際に起こった後遺症といってしまえば、あたしの年齢が以前より大人びたものになり、今まで肩より少しばかりの長さを持っていた黒かった黒髪がひどく長くなったうえ、他の色をはねのけるような白金の色となり、聴覚と触覚以外の感覚が失われたぐらいだろう。
これぐらいですんだのだから、結果的には良かったと言うべきだ。だが、他人がこの姿を視ると、一人は泣きそうな顔に。もう一人は呆れたような視線を向けてきた。
どうにも居心地の悪い空気だが、見慣れてしまえばいつも通りの行動が出来るのも、逞しさ故の図太さがあったからだろう。
あたしが彼等、地球人以外の人物と、弟と同じ年の女の子は、あたしが目覚めてから数日は一人にしないようにとの配慮で、どちらか一人は必ずあたしの側に付き添ってくれていた。
無茶をしないように、と言う考えだったのだろうが、動けるようになれば身体の節々を動かして、鈍りまくったそれらを通常仕様に戻すのは通りというものだろう。
深々とした溜息をつかれて、あたしは行動の自由を得、彼等は自分のなすべき事をするために動き出した。
だからこそ、あたしは勝手気ままに外に出て行く。
『敵』を排除するために。