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御使い様伝説  作者: 七節蒸
幕開
3/5

2日目

翌日。

朝から遺品整理に着手していた自分は、昼になるころには既に疲れ果てていた。

窓から外の様子を確認する。空は相変わらずの曇天で、雨が降ったりやんだりしている。

……少しお腹も減ってきたことだし、お昼は外食にしようか。

靴を履いて、傘を手に外に出る。

ポツポツポツ……

小降りの雨が、傘にはじかれる音に聞きながら歩く。雨の中の旧市街は、人影が消えてひっそりとしていた。まるで街を独り占めしたかのような得意げな気分になりながら歩いていると、前から誰かが歩いてくるのに気がつく。

「げっ」

こちらを見た女性にいきなりそんな反応をされた。

……知り合いだろうか、彼女の顔を見る。

年は……20代前半くらいだろうか、パッチリとした目からは意志の強さを感じさせる。記憶の中を探すが、残念ながら彼女に心当たりはなかった。覚えていないものはしょうがない、軽く会釈だけして横を通り過ぎようとする。

「……ちょっと、まさか私のこと覚えてないの?」

こちらをまるで信じられないものを見るかのような目で睨みつける彼女。

しかし、本当にわからないものはわからないのだ。しかたがないので正直に白状する。

「すいません、どちら様でしたっけ?」

その一言は、彼女の機嫌をより一層悪化させる。

「もういい!」

そう言うと彼女は、踵を返しそのまま走り去ってしまった。

「……何だったんだ、一体?」

そこには、ただただ呆気にとられた自分だけが取り残された。




新市街での昼食後、自分は食後の運動として街の外縁をぐるりと遠回りする帰路についていた。

その途中、妙なモノを発見する。

木々で覆われた砂利道の脇になにやら黒い塊が落ちていた。近づくにつれて、強烈な腐臭が鼻を突く。思わず鼻を塞ぎながら、近づいて匂いの元を確認する。

―――それは、野犬の死骸であった。

死骸は全身がズタズタに引き裂かれており、その顔はまるで断末魔を挙げた瞬間で時が止まったかのような凄惨な有り様だった。しばらく放置されていたのか、このじめじめした熱気の中で傷口から見える肉が腐り始めていた。

……熊にでもやられたのだろうか。

そのあまりにも唐突な死を濃く感じさせる出来事にしばらくの間唖然としていたが、こんなことをしている場合ではないと我に返る。

警察に通報するべきだろう。少なくともこんなことができる生物が人里近くに出現したというだけで理由は十分だ。

来た道を引き返し、この街唯一の交番へと向かう。

……

数十分後、再び現場に戻ってきたとき、そこには人だかりができていた。流石は田舎というべきか、自分が警察に駆け込んだ後あっという間に話が街中に広がっていた。

そんな人だかりの中に、知ってる顔を見つける。

「京子さん」

「あら、達也くん」

買い物帰りだったのだろう、手には中身が詰め込まれたスーパーの袋が握られていた。

「買い物の帰りですか?」

「ええ、途中で熊が出たって話を聞いてね」

「……やっぱりこれって熊なんですかね」

「多分ね、一応猟友会の人たちが出てくれるって話だけれども……こうも多いと嫌になっちゃうわね」

「……」

恐らく京子さんが言っているのは、俺の親父のことであろう。親父は、街はずれで無残な姿になって発見された。下手人は山に生息する猛獣だろうと推測され大規模な山狩りが行われたものの、結局成果は上がらなかった。

その時の奴が戻ってきたのだろうか……

そんなことを考えていると、京子さんがハッとした顔でこちらを見て頭を下げる。

「……ごめんなさい、無神経だったわ」

「いえ……気にしてませんので」

そして彼女は、改めてこちらを向くと真剣な表情で言った。

「でも達也くん、気を付けてね。それこそ滅多にないことだけど過去の記録では、獣が街中まで入り込んできたってこともあったみたいだから」

「はい、気を付けます」

答えを聞いて安心そうにした彼女と別れ帰路の途中、自分は何か頭の中に引っかかりを覚えていた。

京子さんの顔を思い出すと何かが引っかかる……すでに今日どこかで見たような……

そうしていると頭の中で点と点が繋がる。

「そうか、斎か」

思い返してみれば昼頃に会った女性、どこか京子さんの面影があった。自分の推測が正しいのであればそれもそのはずで、彼女の名前は辰巳斎(たつみいつき)、京子さんの娘で自分の従妹になる。会ったのなどそれこそ数十年ぶりで顔つきもすっかり変わっていたため誰だかわからなかった。

……しかし、先程の彼女のリアクションから察せられるように自分達の仲はあまり良好とはいえなかった。彼女は非常にさっぱりした性格で思ったことをすぐに口にするタイプだ。どちらかというと内向的な自分とは相性が悪く会話などほとんどしていなかった。

不幸中の幸いというべきか、気を付けていれば彼女と関わることはなさそうなので注意しておくべきだろう。誰だって見えてる地雷を踏みたくはないのだから。

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